アクスラインの遊戯療法の8つの基本原則とロジェ・カイヨワの『遊びと人間』に見る“遊び”の本質

箱庭療法は『作品の共感的な鑑賞』『作品の無意識内容を絡めた解釈(物語性)』がセットになって行われますが、作品を見た瞬間に受けるイメージや雰囲気を味わいながら、より深いレベルの無意識的意味や象徴性などの分析を進めていきます。分析家(カウンセラー)が分析した作品の無意識的意味や解釈を、直接的に伝える必要がある場合もあれば無い場合もありますが、子どものクライアントが自由な保護された空間の中で、自己の内的状況を生き生きと表現できることに箱庭療法の意義があります。

前回の記事の続きになりますが、箱庭療法の作品から分析的に読み取られたテーマは、支持的カウンセリングなどに柔軟に応用することが可能であり、箱庭作品に投影されたテーマや情動を的確に洞察することによって、クライアントの問題の中心へと接近していくことができます。ユング派の精神分析療法に精通している分析家であれば、神話や伝説、昔話のイメージを、支持的カウンセリングの中に分かりやすく取り入れて行くこともありますが、ユングの分析心理学というのは『時間軸を超えたイメージの連関性』を読み解いていく知識・技術にその真髄があるとも言えます。

C.G.ユングが考案したアクティブ・イマジネーションの技法も、元型のイメージを活用して現在と過去をつなぐような普遍的意味を創出するテクニックですが、『イメージが持つ共時性(シンクロニシティ)』をどのようにクライアントの現実的な苦悩に適用できるかが問われます。

遊戯療法(プレイセラピー)の基礎理論としては、C.R.ロジャース『クライエント中心療法』があり、遊びの持つカタルシスの効果と遊戯療法の構造を理論化したのはクライエント中心療法を実践していたV.M.アクスラインという女性の臨床家でした。ロジャーズのクライエント中心療法と言えば直接の助言指導を行わない『非指示的技法』の代表ですが、アクスラインの遊戯療法も指示や解釈・介入を最大限に排除して、子どもの自由な遊びに焦点づけしたことから『非指示的遊戯療法』と呼ばれます。V.M.アクスラインは非指示的な遊戯療法によって、ロジャースの仮定した生得的な『実現傾向(成長・健康・解決に向かう人間の本性)』が促進されると考え、以下のような『遊戯療法の8つの基本原則』を提起しています。


1.温かで共感的な対応を心がけ、子どもとラポール(相互信頼関係)を形成しやすくする。

2.子どもをありのままに受容する。

3.子どもが自由に遊べるような許容的雰囲気を作る。

4.子どもの感情表現に対して、適切な気持ちを反射してあげる。

5.子どもに遊びを通して自信と責任を持たせるようにする。

6.子どもを指導・統制しようとせずに、非指示的態度で子どもの行動の後にカウンセラーが従う。

7.遊戯療法の過程を焦らずに、ゆっくりと進む治療プロセスを待つ。

8.子どもの発達に見合った『現実原則』が働くような一定の制限を与える。


子どもと普段接しておらず『子どもの遊びの世界』から遠ざかった生活をしている大人のカウンセラーには、アクスラインの8つの基本原則を実践することはかなり難しく、子どもの遊戯療法は大人の心理療法以上に適性(向き不向き)が問われるものになります。一般的には、男性カウンセラーよりも女性カウンセラーのほうが遊戯療法の適性や動機づけが高い傾向がありますが、最低でも『子どもと同じ目線で接するのが好きで、子どもとのコミュニケーションを楽しめる』という人でないと遊戯療法の効果を十分に引き出すことはできないでしょう。保育士や幼稚園教諭、小学校教諭などの適性ともオーバーラップする部分も多いですが、特別な遊戯療法の面接でなくても保育園・幼稚園の遊びの中で遊戯療法的な状況が生まれることもあります。

カウンセリングの技法はその効果発現の方法論によって『支持療法・洞察療法・表現療法・作業療法』などに分類されますが、遊戯療法は『表現療法』の一種として位置づけられます。広義の表現療法の中には、芸術療法(アートセラピー)や色彩療法(カラーセラピー)、箱庭療法なども含まれるので、一概に子どもだけにしか表現療法が適用されないわけではないのですが、遊戯療法という時には『児童心理臨床分野の技法』という意味合いが濃くなります。

