『他人に何かをして貰うこと(贈与-返報)』の負債感の増大と経済取引に求められるサービス・人間関係の質

今の日本でもっとも共有性の高い道徳規範は『他人に迷惑を掛けてはいけない』というものであり、これは『己の欲せざるところ、人に施すことなかれ』という儒教道徳にもつながっている。『他人の喜ぶことをして上げなさい・他人が求めるものを与えなさい』というのも説得力のある道徳規範であるが、こちらは『他人に迷惑を掛けてはいけない』という消極的な道徳よりも実践のハードルが格段に高く、相手が何をして欲しいと思っているのかを正しく知っていなければならない。

子どもが親や先生から『他人に迷惑を掛けてはいけません』と注意された時に、即座にイメージして実行しやすいのは、公共の場で騒いではいけないとか他人に対して礼儀正しく大人しく振る舞わなければならないとかいうことである。『他人に迷惑を掛けない』というルールをミスをせずに守ろうとすれば、どうしても減点法で自分の行動や発言を抑制しやすくなる。消極的に静かに目立たずに行動すれば、とりあえず他人に迷惑を掛けたり非難を浴びたりするリスクはかなり低くなるが、その分、『他人との関係性やコミュニケーション』は希薄になりやすい。

反対に、自分が良かれと思い相手を喜ばせようとしていた行動・発言が『要らざるお節介・親切の押し売り』として迷惑・負担に思われてしまうことも少なくないから、現代社会での他人との係わり合いにはどうしても一定以上の距離感が生まれてしまいやすい。ある程度親しい友人知人であっても、どこまで踏み込んで相手のために何かをして上げるべきなのか、余り干渉し過ぎてもかえって迷惑(気苦労)と思われるのではないかという判断はなかなか難しいものである。

また、地縁血縁による地域コミュニティが衰退した都市部では、『他人に何かをして貰うこと』によって生じる『贈与-返礼(善意・恩恵に対する返済義務の意識)』を重荷に感じる人が多数派となるので、必然的に『自分は自分、他人は他人』という個人主義的価値観をお互いに承認するといった関係性が多くなる。相手の贈与(善意・支援)を受け取ると継続的な返礼(関係維持)の義務感が生じるのだが、かつてはこういったギブアンドテイクの互恵的行為が続くことで『コミュニティ(ゲマインシャフト)』が維持されていた。

しかし、前近代的なゲマインシャフト(情緒的共同体)が近代的なゲゼルシャフト(経済的共同体)に移行することによって、多くの人は『家族・恋人・親友』以外の知人・他人とそれほど深い『贈与-返礼の関係』を築こうとはしなくなった。いつかお返ししなければならない心理的負債を抱えて、コミュニティや固定的な人間関係を維持することには安心感・安定感のメリットもあるが、束縛感・煩わしさのデメリットもあるからである。

都市部では、家族(極めて親しい間柄)以外の人間関係に訴えて頼みごとをするという行為はよっぽど追い詰められた時にしか選択されず、大半の問題は貨幣(金銭)と引き換えで必要なサービスを購入することで解決されることになった。どうして人間関係(義理)に頼らずに貨幣(金銭)に頼る人が増えたのかという理由には色々あるが、一番大きな理由は、金銭でサービスを購入するとその場で『心理的負債』が帳消しになり『相手に迷惑を掛けているのではないか・無理をさせているのではないか』という申し訳無さを感じなくて済むからだろう。

もちろん、極めて親密な関係の相手であれば、『水臭いことは言うな・困った時は遠慮なく言ってくれ・何があってもお互いさま』ということで、お互いにそれほど心理的負債を感じなくて済む場合もあるが、それは『内と外の境界線』がほとんど無くなっている相手だったり、他人といっても自分のプライバシー領域に入っても良い一員(家族に近い存在)と見なしているケースに限られる。

経済取引でお金を支払ってサービスを買うときには、仮想的な『等価交換』が前提にされている。そのため、業者や店員さんに親切に何かをして貰った時に、それに対して感謝の気持ちを述べる(感じる)ことはあっても、料金以上のお返しの負担や関係の継続性を感じることは殆どない。それが、『貨幣交換』という経済活動の気楽さであり魅力となっている。

例外として、顧客(お得意様)のつくサービス業・接客業の場合には『等価交換』を越えた関係の継続性が見られることもあり、その時には『特定の相手を指名してサービスを購入する(その人がいないのであればサービスを利用する価値がないと感じる)』ということになる。特に、美容院やエステ、高級ブティック(アパレル・宝飾品)、夜の飲食業(キャバクラ・ホストクラブ)など1対1の丁寧な接客を売りにしているビジネスでは、定期的に手書きの挨拶状を送ったり失礼にならない範囲でフレンドリーに接するなどして、等価交換を越えた人間関係によってリピーターを獲得しようとすることも多い。

当然、有料の商品やサービスにそういった人間関係(コミュニケーション)の付加価値を求めるか否かというのは個人差が極めて大きく、美容院(ヘアサロン)でも美容師がプライベートな話題・質問などで話しかけてくることを迷惑に感じる顧客も少なからずいる。規定の料金は支払うから、自分が求めていること(カット・パーマ・カラーリングなど)だけを淡々とやって欲しいという人の場合には、『個人としての自分』をできるだけ意識せずに仕事だけをこなしてくれることを願っているということになる。次の記事で、経済活動としてのサービスと人間関係に基づく贈与-返礼との相関について補足を書きたいと思います。






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