社会不安障害(SAD)における『対人不安・回避行動・環境不適応』の症状:対人恐怖症の自己認知の障害

社会不安障害(SAD:Social Anxiety Disorder)は社会的な場面や対人的な行為に非常に強い『不安・緊張・恐怖』を感じて、その社会的な場面をできるだけ回避しようとする不安障害の一種です。通常の社会生活(仕事・通学)をするためには、他者の前で話したり書いたりする行為を回避し続けることはできませんから、社会不安障害の症状が強まってくると社会的・職業的な不利益が大きくなり日常生活に支障がでてきます。大勢の人の前でスピーチをしたり、権威ある人物の前や重要な会議で発言をするときには誰でも多少は緊張しますが、その緊張感や不安感が過剰に強くなり自律神経症状が出るなどして社会生活に適応しにくくなった状態を社会不安障害といいます。

社会不安障害(SAD)は社会的場面・対人状況における『主観的な著しい不安や回避の衝動』に加えて『客観的な社会生活上の不適応・不利益』によって診断される精神疾患であり、10代~20代前半に発症しやすい比較的発症率の高い疾患とされています。社会的な場面で『初対面の他人』と接するときには誰もが若干の対人不安(社会不安)を感じるものであり、この適度な強さの対人不安・緊張感(警戒感)そのものは正常な自己防衛のための心理反応と言えます。社会不安障害では『初対面の相手・ちょっとした知人・異性の相手・大勢の相手』などすべての他者に対して強い不安を感じることもあれば、特定の他者(異性・軽い知り合いなど)に対してだけ強い不安を感じることもありますが、社会不安(他人・社会的場面への不安)は基本的に連続的・段階的な『スペクトラム』の形態をとっています。

『コミュニケーション・対人関係・言語能力・注意と興味の対象・知覚過敏性』などの領域における先天的障害を持つ自閉症やアスペルガー障害も、『自閉症スペクトラム』という自閉性(他者への関与)や知的能力のレベルが緩やかに移行していく連続体(スペクトラム)の概念で理解されています。スペクトラムというのは簡単に言うと、その障害の有無を判断するための基準が『正常』か『異常』かの二元論ではなく、症状が段階的に現れてくるので正常(健康)と異常(病気)の境界線が曖昧であるということです。社会不安障害を『対人不安スペクトラム』の概念で理解するときには、誰もが多かれ少なかれ対人不安(対人緊張)の心理を持っているという前提に立ちます。その対人不安・社会不安の強度がある一定の閾値を超えて、その人にとって著しい苦痛や社会的な不利益をもたらす時に社会不安障害であると判断されるわけですが、自意識過剰になったり異性を意識しやすい思春期には一時的な対人緊張やシャイネス(行動・発言を抑制する恥ずかしさ)が起こることもあります。

社会不安障害はかつては社会恐怖や対人恐怖症、書痙(しょけい)、緘黙(かんもく)といった病名で呼ばれることが多かったのですが、人前で何かのパフォーマンス(行為)をすることや他者の視線を受けることに極端な不安感・緊張感を感じ、場合によっては各種の自律神経症状やパニック発作を発症することもあります。『書痙』というのは人前で文字を書こうとしたり黒板(ホワイトボード)に板書しようとすると、自分の意志とは無関係に手ががたがた振るえて文字が書けないという疾患です。『緘黙』というのは幼児期~児童期に発症しやすい精神疾患(ストレス反応・社会的環境への不適応)で、言語発達に問題がないのに人前で緊張して言葉が出せなくなるというものですが、自分の家では話せる(親しい相手とは話せる)のに学校に行くと話せない(知らない相手と話せない)という『選択緘黙(部分緘黙)』のほうが多く見られます。

対人場面(社会的状況)で極度の緊張・不安を感じると、自律神経系のバランスが崩れて交感神経が過剰に興奮しますが、そうなると『声や手足の振るえ・喉の渇き・大量発汗・赤面・吐き気・動機(心臓のドキドキ)・めまい・思考の停滞(何を話していいか分からなくなる)・胃腸障害』といった自律神経症状が発生して通常のコミュニケーションや人前での行動が難しくなってきます。社会不安障害の発症のきっかけは、人前で発表したりスピーチをしたりする時にこういった自律神経症状の発生を自覚したということが多く、何回か強烈な不安と緊張を伴う自律神経症状を経験すると、『自分は人前では話せない・文字を書けない・会合や食事会に参加できない』という苦手意識が定着しやすくなります。

