子どもの気質と母親の養育態度から形成される“愛着の質”:愛着行動と抗ストレスホルモンの分泌

乳幼児の精神発達では、生後5ヶ月頃から母親と知らない他人を区別して『人見知り不安(stranger anxiety)』を見せるようになり、人見知り不安は生後8ヶ月頃に最も強くなる。人見知り不安は『母親との愛着形成』『シャイネス(回避的な恥ずかしがり)の強さ』と関係する心理反応であり、安定した愛着(attachment)が形成されていてシャイネス(shyness)が極端に強くなければ、1歳以降に人見知り不安は徐々に低下していく。母親のような養育的な他者に接近してくっつきたいとか情緒的に甘えたいとかいう『愛着(attachment)』の欲求は、世話をしてもらいたいから接近するという二次的欲求ではない。

H.F.ハーローの針金マザーの実験結果によると、愛着形成の欲求は温かくやわらかいものに包まれていたいという一次的欲求(生物学的動因)であり、物理的な食欲や保護欲求(安全欲求)が満たされたとしても愛着欲求が消え去るわけではない。母子間の愛着の質を観察して評価する実験法として、M.S.エインズワースが実施したストレンジ・シチュエーション法(strange situation method)がある。エインズワースのストレンジ・シチュエーション法は、以下の手順で実施され『愛着形成の類型』を3つのタイプに分けることができる。


1.母親と1歳前後の子どもが部屋に入室する。

2.知らない女性が部屋に入室する(ストレンジ状況)。

3.母親だけが部屋から退室する(分離)。

4.一定時間の経過後に、母親が部屋に戻る(再会)。


ストレンジ・シチュエーション法では、『母親が部屋から退室した時』と『母親が部屋に戻ってきた時(見知らぬ相手と二人になった時)』の『子どもの行動・反応』を観察することで、愛着の質や分離不安の強さ、人見知りの激しさを大まかに評価することができる。ストレンジ・シチュエーション法の実験結果から以下の3つのタイプを導き出すことができ、養親が子どもの要求に適切に反応して安定した愛着関係をつくっている場合には『安定型』になりやすいとされる。しかし、愛着の質には母親の養育態度や赤ちゃんの生育環境といった『経験的要因』だけではなく、子どもが生得的に持っている『気質的要因(生物学的要因)』も関係している。

そのため、母親が子どもに適切な愛情表現をして共感的な養育態度を取っていても、何らかの遺伝的・気質的要因によって『回避型』『抵抗型(アンビバレント型)』の結果がでることは少なくないし、一時的な感情的興奮によって『抵抗型』の反応を示すこともある。安定型・回避型・アンビバレント型の違いは、愛着形成と関係する情緒発達の指標として用いることができるが、愛着形成の障害の原因までを特定することはできない。

ただし、子どもの要求に対して冷淡で愛情の乏しい『拒否的態度』を取っていたり、自分の気分や機嫌によって子どもへの対応を極端に変えるような『一貫性のない養育』をしていたりすると、有意に回避型や抵抗型の発生頻度が高くなる傾向がある。回避型や抵抗型の特徴が顕著な場合には、『子どもへの接し方』を改めて考えてみるきっかけにはなるだろう。一般的には、『回避型』の母親は子どもとの身体的接触を嫌って拒絶的な態度を取ることが多く、『抵抗型』の母親は子どもの欲求や訴えを無視してマイペースな一貫性のないかかわり方で育児をしていることが多いとされるが、そういった母親側の要因以外にもさまざまな環境要因や気質要因が介在している可能性がある。

1.安定型(stability type)……母親が側にいると安心感を示し、母親を心理的な安全基地として活用しながら探索行動を行う。母親が部屋を出ていくと分離不安を示して泣いたり悲しそうな行動を取るが、母親が戻ってくると母親に抱きついて再び安心感や探索欲求を回復することができる。

2.回避型(avoidant type)……母親に接近したり甘えようとする欲求が見られず、母親とは一定の距離感を置いている。母親が部屋から出ていっても分離不安を示すことがなく、見知らぬ人と一緒にいても特別な不安や悲哀の感情が見られない。愛着があまり形成されていないので、母親が戻ってきても母親に近づくことがなく離れようとする。

3.抵抗型・アンビバレント型(ambivalent type)……母親が側にいると安心して探索行動をするが、母親が少しでも離れようとすると感情的に不安定になり泣き喚くような反応を示す。母親が部屋を出ていこうとすると非常に強い分離不安を示して泣き叫ぶが、母親が戻ってくると抱きつきながらも母親を叩いたりする行動を見せる。母親に接近して安心したいという『愛着・愛情・接近の欲求』と、自分を置いて出て行った母親が許せないという『怒り・抵抗・憎悪の感情』が子どもの心に同時に存在している。その両価的な心情を表現するために『アンビバレント型』とも呼ばれる。


