マイケル・J・モーブッシン『投資の科学』の書評1:投資行動における確率と期待利益のバランス

マイケル・J・モーブッシン『投資の科学』は、マーケットにおける最適な投資行動について各種の科学的知見を集めたオムニバス形式の書籍である。本書の内容は、株式市場や金融市場で利益(利回り)を得るための『投資行動の分析・予測・アドバイス』だけに留まるものではなく、より良い人生を生きるための効果的な意思決定と最善の問題解決法について多くの示唆を与えてくれる。結果を予測することが不可能な市場や事業に資金を投入する『投資(investment)』は、リスクのある『ギャンブル(gamble)』とは似て非なるものであるとモーブッシンは語る。不確実な未来に自分の資金と時間を投資するという行為は実に複雑でスリリングな行為であり、私たちの人生と行動そのものが有限の時間に捧げられた『投資』だと解釈することもできる。

狭義の金融投資(株式投資・不動産投資)を実際に行うか否かに関わらず、本書は人間の人生に必然的に付きまとう投資行動(選択行動)を合理的・客観的に理解するガイダンスとして楽しめる構成になっている。投資行動とは、いかにも世俗的な『経済的利益の獲得(利潤と効用の最大化)』を目的とした行動であるが、科学的な『人間の認知傾向・行動形成』が分かりやすく反映されやすい行動でもある。

投資は『利益獲得(正の強化)』『損失回避(負の強化)』との間の葛藤によって形成される行動であるが、カーネマンとトヴァスキーによると人間は『同額の利益による満足』よりも『同額の損失による不満』を2倍以上強く認知する。その為、過半数の人は損失を出す可能性があるリスク投資に極めて消極的であり、確率と期待利益の合理的な判断が出来なくなることが多い。サブプライムローン破綻以後の世界同時株安や原油・食糧の物価上昇がいつ改善するのか分からない状況では、特に大半の人は投資活動を抑制するが、シュロモ・ベナルツィとリチャード・セイラーは投資家の『近視眼的な損失回避』によって株式市場の長期的なリスクプレミアムが担保されると語る。

第1部『投資の哲学』では、運試しによる『投資の結果』がいくら優れたパフォーマンスを達成しても長期的には意味がない投資だと断じる。理論的・合理的な投資基準の策定による『投資の過程・意志決定の根拠』が的確であれば、その時々の結果(パフォーマンス)が良くても悪くても長期的には必然的に高い利率が得られるとする。偶然の運だけによる一時的(短期的)な利益獲得は、長期的には市場や競争相手にその小さな利益を吸い上げられて損失に転換するので、それは『投資』というよりも『ギャンブル』のカテゴリーに入る行為となる。自分が何に投資しているのかが分かっていること、投資した理由や根拠について自分なりの合理的推測があること、確率と期待利益のバランスがとれていることによって、ギャンブルが投資へと変化すると考えられる。

第1部の第2章『投資と投資ビジネス マーケットを打ち負かす意味について』では、株式市場の指標に連動した平均利回りを目標とする『インデックスファンド(日本の日経225,TOPIX・アメリカのS&P500,NASDAQなど)』を超える利回りを出すファンドマネージャーや投資信託にはどのような特徴があるのかについて語られている。株式投資の本質的傾向を分析した書籍として有名なバートン・G・マルキール『ウォール街のランダム・ウォーク』では、大多数の投資行動(プロのアクティブファンドの投資信託・アマチュアの個人投資)は市場の平均利回りであるインデックスを越えられないとしたが、インデックスのベンチマーク(目標基準)を連続で超え続けるような高利回りのアクティブファンド(ファンドマネージャー)が存在しているのもまた事実である。

大半のアクティブファンドよりも優れたパフォーマンスを発揮する市場平均の『S&P500』は、『流動性の高さ・営業黒字のファンダメンタル・米国の各産業分野における主要企業・セクター(事業分野)の市場に準拠した分布』などのシンプルな基準で銘柄を選定しているだけである。S&P500を超えるアクティブファンドもまたシンプルな選定基準で銘柄を組み込んでいるが、その特徴は『ポートフォリオの回転率が低い(長期保有のスタイル)・ポートフォリオの上位10銘柄への投資比率が高い(均等額の分散投資をしない)・バリュー投資(割安な銘柄への投資)』といったものである。

しかし、外観的な資産構成比率としてのポートフォリオを真似るだけでは高利率を得ることはできず、そのポートフォリオの銘柄を実際に組み替えるときの時期・金額の判断という『運用プロセスの影響』がより大きなものとなってくる。なぜ、多くのファンドがインデックスを上回るような運用ができないのかについて、モーブッシンは『純粋な利率追求の投資』と『顧客から手数料を得る投資ビジネス』の目的が厳密には異なるからだ(パフォーマンスが低くてもマーケティングや話題性で売れる投資信託があり、パフォーマンスが高くても売れない投資信託がある)と語っており、プロとしての倫理と規律の問題を指摘している。第7章『時間は投資家の味方』では、ハイパフォーマンスを上げている投資家の事例や市場のデータを引きながら、バリュー株や優良株のバイ・アンド・ホールドによる長期投資こそが投資の正攻法であるという結論に落ち着くのだが、現在の株安基調も個別銘柄では下落が続くことは十分有り得るがインデックスではいつかは回復に向かうことになると予測される。

第2部『投資の心理学』では、『効用の最大化』を合理的に目指すという経済人(ホモ・エコノミクス)の前提を否定して、人間の行動や意思決定は経済学が想定するほど合理的・客観的ではないことを様々な理論・データ・事例を参照しながら論証していく。投資行動における人間の意志決定プロセスは、『集団(世論)の意思決定・精神的ストレス・直観的予測に対する自己過信』によって大幅に歪められてしまい、大半の人は冷静に合理的な意志決定をすることがまったく出来なくなってしまう。

株式市場をはじめとするあらゆるマーケットでは、『自己の欲求』と『他者の欲求』が相互作用して、『他者の意見・判断』が自分の意思決定プロセスに無視できないほどに大きな影響を与えてくるので、周辺状況・経済情報を正確に解釈した『個人としての合理的判断』を行うことは困難になってくる。投資行動で『間違った不合理な判断』を導く精神的ストレスの原因の多くは、自己の投資内容の短期的評価やトラッキングエラー(市場平均利回りとの落差)に目が行き過ぎて、ポートフォリオの回転率(売買する回数)を無闇に上げて損失を積み重ねてしまうことにあるというが、本書を一貫するテーマは『長期的視野に立ったあれこれ迷い過ぎない意思決定(自分の意思決定を根拠なく疑い過ぎないこと)』だと言えるだろう。






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■書籍紹介

投資の科学 あなたが知らないマーケットの不思議な振る舞い
日経BP社
マイケル・J・モーブッシン

ユーザレビュー:
色々面白い項目もある ...
確かに、他の投資の本 ...
純粋におもしろい複数 ...

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