軽度の自律神経症状で手のひらに汗をかいたり少し声が振るえたり、気分・顔色が悪くなったりしても、周囲の人はほとんど気づいていないことのほうが多いですが、普段は有能な人間でも社会不安障害になると『他人は自分の身体的な変化やミスに既に気づいているはずだ(気づかれたら自分は臆病で能力のない人間と評価されてしまう)』という推測的な認知が強くなってしまいます。周りの人がいくら『上手く話せていたし全然大丈夫だったよ』などと言ってもそれを信じられないような自信喪失の状況に陥ります。反対に、正常範囲内の対人緊張があっても社会不安障害ではない人の場合には『自分は人前で話すのは苦手だし緊張はするけど、やろうと思えば何とかできるものだ』といった方向に考えることができます。

社会不安障害を発症すると『人前での強烈な不安感・自律神経症状の発生』ばかりが強く記憶に残ってしまい、次からはそういった不安感や恥をかく恐怖を避けるために『回避行動』が多くなり、対人状況・社会的場面は回避することが習慣化すると『予期不安』も強まってきます。社会不安障害には、生まれつきの内向的(内気)・消極的・回避的な性格気質が強化されて発症したものと、元々は対人コミュニケーションや人前での行為が苦手ではなかったのに何か『トラウマティックな体験』によって回避傾向が強まり社会不安障害の発症に至ったものとがあります。

社会不安障害の遺伝・気質に注目する研究では、乳幼児期の母子分離不安の強さや新規場面への適応能力の低さ(回避行動の多さ・探索行動の少なさ)が関係しているという説もありますが、新規な環境(知らない相手)に対する警戒感・恐怖感を感じる感受性の強弱が社会不安障害のリスクと相関している可能性はあるでしょう。人前で何か話したり書いたり行動したりすることの重要性は、サービス業が主体の近代産業社会になって急速に高まりましたが、人類の長い歴史の中では『新規場面・知らない他者に対する注意深さや警戒感』のほうがより適応的に働いた可能性も高いと思いますし、農業経済や肉体労働が主体の経済社会では人前でパフォーマンス(行為)できないという社会不安障害の問題は前面に出てきにくかったとも考えられます。古代~近世の過去の時代にも社会不安障害の特徴を持つ人は少なからずいたと推測されますが、村落共同体(部落社会)の日常では見知らぬ他者と関わる必要性が低いので、社会適応の観点からそれほど重篤な障害とは見られなかったのかもしれません。

内向的(内気)な性格傾向と社会不安障害には直接的な相関はありませんが、やはり対人関係に積極的で自己顕示的(目立ちたがり)な人よりも消極的で一人を好む人のほうが発症率は高くなりやすく、『社会的場面で行為したいのに(行為しなければならないのに)、不安や緊張が強くて出来ない』という自己認識が強まった時に社会不安障害になりやすくなります。当然、『内向的で社会的場面(対人関係)を好まないこと』『社会不安障害で社会的場面(対人関係)で行為できないこと』は全く違う状況であり、人前に出たり他人と関わるのが好きではないが、やろうと思えば(やる必要性があれば)スムーズにこなすことができるという人は多くいます。『人や社会と関わることが好きではない(好きではないが関われる)』という性格・気質と『人や社会と関わらなければならないのに関われず社会的不利益を受ける』という社会不安障害とは異なるものであるということです。


社会不安障害の人が強い不安・緊張・恐怖を感じやすい状況には以下のようなものがあります。
○大勢の他人の前での発表・スピーチ

○知らない相手やちょっとした知人との会話や談笑

○知らない相手やお店などへの電話・問い合わせ

○人前で文字を書く・人前で食事をする・人前で歌ったり演奏する

○上司や権威ある人と会話をすること

○少人数(大人数)での会食・会議やパーティー

○他人から見られること(他人の視線を意識すること)