愛着理論を提起したジョン・ボウルビィは、乳幼児期の愛着の質がそれ以降の性格形成や人間関係のつくり方に影響すると考えたが、『愛着』は生理学的な内分泌活動(副腎皮質系のホルモン分泌)と相関しているという学説もある。抗ストレス・行動促進の作用を持つとされる副腎皮質系のコルチゾールは、ストレスや恐怖感が高まったときに増加する特徴があるが、子どもがストレス状況に耐えて積極的な行動をとるためには一定以上のコルチゾールの血中濃度が必要とされる。子どもの情緒状態を作用するコルチゾール濃度は高すぎても低すぎても問題が生じるが、アカゲザルやラットを用いた動物実験では母子間の愛着によって生理学的システム(内分泌・自律神経)が調整されることが確認されている(Hofer & Shair,1978)。

母親から分離されると人間でもサルでも、母親との接触を追い求めて情緒不安定になり、内分泌系を含む生理学的システムに混乱が生じるが、この生体ホルモンの分泌バランスの乱れが性格・気質的傾向に関係するという考え方もある。母子間で共感的な思いやりやスキンシップによる愛情表現が大幅に欠落すると、『母性剥奪』を原因とする心理的障害が発生するリスクがあるが、この因果関係についてはLiuやMeaneyが実施したラットの動物実験によってある程度確認されている。母親のラットから身体を舐めてもらったり毛づくろいをしてもらったりして大きくなった子どものラットは、ストレスに対する生理学的反応がより適応的なものとなり、ストレスを強化する副腎皮質反応が抑制されるという結果が得られている。

ヒトの乳児に関する実験では、ストレス感受性の特徴を持つ『コルチゾール分泌(副腎皮質反応)』においてラットのような明確な差は見られなかったが、その理由としては『回避型・抵抗型の愛着』であっても一定の環境適応(ストレス緩和のための防衛反応)を実現しているという可能性が考えられている。健全な心身発達を遂げて一定以上のストレス耐性を身に付けた人は、副腎皮質反応としてのコルチゾール分泌が抑制されているが、愛着形成の型(タイプ)とコルチゾール分泌量には有意な相関がないという実験結果が出ている。ボウルビィは母親の養育態度や愛着の質が、その後の性格形成に大きな影響を与えると推測したが、ストレスホルモンに関係する科学的な研究結果を見てみると『特別な児童虐待・ネグレクト・存在の無視』などの要因がなければ、『愛着の質』は『ストレス耐性・性格形成』に直接的な影響を与えるわけではないようだ。

ストレス状況や新規場面にどれくらい敏感に反応するかという『コルチゾール分泌量(副腎皮質反応)』というのは複雑な性格形成因子の一つに過ぎないが、人間のストレス耐性やストレス感受性には『愛着の質』『生得的な気質(変化しにくい性格の中核的要素)』のどちらのほうが大きく影響しているのだろうかという疑問が湧いてくる。『生得的な気質』が『愛着の質』に作用している可能性は高いが、子どもの側に刺激過敏性(気難しさ)があったり、他者に積極的に反応しないシャイネス(消極的)な傾向がある場合には、『愛着のタイプ』が回避型や抵抗型として判定されやすくなるというのは確かだろう。母親の養育態度以上に子どもの生得的な気質が『外部からの愛着の質の判定』に影響を与える可能性は絶えずあるが、『ストレス反応(コルチゾール分泌)』と結びつきが強いのは『愛着形成』なのだろうか『気質』なのだろうか。

愛着の質は母親の養育態度と子どもの気質性格の相互作用によってつくられていくので、『母親の養育態度』が愛着が形成されない原因なのか、『子どもの気質』が原因なのかの判定は綿密な長期観察を行わないとなかなか分からない。しかし、『愛着・気質・ストレス反応(コルチゾール分泌)』の相関関係については幾つかの実験結果(Nachimas, 1996など)によって明らかになっており、『生得的な気質』はストレス反応(ストレスに関する性格因子)を直接的に規定することはなく、『愛着行動』によってコルチゾール分泌量(ストレス適応の生理学的システム)を調整していることが示唆されている。子どもの気質や愛着のタイプだけでは、コルチゾール分泌量を推測することはできず、子どもはストレス状況(母子分離不安)や新規場面に適応するために、さまざまな愛着行動(身体接触・母親の探索・泣く)をとってコルチゾール分泌量を増やすのである。

コルチゾール反応が極端に強くなると、ストレス耐性が脆弱になって情緒不安定になりやすくなるが、どれくらいのストレスでコルチゾール濃度が上昇するのかという『閾値の個別差』は『子どもの気質』によって規定されている部分がある。ボウルビィが主張した『母子間の愛着行動には不安軽減効果がある』という意見は、『愛着行動によってコルチゾール反応(抗ストレス反応)が一定レベルまで亢進する』といった生理学的事実によっても支持されているが、母子関係の問題がその後のコルチゾール反応(ストレス感受性)にどれくらい影響するのかについては明確な定説はない。しかし、『気難しさ・過敏性・短気・臆病・情緒の混乱』などの非適応的な気質傾向を持つ子どもでは、母親の養育態度や愛着の形成によってコルチゾール反応の強さ(ストレス耐性の強さ)が変わってくるという仮説があり、『母親(養育者・周囲の人)の働きかけの質(愛情・保護・支持・共感など)』『生理学的システム(内分泌系・神経系)』との間には何らかの強い相関があると考えられている。






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