ロシアとグルジアの南オセチア自治州を巡る対立とアメリカの世界覇権の衰退:石油利権とロシア経済の構造

停戦に合意した後もロシア軍がグルジア領内からなかなか撤退する動きを見せない。8月12日にロシアのメドベージェフ大統領が署名した6項目の『停戦・和平合意案』では、ロシアに『追加的安全措置』を取ることが認められていると報道されているが詳細は公開されていない。いずれにしても、ロシア軍はこの追加的安全措置の条項を根拠にして南オセチア自治州近郊の『暫定的安全地帯』に小規模なロシア軍を置いて情勢を監視するとフランスのサルコジ大統領に伝えている。グルジア近郊に拠点を残したいロシアと完全撤退を要求する欧米の対立の溝は深まっているが、ロシアとアメリカ・EU(欧州主要国)の急速な関係悪化は世界秩序を大きく揺らがす懸念がある。

景気後退もあってアメリカの外交的・軍事的なプレゼンスが大幅に低下していることを象徴する出来事でもあり、ロシアがアメリカにもEU(ヨーロッパ共同体)にも迎合せず独自の拡張路線を示すのであれば相当に強い警戒が今後も要されるということになる。一番懸念されるのは、旧来的な領土拡張指向の国家ビジョンを持つロシアと中国が結んで欧米との対立軸を鮮明化することであるが、大陸国家であるロシアの指導者層にはソ連時代の支配領域の復権(失地回復)というような思いが心のどこかにあるのかもしれない。

現在でもロシア政界に院政を敷いているとされるウラジーミル・プーチン前大統領が掲げた『強いロシアの復権』という国家ビジョンはロシア国民からの大きな支持を得て、ロシアは新興経済国(BRICs)の一員として力強い経済成長を続けている。一方で、“強いロシア”という意味がロシアに伝統的な価値観である『大きな領土・強大な軍事力』といった強さを含意しているであろうことが心配な点でもあり、冷戦時代のような世界を二分する西側と東側の対立軸が生まれることだけは回避して欲しい。

かつての冷戦では、アメリカとソ連が世界をイデオロギーと圧倒的軍事力で二分割して主導し、『核抑止力と予定調和による平和』をとりあえず持続することができた。しかし、現在の世界情勢は『欧米対ソ連』の単純な構図で安定させられるものではないし、ここに中国という遅れてきた大国やイスラーム諸国という政教一致国がプレイヤーとして加わることで軍事的な緊張が高まりやすくなる。近代国家の通常戦争の枠組みには収まらないテロリズムやゲリラ戦、宗教原理主義、アフリカの部族対立などの脅威も一向に収まる気配がなく、9.11後のアメリカが軍事的制裁を加えたアフガニスタンやパキスタンの治安状況・政権基盤・国民統合も不安定なままで回復の見込みが立たない。ここにロシアと周辺国家の関係悪化やCIS(独立国家共同体)の緩やかな連帯の崩壊が起こるとすると、ロシアと中央アジア、イスラーム圏の地政学的リスクが連動するような不穏な事態が起こりえない。

せっかく民主国家の一員として新たな歴史を刻み始めたかに見えたロシアだったが、今回のグルジア紛争では一定の石油利権を確保した代わりに、国際社会からの信任下落や外国人投資家(ファンド)の投資意欲の低下など失ったものも大きい。ロシアが『得たもの』と『失ったもの』を秤にかけるとどちらが大きいのかは何を重視するのかによって変わってくるのだろうが、諸外国の反発を強める『軍事的な問題解決・領土拡張』に偏り過ぎると、継続的な経済発展や国民生活の向上を実現することはできないのではないだろうか。ロシアが南オセチアを支援して親米国グルジアに対して思い切った軍事行動に出た背景には、アメリカの国際社会でのリーダーシップの低下という要因があるが、NATO(北大西洋条約機構)にグルジアが取り込まれることに危機感を抱いていたことも大きい。

