貴志祐介『新世界より 上・下』の書評:倫理的な人々が構築する“完全な世界”と“人間の原罪”

戦争も争いも犯罪も環境破壊もない『完全無欠な世界』はどのようにすれば建設できるのだろうか?あなたがそういった完全な平和と秩序に覆われた理想の世界や倫理的な人間のみによって構築される社会を夢想したことがあるならば、貴志祐介の『新世界より』はかなりおすすめの小説であり一度は読むべき価値があると思う。ロールプレイングゲーム(RPG)のような冒険物語の構成によって綴られていて、一見するとSF・ファンタジー小説のライトノベルのような読み応えなのだが、ストーリーが先に進むにつれてその印象は良い意味でかなり変わってくる。

貴志祐介には保険金詐欺の狂気を描いた『黒い家』や少年犯罪をテーマにして映画化もされた『青の炎』、未知の生物に感染する恐怖を巧みに使った新感覚のホラー小説『天使の囀り(てんしのさえずり)』など色々な作風・ジャンルの作品があるが、『新世界より』は貴志の過去の作品とはかなり雰囲気の違ったSF的な作品となっている。個人的には貴志の作品で一番完成度が高いのは『天使の囀り』だと思っていたが、『新世界より』も少年少女のスピード感がある冒険を通して『人類史の悲劇(戦乱・差別)の連鎖』と『完成された管理社会のリスク』を示唆する興味深い作品である。

『表層的な冒険物語』で読者を楽しませながら、『人類の歴史が抱えるあらゆる課題(原罪性)』をそこにパッケージングしたファンタジー小説とでも評するべきだが、『新世界より 下』を読み終える頃には人類とバケネズミの救いのない戦争を通して空虚感を伴うカタルシスを体験することになる。私たち人類は共同体の成員が同意する『究極の理想・秩序』『自衛・復讐の正義』を実現しようとする度に、世界大戦(植民地支配)や宗教戦争、民族浄化、人種差別、奴隷制度、共産主義の独裁など無数の犠牲者をこの世界に生み出してきた。

新世界のファンタジーと戦争を通して突きつけられるメッセージは感動的であると共に残酷なものであり、理想や平和を追求して進歩し続ける人類がいつか選んでしまうかもしれない『理性的・合理的な選択肢』を暗示している。一切の戦争(争い)を廃絶してすべての人々が満足できる安定秩序が確立できるという『理想の選択肢』は非常に魅惑的なものだが、その裏には必然的に、既存の平和と秩序を阻害するすべてのリスクを未然に排除するという『冷酷な合理性』を担当するリーダー(統治機構)や教育制度が必要となる。

独特の世界観とRPGのようなキャラクター設定の中で、人間社会の平和と倫理の本質を考えさせられる作品に仕上がっているが、渡辺早季・青沼瞬・朝比奈覚・秋月真理亜・伊東守といった主人公の少年たちの友情や恋愛の物語としても楽しく読むことができる。全人学級の優等生で神栖66町の将来を担うことを嘱望されていた青沼瞬、『新世界より 上』の最後は瞬を好きだった渡辺早季の思いが永遠に断ち切られてしまう悲劇によって終わるが、瞬は新世界の人々が最も恐れる存在の一つだった『業魔(ごうま)』と化して村八分のような状況に追いやられる。

高度な文明社会を科学技術と社会インフラによって実現していた人類は既に絶滅しており、私たちのような現代人は愚かなエゴイズムと戦争によって滅亡した『古代人』として歴史に微かにその名を留めるのみである。道具と技術によって豊かな生活水準に到達した現代のような文明社会はいったん崩壊して、日本の人口は1億2千万人から5万人程度にまで減少しているが、その新世界は高度な科学技術や社会インフラは持っていないものの完全な平和と秩序を実現した理想郷であった。古代人は『物質文明』によって生活水準を向上させ快適な環境を整備したが、現代人は『精神文明』によって磐石な精神の安定と人権感覚を手に入れ『呪力』によって新世界の支配者として君臨している。

新世界(現代社会)には、ケータイも自動車もインターネットも高層ビルも存在しないが、人類自体の能力と倫理が飛躍的な進化を遂げたことによって、かつてよりも快適で幸福な暮らしを営むことができるようになった。新世界の西暦は200年代であり、人々は数百人から数千人の小規模な『中世的農村(自然と共生するのどかな共同体)』で生活しているが、町と外部の境界線には『八丁標(はっちょうじめ)』という結界が張られていて自由に外の世界に出ることは原則として禁じられている。

八丁標は『人間の世界』『動物の世界』の境界線であり、社会性動物である下等なバケネズミのコロニー(集落)は人間に従属(隷属)しているが、高等な人間の倫理や法律が通用しない動物や昆虫には危険なものが多くいる。バケネズミとは人間に近い外観をしている穴居性の大きな哺乳類で、独自の物質文明を持って女王を中心とするコロニーを形成して、バケネズミ同士で盛んに戦争を繰り返す好戦的な動物である。

