A.エリスのABCDE理論のモデルと“不快な気分・苦痛な感情”を改善する合理的信念の効果・特徴

認知療法を参照した『怒りの感情』のコントロールでは、『怒りの発生原因』『他者への要求・報復』に着目して自分の情動的な怒りを自発的にコントロールすることを目標にしました。アルバート・エリスの論理情動行動療法(REBT)の『ABCDEモデル』アーロン・ベックのうつ病の心理療法に応用される『認知理論(抑うつスキーマ・モデル)』では、『客観的な出来事(A)』『結果としての感情・気分(C)』が直接的に結びついているとは考えないところに特徴があります。


アルバート・エリスのABCDE理論

A(Activating Event)……きっかけとなる客観的な出来事や対人コミュニケーション、外部環境。

B(Belief)……客観的な外部の出来事(事象)や人間関係をどのように受け止めるのかという信念・認知・考え方。

C(Consequence)……個人に特徴的な認知や信念(思考)によって発生した結果としての感情・気分。

D(Dispute)……さまざまな心理的問題や不適応状態を生み出す非合理的な信念(イラショナル・ビリーフ)に対する論理的な反論や有効な反駁。

E(Effective New Belief,Effective New Philosophy)……気分の落ち込みや感情の悪化などの問題を未然に予防できる効果的な新しい信念(効果的な新しい人生哲学)。


嫌な出来事があったりつらい体験をすれば、誰でも気分が落ち込んで憂鬱になっても当たり前という『常識的な心理観』には一般的な説得力がありますが、実際には、同じような嫌な出来事やつらい仕打ちにあったとしても、それほど深刻な精神的ダメージを受けずに短期間で立ち直って、いつも通りのコンディションを取り戻せる人が数多くいます。どうして同じような不快な出来事やコミュニケーションを体験しても、深刻に落ち込んだり激しく怒ったりして何も手につかなくなる人もいれば、それほど落ち込まずに感情の動揺を起こさず、自分のやるべきことにしっかりと取り組める人もいるのでしょうか。

その疑問に対する最も代表的な回答は『それは生まれ持っての気質・性格の違いであり簡単には変えられない』というものですが、生得的な遺伝要因や性格傾向によって『自分は落ち込みやすく傷つきやすい』ということが分かっても、不快な気分や苦痛な感情を和らげる効果というのは余り期待できません。あるいは、『過去のトラウマや親子関係の歪みによって傷つきやすくストレスに弱い性格(精神疾患の発症リスクがある病前性格)が形成される』という問題は確かに深刻なものとしてあります。しかし、『過去のトラウマ体験や両親の養育態度に大きな問題があったこと』が分かっても、過去の記憶と感情の整理(納得しての統合)だけでは、自分の抱えている『現在の問題』を解決できるわけではないでしょう。

『客観的な出来事・経験(A)』がどのような影響をその人に及ぼすのかは、その人の『信念・認知(B)』によってかなり大きく変化してきますので、認知療法や論理情動行動療法の目的の一つは『嫌な出来事(A)=嫌な気分・苦痛な感情(C)』の因果論的(直接的)な結びつきを切り離すことにあります。嫌な出来事や不快な体験と一言でいっても、物理的な被害を受けるものや耐えられる限度を越えた嫌がらせというものもありますから、すべての感情・気分を『物事の受け止め方(認知)の変容』で良い方向に変えられるわけではありません。

しかし、自分を苦しませたり追い込んだりするだけの『非適応的な認知(考え方)』を改善して、自分の気分を前向きにして“やる気・意欲”のでる『適応的な認知(考え方)』を手に入れることで、『本来、感じる必要のない不快な気分・感情(自分の内面で一人相撲を取って追い詰められていく心的過程)』の多くを未然に予防する効果はかなりあります。

『哲学的な本質の探究』や『社会構造(政治内容)の矛盾の考察』など深く考えれば考えるほど、絶望的な気分になったり日常生活に意味がないような価値観に捕われたりする認知(信念)の持ち方もあるのですが、こういったある意味『自分が好きな分野の考え事をして苦しんでいる(趣味的な思索・考察で知的興奮を得ながら苦しんでいる)』というのは実際の生活に支障や不利益がない限りは無理に修正する必要はないのかもしれません。

いずれにしても、認知療法では『自分で今の不快な状態を変化させたい・苦痛な気分を改善するための努力をしよう』という内発的な動機づけがなければ効果を発揮することができませんから、『意地でも変えたくないという信念・絶対に守ろうと思っている考え方』などをテクニカルに変えることまでは出来ないと言えます。認知療法で重要なのは、『客観的な出来事』に対する『自分の認知(物事の受け止め方や解釈)』『感情・気分の内容・レベル(強さ)』を規定しているということを実感として理解することですが、非適応的な認知(考え方)の特徴は『自分・他人・未来を否定して前向きな意欲(気力)が無くなること』にあります。

