19世紀的な古典的自由主義に基づく“夜警国家”と20世紀的なリベラリズムに基づく“福祉国家”

資本主義に関する記事の続きになりますが、『(神の)見えざる手』が市場経済に働いて個人の利益(利己的欲求)の追求が社会公共の利益を増進させるというアダム・スミスが用いた『資本論』のメタファーはマンデヴィルの影響を受けていると言われます。古典派経済学の祖とされるアダム・スミスは、『市場経済の効率性』を主張して『国家(政府)の市場経済への介入』を否定し経済的なレッセフェール(自由放任主義)を体系化しましたが、国家の役割を完全に否定したわけではありませんでした。

アダム・スミスは『市場経済の自由競争』によって社会全体の富(豊かさ)が増大し、その意図せざる結果として貧困層・下層階級の所得水準も向上すると説きましたが、アダム・スミスは国家の自由経済への介入のすべてを排除しようとする市場原理主義者ではなく、『受益者負担』を原則とした小さな政府を理想としました。アダム・スミスは国家が担うべき役割として『国防・警察・司法・社会インフラの整備・国民の公的教育』などを上げており、すべての事業を民間企業に委ねるべきという考えは持っておらず、資本主義経済を支える株式会社の株式発行(資金調達と株価変動)の仕組みにも反対していました。

『国富論(諸国民の富)』では、社会の富を増大させる経済成長の要因として『分業(社会的分業)』『交換(需要・供給原則)』の促進が最も重要であるとされており、国民がそれぞれの優位性(能力の長所・得意な分野)に特化した分業に専念することで労働生産性が飛躍的に向上するとしました。社会的分業の発達が進むと日常の生産労働が効率的に行われるようになるだけでなく、知的労働(科学技術の開発・企業経営の効率化・各分野の学術研究)に特化した人材によって『技術革新(イノベーション)』が起こり、更に社会全体の富が増加して労働者階層の生活も豊かになるとスミスは語りました。

その一方で、産業活動の役割分担を行う『分業体制』が自動車(工業製品)の大量生産のようにシステム化されると、『単純な反復作業』に日々従事する人間の精神が倦怠・荒廃しやすいという問題も生まれてきます。スミスは公的な基礎教育の発展による技能向上や知的関心の拡大によって、社会的分業のシステム化が生み出す精神的な問題を解決できると考えました。大量生産体制の高度な分業システム(反復的な作業の組み合わせ)における精神的ストレスの問題は、産業医学や産業カウンセリングの分野の発展を促しました。

スミスが社会の富を増加させる経済成長の要因として認識していたのは『分業による技術革新・労働者の賃金向上・資本家の利潤蓄積・保護規制のない自由貿易』でしたが、現代の経済・雇用状況では『企業や資本家の利潤蓄積』が必ずしも『労働者の賃金向上』につながらないという競争原理の限界も生まれています。国家が貿易活動に関税や規制を掛ける『保護貿易』よりも『自由貿易』のほうがお互いの利益(消費量)を増やせることは、デヴィッド・リカード『比較優位説』によって論証されていますが、現状では自国の産業を守るために様々な規制・関税が設けられておりFTA(自由貿易協定)の締結は限定的です。リカードの比較優位説は、相手国よりも機会費用の小さい『比較優位な商品』の生産に特化してお互いに輸出することにより、全体の財の生産量・消費量は拡大するという仮説ですが、各国が特化した輸出商品の『需要』が相手国に十分にあること、輸出商品の市場価格が極端に低下しないことが『効率的な国際分業』の前提になっています。

国家の自由経済への介入を否定する新自由主義(市場原理主義)では、自由市場の競争原理によって『資源・賃金の最適分配』が達成されるという前提を置いていますが、実際には市場に参加して真面目に働くプレイヤー(労働者・被雇用者)になっても『最低限の生存権・文化的な生活』が保障されるというわけではなく、効率的な資源分配を実現する自由市場にも一定の限界があります。規制のない市場経済は『効率的な資源分配・需要に合わせた合理的な生産力増大』という強力な機能を持っていますが、特定企業による産業の独占や少数者への富の偏在という弊害を自律的に解消する力を持っておらず、幾ら社会全体(特定企業)の富が増えてもそれが個人それぞれの所得を向上させるかどうかは分かりません。市場経済だけに財の再分配を任し続けると、『収穫逓増の原則』が働いて富める者がますます豊かに貧しい者がますます貧困にという流れが生まれ、『貧富の格差・階級的な産業構造』が固定化する危険があります。