思春期以上のクライアントのカウンセリングでは『表現』を用い、児童期以下の子どものカウンセリングでは『遊び』を用いるわけですが、『大人の表現活動』には『遊びの要素』はあっても遊びそのものと完全に同一視することはできません。大人の遊びには『非日常性・非現実性・利害関係・遊び外部のインセンティブ』などが含まれていることがあり、日常生活と遊びがリンクしながら『遊びそのもの』を純粋に楽しむようなタイプの子どもの遊びとは異なるからです。

幼児期の子どもは『多少の勉強・学習』はしなければならないとしても、基本的には『遊ぶのが仕事』と言われるように一日のかなりの部分が『遊び』に費やされます。特別な英才教育や幼稚園・小学校の受験をする子どももいますが、一般的に子どもは『仕事・生活に追われやすい大人』と比べれば『遊びに費やす時間の比率』が大きく、各種の遊び(ひとり遊び・集団遊び)を通して知的にも対人関係的にも成長していくという側面があります。大人にとっての“遊び”は、『社会的責務からの解放・リラックス』『メインである仕事・生活以外の娯楽(余興)』という含意があり、基本的には『日常的な仕事』の対義語として『非日常的な遊び』が配置されているわけです。

『遊び(プレイ)』は人生を豊かに楽しみ刺激的に味わうための行動ですが……遊びには『労働を中心とする社会活動の残滓(残りかす)』というネガティブな解釈もあれば、『人間世界を発展させる文化文明の原動力・人間精神を活性化させる好奇心の源泉』というポジティブな解釈もあります。人間存在の本質を遊びに見出したオランダの歴史家ヨハン・ホイジンガ(Johan Huizinga, 1872-1945)『ホモ・ルーデンス(遊ぶ人間)』という概念を作りましたが、フランスの哲学者ロジェ・カイヨワ(Roger Caillois, 1913-1978)は著書『人間と遊び(1958年)』の中で、純粋な遊びの本質を以下の6点に求めています。


純粋な遊びが持つ特性

1.自由な活動

2.隔離された活動

3.未確定の活動

4.非生産的活動

5.規則のある活動

6.虚構の活動

遊びの分類

アゴン(競争):スポーツやゲームなど勝ち負け・優劣の結果がある遊び。

アレア(偶然):宝くじやルーレットのような偶然の運に賭ける遊び。

ミミクリ(模擬):演劇(ドラマ)やごっこ遊び、物真似のような模擬的な状況を再現する遊び。

イリンクス(眩暈):遊園地の遊具やブランコのように感覚的な刺激・興奮を楽しむ遊び。


ロジェ・カイヨワが人間の社会・文化を振り返りながら考察したように、遊びには『非日常的な特徴』や『種類の多様性』が認められます。更に、遊びには『今ある現実世界』とは別の『特別な時間・空間』を想像力を駆使して作り出せるという魔術的な力があり、人間の知的好奇心やコミュニケーション欲求、変化への感受性を強く刺激するという作用があります。『遊び』は本質的に、人間の精神を疲弊させる『単調さ(退屈さ)・面白味の無さ・感情の抑圧・日常の閉塞感』を否定する特徴を持っており、この遊びの特徴が良い方向に作用すると人間の精神の健康を促進したり、人間社会を進歩(変化)させる知的欲求を刺激することになります。

『創造力・理想のビジョン』と遊びが結びつけば、産業活動・文化芸術の発展に貢献することになり、『怠惰逸脱・非生産性』と遊びが結びつけば、人心の荒廃や社会活動に対する無気力に行き着くことになりますが……遊びはカウンセリング(遊戯療法)にも応用されているように、『心身の回復・休養とリフレッシュ・認知の肯定的転換』と結びつきやすい性格も強く持っています。

古代ギリシア=ローマでは『学問・芸術・戦争』といった貴族階級・職人階級の公的な営為さえも『遊び』としての一面を持っていましたが、科学技術やインターネットが発達した現代社会における『遊び』はより複雑化・多様化すると共に、パーソナル化(個人化)してきています。『遊び』の持つ創造性(新規性)や回復性(休養効果)、刺激性(インスピレーション)を自分や他者(社会)に有用な形で取り込んでいけるかどうかは難しい課題ですが、『本業(義務的な活動)』と『遊び(自由な活動)』のバランスを取ることの重要性はますます高まっています。






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■書籍紹介

遊びと人間 (講談社学術文庫)
講談社
多田 道太郎

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