乳幼児期の言語発達(ことばの発達)と“話し言葉・書き言葉”の学習プロセスの違い

『英語と日本人の書評』では話し言葉と書き言葉の学習方法の違いについて述べましたが、実際に、子どもが『母語としての言語』を覚えていく場合にも話し言葉と書き言葉の学習は異なる特徴を持っています。『乳幼児期の言語発達』では、生後2ヶ月頃から単純な発声である『喃語(なんご・赤ちゃんの単純な発声)』を出し始め、生後8ヶ月頃になると喃語がやや高度化して『言語としての意味』はないものの『うーうぅ・ああ~う・ままぁ』など自分勝手に音を色々と組み合わせ始めます。

初めて子どもを持った親が、生後数年間くらいの子どもの発達で一番心配になるのが『言語(ことば)の発達』であるとも言われますが、それは言語機能というのが分かりやすい人間の知能(言語性知能)の指標であり、一般的な対人コミュニケーションにおいて非常に重要な役割を果たしているからです。しかし、子どもの『言語発達のスピード』は個人差が非常に大きく、その子どもが取り巻かれている言語環境によっても影響を受けますから、(高次脳機能の障害がなければ)小学校入学時点くらいまでの『言語機能の小さな差』は比較的短期間で埋まることが多いと言えます。自閉症スペクトラムなどとも関連するため、言語発達の遅れというのは乳幼児の定期健診でも指摘されやすい項目ですが、対人コミュニケーションへの興味があって語彙を覚える速度が遅いなどの場合には、その後に発達が追いついてくる場合のほうが多いでしょう。

一応の目安としては、1歳頃に簡単な単語(自分の名前・パパ・ママ等)を覚えて『1語文』を話すようになり、1歳半~2歳頃に『ママ、来て』『これ、ちょうだい』など日常生活に直結する『2語文』を話すようになると、語彙の増加スピードは急速に上がります。2歳半~3歳頃には自分の欲求・意図・経験や周囲の状況などを簡単な構文の『多語文』で話せるようになると同時に、世界(事物)や人間(行動)を言葉(分かりやすい説明)で理解したいという知的好奇心の拡大によって、親(大人)に対する質問頻度が多くなってきます。

3歳以降の子どもは、世界・社会のあらゆる事物に対して疑問や不思議を感じるので、『あれは何?どうしてこうするの?何でこうしなくちゃいけないの?』といった質問に面倒臭がらずに答えて上げるほうが効率的に語彙を増やせるだけでなく、疑問を解決する楽しさ、新しいことを知る喜びを体験的に教えて上げることが出来ます。他者と日常的なコミュニケーション(おしゃべり)を成立させるための『基本的な単語・文法規則・表現(慣用的な言い回し)』は、大体4~5歳頃までに経験的に習得することになります。5歳頃まで普通に一定量の会話がある生活環境で育てられれば、『話し言葉』に関しては特別な勉強や訓練をしなくても習得することができます。

故に、幼稚園までに実施される言語面の早期教育という時には、特別な外国語学習などを除いて『書き言葉(平仮名・カタカナ)』の早期教育のことを意味しており、小学校入学前に平仮名・カタカナを全部書けるというのがとりあえずの目標になっていることが多いようです。小学校に入ってすぐに平仮名・カタカナの書き方を習うわけですが、スムーズに学校教育の授業に入っていくという観点からすると、小学校入学前に平仮名・カタカナが書けたほうが親としても本人にしても心配が少なくて済むという面はあるかもしれません。

日本人の英語学習(外国語学習)では『書き言葉よりも話し言葉のほうが難しい』という逆転現象が起こりますが、これは教科書(本)をベースにして外国語を勉強しているからです。しかし、一般的な母語の習得過程では、必ず『話し言葉の後に書き言葉を習得する』というステップになり、書き言葉というのは原則的に話し言葉よりも高度な学習過程を必要とします。人類の歴史過程を振り返ってみても、文字言語(書き言葉)を持っていない民族(集団)は多くいましたが、音声言語(話し言葉)を持っていない民族はいませんでしたから、文字言語は音声言語から派生した二次的な言語であることが分かります。

国家や地域の識字率が義務教育の普及水準の指標になることはありますが、言葉を話せるか話せないかの識音率が問題になることはまずありません。それは、書き言葉というのは『意識的・制度的な学習機会』を与えなければ習得できないからであり、日常生活の中で他者とのコミュニケーション(意思疎通)によって自然に覚えてしまう話し言葉とは質的な差異があるからです。

『知識伝承(記録)・情報伝達・自己確認・契約証書』のための文字言語の体系は、現代の社会生活においては必要不可欠のものとなっていますが、一定以上のレベルで母語としての文字言語を習得するためには、一定以上の学習期間(制度的な教育機会)が必要となります。日本では9年間の小学校・中学校の義務教育において、常用漢字をマスターすることになっていますが、義務教育課程までの書き言葉を完全に習得していれば通常の社会生活で困ることはまずありません。

また、成人であっても書き言葉(難しい漢字・故事成語・慣用表現・各分野の専門用語)のすべてを知っている人などはまずいませんから、日本語であっても外国語であっても体系的に一つの文字言語の全体を記憶し活用できている個人というのは通常存在しないと考えられます。しかし、4歳の子どもでも大人と必要最低限の意思疎通は出来ますから、『人が人にある意図や感情を伝達する』という言葉の基本機能に限って言えば、文字言語(書き言葉)の全体には、使う機会が極めて少なく日常生活に必要のない『修飾的・教養趣味的な余剰』が数多く含まれていると言えます。


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