米国大手ビッグスリーの公的支援・新卒者の内定取消しの問題と門倉貴史『貧困大国ニッポン』の書評:2

門倉貴史『貧困大国ニッポン 2割の日本人が年収200万円以下(宝島社新書)』というルポルタージュの体裁を取った新書を少し前に読んだのだが、高度経済成長期において企業福祉が部分的に実現した『総中流社会』の基盤は確実に腐蝕されており、いったん貧困層やホームレス・ネットカフェ難民に転落するとそこから這い上がるための雇用制度はほとんど準備されていない。本人に働こうとする労働意欲や職業キャリアへの関心があっても、ハローワークや求人情報では具体的にどうすれば良いのかの職業選択の道筋が見えにくく、今の生活を支えるために働いて年齢を重ねるほどに『現実的な仕事の選択肢』が奪われてしまう。ビジネスに関連する資格を取得したり、スクールでスキルアップをしたりしても、それが企業の採用者に評価されることは少なく直接的な給与の昇給などに結びついてこない。

日本の労働市場や雇用慣行には『人材の流動性』が乏しいので、景気が悪化した時に解雇された非正規雇用者が努力して何らかの技術や資格、能力を身に付けたとしても、より良い雇用待遇やポストを与えられるということは極めて稀である。雇用調整による解雇や非正規雇用の増大は、『格差社会の拡大』というよりも『貧困の固定化』という由々しき事態を引き起こすことになり、労働者の勤勉性のエートスを破壊してしまう恐れが強い。

『貧困大国ニッポン』の書籍でも、雇用の少ない地域でシングルマザーの母親が不本意なセックスワークをしなければならないとか、時給数百円の労働に将来の希望が見出せない若者が闇サイトの犯罪に加担するとかいった暗鬱な気分になるトピックが多く掲載されている。日常生活に支障を来たすほどの極端な『貧困・低賃金』を放置することは、自分たちの生活・労働に配慮してくれない政治・社会・他者への不満を強める恐れがある。現状から抜け出せないという『貧困の固定化』と『労働意欲・道徳意識の低下』が結びつくことで犯罪・反社会的行動に誘惑されることが多くなるという問題もあるが、労働内容に見合わない生活保護以下の低い賃金設定は仕事のモチベーションを著しく低下させてしまう。

各種の仕事で真面目に働けば、最低限の生活プラスαの消費ができるという程度の賃金水準(働くことに対して被搾取感や無意味感・惨めさを感じない程度の最低賃金水準)を維持するための方策を考えなければ、長期的に各分野の仕事における労働モチベーションを維持することは難しいだろう。それは、各個人の生活上の貧困や心理的な苦痛につながるだけではなく(自分には関係ないから自己責任で放置しておけば自然にどうにかなるだろうという問題ではなく)、企業の中長期的な損失や国家全体の経済力(労働者の心身の健康状態)の疲弊ということにもつながっていくクリティカルな問題なのではないだろうか。

今回の世界同時不況では、『非正規雇用者の解雇』だけではなく『新卒者の内定取消し』という問題も起こっており、大学3年から取り組み続けてきた就職活動の成果が突然取り消された学生の不安と憤慨は非常に大きなものがあるだろう。企業側の採用計画が杜撰で実際の景気変動(業績悪化)を予測し切れなかったということだが、内定取消しの理由が企業に回避できない客観的・合理的なものであるかという調査を行い、内定を取り消された学生に対しては企業側の積極的な採用など就職支援が望まれる。日本の雇用慣行では今でも新卒採用主義と職業キャリア・人事考課との結びつきが強いので、『企業の内定通知』は正社員の労働契約と同等の法的効力を持つなどとも言われている。

しかし、中長期的には、新卒採用の企業内教育以外にもきちんとした専門性や市場で評価されるキャリア(実績・技能)を身に付けられるような雇用転職市場を整備することが重要になるだろう。新卒の就職活動で生涯賃金の大枠が決まるといった雇用慣行では、新卒市場に参加できなかったプレイヤー(労働者)が再チャレンジする機会が乏しくなり、その結果として労働モチベーションの低下や貧困の固定化といった問題が輩出されてくる。

『正社員の身分・待遇』に対する過剰な保護と労働組合の抗議は、『正規雇用と非正規雇用の格差』を不当に拡大するだけではなくて、市場経済の需要や生産の効率性を既に失った『大規模な旧来型産業(利益は出ないが雇用は大きい産業)』を税金で延命させるという不公正を生み出す恐れがある。アメリカの金融業界やビッグスリー(大手自動車会社)の政治的救済にアメリカの世論の過半は否定的だと言うが、それは自由市場の競争やリスクヘッジに敗れた産業を、税金で延命させることに対する不公正さ(規模が大きければ公的資金で助けるのか)や非効率性(市場で売れない商品を生産してもまた経営が悪化する)に対する反対意見なのだろう。

『前回の記事』でも書いたが、アメリカの自動車産業(ビッグスリー)が本当に需要が無くなって終焉の時を迎えようとしているのかは分からないが、『資金繰りの悪化』と『新車販売台数の下落』に対して、説得力のある効果的な対策を打ち出せなければビッグスリーを公金で救済することの意義は『ビッグスリーの従業員(正社員)の雇用の保護』だけということになる。数十万人以上の膨大な雇用を支えている大規模な旧来型産業を潰しても良いのか否かという判断は、市場の競争原理に従えば簡単なのかもしれないが、従業員の生活や政治的な思惑を考えると極めて困難な選択を迫られるものだと思う。

