“選択的夫婦別姓の導入”と“婚姻制度・家族形態の変質”について

民主党が来年の通常国会に『夫婦別姓』を認める民法の改正案を提出するようです。男女が結婚した場合に『同姓』を名乗っても良いし『別姓』を名乗っても良いとする『選択的夫婦別姓』ですので、実質的に法律によって別姓(同姓)にせよという強制があるわけではありませんが、1947年に制定された民法の大幅改正となります。この改正案では、男女が結婚できる年齢も同じ“18歳”で揃えられるようです。


夫婦別姓導入へ…政府、来年にも民法改正案

[解説]夫婦別姓、広がる「通称使用」追認

夫婦別姓、戸籍廃止と一緒にできないか(『404 Blog Not Found』)


選択的夫婦別姓の議論はかなり前から続けられていましたが、保守派の議員・国民からは『姓が異なると同じ家族の一員としてのアイデンティティが弱まる・中長期的に婚姻制度と家族制度が衰退して事実婚及びシングルマザーが増加する』という反対意見も根強くありました。

今までは、結婚すれば『夫の姓』に妻が変更するというのが婚姻の慣習として根づいており、妻の側の家名(家系)を残したいという事例などを除いて、9割以上の既婚者が『夫の姓』を名乗っています。結婚する男女双方の合意によって同姓か別姓かを選べるという『選択的夫婦別姓』は、誰の選択の自由も侵害しないということで基本的には賛成なのですが、保守派の『伝統的な家族制度の変質・衰退』という懸念は、夫婦が同姓であるか別姓であるかという事とは別の要因によって進行しているようにも思えます。

婚姻による夫婦同姓を定める民法750条では『夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。』とありますが、この規定は男女平等化された『イエ制度』の名残のように感じます。日本では戦前まで結婚の主体は『個人』ではなく『イエ(家系)』であり、結婚する女性は“妻”である以上に夫側のイエの一員となる“嫁”としての社会的認識を持たれていました。

“嫁入り・奥さん・結納・入籍”などの概念も、イエ制度を前提とした婚姻をイメージさせるものですが、『イエ(家名・家系)という永続的な器』の中に個人の男女が入って、そのイエの家名や歴史、血統を守り伝えていくというのが伝統的な婚姻観でした。現行の民法では『戸主権(家父長権限)・家督相続権』を備えたイエ制度は否定されていますが、地方の農村部や歴史のある旧家の家系では今でも婚姻とイエを区別していないし、一般国民レベルでも『配偶者の戸籍に入る』という意味でのイエの観念は共有されている部分があります。

選択的夫婦別姓とは別に『戸籍制度の廃止』を巡る議論も出てきていますが、これも国家が国民を『家族単位』ではなく『個人単位』で登録して管理しようとする政策の一つだと言えます。戸籍制度の廃止というのは、市役所の管理行政の抜本的な改革でありデータベースの全面的更新のコストも伴いますから、国民感情の反発も含めて、選択的夫婦別姓よりも廃止までのハードルは相当に高いと思います。

恐らく、選択的夫婦別姓が実現したとしても、結婚する夫婦の過半は今まで通り『同姓』を選択するのではないかと予測されますが、選択的夫婦別姓で『別姓』を選択すると想定されている層は、職業上の一定のキャリアがあって『婚前の姓』を正式な姓として用いたい女性ですね。

その意味では、選択的夫婦別姓の趣旨は『男女共同参画社会・女性の社会進出(職業活動)・職場での女性の継続的なアイデンティティ確立』の推進にあるとも言えます。民主党が提案する『配偶者特別控除・扶養控除の廃止』という税制改革も合わせて考えると、これら一連の法改正は『女性の労働者化=税源化・非専業主婦化』という経済活性策との親和性を持っているように感じます。

現実的には、男性の平均所得の低下や雇用情勢の悪化などにより、夫婦が一緒に働かないと家計を維持できない世帯が増えていますから、こういった婚姻制度・税制の改革によって女性の社会進出を推進する方向性は概ね正しいと思いますが、『伝統的とされる家族形態』は更に大きく変化していくと予測されます。夫婦別姓だと結婚したのかしていないのかが他者(周囲の関係者・家族サービスなどの提供業者)からは分かりにくいということはあるかもしれませんが、別姓であるから夫婦の絆や家族の結びつきが弱くなるとは一概には言えないでしょう。

選択的夫婦別姓の問題に限らず、『未婚化・晩婚化・離婚・核家族化・少子化・経済格差』などの要因で、“婚姻の形骸化”や“家族の空洞化”が進んでいく傾向にありますが、『結婚する喜び・家族を持つ幸せ』をどういった部分や時間に求めていくかが更に個々人に問われていくことになりそうです。ただ、十分な所得を稼いで経済的に自立している女性が、『夫婦別姓』で結婚するメリットがどこにあるのか、事実婚(同棲)との明確な違いがどこにあるのかという問題も出てきそうなので、子ども関連の福祉が婚姻制度と切り離されているのであれば、『未婚者・事実婚・シングルマザーの増加』は避けがたいでしょう。

『夫婦別姓・経済的な依存無し・扶養による税控除のメリット無し・夫婦で共有する時間も短い・婚姻とは別の児童福祉が充実』という条件が揃った場合には、本格的に『家族単位の社会』から『個人単位の社会』へのシフトが起こり、欧州のように『婚姻制度の形骸化(事実婚とシングルマザーの増加)』が起こる可能性がありそうには思います。『事実婚(同棲)』と『法律婚』の間にある差異がますます少なくなるという方向性を示唆していますが、そもそも男女のすべてが経済的に自立していて婚姻制度の恩恵が乏しいと仮定した社会では、不倫の抑制などを除いては敢えて法律婚を選択する動機づけが、『関係性の法的承認』以外には乏しくなるのでしょう。

低成長の成熟経済や男女双方の長時間労働によって『家族で一緒にゆっくり過ごす時間=休養・回復・対話の場としての家族』がシュリンクする傾向にあるということはやや憂慮すべき点ですが、『家族単位の社会』『個人単位の社会』へと婚姻・戸籍の制度を変更することで、個人が帰属する中間的共同体が衰退して個人の孤立感が一層強まるという副作用は出るかもしれません。

個人と産業社会(国家)との間の緩衝材として、『家族(帰れる場所)』がいつもがっちり存在しているという図式が崩れやすいという問題はありますが、これは夫婦だけの核家族では仕方がないかもしれません(その代わりに、大家族のしがらみや親族の干渉からかなり自由になれるメリットもあるわけですから)。

“伝統的な家族”は確かに個人(女性)を抑圧する装置として機能してきた面があるのですが、国家・社会・企業とは異なる“保護的な帰属先”として機能してきた相互扶助の役割も指摘できます。“溜めとしての家族”が減っている現代社会では、ある程度恒常的に『帰れる場所』として機能する『新たな形態の家族』も求められていると思いますが、そういった精神的・経済的に安定して支え合える家族(個人レベルの共同体)を、どうやって増やしていけるのかというのも今後の課題になりそうです。










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