秋葉原の無差別殺傷事件から考えたこと1:家族との情緒的な結びつきと社会と向き合う精神的自立のプロセス

6月8日、東京・秋葉原の歩行者天国で7人を死亡させ10人に重軽傷を負わせるという戦後稀に見る無差別殺傷事件が発生しました。加藤智大容疑者(25)はレンタルした2トントラックを歩行者天国の横断歩道に突っ込ませた後に、ダガーナイフを振りかざして多くの人を殺傷しましたが、事件後の加藤智大容疑者の供述とネット(ケータイサイトの掲示板)への書き込みによって浮かび上がってきた人物像は『異性・友人・社会からの肯定的評価』を執拗なまでに求める孤独な男性の姿でした。

自分の人生とは無関係な他者を殺傷した加藤智大容疑者の自己中心的で反社会的な行為は決して許されない非道なものですが、加藤容疑者が『自分と直接の関係を持たない他者(既存社会の構成員)』『自分の苦悩緩和と関係する他者(傷つけることで自分の苦悩が和らぐ存在)』として認知したのは、この事件の動機の一部を考える上で重大な点であると思います。秋葉原の無差別殺傷事件の犠牲者となった方々及び遺族のご冥福をお祈りすると共に、事件で負傷された方々の心身の健康の回復と平穏な日常生活への復帰を願っています。加藤容疑者に対する法的・倫理的な断罪の気持ちもありますが、以下では心理的・社会的・哲学的側面からこの事件の様相と動因(加害者のパーソナリティ・社会構造・労働環境・対人関係など)について考えてみたいと思います。

秋葉原の事件の原因は大きく分けて、『劣等コンプレックスの蓄積・帰属場所の無い社会的孤立・格差社会の弊害(不安定で低賃金な雇用条件)』の3つのフェイズから捉えることが可能ですが、この3つの位相は相互に複雑に絡み合っています。劣等コンプレックスと挫折体験の積み重ねが『社会的・対人的な孤立状況』と合わさることによって、『どうせ何をやってもうまくいかない・自分だけがこの世界で不当な仕打ちを受けている』という学習性無力感に裏打ちされた社会憎悪・被害妄想を高めていったことが伺われます。

青森県出身の加藤容疑者は小学校・中学校時代には勉強・スポーツ共に優秀な成績を収めており、県内有数の進学校である青森高校に進学したといいますが、高校では学業不振となり自分が興味を持っていた自動車関係の短大に進んでいます。母親は小・中学生時代には教育熱心なタイプであり子どもの学校生活に過干渉だったようですが、高校時代からの親子関係の共感的・支持的な結びつきは見えてこず、自動車工場に派遣で就職して以降も実家に帰省して親しく会話ができるような親子関係は殆ど無かったようです。会社員の父親との親子関係も良好なものではなく、時に酒を飲んだ父親から自尊心を傷つけられるような叱責や厳し過ぎる懲罰(薄着での屋外への放置)を受けていたと伝えられています。

安心して帰れる家庭(実家)や自分を心理的にサポートしてくれる家族がいないというのは、現代社会における『家族問題(機能不全家族・児童虐待・ネグレクト)』『労働問題(ワーキングプア・ホームレス・ネットカフェ難民)』の基盤にある事象でもありますが、加藤智大容疑者の場合には更に私生活における人間関係(異性関係)が貧困化したことで、社会からの疎外感・孤立感や人生の無意味感を強めていったようです。社会からの疎外感(対人関係からの孤立感)や人生全般の無意味感が強化されて『何もやる気がしない・自分は誰からも必要とされていない』と思い込む人は多くいますが、『信頼できる家族の有無』によって屈折した心理や抑圧された欲求の表現形態はかなり変化してきます。

人生(他者)に対する絶望感・無力感・不信感が強まった人に、依存できる家族がいる場合には『ニート・ひきこもり・不登校』などの非社会的問題へと遷延しやすくなります。一方で、そういった信頼できる家族関係が無く、本人の精神的成熟(情緒的安定性)や職業適応力が不完全なままに外形的な自立(とりあえずの経済的自立)を強制される場合には、『非行・暴力・性的逸脱・依存症(嗜癖)』などの問題が発生することがあります。とはいっても、大多数の人は家族的な信頼関係の欠如や帰る場所の不在、精神的な不安定さがあっても、自分なりの方法や形式で既存の社会環境に適応して生活を営むようになるものであり、家族関係や異性関係に恵まれなかったからといって無差別に他者を傷つける行為にまで逸脱するのは極めて例外的なケースだと思います。

『信頼できる他者・自分と向き合ってくれる他者』が一人もいない対人的な孤立状況では、誰でも不安定で落ち着かない心理状態になりやすい面はありますが、自分からのアプローチ(働きかけ・誘いかけ)で『新たな人間関係(異性関係)のネットワーク』を作り上げることができるかどうかというのが精神的な健康(安定感)の程度に大きく影響してきます。『自分を愛してくれない他者』『自分を認めてくれない社会(環境)』であれば完全に破壊してやる、『思い通りに動かない相手・環境』を物理的に消滅させることで自分の優位性(存在意義)を誇示してやるという考え方は、発達早期の自己中心的な乳幼児に見られる『自他未分離な破壊衝動(死の本能の表現)』と共通するものです。精神分析の対象関係論などに基づいて、自己と他者の関係性(愛情希求)と破壊衝動についてもう少し補足します。






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