勝間和代『お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践』の書評:1

『お金は銀行に預けるな』は、慶応大学商学部に在籍中の19歳で公認会計士試験に合格しJPモルガンやマッキンゼーでキャリアを積んだ勝間和代が、『金融・投資の基礎中の基礎』について分かりやすく解説した入門書です。そのため、本書を最も読むべきなのは『今まで普通預金・定期預金以外の金融商品(リスク資産)に手を出したことがない人』であり、『これから車や住宅のローンを組もうかどうか悩んでいる人』であり、『金融の基本的な仕組みを大まかに知っておきたい人』であると言えます。あるいは、働いて得る“勤労所得”以外の“不労所得(金融所得)・利殖行為”はあまり好ましいものではないと考えている人、自分は元本保証のない金融投資(リスクのある投資)には一切興味がないと思い込んでいる人にとっても読むべき価値のある本です。『リスク資産とは何か?金融投資とは何か?どんな金融商品があるのか?』という基本的説明を通して、なぜ、普通預金(安全資産)でお金を眠らせておくことがもったいないのかを理解することができます。

金融や投資について既に十分な知識と経験があり、現在も自分の将来設計とリスク許容度に見合ったポートフォリオ(資産構成)を組んでいる人にとっては『常識に該当する話』ばかりですが、本書がベストセラーになった背景には『金融投資における常識の需要』があったのではないかと思います。日本の学校の義務教育課程では、金融市場(商品市場)のデータ・知識を正しく理解して金融資産を効率的に運用するための『金融リテラシー』を学ぶことができませんから、『お金は銀行に預けるな』は社会人にとって必要不可欠な金融リテラシーの基礎を習得するための入門書と位置づけることができます。

難解な理論的説明を排して実際の投資活動に役立つ情報を中心にして書かれており、本書を読み進めることで、安全資産とリスク資産の違いを理解して自分の人生の目的や余裕資金に見合った投資判断ができるようになるのではないかと思います。金融資産の運用やリスクのある投資とは、多くの人にとって短期投資で一攫千金を狙うものではなく、複利が適用される長期投資でリターン(利益)を着実に積み上げていくものです。投資した元本がゼロになるか数倍になるかというようなリスク許容度を無視した投資のやり方(対象)は投資ではなくギャンブルであり、『投資した金融商品についての正しい知識・判断』を持ち、投資した元本を市場の平均利回り前後で運用して増やすというのが本書でいう投資になります。

第1章『金融リテラシーの必要性』では、各種アンケート調査をもとに『日本人の金融リテラシーの低さ』と『経済・金融の学習機会の乏しさ』を示していますが、金融投資によって一切の利益を得られないということは収入のすべてを勤労所得に頼らなければならないことを意味します。収入のすべてを勤労所得に頼ることによって生まれるリスクとは、働けないほどに心身の健康を害したら収入が途絶えるリスクであり、長時間労働に陥りやすくなって人生(キャリア)のリスク分散が出来なくなることですが、それは、自分の人生(生活)や仕事に対する主体的なコントロールを大幅に失いやすくなるということです。サラリーマン(公務員)の勤労所得は『働けば必ず得られる』という意味で生活を支えるために必要不可欠な所得ですが、金融所得は『リスクに見合ったリターンを得る』ことで勤労所得を補助して時間資源を増やすことに役立ちます。日本では多くの人が『金融投資をするリスク』『金融投資をしないリスク』の冷静な比較をしていないので、長期的スパンで見ると逸失利益が非常に大きくなっています。

労働と金融という二つの収入源を得られれば『時間資源』をより多く得られることになり、労働以外の各種活動に割り当てられる時間が長くなります。金融投資でリスクをコントロールして一定のリターンが得られれば、『生活の質の向上(家庭生活・趣味娯楽・恋愛・休養などに費やす時間)』『自己投資(資格取得・技能訓練・転職・勉強に使える時間)』などの部分で有利になってきます。勝間和代氏はこのことをワークライフバランス(仕事と生活のバランス)という言葉で表現していますが、金融・投資について正しく有用な知識を学んで実践することの意義の一つが、自分にとって理想的なワークライフバランスに少しでも近づくということです。

経済・金融に関する一般知識の不足や株式・債券・投資信託などリスク資産に関する理解の欠如が問題なのは、『本来得られたはずの利益』をみすみす失うことであり、『本来騙される必要のない詐欺的な投資話(元本保証で高利回りを謳ったファンドや高利率が保証された確定給付型の投資話など)』に騙されるリスクが格段に高くなるということです。自分が取れる範囲のリスクを敢えて取らないことで機会損失が格段に大きくなり、現金を預貯金にして何も行動しないことが一番のリスクになる可能性があります。無為のリスクを回避するためにも、金融リテラシーを身につけて『自分が許容できるリスクとリターン』をその都度判断していく必要があります。

