鈴木みそ『銭 壱巻』(コミック)の感想:“漫画雑誌・アニメ・コンビニの値段”のテーマ

“金銭”をテーマにして経済社会の仕組みを説明する漫画コミックには、『ミナミの帝王』『闇金ウシジマくん』『ナニワ金融道』などいろいろなものがあると思いますが、それらはどちらかというと“借金(負債)・法律の抜け道”と絡んだアンダーグラウンドな社会の厳しさに焦点を当てています。

鈴木みその『銭(ぜに)』は、交通事故で死んだ少年チョキンの損害賠償額(余命の逸失利益)を、ジェニーが算定する『いのちの値段』の章から始まります。少年のチョキンと不思議な女性ジェニーの対話を中心にした『銭』は、借金・負債や経済生活の苦悩をテーマにしているというよりも、世の中で動くお金と仕事の仕組みを分かりやすく説明していくような漫画ですね。

お金・仕事の専門的な話題や実践的なノウハウについて書かれているわけではないのですが、『銭』の壱巻(1巻)であれば『漫画雑誌・アニメ・コンビニの業界』のお金の動きと稼ぎ方についての大まかなアウトラインを知ることができます。1巻しか読んでいないので続きの巻がどんな内容かは分からないのですが、いろいろな業界(仕事)のお金やビジネスモデル、働いている人の実情をテーマにしていくというのが『銭』のコンセプトになっているようです。

『いのちの値段』では学歴・年収・性別・年齢によって損害賠償額に差がつくという話を通して、経済社会における『貨幣(お金)の普遍的な尺度性・交換機能』が示されます。お金で買えないモノは主観的・心情的にたくさんあるけれど、自己と他者の間で『価値の交換(同意可能な等価交換)』をしようと思えば、お金という尺度でその価値を測定したり比較したりせざるを得ないという話になります。

『死亡や傷害の損害賠償・名誉毀損の謝罪・離婚の慰謝料』など、本質的にはお金で謝ったり補償したりする性質に馴染むかどうか定かではない問題であっても、実際的には『言葉で繰り返し謝る・土下座して許しを請う・相手のために行動する』といった補償や謝罪の方法は選ばれず、『然るべき判例・計算法に基づく金額』が落ち度のある相手へと請求されることになります。

その意味では、金銭は個人の内面や価値判断においては『普遍的尺度(価値のものさし)』ではないこともありますが、社会的には他者との共通了解が可能な唯一の『普遍的尺度(価値のものさし)』として取り扱われています。貨幣経済の驚嘆すべき特徴とは、『お金はどんな商品とも交換できるが、物質としてのお金そのものには大した価値がない』ということであり、物々交換では解決困難だった『自分が欲しいモノと相手が欲しいモノとの不一致(交換の不成立)』を原理的に解決したのでした。

『洋服』が欲しいと思って『小麦』を持ってきた人は、『小麦』が欲しいと思って『魚介類』を持ってきた人との間で交換を成立させることができませんが、数多くの商品が集積する“市場”と価値のものさしである“貨幣(お金)”が出現すれば、自分の持っているモノをいったん貨幣と交換することで、いつかは欲しいモノをお金で買うことができます。厳密には、お金の共通価値を担保するために一定以上の政治権力(国家権力)が要請されますが、物質的にただの紙である紙幣はともかくとして、『金・銀・プラチナ』などの稀少な貴金属で鋳造された貨幣(硬貨)は、歴史的に人々からその価値を高く承認されてきたという経緯もあります。

お金は『貨幣経済における万物の尺度』『腐らないことによる交換価値の蓄積(インフレリスクはあるが)』の役割を果たすことによって、人々の普遍的な欲望の対象(誰もが一定のお金を必要とし幾らたくさんあっても困らないもの)となったのでした。品性を疑わせる極端な拝金主義や成金趣味というのは、一般的に『悪評・軽蔑』の対象となりますが、『金銭への態度(意思表明)』が人格評価に結びつきやすいということも、暗黙的に金銭が『普遍的な欲望(関心事)の対象』であることを示唆しています。

漫画『銭』の話に戻ると第弐話『漫画雑誌の値段』第参話『続・漫画雑誌の値段』では、漫画雑誌だけで採算ベースに載せることが非常に難しいという話や、漫画雑誌と単行本(コミック)の単価の比較を通して単行本が漫画雑誌の赤字分を補填する役割を果たしているという話が為されています。漫画家というと一般的には売れっ子の人気漫画家がイメージされるので、ひとつの作品が当たれば大儲けできる商売と思われたりしますが、どの業界でもそうであるように本当に大きく稼げる人というのは一部であり、業界を支える会社も経営状況が厳しかったりするということなのでしょう。

第四話~第六話は『アニメの値段』ということで、アニメ業界の内情と末端のアニメーターとして働いている人の給料の低さが描かれていますが、アニメーターが自立可能になるまで育成するシステムそのものが無い(安価な労働力として使い捨てられる恐れが高い)ということが大きな問題のように感じました。原画と動画の単価の違い、末端にお金が流れないアニメ業界の構造、動画の海外(途上国)へのアウトソーシングなどさまざまなアニメ業界の問題が指摘されています。

第八話~第拾話は『コンビニの値段』で、コンビニチェーンの経営とロイヤリティー(本部への支払い)の大きなフランチャイズ契約の問題がテーマになっていますが、売上高から仕入高を引いた『粗利の40%~60%程度』がロイヤリティーの支払い額となるFC契約では、フランチャイズ店はよほど繁盛していないと利益が出てこないでしょうね。『コンビニの値段』の話では、コンビニ本部を立ち上げて経営者となったワンマンな父親と亡くなっている娘との『親子の物語』も織り込まれていますが、家庭や娘のことを振り返らずにコンビニ経営に没頭していた父親の拘束から次第に解放されていく娘の姿がひとつの読みどころになっています。

他の職業やジャンルの仕組みの話も読んでみたいので、『銭』の弐巻以降も機会があれば読んでみようかなと思います。










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■書籍紹介

コミック 銭 1巻 (Beam comix)
エンターブレイン
鈴木 みそ

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