民主的・人道的な価値を共有するNATO加盟国が、ロシアに対して一方的な軍事的圧力や領土侵犯を仕掛ける事態は想定しにくいので、グルジアがNATOに加盟したとしてもロシアへの軍事的リスクが高まるわけではない。ロシアが国防強化を図るのであればNATOに対抗するよりもNATOとの協力体制を強化して、アメリカやNATOの仮想敵国的な位置づけを抜け出すことが最善の策ではないかと思うが、ロシアはEU的な国境を超えた連帯に積極的にコミットしそうにない。ロシア側からすると『自国の領土を守ること』を心配しているというよりも、経済的利権も絡んだ『自国の領土を増やすこと(旧ソ連領の失地回復)』に意識が向かっているのだろうし、資源国として当面の国家財政を支えるのに役立つ石油利権・パイプラインを確保したい思惑もあった。

今回のグルジア紛争の発端は、グルジアのサーカシビリ大統領が南オセチアの分離独立運動を武力鎮圧しようとしたことにあり、そこに待ってましたとばかりに南オセチアを支持するロシアが軍事介入してきた。支援する分離独立派のオセット人を助けるためとはいえ、主権国家への物理的な内政干渉には大きな問題があるし、ロシアがオセット人の独立意識を不要に煽っていた(軍事介入の理由を作る工作をしていた)という側面も無視できないだろう。ミクロな視点では一国内部の民族紛争(オセット人の民族自決)や独立戦争と見ることもできるが、より巨視的な視点では昔から繰り返されている外国に内政干渉するための政治工作の枠組み(外国内部の分離独立勢力・抵抗運動の支援と軍事介入)であり、ロシアが周辺諸国への影響力を拡大するための戦略的判断の一つだったのだろう。

グルジアと南オセチアの分離独立を巡る紛争にロシアが軍事力で内政干渉した結果、ロシアとグルジアが事実上の戦争状態に陥り、多くの被害と難民を生み出すことになったのは悲しいことであるが、国連とアメリカは安易に『ロシア軍の駐留』に妥協することなく即時撤退の要求を貫き、不正な領土的野心は容認しないというメッセージを伝えなければならない。今回のグルジア紛争の直前に、カスピ海にあるACG油田とトルコの地中海沿岸を結ぶ“BTCパイプライン”が破壊されて、グルジアはアゼルバイジャンからの石油輸送路の権益を失ったが、このBTCパイプラインは欧米資本によって建設されたものだった。

欧米資本のBTCパイプラインが潰れたこと(ロシアが破壊したという報道はなく詳細は不明であるが)によって、ロシアの保有するパイプラインはアゼルバイジャンからの石油輸送を一手に請け負うことができるようになり強い価格設定力を得ることになった。紛争の遠因には、新興経済国として成長を続けるロシアに長期的展望を期待できる新規産業がなかなか発達しないこと、資源国家として国家財政のかなりの部分を石油利権に頼っているという財政構造上の問題があるように感じる。

しかも、ロシア国内の石油生産量は年々減少傾向にあるので、将来的に現在と同じだけの石油経済を維持できるかが不透明であり、できるだけ周辺諸国から石油利権をかき集めておきたいという気持ちもあるだろう。新たなエネルギーの発明や水素電池などの技術革新によって『石油文明からの脱却』が進めば、石油利権・領土拡張にこだわる国は少なくなるのだろうが、まだまだ当分は石油の市場価値や需要レベルが大幅に下落するということは考えにくい。

ロシアは競合するBTCパイプラインが破壊されたことによって、カスピ海近郊の石油輸送(パイプライン運営)の利権を獲得することになったが、グルジア紛争の影響がロシア・アメリカ・EUの軍事緊張を伴う長期的な対立につながらないような事後処理を的確に行うことが必要だと思う。ロシアが懸念するアメリカのミサイル防衛構想(MD構想)の東欧圏(ポーランド・チェコ)への拡大などの問題も含めて、アメリカ・ロシア間で議論すべきテーマは増えているしEUとロシアの関係改善も重要である。グルジアと直接的関係はないが9月に開催される日本の臨時国会でも、インド洋上の給油活動の継続など日本の国際協力行動・自衛隊の海外派遣のあり方が論点になってくる。






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