自由主義を重視するフリードリヒ・ハイエク(1899-1992)のように、公正な商取引・投資のルールが設定された自由市場の『自生的秩序』を信頼するのであれば、ビッグスリーをはじめとする自動車産業の再建に政府が干渉すべきではないという結論になるが、日本でも米国でも自動車産業が『数百万人の雇用』を支えているという厳しい現実もある。

ヨゼフ・シュンペーター(1883-1950)『景気循環論』を提起して、自由競争を介在する企業家のイノベーション(技術革新)が景気変動を生むという見方を示したが、資本主義は『大企業の官僚主義化・現状維持の動機づけ・革新性の放棄』によって滅亡を迎えるという警鐘を鳴らした。シュンペーターは資本主義のダイナミズムの本質を、『需要を生み出す・生産コストと価格のバランスが取れる新興勢力』『需要が落ちていく・生産コストが増していく旧来勢力』との世代交替に求めたが、これは新たな価値を消費者・市場に提示できなくなった企業はどんなに規模が大きくても市場から撤退すべきだという自由市場主義の理念につながっている。

シュンペーターのイノベーションと官僚化した大企業の世代交替を重視する考え方で、ビッグスリー(米国自動車産業)の問題を見れば政府がビッグスリーに公的資金を投入することは産業構造の転換を阻害するので好ましくないということになるが、果たして自動車産業と同等の人数・給与水準を維持できるだけの新産業が立ち上がってきているのかといわれれば疑問な部分もある。

人類の歴史的な産業構造の転換としては『農業革命・産業革命・情報革命』があるが、情報革命は新たな雇用市場を拡大させる効果が過去の二つの産業転換よりも弱かったという印象がある。仮に今後、先端的な科学技術を応用した商品開発が進んだとしても、高度な専門家(科学者)ではない一般労働者の『雇用のパイ』が劇的に増えるということなどがあるのだろうか。優秀な企業家の革新性と市場開拓は確かに『産業構造の転換』を促進して、非効率的で公的負担の大きな旧来型産業を市場から放逐する役割を果たしてきたが、ポスト・モータリゼーションの雇用増大の図式が見えてこないところに労働者の不安があるのだろう。

また『持続的な成長・安定的な経営』が期待しにくい現状では、正社員であろうが非正社員であろうが所属する企業が経営破綻すれば、現在の身分・給与水準を失うことには変わりなく、非正社員よりも恵まれているとされる正社員の間にも給与の引き下げ・解雇の波が広がっており、長時間労働で心身共に疲弊し切っているという人は少なくない。情報化社会における『産業構造の転換』『労働形態の多様化』によって将来の明るい材料が見えてくる要素が余り見えてこないが、自動車産業にしてもエコロジーに対応した先端的な車の開発や石油燃料に依拠しない燃料電池車の開発などによって、まだ市場を拡大させる余地は残っているのではないだろうか。いずれにしても、企業経営を悪化させて家計の消費力を奪う『自動車販売の減少→自動車工場の減産体制→雇用調整による非正規雇用の解雇→消費者でもある非正規雇用の所得減少→更に自動車が売れない』という負のサイクルを断ち切るような経営判断や産業改革が求められてくる。

成長経済や終身雇用に適応した旧来的な雇用慣行・労働形態・社会保障を一刻も早く刷新する必要性があるが、『貨幣・交換』によって成り立つ経済活動と『承認・共有』によって成り立つウェブ経済を実質的に統合できるようなソリューションがあれば、低賃金労働による貧困の負担を分かち合うようなシステムができるのではないかと思う。日本経済を見てもモノやマネーは有り余っていて死蔵されている状況も多くあるが、それを切実に必要とする人たちに行き渡るような仕組みがなく、生活保護や社会福祉制度の適用といったマネーレベルの直接給付で片付けようとするところに非効率性があるのではないだろうか。毎日大量の食品や雑貨などが膨大な量で廃棄されているが、経済的に困窮している人たちが生活保護の代わりに緊急避難的に食糧・必需品を受け取れるような生活支援システム(フードスタンプのようなもの)を整備するなどして、定期的な就職活動(企業面接)とその生活支援システムをセットにするなどの方法も考えられる。

国民が本当に必要とするモノやサービスが適正なレベルで供給され、労働分配率の理不尽な偏りがないような雇用環境が理想ではあるが、『グローバル経済における競争原理』で多くの人が苦しみ疲弊するのではなく、先進国の人たちや途上国の人たちの相互的な安心・利益につなげられるような仕組みが発達して欲しいと願う。

追記:アメリカ議会がビッグ3に対する緊急避難的な融資として140億~150億ドル規模の投入を決めたようですが、ビッグ3が求めている340億ドルの本格的な救済策には世論の根強い反対があり、2~3カ月間の資金繰りを満たす短期的な融資の範囲に留まっています。ビッグ3の資金繰りを改善させた後には、政府監視委員会を発足させて公的支援が無駄にならないような経営再建策を各社に提出させて経営状況の推移を監視するようです。






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堤 未果

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