S.フロイトの“エディプス・コンプレックス”とM.クラインの“原始的防衛機制”に基づく発達的な病因論

『前回の記事』では、S.フロイトの無意識概念に基づく精神分析の病因論と作用機序を考えてみたが、精神分析の病理学の特徴はエミール・クレペリンの生物学主義を否定して『精神症状の心理学的意味(欲求の抑圧のメカニズム)』を探求したところにある。フロイトは『偶然の産物・脳神経系の機能異常』に過ぎないとも解釈できる『失錯行為・夢・神経症(精神疾患)』のすべてに独自の理論体系に基づく意味を求めたが、これは『自然な病的過程・生物学的な原因』に批判的なスタンスであった。

精神病理を生物学的・脳科学的な『ストレスの介在する自然的現象』とする見方も科学的知見として優勢であるが、精神分析の病理学は神経症(精神疾患)を『自己解釈の介在する意味の病理』の地平に位置付けた。『本来の意味・欲求』は抑圧や投影を初めとする各種の自我防衛機制によって変質され隠蔽されることになり、その変形した意味・欲求は『夢の内容・精神症状』へと転換されるのである。精神分析では『顕在的な意味』と『潜在的な意味』という意味構造の二重化によって、『意味の病理としての神経症(精神疾患)』を説明するのだが、これは表面的に観察することのできる症状や夢から潜在的・無意識的な意味を解読していくプロセスを示唆している。

精神分析は内面心理で葛藤する『複数の力』を想定する力動的心理学とも呼ばれるが、フロイトの自我構造論では『エス・自我・超自我』という3つの力の量的関係(量的な競争)のバランスの崩れによって精神症状の病態が形成される。精神病理としての現象を『心理的な力(機能)のバランスの崩れ』に求めるのであれば、精神病理的現象の本質は『質的な意味』ではなく『量的なバランス』にあることになり、症状は『特定の意味づけへの抵抗』としても解釈できるようになる。

症状に対する意味づけを拒むような事例は、統合失調症の陽性症状や双極性障害(躁鬱病)の気分変動などにおいて顕著であるが、これらの精神病は現在では『脳内の神経伝達物質(セロトニン・ドーパミン)の分泌障害』に原因が求められている。統合失調症や双極性障害の『発症・経過・予後』は、脳神経系の機能障害や向精神薬による治療という生物学的要因に還元されているが、S.フロイトが記述した妄想型統合失調症の『シュレーバー症例』では体系的な妄想症状による『失われた現実感覚の再建』が示唆されている。

現実と空想(妄想)を区別する現実検討能力が障害される統合失調症は、精神分析の病理学では『発達早期(口愛期)へのリビドーの固着・退行』に病因が求められていたが、これは所謂リビドー発達論における精神発達の障害のことを意味している。フロイトは『口愛期の自体愛への退行・固着』である一次的ナルシシズムによって、正常な他者・外界との関係や現実適応的な能力が障害されるとしたが、クライン以降の対象関係論では『投影性同一化』による自己と他者の心的世界の混乱が統合失調症の陽性症状を生み出すと考えるようになる。

統合失調症の発症を説明する科学的な病因論としては、『精神分析の発達障害論(リビドー固着論)』は明らかに間違っているのだが、S.フロイトが問題提起した『エディプス・コンプレックスの葛藤の克服・挫折』は精神の正常な発達プロセスと深い相関を持っている。

『異性の親』に対する愛情・独占欲と『同性の親』に対する敵対心・憎悪の葛藤であるエディプス・コンプレックスを経験することの意義は、内的な道徳規範としての『超自我の確立』である。『幼児的な全能感(一方的な依存心)』を満たそうとするエスの本能的欲求が、エディプス・コンプレックスと関連する『去勢不安』によって断念させられることになり、エスから超自我という道徳的な心的機能が分化するのである。

エスから超自我が分化することの発達上の意義は、『親の持つ社会規範の内面化』であり、自分の思い通りにならない『社会的現実(現実原則)』の存在を実感的に認識することができるようになる。エディプス・コンプレックスによって『父親に象徴される社会的現実・外的規範性』に直面することになり、それによって現実検討能力が強化され『社会性・道徳性の獲得』が促進していくのである。

統合失調症に代表される精神病の論理的な病因論としては、対象関係論の始祖であるメラニー・クラインの精神発達理論も興味深い構成になっているが、クラインは無意識的幻想に内在する『死の本能(タナトス)』に着目した。タナトスの具体的な表現として『破壊衝動』と『性衝動』が見られるのだが、M.クラインはプレ・エディパル期(エディプス期以前)の早期母子関係の中に作用する『原始的防衛機制(分裂・投影性同一化)』を定義して、この不適応な原始的防衛機制が幼児期以降に遷延することによって精神病的な症状が形成されるとした。精神病の症状とは、現実認識能力を低下させる『原始的防衛機制』を用いざるを得ない未熟な早期発達段階への退行として解釈されたのである。

