佐藤賢一『小説フランス革命Ⅲ 聖者の戦い』の書評:フランスの国家権力と第一身分の宗教権威の対立

1789年7月14日、貴族政治の圧政(搾取)に反発して弾圧を恐れる『第三身分』の民衆が、バスティーユの要塞(監獄)を力づくで陥落させたことにより、民主的な議会政治を推進する『フランス革命』が勃発した。アンシャン・レジーム(旧体制)を実力で解体する市民革命によって、平民である『第三身分』と貴族である『第二身分』の力関係は逆転する。封建主義社会の有力者であった貴族階級(封建領主)は、市民革命による抑圧・略奪を恐れて次々と国外に亡命していき、フランス国王16世の王権と拮抗していた貴族階級の地方権力は空洞化していく。

フランス革命によって急進的に君主を廃する『共和政』の気運が高まるかに見えたが、フランスは未だ国家の伝統的権威であるブルボン王朝のルイ16世を完全に排除するという方向にシフトしたわけではなく、現実的な政治秩序を重視するミラボー伯爵を中心として『立憲君主制への移行』が模索される。革命の興奮と熱狂によって、国家の頭であるフランス国王を排除することは容易であるが、ミラボーは権威的な君主のいない共和政において『議会の暴走・大衆の煽動・議員の特権身分化』が起こることを憂慮していた。

議会における革命派の最有力者であるミラボーは、その根底において民衆(ブルジョア市民階級)と議員の理性的判断を完全には信頼しておらず、伝統的権威である国王に議決に対する拒否権を付与することで、『議会の暴走・独善』にストッパーをかけることが不可欠と考えたのである。君主制を廃止しようとする共和主義者は、実際的な政治権力を有さないフランス国王はただのお飾りに過ぎず、亡命貴族の反革命主義者に擁立されて『フランスの内戦』が起こる危険性があると懸念したが、ミラボーは君主制を廃して古代ローマのような共和政に移行するのはまだ時期尚早と考え、『制定予定のフランス憲法+国王の拒否権』で議会の議決を二重に拘束しようとした。

ミラボーは政治権力の行使と革命の進むべき方向性に対して非常に慎重な人物であり、議会を何とか説得するためにルイ16世に『朕は市民革命を支持する立場であり、貴族階級ではなく市民(国民)の側に立つ』という本心とは異なる発言をさせ、立憲君主制の路線を堅守しようとする。議会の動向や世論の変化を見る限り、ルイ16世がアンシャン・レジーム(旧体制・貴族階級)の側につくことを明確にすれば、遠からずルイ16世が急進的な議会勢力(共和主義者)の決定によって処刑されるであろうことをミラボーは予見していたかのようである。

肥満によって健康を害していたミラボーの寿命が後10年でも長ければ、革命の道筋が『国民公会の第一共和政(ロベスピエールの恐怖政治)』から逸れていた可能性もありそうだが、ミラボーは1791年9月に制定されたフランス憲法を見ることなくこの世を去った。市民・民衆とフランス国王の仲介者として、憲法制定議会に大きな発言力を持っていた宰相候補のミラボーが没すると、マクシミリアン・ロベスピエールが加入していた急進的左翼のジャコバン・クラブ(ジャコバン派)の影響力が拡張していき、遂にフランス革命戦争でオーストリアと内通していたフランス国王16世とマリー・アントワネットがギロチン台で処刑されることになる。

本書では、ミラボーの死去やルイ16世の処刑まで進まないが、タイトルに『聖者の戦い』とあるように、国民国家の法理に基づく『キリスト教改革(聖職者階級の独立性の剥奪)』が中心となっている。アンシャン・レジームにおける旧勢力の代表には『国王・聖職者・貴族』がいたが、その中でも『第一身分』とされるキリスト教会(ローマ・カトリックの下部組織)というのは、僧侶が構成する特殊な宗教勢力であり、治外法権に近い身分特権(土地所有権・徴税権)を有していた。カトリックの僧侶の矜持は、国家(国王)の世俗権力に服従せず、ただ天上の神とその代理人であるローマ法王のみに服従するということにあり、古代の政治秩序の黄金律である『国王のものは国王へ、神のものは神へ』という原理原則を守ろうとしていた。

