家庭環境(親子関係)が性格形成に与える影響と“社会性”の始点としてのエディプス・コンプレックス

A.ポルトマンの生理的早産の記事では、人間の行動・認知パターンの可塑性(変化可能性)の高さの要因として『未熟な状態で産まれてくること・自立までの期間が長いこと』を上げた。人間(ヒト)は身体的・精神的に極めて未熟な状態で産まれ、他者(親)の世話や保護を長期間にわたって必要とすることで『生得的な遺伝的要因』よりも『後天的な環境的要因』の影響を強く受ける余地(伸びしろ)を備えている。同一の遺伝情報を持ち外観的な差異が乏しい一卵性双生児でも、成育される環境や与えられる情緒体験・教育の内容によって『資質・能力・意欲の発達状態』『性格行動パターン』には差異が生まれてくる。

人間は他の動物と比較して明らかに多種多様な『個体差』を持っているが、その個体差は外見的な差異や物理的な力関係に留まらず、自我アイデンティティと所属社会のシステムに由来している。動物の個体差は外観的な体格や形態、物理的な力関係に基づくものであり、複数の個体が協調する『社会性動物・社会性昆虫』であっても、人間のように『道具・設備・組織・法律』を制作して環境世界(自然界)を人工的に改変する能力は持っていない。『自然環境への適応』を目的とする動物と『人工環境への適応』を目的とする人間(ヒト)とでは適応戦略と欲求の階層性(自我の有無)が自ずから異なってくる。

人間は『成育環境を構成する家庭・国家・社会(コミュニティ)・文化・宗教・民族』の影響を非常に強く受ける動物であり、成育環境(家庭環境)や所属社会の影響を無視した自由無碍な発達を実現することは難しい。特に、『言語・体制・宗教・民族・文化』といった所与の成育環境における条件に影響されない人格形成・認知行動パターンというのは通常考えにくく、イスラーム圏に生まれれば大半の人がイスラームを信仰するようになり、言論の自由がないような独裁体制下の地域で生まれれば反体制的な認知行動パターンは抑制されやすくなる。

人間の高度な認知・意志の精神機能を発揮すれば、自分とは異なる社会的・文化的立場から物事を考える『文化相対主義的・価値多元主義的』なメタ視点を持つことも可能である。だが、そのためには特定の価値観や規範性、自己アイデンティティ(他律的な社会的役割)を社会全体(政治・権力者・コミュニティ)から強制されない自由主義・民主主義の基盤が無ければならない。人間の性格構造(人格特性)の基盤は家庭や所属社会における『自由・規制・寛容・厳格のバランス』によって規定される部分があり、S.フロイトの精神分析では『父性・権威による社会性獲得(超自我形成)の契機』としてエディプス・コンプレックスが位置づけられていた。

4~6歳時に経験するエディプス・コンプレックス『異性の親に対する愛情・依存』『同性の親に対するライバル心・嫉妬憎悪』の情緒的葛藤であるが、エディプス・コンプレックスによって早期母子関係における『絶対的な依存性・幼児的な万能感と自己愛』がひとまず否定されることになる。S.フロイトや自我心理学のエディプス葛藤では、自分に愛情を注いで世話をしてくれる母親と母親の配偶者として存在する父親がいて、父親が自分の思い通りにならない『他者(社会的現実の代理表象)』として機能することで超自我(superego)の原点が形成されると考えていた。

超自我とはエス(本能的欲求)に対して内面的な禁止や命令を行う『社会規範・道徳感情の心的機能』である。精神分析のエディプス・コンプレックスでは、父親(上位者・社会的権威)からの処罰を恐れる『去勢不安』によって『幼児的な全能感の断念』が引き起こされ、『家庭内部(母親)』から『外部社会(他者)』へと認知・欲求が転換していくことになる。エディプス・コンプレックスは『超自我の発達』『社会性の獲得』が促進される起点であるが、その重要な構成要素は『自分の思い通りにならない現実・他者』を表象する『第三者(父親など上位者)』が現れて『母子関係の依存性(一方的依存性・自己愛)の限界点』をぼんやりと示唆することにある。