嫌な気分や不快な感情に苦しめられている時には、『頭の中にある認知(考え方・受け止め方)』を文章にして捉えなおしていくと、『自分がいつも陥りやすい認知パターン』が分かってきます。どういった認知が適応的で、どのような認知が非適応的なのかというのは一概に言えませんが、『認知の適応性』の最も簡単な判断基準は『その考え方をし続けることが、自分の人間関係や日常生活の改善に役立つのか否か』という基準です。その認知(考え方)を自分が持ち続けることで、自分の感情生活が混乱したり人間関係のトラブルが増えるのであれば『非適応的な認知』である可能性が高く、自分を苦しませたり落ち込ませたりする非適応的な認知は変化させたほうが良いという結論に至ります。

自分の認知は『自分の信念(過去の経験から築き上げてきた価値判断・自尊心の持ち方)』に置き換えて考えることもできますが、過去の学習や経験によって段階的に形成された『認知・信念』を肯定的なものに変えるというのはそう簡単なことではなく、『適応的で肯定的な認知(信念)』を文章にして自分で何度も内容を理解し、真剣にその考え方を実生活・人間関係の中に取り入れていかなければなりません。

認知療法を用いるカウンセリングの課題は『喜怒哀楽の感情を感じなくすること(機械的な合理主義精神・感情の切り捨て方を身に付けること)』にあるのではなく、『苦痛で不快な感情(抑うつ・不安・怒り・悲しみ)を極端に強めず長引かせないこと』にありますから、適度なレベルの怒りや悲哀、憂鬱などの感情すべてを全否定するものではありません。同じような否定的感情であっても、『怒るべき時に怒る・悲しむべき時に悲しむ』といったレベルであれば特別な改善の必要性などはなく、人間のごく自然で一般的な心理反応(ストレス反応)であると言えるでしょう。

改善すべき問題となるのは、『否定的感情が長期化・慢性化して、日常生活や人間関係を円滑に楽しむことができない(自分の苦しみ・他者の迷惑・社会生活の障害)』といった非適応的な状態です。もし、『感情・気分の悪化』によって通常の社会生活や人間関係が大きく障害されていて、現在の認知(信念)のままでは状態が改善する見込みが立たないというのであれば、『悲観的認知(悪い方向に物事を受け取る思考の癖)』『否定的感情(怒り・絶望・抑うつ)』の結びつきを切り離す認知療法的な取り組みをすることには価値があると思います。

人間は結局のところ、『自分が心から納得した考え方(違和感なく信じられる価値観)』しか受け容れることが出来ないので、認知療法(論理情動行動療法)ではアルバート・エリスの上記のモデルで言う『D(Dispute:反論・論駁)』のプロセスが非常に重要なものになってきます。自分で自分をひたすら苦しめて物事に対する意欲を無くしてしまう『非適応的な認知・信念』を、どのような論拠や理屈で反論(論駁)していけるかを自分自身で考えたりカウンセラーの支援を受けながら考えていくということですが、この時に『本当は納得していないけど、論理(理屈)としては正しいことは分かる』という段階までは大半の人が自己学習のセルフヘルプで行き着くことができます。

その先の段階に進むためには、『適応的認知(合理的信念)を信じてみて実際に気分が良くなるという体験』を何度か繰り返す必要性があります。例えば、他人から批判や悪口を言われて気分が落ち込んだ時に『他人から批判(否定)される自分はダメな人間であり、人から好かれない人生には意味がない』という非適応的な認知を持てば、更にどんどん気分が暗くなって行動力も無くなっていきます。

しかし、『他人から批判されたからといって自分の価値がなくなるわけではないし、自分にとって大して重要でもない他人の言葉や態度に自分の気持ち・人生が支配されるのは馬鹿馬鹿しい。すべての他人から嫌われることなどは有りえず、自分にできる範囲で人間関係を楽しめれば良い』という適応的認知を持てれば、気分が軽くなって次の新たな目標に向かう行動力が生まれてきます。対人関係における感情・気分の問題では『自分を否定(攻撃)する相手の言葉や態度に落ち込む・ムカつく』ということがありますが、自分にとっての相手の価値(必要性)を考えると『相手に好かれたい・相手に謝らせたいという強い要求(不満)』をずっと持ち続けるべきなのか否かの冷静な判断がしやすくなります。

何が何でもその相手と仲良くなりたい、自分を認めてもらいたいという気持ちがあったり、どうしても相手に謝罪して反省して貰いたいという不満があるのであれば、『直接的なコミュニケーション・交渉行為』が必要になってきますが、そこまで相手と深く関わりたいというのでなければ『認知の変容(相手の言葉と自分の価値との切り離し)』だけでかなり対処できます。『相手との関係性』の中で反省すべき自分の言動や学習できる要素があれば、自分の言動や態度を変える必要もでてきますが、相手からの一方的な攻撃や理不尽な非難・ハラスメントが続いているのであれば『相手との付き合い方・相手の言葉の受け取り方』のほうを変えていったほうが良いと思います。