『聖者の戦い』では、キリスト教カトリックの聖職者の慣習的特権を代表するボワジュラン大司教と、貴族階級の高潔で独善的なプライドを代表するタレイラン・ペリゴールとが、それぞれの立場と利害を主張して議論する場面が最大の読みどころとなっている。足に歩行困難な障害を抱えながらも、不屈の政治的野心を燃え立たせるタレイラン・ペリゴールを支えているのは、フランス王家に匹敵する悠久の歴史を持ったペリゴール家の9世紀から続く大貴族としての血統と自尊である。タレイランは表面的には勝ち馬の国民議会に迎合しながらも、自分自身について議会や教会を超越した特権的な君主であるという誇大妄想的な自尊心を肥大させており、キリスト教の権威・民主主義の議会政治・自由主義の政治規律といったものすべてを、『ペリゴール家の1,000年続く血統』に比べれば取るに足りないものだと軽視していた。

タレイラン・ペリゴールは広大な所領と利権を持つペリゴール家の貴族であると同時に、オータン司教という聖職者の地位も持っていたが、タレイランは聖職者階級と教会勢力の治外法権的な特権を剥奪するための提案を自ら議会に対して行った。タレイランは右足が悪かったために、ペリゴール家の貴族としての家督を弟の三男に奪われ、自分の意向を無視して教会の高位聖職者にされたという過去を持っており、キリスト教カトリックの権威や特権を重んじるような殊勝な聖職者ではなかった。タレイランは国家財政を再建するために『教会財産の国有化法案』を提出して、カトリック教会の財産権を国家権力の支配の下に置こうとし、更にカトリック教会の聖職者の人事権さえも教会から奪い取ろうと画策していた。

フランス革命によって中央集権的な国民国家の枠組みが形成されることになるが、その為にはフランス革命以前の『世俗権力(国家権力)-宗教権威(カトリック教会)』という権力の二重構造を解体させる必要があり、フランス革命後のキリスト教改革によって『ローマ・カトリックに帰属する教会・聖職者』から『フランス国家に帰属する教会・聖職者』への転換が断行されていく。国家権力によっても侵すことができないとされた『キリスト教カトリックの財産権(所領)・徴税権・免税特権・人事権』であったが、フランス革命によって宗教勢力や聖職者階級と雖も、国家権力の下にあることが確認されようとしていたのだった。

フランスの国内にあっても、キリスト教会と聖職者は飽くまで『唯一神の僕・ローマ法王の臣下』であり、一つの国の国家権力(国王権力)の下に完全に従っているわけではない、全世界を統治する神は国家(国王)よりも圧倒的に上位の権威であり、国家(世俗の元首)のほうが神(教会)に服属しなければならない。世俗権力の象徴である神聖ローマ帝国皇帝をローマ法王に跪かせた『カノッサの屈辱』以降、『第一身分(聖職者)のロジック』は教会の宗教権威は国家の権力よりも優越するということであり、国家・国王はカトリック教会(聖職者)の既得権益に永遠に干渉してはならないということであった。

しかし、聖職者の観念的で宗教的な治外法権のロジックは、フランス革命の国民国家を形成しようとする熱狂の前に通用しにくくなっており、タレイランは『国家の下の教会・聖職者(国家の税金を俸給として配分されて養われる聖職者)』という政治的序列をカトリック教会に受け容れさせようとするのである。『カトリック教会の財産権・税源・所領』は国家が丸ごと接収するが、聖職者(僧侶)は国家公務員に準じる扱いをして、きちんと国家が税金から俸給(給料)を支払うことを約束するという条件を、国民議会がカトリック教会に厳しく突きつける。