4~6歳の時点のエディプス・コンプレックスによって超自我や社会性が獲得されるのではなく、エディプス・コンプレックスは『思い通りにならない現実社会・他者の言動』を知って超自我(内的規範の機能)を形成し始める“始点”に過ぎない。19世紀~20世紀初頭の家父長制(父親の権威)が衰微した現代日本では、エディプス・コンプレックスの概念をそのまま持ち込むことはできないが、『家庭内部に包容する母性的な関係性』『家庭内部から切断する父性的な関係性』という力動的心理学(精神分析)のメタファーは今でも各種の問題に当てはめることができる。

実際の親の生物学的性差(sex)とは関係なく、『愛情・保護・寛容・依存の母性原理』に基づく養育環境は、メンタルヘルス(心の健康)や人間関係の安定性と関係していて、他者に対する基本的信頼感や共感的な態度、自己肯定感の発達が促進されやすい。『指導・厳格・規範・自立の父性原理』に基づく養育環境は、ストレスに耐える社会的な自立心や責任意識と関係していて、自分・他人に対する厳しさや問題解決的な行動、現実適応能力の発達が促進されやすい。『母性原理に基づく養育態度』と『父性原理に基づく養育態度』のどちらがより正しいという問題ではなく、子どもの発達段階や性格特性、心理状態、他者に対する振る舞い方に合わせたバランスの取れた養育態度を自然に心がければ良い。

家庭内の親子関係において包容する母性原理が過剰になれば、『甘やかし・過保護・過干渉』の問題が生まれて自立心や自発性がスポイルされる可能性があり、自分にも他人にも優しいけれど、現実社会への適応力やストレス耐性が低い性格構造が作られやすくなる。家庭内の親子関係において切断する父性原理が過剰になれば、『見捨てられ・過度の規範意識や責務感』の問題が生まれて健全な依存心や共感性がスポイルされる可能性があり、自分自身の自立性や適応能力は高くなるが、自分や他人の弱さを受け容れにくい厳格な性格構造が作られやすくなる。

自分と他人に甘くなり過ぎると『生活や人間関係の弛緩・無規律』にはまり込みやすくなるが、自分と他人に厳しくなり過ぎると『生活や人間関係の緊張・余裕の無さ』にはまり込みやすくなってしまう。適度な自立心と緊張感を持って最低限のやるべきことはやらなければならないが、力を抜くべき時には力を抜かないと心身ともに疲れ果ててしまったり、周囲の他者にピリピリとした居心地の悪さやプレッシャーを与えてしまうことにもなる。養育態度に限らず一般的な人間関係においても『“厳格・緊張”―“寛容・弛緩”のバランス感覚』を培っていくことが必要である。

エディプス・コンプレックスでは『母親―子どもの二者関係』が『父親―母親―子どもの三者関係』に移行することで、家庭外部の社会性や規範性を象徴する『他者(父親)』が『幼児的な全能感』を去勢する。また、学業・スポーツなどで優秀な兄弟姉妹がいる時には『親からの期待・愛情・評価の違い』を認知することで、『家族関係における自己の非中心化(存在感の低下の自己認識)』が起こり、カイン・コンプレックス(兄弟間の劣等感・嫉妬心・競争心の感情複合体)が形成されることがある。

精神発達や性格形成に好ましくない影響を与える養育態度の典型としては『虐待・放任(無視)・冷淡・支配的(独裁的)・暴力的(威圧的)・過保護・神経質・兄弟姉妹間の差別』などがあり、好ましい影響を与える養育態度の典型としては『愛情・必要な保護・適度な関心と注目・親の自信と安定感・共感的・対話できる雰囲気(民主的)・承認的(肯定的)』などがある。もちろん、『家庭環境(家族関係)の要因』以外にも『家庭外部の人間関係(友人関係)・社会経験』や『本人の意志・選好(好き嫌い)』が児童期~思春期以降の性格形成に関与しているし、中学生以上になって年齢が高くなるほど『家庭外部の要因・セルフイメージ(自己概念)・異性関係(性的な承認)』から受ける影響が大きくなってくる。

幼児期~思春期の親の養育態度のポイントをまとめると、子どもに愛情を持って体や心の安全に配慮すること、特別な問題が無ければ子どもの自尊心や主体性・自立心を尊重すること、(過干渉にならない程度に)年齢や必要性・困り具合に合わせたアドバイスや手助けをすること、『悪いことをすれば叱り、良いことをすれば褒めて、その理由を分かるように説明する』という教育的態度、社会生活・人間関係に必要な善悪の区別や他者への共感性(他者にも自分と同じ自意識と傷つく恐れのある心・体があること)について教えることなどが重要になってきます。






■関連URI
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