○異性と会話をすること


『人前で歌ったり演奏する』というのは社会不安障害の発症を自覚する契機になることがあるもので、学生時代の『音楽』の授業で人前で独唱・楽器演奏のテストを受ける時に、極度の緊張や不安を感じて自律神経症状が出ることがあるようです(歌声が出せない・指が振るえて演奏できない)。社会不安障害の症状は家族・友人・恋人など親しい関係にある人の前で自覚されることはまずありませんが、『大勢の他人・知らない相手』に次いで不安が意識されやすいのが『ちょっとした知人や店員との会話』であり、何度か会ったことがあるだけの相手との会話で居心地の悪さや言葉の振るえなどを感じることがあります。店員との会話というのは、店員に直接何かを注文したり質問したりすることに極端な苦手意識を感じることであり、『初めの一言』が緊張してなかなか言い出せない、カフェなどで注文の言葉が出せずに『メニューの指差し』しかできないといった症状として自覚されます。

社会不安障害の苦痛な症状が慢性化しやすい背景には、『自律神経症状(身体症状)→否定的認知(予期不安)→回避反応→自尊心・自己評価の低下』という悪循環が形成されやすいということがあります。社会的場面や対人状況を回避し続けている間に『自分は人前で一切の行動ができない』というような無力感・自己否定感が自己アイデンティティの一部になってしまうという問題があるので、社会不安障害の克服・カウンセリングという観点では『自己認知の変容を伴うエクスポージャー(不安状況への曝露)・ロールプレイング(目的とする人前での行為やコミュニケーションの実践練習)』がもっともベーシックな技法の選択になるでしょう。

社会不安障害に対する心理療法では認知行動療法(エクスポージャー・SSTなど含む)が最も標準的な選択となりますが、心療内科における医学的治療ではSSRI(ルボックス・デプロメール・パキシル・ジェイゾロフト)やベンゾジアゼピン系の抗不安薬が処方されることもあります。ベンゾジアゼピン系は不安症状全般に使われる対症療法の薬ですが、社会不安障害(SAD)に対して抗うつ薬SSRIの薬物療法が用いられることがある理由としては、SADの生物学的原因として脳内のセロトニン系神経の伝達障害(セロトニンの減少による神経過敏・不安感)が仮定されていることがあります。SSRIには近年アメリカで指摘される若年者の自殺衝動を含む一定の副作用と各種の離断症状(口渇・吐き気・めまい・振戦・焦燥感など)があるので、SADでSSRIを服用する場合には投薬のメリットとリスクを適正に比較できる専門医の観察・指導の元に服用する必要があります。

社会不安障害と対人恐怖症はほぼ同一のものであり、社会不安障害は対人恐怖症の症状を包括しますが、両者の不安感を規定する認知内容には若干の差異がります。日本の文化結合症候群とされていたこともある対人恐怖症は『自己視線恐怖・自己臭恐怖・発汗恐怖・醜貌恐怖(しゅうぼうきょうふ)』など妄想的な症状を多く含んでいますが、精神病と不安障害の区別はともかくとして、対人恐怖症では『自分の欠点・短所としての身体的特徴』が他人に被害や迷惑を与えてしまうのではないかという不安感が強くなっています。『自分の目線がきついのではないか・自分の体臭(口臭)がにおうのではないか・自分の汗が気持ち悪いのではないか・自分の顔が醜く変形しているのではないか』という客観的な現実とは異なる対人恐怖症の一部の自己認知は『自分から相手に与える確定的な影響』が意図されています。

一方、社会不安障害では『自分から相手に与える影響』が無いわけではありませんが、どちらかというと人前で上手く話せずに馬鹿にされるのではないか、手が振るえて文字が書けず恥を書くのではないかという『相手(他人)から自分に与えられるマイナス評価』が強く意図されています。対人恐怖症では『自分自身の劣等な特徴に対する不安』が前面に立ちやすく、社会不安障害では『他者からの評価・反応に対する不安』が前面に立ちやすいという特徴がありますが、そういった差異を考えると古典的な対人恐怖症のほうが『自分に対する非現実的な認知』という点で病態水準が深いケースが多いのかもしれません。

多くの社会不安障害では『自分がどうであるか(解決困難な欠点を持っていないか=存在レベル)』ということ以上に『他人が自分のことをどう評価しているのか(自尊心が傷つくミスをしないか=行為レベル)』ということに不安な感情が向かっています。また、社会不安障害における不安の対象も『人前での行為(パフォーマンス)における他者の視線』『直接的な個別の人間関係(コミュニケーション)における他者の視線』に大きく分類することができます。






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■書籍紹介

社会不安障害のすべてがわかる本 (健康ライブラリー イラスト版)
講談社
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