太田雄三『英語と日本人』の書評1:日本人はなぜ、英語が苦手なのか?英語名人を育てた明治の英語教育

先日解散された教育再生会議の最終報告書には、『英語教育を抜本的に改革するため、小学校から英語教育の指導を可能とし、中学校・高校・大学の英語教育の抜本的充実を図る』という項目があり、世界経済のグローバル化に適応するための英語教育改革が謳われている。よく日本人は中学校で3年間、高校で3年間、大学の教養課程でも2年間の英語の授業を受けるのに、英語の語学力が低くて全く使い物にならないと言われる。日本人ほど英語を勉強している国民はそうそういないのに、英語に投資した勉強時間がまったく実際の英語力に反映されていないとも言われる。日本の英語教育に根本的な欠陥があるというのは果たして事実なのだろうか?更には、日本の受験英語に精通している人の英語力は、世界的に見て本当に低いものなのだろうか?

これらの問いかけに応える以前に、英語・外国語への劣等コンプレックスと相まって『日本人は語学に元々向いていない』というような固定観念を持っている人も少なくないが、この俗説は果たして事実なのか。これに対する回答が知りたければ、太田雄三が書いた『英語と日本人』の第一章『江戸時代の英語』と第二章『英語名人の時代』を読むことを勧めたい。日本人が初めて英語と接した時期はどう古くまで遡っても18世紀以前には遡ることは不可能で、通説では19世紀前半頃から鎖国をしている幕府の目を逃れて英語を密かに学んでいる人が少数いた程度であり、ペリーの黒船来航以前の日本では、英語を何とか片言で理解できる者が100人いるかいないかの数であったという。開国して西欧列強と通商条約を結んだ1850~60年代に、日本で最も深く英語に精通していたのはジョン万次郎(中浜万次郎・浜田彦蔵・森山栄之助といった人たちである。『学問のすすめ』を書いた福沢諭吉も森山に英語の教えを請おうとした時期があったと書かれているが、公務で多忙な守山からは教授を受けることができず『福翁自伝』において森山の英語の力量をくさしたりしている。

西欧文明を貪欲に摂取する必要のあった明治維新の前後に生きたエリートたちが受けた徹底した正則の英語教育は、現代の義務教育で課される変則の英語教育とは全く質的に異なっていた。明治政府誕生以前にも、幕府が洋学校の開成所を開設して英語教育に当たっていたが、倒幕が成功して西欧礼賛的な文明開化の明治時代が始まると、『英語のできるエリート』の需要と評価がかつてないほどに急速に高まる。英語・ドイツ語・フランス語にネイティブのように精通すれば政府の要職に就くことができ、社会的な地位や名声が得られる時代へと明治の日本は突入し、成績優秀な当時の学生は学校生活の大部分を外国語を使って送ることになる。当然、語学以外の授業もすべて外国語で行われ大半の教師は外国人(お雇い外国人)であり、専門知の大部分の訳語(日本語)は知らなくても外国語であれば適切に表現できるという状況になった。

日本の公教育(公立の高等教育機関)が英語習得において最も大きな成果を上げたのは、明治8年(1875)から約10年くらいの期間であったとされているが、この時代に高等教育を受けた人たちを本書では『英語名人世代』と呼んでいる。そこには日本人の誰もが一度は聞いたことがあるはずの知識人が並んでおり、内村鑑三・新渡戸稲造・岡倉天心・宮部金吾らが英語名人世代の代表とされる。彼らは日本人が日本人に対して想像する英語が得意な人というレベルではなく、帰国子女や一般の英米人と同レベルの英語力を日本の公教育で身につけた人物である。端的に言えば、中学生時代からの徹底した英語教育(英語環境での生活)で英語が母語になってしまった人たちであり、受験用に身につけた英語ではなく学校生活(すべての授業)の中で毎日使っている内に自然に習得された英語である。「Boys Be Ambitious」の言葉で知られる札幌農学校(現北海道大学)の初代教頭ウィリアム・S・クラークは、日本の学生の語学力の高さに驚嘆しており、『アメリカのマサチューセッツ農学校に合格する現地の学生以上の語学力を有する(英語を書く能力は現地の学生より優れている)』といったメモ書きを残しており、当時の学生は外国人教師の授業を何不自由なく受けることが出来た。