いずれにしても、他人の内面や発言、好き嫌いを自分の思い通りにコントロールすることは不可能ですから、『自分を否定する相手』にできるだけの誠意を尽くしてコミュニケーションをしてみても、相手の不快な態度や言動に変化が見られなければ、自分とは合わないパーソナリティ(性格傾向)の人物であるという現実的な認識を持つしかないということになります。口調や提案、雰囲気を変えたり、相手の価値観に合わせたりして『相手を変えるための努力』は確かにすることができますが、その努力をしたからといって相手が必ず自分の期待する通りの対応・態度を取るようになってくれるかまでは分かりません。

『他人はこうしなければならない・このようにしない相手は間違っている・どうしてあんなことをするのか』という認知は、『自分の願望』や『社会的な常識(ルール・マナー)』ではあっても『他人の現実(内面)』ではないので、必ず両者の間には一定のズレが生まれてくることになるからです。『他人の現実(内面)』を自分の理想や願望、社会のルールの遵守に近づける試みとして、『教育・指導・話し合い(交渉)・矯正・司法・カウンセリング』などの方法はありますが、基本的には敵対的な他人の言動や価値観を自分にとって望ましいものにコントロールすること(たとえ相手が明らかに間違っていたり非常識だったりしても)は難しいといって良いと思います。

改善したほうが良い否定的感情は、『自分の苦しみ・他者の迷惑・社会生活の障害』といった要因を持っていますが、自分が持っているある認知(信念)が適応的であるか非適応的であるかは、以下の基準に沿って確かめることができます。アルバート・エリスは適応的・論理的な認知(信念)のことを『ラショナル・ビリーフ(合理的信念, rational belief)』と呼び、非適応的・非論理的な認知(信念)のことを『イラショナル・ビリーフ(非合理的信念, irrational belief)』と呼びましたが、この両者の区別も以下の基準で理解することができます。


1.認知・信念の柔軟性……『~でなければならない,絶対に~すべき,~以外はすべてダメだ』という硬直した融通の効かない考え方に拘泥して身動きが取れなくなっていないか。悲観的な方向で硬直した認知(信念)を持つと、自分の気持ちが追い詰められたり他人に迷惑を及ぼしてしまうリスクが強まる。

合理的信念(ラショナル・ビリーフ)では『~がダメであれば、次は~をしよう,~であれば嬉しいが,それが失敗してもすべてが終わりというわけでもない,恋人(配偶者)と別れたら悲しくてつらいが、どうしても相手が別れたいというなら別の相手を前向きに探そう』というように、絶えずもう一つの生産的な選択肢を頭の中で思い描くことができます。

一つの物事で大きな挫折をした時に『もう一つの選択肢』を想像できない硬直した認知に凝り固まることは、自分にとっても他人にとっても非常に危険なことがあるのです。受験の失敗やリストラで将来を絶望して自殺企図をしたり、別れ話(復縁)のトラブルで相手を殺傷したりする事件にも『柔軟性のない硬直した認知(これがダメなら自分は死ぬしかない・この愛情を受け容れてもらえないならば相手をどうにかするしかない)』が関係しています。

合理的信念(適応的認知)は、『さまざまな困難な状況に無理なく対応できる柔軟性』としての特徴を持っています。

2.認知・信念の現実性……『~であるのが当然なのに,~が実現しないのはおかしい,~が認められないのは理不尽(不公正)だ』という考え方は、『あるべき理想・公正』と『現実の出来事』が大きく食い違っている場合に起こってきます。

『既存の現実』を『あるべき理想』に近づけようとする試みも有意義で価値あるものですが、『自分個人がどうやっても変えられない現実(今の自分にできること・政治体制・法律と司法判断・社会の慣習・他人の意志など)』というものも厳然としてあります。

自分では変えられない『社会的・構造的な現実』あるいは『他人の信念』にどこまで立ち向かうべきかというのは難しい問題ですが、『非現実的な認知(信念)』に束縛され過ぎると『~でない現実(社会)のほうがおかしい,~しない他人をどうにかしなければならない』ということばかりに意識が向かい、自分の現実的な人生を積極的に生きることが難しくなります。

合理的信念(適応的認知)は、ある程度『現実社会で実現可能なもの(妄想的な思い込みではないもの)』としての特徴を持っています。

3.認知・信念の功利性(有用性)……合理的信念(適応的認知)の最大の特徴は『そのように考えて行動することによって、自分の人生が豊かになり日常生活(人との付き合い)を楽しめる』ということであり、『その認知を持つことが、自分の人間関係や社会生活に役立つか否か』という功利的・実用的な基準が重要になってきます。

どんなに素晴らしい理想や正しく感じる考え方であっても、その信念や考え方を持っているために自分が極端に不幸になったり精神的に追い詰められたり(希死念慮を抱いたり)、他人を傷つけたりするようでは適応的認知とは言えませんし、理想や正しさを実現する前の段階で自分の心身の調子を壊してしまうことにも成りかねません。

合理的信念(適応的認知)は、『自分の人生の役に立って、意欲的な気分・行動力を強めてくれるもの』としての特徴を持っています。






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■書籍紹介

どんなことがあっても自分をみじめにしないためには―論理療法のすすめ
川島書店
アルバート エリス

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