国民議会からすれば『聖職者の生活・教会の施設管理費』を税金で保障するのだから文句はないだろうということだが、カトリック教会は『国家権力からの独立性・自律性(教会が国家の下位機関として置かれないこと)』に飽くまでこだわっており、聖職者の俸給が貰えるか否かということが問題なのではなく、聖職者の宗教的権威と経済的自律性(所領・徴税中心の財産権)に基づく尊厳を守れるか否かが問題なのだった。つまりは、教会が所領と徴税権によって『自前の予算』を組めなくなり、国家に『教会のサイフ・人事権』をがっちりと握られることに対する強硬な聖職者の反発・不満が高まっていたのである。


(ボワジュラン大司教)『ううむ。拙僧の個人的な意見としては、やむなしと。しかしながら、革命のために良かれと、八月には廃止に応じた十分の一税も、十一月に教会財産まで国有化されてしまうと、なんだか話が違うのではないかと、それなら十分の一税の廃止には応じられないと、そう思いなおしている向きも少なくないわけでして』

(タレイラン)『国家の俸給では足りないと、贅沢な生活は止められないと、そういう話でございますか』

『いえ、いえ、贅沢とかなんとか、そういう気持ちからではありません』

ええ、決して、そうではありません。ボワジュランに念を押されて、タレイランも嘘をつけとは切り捨てなかった。こと下級聖職者にかぎっていうならば、カトリック教会に給養されるより、国家に給養されたほうが、かえって収入が増える計算になる。高位聖職者は明らかに減収だが、議員なり、閣僚なり、行政官なりのポストを兼ねることで、それも十二分に埋め合わせられる。ああ、簡単に贅沢が望みだろうとは決めつけられない。

『それでは大司教猊下、なんなのです』

『つまり、その、なんと申しますか。十分の一税がなくなった、土地財産も取り上げられたでは、もう自前で予算が組めなくなる、それは屈辱的な話だと、そう論じる向きがあるわけですな』
『確認させていただきますが、猊下、大切なのは『自前で』という点なのでございますね』

ボワジュランは頷いた。ええ、まあ、そうです。同額の給金を手にするのでも、聖堂の金庫から出された銀貨と、役所の金庫から出された銀貨では、意味が違うといいますか。

微小で相槌を打ちながら、タレイランは思う。大分わかってきた。そうか、連中は自分たちの手で、自分たちの好きにやりたかったのだ。誰の指図も受けたくないし、どこの監査も入れたくないというわけなのだ。

『しかし、そういう御話であられますと、いや、まいりましたなあ』

(中略)

(タレイラン)『はっきり仰ってください。(聖職者の)選挙の全体なにが問題だというのです』

そうやって強く迫ると、今度は黙りこんでしまう。かわりに答えたのが、再びのミラボーだった。もしかすると、大司教猊下、下から選ばれるのは納得できない、聖職者は上から選ばれるべきだと、そういうこだわりであられますか。

ボワジュランは顔を上げた。その充血した目は、まるで救いでも得たかのように、輝く涙に潤んでいた。ミラボーは淡々として続けた。ええ、わからないでもありませんな。

『なんとなれば、カトリックの信仰では、神、聖職者、信徒と、天から地へ、つまりは上から下へと降りてくる序列がある。その教えも、神から聖職者へ、聖職者から信徒へと、やはり上から下に降ろされる。にもかかわらず、聖職者が選挙で決まる、信徒の思惑で決まるということになると、その決定は下から上に昇る形になってしまう』