初代の文部大臣となる森有礼(1847-1889)などは、西洋文明と対等の地位に立つために非論理的で曖昧な東洋文明や日本語を捨てて、言語的にも西欧諸国と同化すべきだとして『日本語廃止論』まで提案する異常な状況であった。日本がまだ文化的・経済的な後進国であり国民アイデンティティが十分に確立していなかった明治初期には、日本の伝統文化や日本語に対する執着心はかなり低かったが、逆に言えば、自国の文化・歴史に構っていられないほどに国家独立の危機感と先進的な外国文化への興奮(憧れ)が強かった時代だと言える。明治10年頃まで、東京・宮城・愛知・新潟・大阪・広島・長崎に官立の英語学校が設立されており、数学・地理・歴史・体操(体育)といった授業も外国人教師が英語で担当していたが、そこから進学していく東京大学や札幌農学校・同志社英学校(同志社大学)でもほぼすべての講義が英語でなされるという意味では同じであり、当時の大学生は日本にいながら『米国の学校(アメリカンスクール)』に通うのと同じ学習環境にあったのである。

現代の英語教育が使い物にならないという時、明治時代の公教育との『英語に触れる時間の絶対量の違い』に注目すべきであるし、明治時代の英語の授業は『英語で英語を教える』という意味での正則授業であった。今の日本の中学校・高校で行われている英語の授業は『日本語で英語を教える』という意味での変則授業(英和辞典を使う訳読授業)であり、基本的に『読解能力・語彙力・和文英訳』に特化した授業形態であるから、幾ら真剣に授業を受けてすべての内容を理解しても『英語の口頭でのコミュニケーション能力・日本語並の英語での作文技術』は身につけられない仕組みになっている。英語名人世代の学生たちは、英語で物事を考えて英語で表現していたが、現代の学校教育では英語が得意な学生でも日本語で物事を考えてから英語に置き換えるという『思考の隙間』があり、この思考の隙間は話し相手になってくれる外国人の知人でもいない限り、日本人教師による変則授業だけではなかなか埋めることが出来ない。

日本人が英会話が苦手な理由の本質は、日常生活や学校の授業の中で、英語を使ってコミュニケーションをする機会(必要)がないからということに尽きるのだが、英語教育の問題で言えば変則授業の形式を採用している時点で、学校教育だけでネイティブと対等なやり取りが出来るようなオーラル・コミュニケーションにまで上達することは不可能なのである。こう言うと、では、日本の小学校でも明治初期のような英語の正則授業を行えば、英語力がメキメキ上達するはずではないかという意見が当然出てくる。この意見に答えるには、既に明治時代に最高の語学教育に成功したはずの日本が、なぜ、それまでの英語授業の方法論を捨ててしまったのかを考える必要がある。日本語の読み書きやコミュニケーション技術が十分に発達していない小学生の段階で、すべての授業を英語で行えば間違いなく英語力は上がるが、その一方で、『母語と英語の逆転現象』が起こって、日本語を話せなくなったり書けなくなったりする生徒が相当数出てくることが予想される。

日本が明治以来の正則授業を放棄してしまった背景には、その後のナショナリズム(民族主義)の台頭や米英との外交関係が悪化したことによる英語排斥なども関係しているが、英語で英語(各教科の授業)を小さな頃から教える学習法を採用すると、日本人としてのアイデンティティや日本語による思考基盤そのものを失ってしまう恐れが高いからである。本書ではその極端な事例として、アメリカに長期留学して日本語でのコミュニケーション能力を喪失して帰国した津田塾大学の創設者・津田梅子(1864-1929)や当時の英学者の最高権威となった神田乃武(かんだないぶ,1857-1923)を上げている。彼女らは日本人として生まれ初めは日本語で生活していたが、アメリカへの留学後は終生に亘って遂に『母語としての日本語』を回復することはなかった。10歳以前の段階から20歳位までの時期を英語環境で生活することで、不可逆的な母語と外国語の逆転現象が起こることを示唆している。晩年になって日本語で多くの文書を書いた内村鑑三なども、『若い時代には、日本語で思い通りの表現が出来なかった』と述懐しており、日本語を学校で使わない外国語教育を徹底すると日本語の運用能力に何らかの支障を来たす可能性が高いようである。

公教育には、その国の国民としてのアイデンティティを維持しながら『道具としての外国語』を教えるという役割はあるが、国語を外国語に完全に置き換えるという目的はないので、明治初期の脱亜入欧(欧化政策)に熱狂した時代のように、『国語』を教える前に『外国語』を集中的に教えるといった教育政策は有り得ないということになる。明治時代の日本はヨーロッパ諸国と比較すると数段遅れた後進国であったために、『英米人並の英語を習得した一部のエリートによる文化・文明・制度の急速な吸収』という至上命題があったが、欧米と対等な地位に立って久しい現代日本には自国語を犠牲にしてまで英語を摂取するほどの国策的なモチベーションが無くなっている(グローバル経済への対応やアカデミズムの水準の引き上げという大義名分もあることにはあるが)。英語を話せる人材の確保という意味では、海外で長期間過ごした帰国子女や留学生の増加によって、英語を習得した人口そのものは公教育の枠組みとは別に増え続けているので特別な問題はないだろう。


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英語と日本人

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