戸矢理衣奈『下着の誕生 ヴィクトリア朝の社会史』:女性のファッション史と身体の解放

S.フロイトの創設した精神分析は、イギリスのヴィクトリア朝時代(1837年-1901年)の余りに厳格過ぎる性道徳へのアンチテーゼとしての側面を持っており、19世紀のヒステリー(神経症)は性的な欲望や身体を罪悪視する社会的風潮(世論の圧力)と強い相関を持っていた。現代からは想像できないことだが、近代ヨーロッパの黎明期には『女性の身体』は美しさや華やかさと結びつけられずに、罪深さ(恥辱)やはしたなさと結びつけられており、とにかく社会の中で女性の身体(肌)を見せることはタブー視されて抑圧されていたのである。

笑い話のようであるが、ヴィクトリア朝の貴婦人たちは『椅子の脚・テーブルの脚』を見ると不埒な性行為をイメージさせるということで、そういった家具の脚にカバーを掛けたり、設計段階でできるだけ脚の見えない家具を作ろうとしたりしていた。ヴィクトリア朝の英国人はその意味では究極の妄想的な“脚フェチ”であるようにも思えるが、それは現代人が『女性の脚』を性的刺激として余り意識しなくなる程度に、社会(他者の視線)の中で脚を露出するファッションが一般化したからである。

現代でも、極端に丈の短いミニスカートや肌の多く見えるファッションを『道徳的に好ましくない』とする価値観は残っているので、女性の脚と性的刺激のイマジネーションを結びつける感覚が完全に消えたわけでは当然ない。しかし、全体的な傾向として近代以降、社会における『女性の身体性の解放』は留まることなく進んできたと見ることができるし、そのことは女性の身体の所有権が『男性社会・家長』から『女性個人』へと移行してきたことを示している。

各種の社会的格差はあっても『男女同権』は今では当たり前のことのように思われているが、19世紀後半に至るまで、女性は自分の身体に対する所有権すら男性並みに保障されていたわけではなかった。女性のファッションの自由というのは、自分で自分の身体の見せ方をコントロールできる権利のことであり、ヴィクトリア朝の上流階級では1850年代まで“クリノリンスカート”という全く機能的ではない重苦しく大きなスカートによって、女性の身体は足首から二の腕に至るまですべて社会から覆い隠されていた。

その意味では、19世紀前半までのヨーロッパ世界(中流階級以上の女性)では、現代のイスラームのブルカの宗教的衣裳と同じように、『女性の身体』を男性社会や家族(家長)が管理するという発想に立っていたと解釈することができる。『女性の身体を隠蔽しようとする文化』は近世まではヨーロッパ世界の主流の文化であったが、そこには男性原理や家父長制を肯定する『一神教』の影響があり、女性は配偶者(家父長制の家族)の所有物であるかのようにその活動範囲を『家の周囲』に狭く制限されていたのである。

古代ギリシア・ローマの文化芸術では、男性も女性もその自然な身体性の美しさや魅力が賞賛されており、裸体の彫刻や絵画が『美のイデア』を模倣したものとして鑑賞されたが、それは古代ギリシア・ローマ社会が、女権社会(地母神崇拝)の痕跡を留める『多神教の宗教』を信仰する社会だったからと推測することができる。

しかし、キリスト教やイスラム教という『父なる神』を崇拝する男性原理の一神教がヨーロッパ世界を覆うに従って、女性の身体も分厚く面積の広い衣服によって覆われていき、理想的な女性のイデアは父・夫・子に純真無垢に尽くす『家庭の天使』に収斂していくことになった。

ヴィクトリア朝では『家庭の天使』になる女性には能動的な性欲は存在しないものと定義され、『女性の非性的な属性』を医学的な事実だとするウィリアム・アクトンのような保守的な医師も多かった。19世紀前半のイギリスでは、積極的に自分から性的活動をしようとしたり、他愛ない話題でも不特定多数の男性に話し掛けたりする女性は、所謂、異常性欲の診断や娼婦への偏見を下される恐れもあったという意味で、過度に女性抑圧的な時代だったといえる。

本書『下着の誕生 ヴィクトリア朝の社会史』は、女性の下着を中心とした“服飾史(ファッション史)”を元にして、女性の身体性の解放と女性の美意識の拡張のプロセスを明らかにした興味深い書籍である。服飾史に基づく女性ジェンダーの急変についても知ることができるが、『女性の身体の解放』『産業革命による商品経済・旅行産業(交通機関)の発達』とも非常に深い関係を持っている。

産業革命を経験したイギリス経済が急成長する1860年代に、女性のファッションが大きな変革期を迎えることになり、『女性の身体性・活動性の抑圧衣裳』として女性ジェンダーを規定していた巨大なクリノリンスカートが1868年から衰退を始める。クリノリンスカートの小型化と歩調を合わせるかのようにファッションの流行になってきたのが『コルセット・ハイヒール』であったが、この二つの女性の自意識を強化したファッションは『女性の抑圧-開放の両義性』を備えたアイテムとしての特徴を持っていた。