『それが面白くないし、馴染まないということですか。聖職者を任用するときも、上から下の流れで行われなければならないと』

タレイランが受けて確かめると、ようやくボワジュランは晴れた顔で頷いた。そうなのです。そうなのです。


佐藤賢一『聖者の戦い 小説フランス革命Ⅲ』のP145-P146,P153より引用


世俗社会やキリスト教信者との接点が乏しい『修道院』に至っては、深山幽谷にひきこもるだけで国家や国民に何らの貢献もしていないのだから、血税で養う根拠はなく修道院は廃止すべきだという意見までもが沸き起こってくる。かつて国家権力からの一定の独立性が保障されていた『第一身分(聖職者階級)』は、フランス革命によって財産権(独自財源)や免税特権などを剥奪されるだけでなく、国家から管理・扶養される国家公務員としての地位に追い込まれて、政治的・経済的な自律性の命脈を止められようとしていた。

既得権益と自律性・独立性を奪い取るあらゆる角度からの政治改革の波が、急速にカトリック教会を呑み込んでしまうことになり、『形式的な神聖権威』『実際的な世俗権力』の元に屈従せざるを得なくなった。プロテスタントの進出を憂慮するカトリック教会は、従来の既得権益(政治的経済的な独立性)を守れないとしても、せめて『フランスにおけるカトリックの国教化』を法律で認めさせようとした。しかし、国民議会は『信教の自由・宗教弾圧の抑止』を理由にして、カトリック教会の必死の嘆願をあっさりと退けてしまい、第一身分である聖職者階級の布教の基盤さえも揺らいだのである。

フランス革命の身分間闘争は、『集権的な国家(政府)に管理・干渉・命令されたくないという旧勢力(貴族・聖職者)の抵抗との戦い』という様相を帯びているが、ボワジュラン大司教を中心としたキリスト教カトリックの抵抗はタレイラン主導の議会に押し切られることになる。

本書では、マクシミリアン・ロベスピエールの『納税額に基づく制限選挙に反対する演説(普通選挙の実現を要請する演説)』に感激して涙を流すダントンが、ロベスピエールの演説を支持する評論を自分が刊行する政治新聞に書き、ロベスピエールに対する市民・民衆の支持が急速に高まっていく場面が描かれる。『新聞』という新たなマスメディアによって、民衆の世論や支持をコントロールできる時代が到来したのであり、反王政・反ブルジョワの純粋な民主主義者であるロベスピエールが『時代の寵児(一般意志の熾烈な具現者)』として権力の階梯を駆け上がる日が刻々と迫っていた。

ロベスピエールは急進的な左派の共和主義者によって構成される『ジャコバン・クラブ』を代表する演説家として頭角を現してくるが、かつてロベスピエールを思想的に教導していたミラボー伯爵は、純粋無垢で曖昧さや妥協を許さない青年ロベスピエールの高潔(公共性)を極めたかのような人格に『危険な理想主義者の影』を見ていた。市民革命の困難は言うまでも無く『破壊の後の再建』にあるのだが、急進的にアンシャン・レジームを解体して共和政の新秩序を確立しようとするジャコバン派のロベスピエールは、旧来勢力との妥協や交渉に価値を見出すことができない。

ジャン・ジャック・ルソーの言う一般意志を反映した民主主義政治を理想とする潔癖なロベスピエールは、女性との親密な時間を楽しむ暇もなく、ストイックに政治改革の道へと邁進していくが、歴史はロベスピエールをもう一人の危険な理想主義者であるルイ・アントワーヌ・レオン・ドゥ・サン・ジュストに引き合わせようとしていた。その後、サン・ジュストは若干25歳で国民議会議員となり、ロベスピエールの冷徹な参謀として恐怖と流血の革命を推進するために辣腕を振るう。美貌に恵まれた容姿と冷徹な政治判断によって『恐怖政治の大天使』という異名を取ることになったサン・ジュストは、扇情的で攻撃的な反王政(共和政樹立)の演説を行って、ルイ16世とマリー・アントワネットをギロチン台に送ることになる。










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■書籍紹介

聖者の戦い (小説フランス革命 3)
集英社
佐藤 賢一

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