政府の一切の介入を排除する市場原理主義の問題点は、『社会全体の富の増大』を効率的に進めることはできるが『社会保障的な富の再分配』を倫理的に進める機能を市場は持っていないということです。単純に考えても、身辺自立のできないレベルの心身障害者・知的障害者は市場経済のプレイヤーとして自力で十分な所得を得ることができず、関税(輸入障壁)を全廃した自由貿易を認めると競争力のない産業に従事する人は失業者になり、産業が高度に発達すると市場価値の低い人材や衰退産業・零細企業の労働者が十分な所得を得ることは難しくなります。技術革新や経済成長によって『雇用のパイ』が増えたとしても、新規産業の雇用条件を満たすには高度なキャリアや知識・技術が必要となることが多く、GNPの増加がすべての労働者の所得水準の向上に結びつくことは殆どありません。

自助努力だけでは最低限の文化的生活に必要な所得を確保できないワーキングプアや失業者、病気や怪我のリスク、ホームレス、重篤な困難を抱える障害者などの経済問題に対して、市場経済システムだけで十分な支援やケアができるというのは間違いであり、市場経済では基本的に一定以上の労働生産性(企業への所属・市場価値)のある人にしか財が分配されないという限界があります。最小国家や無政府主義を目指すリバタリアンは、政府の社会保障制度(社会福祉政策)や経済財政政策、公共投資を全否定して、『社会保障の機能』を民間の寄付活動や企業の慈善活動プロジェクト(フィランソロフィ)、NGO・NPO、救貧的なボランティア活動に移転しようとしますが、現実問題として生活保護(公的扶助)や社会保険、福祉事業(公的支援)のすべてを『民間の善意・利他心』に頼るというのは善意の総量や財源の規模の裏づけがないため難しいでしょう。国家が徴税による『財の再分配・社会保障』に全く関与しないリバタリアニズムでは、弱肉強食的な競争社会になる可能性がやはり高いと思いますし、一般的な個人(労働者)が大組織・行政機関に所属できなかったり市場価値を生み出せなかったりすると『生存権の保障』が危うくなる恐れが出てきます。

小さな政府を唱導したアダム・スミスは社会保障的な財政支出には否定的でしたが、『社会全体の利益になる諸施設や公共事業が、もっとも直接に利益を受けるその社会の特定成員の拠出だけでは全然維持できそうもないか、あるいは実際に全然維持されていない時には、不足分はたいていの場合、社会全体の一般的拠出によって埋められねばならない』というように『受益者負担』だけでは賄いきれない公共事業(インフラ整備)・行政サービスの可能性について言及しています。国家(政府)は『個人・企業の利益』にはならないが『社会全体の利益・安全』となる公共事業・公的サービスを行うわけですが、政府がどこまで国民を保護すべきなのか、国民がどれくらいの税負担に同意するのかによって『政府・財政の規模』が変わってきます。

現代の資本主義国家では、カール・マルクス『資本論』等の思想に基づく『私有財産制の廃棄・市場経済から計画経済への移行・生産手段(企業活動や生産設備)の国有化・プロレタリアート独裁による完全雇用・貧富の差を廃絶する富の平等な再分配』といった社会主義・共産主義の体制に賛同する人は殆どいないと思いますが、それと同様に国家が『社会保障(社会保険)・財政政策・産業規制の分野』から完全に撤退する夜警国家(古典的自由主義)を望む人もそう多くはないでしょう。自由市場経済の効率性や再分配機能をどこまで信頼するのかによっても思想的立場は変わってきますが、『数の論理』によって政党・政策方針が選択される民主主義国家では、一定の社会的セーフティネット(社会保障制度・社会保険)を準備するリベラリズムの思想が必然的に優勢になります。

社会福祉や公共サービス、公共事業を削減して財政再建を優先すべきだという新自由主義の政治家や有権者はいますが、財政規模や行政コスト、税負担を縮小する『小さな政府』を志向するとしても世論が要請する最低限度の社会保障システムをすべて無くすことはできないと考えます。バブル崩壊以後の日本では、社会福祉・社会保障や社会的セーフティネットを重視するリベラルな立場(社民主義的な立場)の人でも『行政の無駄遣い(民間企業と公的機関のコスト格差)』に対して厳しい眼差しを向けるようになっており、『本当に必要な行政コスト・国民のための公共サービス』を選別して行政のスリム化を実現しなければならないという要請は強まっています。