現代人は下等生物を一瞬で圧倒(全滅)する戦闘力を十分に保持しているが、“倫理的で慈悲深い”が故にわざわざ町の外に出ていって下等生物を殺戮したり征服したりすることはないし、人間に服従姿勢を見せている限りにおいて“ほぼ完全な自治”を認めている。しかし、バケネズミなどが人間にわずかでも反逆の意思を見せたり人間を一人でも殺せば、下等生物のコロニーは一瞬で数十万匹単位で徹底的な掃討が行われる、鳥獣保護官の役職にある呪力を備えた数人の人間が赴けば何万匹の武装したバケネズミや下等生物の軍団がいても勝ち目はない。

人間に全面的に服従するバケネズミたちは、圧倒的な呪力を持つ人間のことを敬意と畏怖を込めて『神様』と呼び、古代ギリシア・ローマの奴隷のように労役に従事して貢物を納めていた。人間の子供であっても呪力を獲得していれば、数千匹のバケネズミの首を一瞬で刎ねたり巨大な岩石や大木を投げつけて圧殺したりできるので、渡辺早季と朝比奈覚(さとる)が夏季キャンプでバケネズミのコロニーに迷い込んだ時も、高官のスクィーラは平伏して『神様』と呼んでその助力を仰ぐことになる。ただこの時は倫理規定違反で呪力を封印されており、『呪力のない人間』の無力さと不安を噛み締める初めての経験になるのだが、人間に敵対する外来種のバケネズミのコロニーと遭遇して『人間とバケネズミの関係の将来』に言い知れぬ不安を抱くことになる。

『古代人』『現代人』との最大の違いは『呪力』と呼ばれる超能力(念動力・サイコキネシス)を持っているか否かということであり、現代人は全員『呪力』を高める幼少期からの英才教育によって、頭の中のイマジネーション(想像)を現実世界でそのまま実現することができる。現代人は『呪力』を持たず『高度な倫理観』も持たずに自滅してしまった『古代人』たちを軽蔑しており、高等人類として生物界の頂点にまで進化した自分たちの完全な文明と高潔な人格に強い誇りを持っている。

あらゆる生命の頂点に立ちながらも現代人は自然世界や他の動物と完全に調和しており、環境を汚染したり他の生物を絶滅させたりすることがない、究極のエコロジーを実現させながらも『呪力』によって必要十分な文明生活を送ることができるのである。物質文明に頼らなくなった人類が環境破壊を行わないため、生態系は非常に豊かになって原始的な逞しさを取り戻しており、町を一歩出れば不気味な進化を遂げた動物や昆虫に遭遇することになる。

人間が呪力で結界を張って『安全な町の内部』で自足している間に、『外部の生物界』は物凄いスピードで変化しており、『変化しない神(人間)の全能空間』には刻一刻と『変化する下等動物の反撃』の危険が差し迫っていたのである。『神』となった呪力を持つ人類は、『完全な平和・秩序』を現実化させたために『変化の動機』を失っているし、人類の豊かさや快適性を支えるために抑圧されている下等生物(バケネズミ)の境遇・内面などには何の関心もない。

下等生物を無闇に殺戮せずに自治を認めることで『十分な恩恵・慈悲』を与えているので、『神』である呪力を持つ人間に無謀な反旗を翻すような恩知らずな真似をするわけがないという身勝手な慢心があった。また仮にバケネズミの数十万匹のコロニーが反乱を起こしても、自然界の現象をイマジネーションで自由自在にコントロールする呪力があれば、人間が他の動物の集団に敗れる可能性は万に一つもないと考えられていた。しかし、バケネズミは古代の図書館を入手して『禁断の知恵の実』を既にかじっており、古代人(私たち)と同レベルに迫る物質文明を発達させており、神に隷属する自らのアイデンティティに耐えられないところにまで来ていたのである。

『バケネズミ』は人類の歴史におけるあらゆる『被差別者(排除された集団・差別された階級・文明に駆逐された原住民)』に置き換えて読むことができる象徴的動物であるが、バケネズミのリーダーである野狐丸(スクィーラ)や奇狼丸は非常に“人間的な存在”として描かれ、その知性においても人格においても神である人間に何ら劣るところはない。下巻では、人間を恐慌状態に陥れて論理的に戦術を組み合わせる軍師・野狐丸の知性が縦横に発揮されるが、どうしても読者はバケネズミよりも人間のほうを応援したくなるだろう。この『仲間を応援したくなる心理』と『敵を殲滅したくなる心理』に人類の悲惨と原罪のエッセンスがあると言っても良いのだが、『新世界より』の戦闘シーンでは醜悪な外見のバケネズミに対して『復讐の流血』に酔いしれる人間の姿が繰り返し描かれる。

不遜にも人間(神)に反旗を翻した野狐丸(バケネズミの宰相)に対して加えられる『考え得る最大の拷問刑』についても、現代人である私たちはこんなことをするわけがないとは断言できない。実際に凶悪犯や戦争の敵国の兵士に対して、こういった無限の苦痛を加える拷問・復讐を行いたいとする衝動性のようなものから完全に自由になることは難しいし、現代日本でも何か大きな事件が起これば『苦痛を伴う死刑』を求める声は根強くある。