第2章『金融商品別の視点』では、多くの人がリスク資産(金融商品)への投資に消極的である理由を、カーネマンとトゥベルスキーの『損失回避型の価値関数』をもとに説明しています。人間は『利益による効用の増加』よりも『損失による効用の減少』を大きく認知しやすい傾向を持っているので、少しでも損をする可能性があれば金融投資をしないというのが自然な反応でもあるわけです。得をした時の喜びよりも損をした時のショックのほうが大きいと認知する人は、『リスク回避型』の行動を取ることになります。典型的な例でいうと『でも、その投資にはマイナスになる可能性があるんでしょう?』という疑問が先にたち、どうしても元本保証型の預貯金(普通預金・定期預金)のほうを選んでしまうことになるわけですが、本書を読むと『リスクから逃げること』と『リスクを判断してコントロールすること』のどちらが本質的なリスクヘッジ(リスク回避)につながるのかが分かるようになります。

金融に限らず人生全般のあらゆる行動において『すべてのリスクから逃げること』が最善の対処法になることはまずなく、大多数の人は自分にとって必要な何かを手に入れるために『一定の範囲のリスク』を自ら引き受けているはずです。会社が倒産するリスクや企業で過労死するリスクがあるから一切の仕事をしないというのでは『すべてのリスクからの逃避』によって『より大きな生活困窮のリスク』を招くことになります。相手に振られるリスクや傷つけられるリスクがあるから一切の恋愛(異性関係)から手を引くというのは『すべてのリスクからの逃避』によって『人生の大きな喜びの一つを失うリスク』を冒しているわけで、人間が獲得する喜びや利益は多くの場合、『何らかのリスク』を取ることによって得られるようになっています。問題になるのは、すべてのリスクから逃げ切ることではなく『リスクとリターンの内容・程度』を正しく理解して『自分に許容可能なリスク』を積極的に取れるかどうかということであり、もし一つの投資(チャレンジ)がダメだった場合には『リスクヘッジ(分散投資・次の一手の準備・損失補填)』が的確に行えているか否かということが重要になります。

大多数の人は、自己資産の運用に対してアクティブ(能動的)ではなくパッシブ(受動的)ですが、お金を普通預金で寝かせて一切のリスク投資をしないということは『リスクプレミアム』を自ら放棄することになり、預金者が高い利率を求めないことで『金融市場の規律』が乱れるという副作用をもたらします。普通預金や定期預金でお金を預けるということは、銀行に無償(ゼロ金利に近い金利)でお金を貸し付けて銀行が『安全な利鞘(利ザヤ)』を抜くことを承認しているということですから、銀行からしてみると高い利息を払わないで良い安全資産(定期預金)に顧客が大金を預けてくれることはウェルカムなことなのです。しかし、元本保証の安全資産ばかりが大量に金融機関に積み立てられると、金融機関のほうもリスクを取った高利率の投資(需要のある場所への効率的な投資)を行うことが困難になり、必然的にリスクの低い国債の購入や大企業への融資ばかりが増えて『リターンと経済効果の乏しい過剰投資』に陥ることになります。全員がリスク回避型の行動を取ると、預金者が受け取るリターン(利率)がほとんど無くなるだけでなく、本来資金を必要とする中小企業や新興の経済地域にお金が投資されなくなり、国や大企業に非効率なお金が大量に流れ込んで生産性・必要性の乏しい過剰投資のリスクが高くなってしまうのです。

銀行側が最も安全に利鞘が抜けるのは、一定期間解約しないという約束である程度まとまった資金(数十万円以上)を預かる『定期預金』であり、勝間氏はリスクを取らない安全資産に投資する場合には『定期預金』ではなく定期預金よりも若干利率が高い『個人向け国債』を買うほうが有利であるとしています。個人の株式投資については、効率的市場仮説や機関投資家の情報優位性により、個人が金融市場で幾つかの銘柄を選んで買っても、専門の業者を出し抜いて勝ち抜けることは極めて困難です。株式投資は、デイトレード・スイングトレードなど短期投資で頻繁に値動きをチェックして売買するケースや高価な優良株を長期保有するケースを除いて、個人投資家が機関投資家以上のパフォーマンス(成果)を上げることは実質的に不可能であると考えたほうが良いと思います。市場の効率性を上回る『自分の先見の明や情報分析力』を信じて、特定の割安の銘柄を買うという方法もありますが、その場合のリスクは非常に大きくなり市場の平均利回りである5%前後の利率を得ることも難しいでしょう。そのため、勝間氏も『自分自身で割安株を見つけて買うよりも、市場の平均利回りを狙うインデックス連動型の投資信託やETFのほうが良い』という結論に落ち着いています。


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■書籍紹介
お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践 (光文社新書)

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