ファッションとジェンダーの観点では、ヴィクトリア朝では無力な女性と子どもを余裕で扶養できるだけの財力を持っていることが『男性ジェンダーのステイタス・シンボル』であり、こういったジェンダー及び価値観は、戦後の専業主婦がいる日本のサラリーマン家庭にも引き継がれた部分がある。こういった『働く女性』に否定的な価値観というのは、社会的な経済力(扶養能力)をステータスとする男性ジェンダーと密接に結びついており、女性に『良き妻・良き母』として家庭のことだけに専念させることで、女性が目移りせずに(夫と他の男性が比較されずに)平穏な家庭が守られやすくなるという保守的な家族像を根づかせていったのである。

現代の日本や欧米諸国では、男女共同参画社会を推進する諸政策によって『女性の労働者化(納税者化)』が進められているのだが、19世紀のヨーロッパ世界ではクリノリンスカートやコルセットといった“労働できない人工的身体”を作り上げるファッションによって、『女性の非労働者化(家庭の天使化)』が進められていたという対照的な社会状況がそこにあった。

19世紀後半のヴィクトリア朝に起こったファッションの一大変革は、『見せないファッション』から『見せるファッション』への変化であると同時に、『女性を家庭に囲い込むファッション』から『女性が社会に進出するファッション』への変化としての意味合いを持っていた。

衣服や下着の機能性という観点でも、動きにくいファッションから動きやすいファッションへと変化していくことで、『女性の外出機会』としてのショッピング(買い物)や散歩を増やしていったのである。ほとんど『家』から外に出ることがなく、出たとしても顔見知りしかいない家の近辺にしか出歩かなかった女性が、『買い物・旅行・社交』のために外出するようになってきた。この都市化を背景とした『女性の外出の増加』が、不特定多数の視線を意識したファッションの変化を促進していくことになる。

どうしてこういったファッションの急速な変化が起こったのかは、消費社会(市場経済)の発達と都市化の進展によって説明されているが、更に自己像を客観的に確認できる『鏡・写真の普及』によって、女性の自己身体に対する美意識は否応なしに高められていく。

ヴィクトリア朝の初期には『内面の美と外見の美の比例相関』は絶対的な規範であり、『外見の美』だけを誇って強調しようとするのは品性に欠ける利己的な娼婦のように卑しい行為だとされていた。しかし、内面の美だけによってそれなりに満足できたのは、自分が接する人間関係の範囲が『生まれ育った小さな村落共同体』に限定されていたからであり、都市化の進展によって『自分の内面』を見てくれない不特定多数の視線に晒されるようになると状況が一変してくる。

19世紀後半から『女性の美の競争』が本格的に開始されることになるが、ヴィクトリア朝では淑女と娼婦の境界線という道徳的な規制もあって、容姿を化粧・染髪で飾り立てることは敬遠される傾向があり、容姿の変更のしにくさからウエストをコルセットによって異常に細く締め上げる『タイト・レーシング(きつい締め上げ)』が流行することになったという。安価なタブロイド写真やファッション雑誌の流行も『外見的な美の競争』に拍車を掛けたが、それは写真が登場する前には多くの人が『言語的な美のイデア』を基準にしていたのに対し、写真が登場した後には『視覚的な美の基準』を誰もが意識せざるを得なくなったからである。

女性の身体の解放は多くの女性にとって好ましいものであったが、『内面の美』と『外見の美』が切り離される視覚化現象が加速したことによって、『女性の身体は美しくあらなければならないという強迫観念』が社会に広まることになり、タイト・レーシングや拒食症(神経性食欲不振症)といった『不健康な美の追求(身体の人工的な改変)』も増えることになった。

マスメディアの発達によって女優やモデルといった『外見的な美の基準』が呈示されることになり、娼婦と同様に差別対象でもあった華やかで誘惑的な女優の社会的評価が、コペルニクス的転換を遂げることになるのである。女優やモデルといった華やかで美しい外見を売り物とする人たちは、『蔑みの対象』ではなく『憧れの対象』へと急速にシフトしていき、そのファッションやスタイルを模倣しようとする努力が多く見られるようになっていく。

『外見的・身体的な美』にこだわったり強調したりすることは恥ずべきことであるという保守的・道徳的な規範が、視覚メディアの発達や女性の自意識の拡大によって脆くも押し流されてしまい、19世紀後半から『女性の美の追求』はもはや道徳によって押し留めることが不可能な奔流となっていく。男性と女性のジェンダーが均質化されていこうとしている現代社会では、女性だけではなく男性も『美の追求』を始める兆候が見られ始めているが、こういった『男女の美の追求』はマスメディアと市場経済のマーケティングによってその大枠を規定されている部分もある。

本書では『不健康な美の追求』『過度の外見的な美へのこだわり(内面の軽視)』『美的コンプレックスを活用する消費社会のマーケティング』に注意を促すような内容も多く散りばめられているが、ヴィクトリア朝の服飾史(ファッション史)と女性の身体性の相互作用を読み解く中で、『人間の美意識・男女関係の歴史的な展開』について様々なことを考えさせられる。










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■書籍紹介

下着の誕生―ヴィクトリア朝の社会史 (講談社選書メチエ)
講談社
戸矢 理衣奈

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