『自由とは何であるのか?』という問いかけは哲学や政治思想の歴史で繰り返し為されてきましたが、自由を原理的に抽出すると『干渉(強制)からの自由』『欠乏(貧窮)からの自由』の二つの類型を取り出すことができます。古典的自由主義に含まれる『干渉(強制)からの自由』は“消極的自由”とも呼ばれますが、『放任される自由』のことを意味します。消極的自由は国家(他者)によって自分の意志決定や選択の自由に干渉されない自由であり、特定の行動・判断を強制されることを拒絶する立場のことです。リベラリズムに含まれる『欠乏(貧窮)からの自由』は“積極的自由”と呼ばれ、最低限度の生存権を絶対的に保障しようとする社会権の発想につながる自由ですが、リベラリズムでは行政機構の肥大や財政負担の増大をどのように解決するのかという厳しい課題が突きつけられています。

国家が『立法・国防・警察・外交』といった最低限の役割さえ果たしていれば良いとする夜警国家(最小国家)は、19世紀の近代市民社会から肯定的に捉えられましたが、20世紀には国民国家は公共事業による有効需要の創出を肯定するケインズ経済学の影響もあって、福祉国家・行政国家の『大きな政府』へとシフトしていくことになります。J.M.ケインズ『供給が需要を規定する』という古典派経済学のセーの法則を否定する『有効需要の原理』を提起して、政府が完全雇用を促進する『公共事業・公共投資(財政政策)』を行うことで、有効需要を政策的にコントロールし景気対策を行うことができると考えました。これをケインズ主義的な総需要管理政策(ケインズ政策)とも言いますが、有効需要を生み出すための大規模な公共事業・公共投資が奨励されたことで、一時的な景気回復をすることができても長期的には国家財政が赤字を積み重ねて逼迫するという問題が生まれてきました。

19世紀に最小国家(夜警国家)が肯定的に見られていた背景には、有権者となる市民階層が『財産・教養・地位』を持つごく一部の相対的に豊かな層に限定されており、ある程度の財産(納税額)を持っていなければ投票できない制限選挙(財産選挙)であったことが関係しています。国家が市場経済に介入する必要がないとされていた市場主義の根拠には、アダム・スミスの『資本論』の影響が大きく反映されており、『資源・財の最適配分』を行って物価・所得を自動調整する市場原理に対して現在よりも強い信頼感が共有されていました。人権思想が発達しておらず社会福祉という発想が乏しかった19世紀の階層的な市民社会では、『貧困・失業・病気(障害)』は個人の問題として考えられており、国家の行政機構が社会保障・公共サービスを提供するという福祉国家(行政国家)の理念がそもそもなかったわけです。

20世紀から、先進諸国の多くはリベラリズム的な福祉国家(官僚主義国家)へと移行を始めますが、財の再分配を重視する福祉国家が発達した要因としては『都市部の人口増大と労働問題の発生・普通選挙の実施・人権思想の普及・社会主義の影響・ケインズ革命による公共事業の増加』などが上げられます。19世紀には政府が果たすべきと考えられていた役割は『立法(司法)・国防・警察・外交』といった最小限のものでしたが、普通選挙の実施によって(豊かなブルジョワ市民層以外の)国民各層の意見や要求が政治に反映されるようになり、『失業・貧困・病気(障害)・老齢年金などに対応する社会保障・社会福祉』が新たな政府の役割となります。

新たに加わった『国民の社会権・雇用』を保護するという政府の役割は、『社会保障・社会福祉・公共事業』に関連する公共部門の仕事と公務員の雇用を次々と生み出し、その結果として『行政機構の肥大・行政の国民生活への過剰介入』『財政赤字の増大・市場経済の規制強化(保護主義)』という新たな問題が作られました。夜警国家(古典的自由主義)を否定して、20世紀に発達したリベラルな福祉国家・行政国家は『医療・年金・教育・介護・雇用・景気・公的扶助』など国民生活のすべてに渡って国家が一定の保障を与えようとするものでしたが、高度経済成長期を終えた先進国では十分な財源を確保することが難しくなっており、社会保障や行政機構の拡大による『財政負担の削減』が大きな政治課題となっています。市場経済・競争原理の効率性を重視して『小さな政府』を志向するネオリベラリズムは、過去に乗り越えてきたはずの古典的自由主義(自由放任主義)への回帰といった側面があり、経済成長が減速して高齢化の進む国民国家において、行政コストの拡大や財政赤字の積み重ねにどのような政策で対処するのか、国民の最低限の生存と文化的生活をどのような方策で保障していくのかが政治と国民に問われてくることになると思います。






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■書籍紹介

アダム・スミス―自由主義とは何か (講談社学術文庫)
講談社
水田 洋

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