M.クラインの1歳までの早期発達理論は『妄想‐分裂態勢・抑うつ態勢』に分類されているが、妄想‐分裂態勢では母親という一つの全体対象が『(自分を安心させる)良い母親』と『(自分を不安にさせる)悪い母親』に分裂させられており、『悪い母親(悪い部分対象)』に対して破壊衝動が向けられている。

『妄想‐分裂態勢(0歳~3,4ヶ月)』の発達段階では、母親という一人の人間(全体対象)に『良い部分』と『悪い部分』の両面があることを理解することができず、『分裂(splitting)』の原始的防衛機制によって、母親の全体対象を『良い部分対象』と『悪い部分対象』の二つに二分法的に分割してしまう。そして、『良い部分対象』には羨望(嫉妬)と依存というアンビバレンツな感情を抱き、『悪い部分対象』には破壊衝動を向けて攻撃するのである。

『抑うつ態勢(4ヶ月~12ヶ月)』にまで発達が進んでくると、それまで攻撃していた『悪い部分対象』も母親の一部分であることに気づき、自分を愛して世話をしてくれた母親を破壊しようとしたことに対する罪悪感と抑うつ感が発生する。抑うつ態勢では、過去に破壊衝動を向けた『悪い部分対象』を元通りに回復しようとして『償い』の感情が生まれるという特徴があるが、抑うつ感と償いによって『良い部分対象と悪い部分対象の統合・内的対象と外的対象の統合』という現実吟味能力が形成されるのである。

自己と他者を区別する現実認識が生起してくる抑うつ態勢を経過することで、非適応的な破壊衝動と分裂機制が抑制されるのだが、発達早期に母子関係の障害や愛情剥奪(母性剥奪)などの問題があると幼児的な退行を起こして、病態水準の高い精神疾患が発症してしまう恐れが出てくる。現実と想像(妄想)の区別が曖昧になって現実吟味能力が低下する統合失調症だけではなくて、かつて精神病と神経症の中間的症状とされた境界性パーソナリティ障害(ボーダーラインの境界例)も、クラインの分裂や投影性同一化の防衛機制によって理解することが可能である。

他者と安定した対人関係(信頼関係)を維持できない境界性パーソナリティ障害では『賞賛と否定(こきおろし)の二分法的な対人評価』が問題になることがあるが、これは妄想‐分裂態勢への退行による『迫害妄想(自分が攻撃される妄想)』『分裂の防衛機制(相手の良い面と悪い面の完全な切り離し)』によって説明される。

更に、自分のネガティブな性格特性や感情の断片を切り離して、相手の性格や考え方に投影し、自己と他者の間の境界線が曖昧化(自己の感情を投影した他者との想像的な同一化)する『投影性同一化』によって、精神病水準の妄想・幻覚・攻撃性の症状が生み出されることがある。

その為、乳幼児や精神病者が投影してくる『破壊衝動』を、彼らと向き合う他者(母親・臨床家)がどのようにして受け取るのかによって、乳幼児や精神病者の示す『破壊性・同調性のレベル(症状の程度)』に変化が生じてくると解釈される。投影性同一化そのものが病的な防衛機制なのだが、その投影性同一視が更に他者によって冷淡に拒絶されたり復讐的な反撃が返されるということになれば、『迫害妄想の強化・自己破壊的な超自我の強化』によって防衛的な精神症状がいっそう悪化する危険が出てくる。

投影される迫害妄想や破壊衝動に対して、共感的な理解や物語的な解釈を適切に返していくことで、『破壊衝動の連鎖』を断ち切る可能性が生まれ精神病者の罪悪感や自己否定感情の緩和にもつながる。メラニー・クラインの独創的な早期発達理論は実証科学的な根拠があるものではないが、幻想的無意識を前提とした乳幼児の精神内界の類推には、青年期以降のパーソナリティ障害や精神疾患を読み解くヒントが多く散りばめられているように感じる。






■関連URI
家庭環境(親子関係)が性格形成に与える影響と“社会性”の始点としてのエディプス・コンプレックス

フロイトのエディプス・コンプレックスとコフートの自己対象との共感的関係

発達早期の母親剥奪(mother deprivation)とナルシシズム(自己愛)の歪曲の問題

■書籍紹介

メラニー・クライン―その生涯と精神分析臨床
誠信書房
ジュリア・スィーガル

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