『仲間を殺された集団の熱狂』というのはいつの時代にも抑制することが困難だが、『新世界より』の小説では、人間社会にあらゆる計略を用いて攻撃(侵攻)を繰り返してくるバケネズミへの復讐心を煽るような書き方が巧妙に取り入れられていて、自分の内面にある『反撃の快楽』をくすぐってくるのである。下巻では、野狐丸率いるバケネズミの軍団の奇襲・戦略によって、町の人間は追い詰められて神に似つかわしくないパニックに陥るが、神栖66町で最高の呪力を持つ鏑木肆星(かぶらきしせい)と日野光風(ひのこうふう)が群衆の期待を一身に受けて反撃に転じ形勢が逆転する。この時に胸中に過ぎる『一気にバケネズミを皆殺しにしてしまえ(今まで良くも好き放題やってくれたな、これからは俺たちが痛めつける番だ)』という感情の沸騰が、虐殺を加速したり残酷な場面をショー(娯楽)にしてしまう群衆心理につながっている。

『新世界』である現代には、呪力を持たなかったり他人を傷つけたり犯罪をしたりする『落ちこぼれ』は存在しないし、子供たちの集団の中に町の秩序を乱す落ちこぼれがいたとしてもいつの間にかいなくなっていて、みんなの記憶からもその子供の存在が消え去ってしまうのである。子供がいなくなる時には猫騙し(ねこだまし)という巨大猫の影が見えるという迷信も信じられていたが、神栖66町をはじめとする人間の集落では『悪鬼(あっき)』『業魔(ごうま)』という中世的迷信の産物である魔物の存在が信じられ酷く恐れられている。

悪鬼とは何か、業魔とは何かというのもこの小説の読みどころの一つであるが、全能の人間が恐れる悪鬼・業魔とは、社会秩序や集団の安定を乱す『異分子』を完全に排除するシステムのエラーとして理解することができる。現代人はひとりひとりの呪力の特徴や能力の違いはあっても、想像力のイメージだけで相手を一瞬で殺害できるので、『核兵器』に匹敵する潜在的な破壊能力を持っていることになる。そのため、強大な呪力を持つ人間が一人でも人を殺し始めれば人間社会は壊滅する危険があり、呪力が発見されて以降の人類の歴史は『対人攻撃の抑制』が最大の課題となった。個人が核兵器に匹敵する呪力を獲得した人間社会では、一人たりとも同種の人間に敵意を抱く『不完全な存在』になることが許されなくなったのである。

心理学・生物学・医学・社会学の知見を駆使して、『人間の攻撃性・殺人衝動』を完全に消滅させるためのありとあらゆる方策が講じられ、『道徳教育・洗脳技術・瞑想・向精神薬・性行動の自由化』などによって人間の怒りと攻撃性を抑制しようとした。しかし、どのような方法手段・技術を用いても人間の精神から『怒り・憎悪・攻撃性の爆発』を廃絶することはできず、絶滅の危機に直面した人類が最終的に選択したのは、全人類の精神活動と行動選択を完全にコントロール可能にする『腐ったリンゴ理論』に基づく管理システムだった。

現代の新世界では、同性愛も含めて性は完全に自由化されており、攻撃性やストレスを緩和するために頻繁に性的なふれあいをすることが推奨されているが、男女間のセックスに対しては厳しい規制があり、妊娠可能性のあるセックスには役所への事前の届出が必要とされている。新たな個人を世界に生み出す生殖活動は全面的に管理されており、『不完全な存在』を教育段階で排除するための綿密なシステムが組まれている。完全な平和と秩序を維持した神栖66町の背後にあるシステムには普段は誰も気づくことがないのだが……その『禁断の知識』に触れたところから渡辺早季や朝比奈覚たちの悲劇の物語が始まる、輝かしい未来を期待されていた青沼瞬は完成された世界のシステムから脱落して存在を消し、秋月真理亜と伊東守はシステムの町から逃れて駆け落ちするが『将来の災厄の種』はその時に蒔かれていた。

『悪鬼』を生み出すラーマン・クロギウス症候群、『業魔』を生み出す橋本・アッペルバウム症候群は、万能の呪力がもたらす歪みであり完成された新世界のシステムのエラーであるが、『人権』を絶対的に守るために設計された完全な新世界に出現した『悲劇』は、人類が繰り返してきた差別や戦争、社会改善の根本と暗く静かにつながっている。『人間』と『非人間』の境界線は明瞭なようでいて曖昧であり、『異質な非人間の権利』に対する鈍感さや冷酷さが次なる悲劇へ連鎖していくことを考えると『人権の普遍性』を守ることの重要性が際立ってくる。『新世界より 上・下』のフィナーレでは人間に対する希望と絶望の双方を実感することができるが、『理想的な世界』を維持するために犠牲にしなければならない多くのもの(非人間的・有害と社会に認定されるもの)に対する想像力を失わないようにしたい。






■関連URI
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■書籍紹介

新世界より 上
講談社
貴志 祐介

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