インターネットの危険性・有害性の認知とメディアバイアスによる印象形成の考察

前回の続きになりますが、個人的には韓国型の規制を『インターネット実名制』と呼ぶのには抵抗があり、全ウェブサイトで匿名が使えなくなり実名表記を強制されるというような誤解を与えるので、『インターネット事前実名登録制・トレーサビリティ(追跡性)強化制・発言責任自覚制』というような規制の目的・実情に合った名称で呼ぶことが望ましいと思います。ウェブ上の書き込み(発言)が明確な違法性を構成した時に限り、確実に発信者を特定できるようなトレーサビリティを確保するという形式の規制であれば、現在の匿名支持のユーザでも同意できる人が少なくないのではないでしょうか。政治的な発言内容に対する圧力や企業の損害賠償などに不安が残るというのであれば、『政治的・道徳的な規制の意図』を含むものではないことを成文法に明記し、一般消費者の商品・サービスに対する感想(意見)の範疇にあるものは強制的なトレーサビリティの対象にならないと規定しておけば良いわけです。

インターネットの実名制・匿名制を巡る議論でも、全ウェブサイトで実名を表示して書き込みしなくてはならないというような前提に立っていることが多いのですが、個人の極めてプライベートな内面や情報も書き込まれ、匿名者間の関係性のネットワークが既に出来上がっている現状ではそこまで強い規制は多くのウェブ・ユーザには全く支持されないでしょうし、ユーザ参加型のウェブサービスの多くが廃止に近い状態に追い込まれることになります。全ウェブサイト(ブログ含む)の実名表記制が認めがたい理由としては、以前にも書いたのですが『プライベート性の強い日記的コンテンツや自分の私生活に影響のある意見が作成されなくなること』がまずあります。更に、『今まで匿名(HN)で長期的に更新されてきた個人のサイト・ブログ・日記が停止(閉鎖)される恐れがあり、蓄積された情報価値・資産価値(投資された時間)が不当に消滅すること』を実名表記の強制のデメリットとして想定することができます。

また、SNSやブログ、メンバーが固定した掲示板などでは、『匿名者(HNの顕名者)で構成されたコミュニティ(人間関係)』が維持できない可能性があり、既存のウェブの歴史・文化・情報の蓄積・コミュニティなどが受ける損害が大きくなります。ウェブにしろ音楽・映画・レジャー・嗜好品・コレクションにしろ、『あってもなくても良いもの=他のことで代替すれば良い』といわれればそれまでですが、有形無形の個人にとっての価値を毀損しても構わないということは、文明的・文化的な余剰のライフスタイルを否定することですから現代的な価値尺度からは認められないと考えます。『自分にとって不要なもの』と『他人にとって必要なもの』は多くの場合重複するものなので、メディアバイアスの影響も含めて中立的な評価をするというのは難しいことではありますが。

実名制のほうがコンテンツの価値が高められるという意見も確かに『客観的な専門知の範疇=真面目な議題のあるコミュニケーション』であれば一理あるのですが、ウェブを利用する大多数のユーザは、利用されている人気のサービスを見ても『専門知・形式知を集積する場』としての価値よりも『個人の人生や意見を記録して気軽にコミュニケーションできる場』としての価値を高く評価していると考えられます。実名によって生じる『質の向上のメリット』は多数派のユーザに恩恵を与えない恐れがあり、現在でも質の高い議論の場や読み応えのあるブログ・百科事典的なサイト(Wikipedia)というのは探せば見つけることが可能です。

ウェブは『正しい知識・情報を収集(討論)するだけの場』として拡大してきたのではなく、『大衆の自由なコミュニケーション(情報の受発信)と対人的な欲求』によって拡大してきたのであり、客観的な専門知や真剣な言論だけに接したいのであれば百科事典や専門書・教育機関・法人組織が既にあるわけです。ユーザの大多数に、高度な専門性や論理性を要する議論(実名によって担保される情報価値の構築)に積極的に参加する動機づけが果たしてあるのか、更には、そういった局所的な知的ニーズがウェブにおけるプライオリティになり得るのかということがまず問われなければなりません。無論、ウェブ上の活動を実社会の評価や仕事にフィードバックしたいというウェブの利用法も尊重されるべきであり、そういった人は専門家をはじめとして、既に実名でウェブでの情報発信やコミュニケーションを行っているのではないかと思います。


私は、ある人が掲示板やブログのどれとどれに書いたか認識できる顕名(ペンネームのこと)システムの「オープンID」がいいと思っています。これは、政府主導ではなく、業界主導で進めるものです。このシステムなら、実名を出さなくても、書き込みのアーカイブが蓄積されますので、ノイズや荒らしは少なくなるはずです。ある意味で、顕名は、匿名と実名の妥協点です。


佐々木氏は『顕名制(トレーサビリティのあるID制)』による妥協ラインを主張していますが、このアイデアも現実の選択可能な方策として考慮する価値が十分にあり、IPアドレスよりもトレースにかかる時間を短くできるという利点もあります。誹謗中傷や犯罪の抑制という観点での問題の本質は、『匿名制の否定&実名制の強制』にあるのではなく『違法行為が起きた場合の確実かつ迅速なトレーサビリティ』にあるわけですから、どういった発言や書き込みが刑法に違反するのかを十分に周知して、同一サイト内でのID制(アイデンティティ)やIDに対する評価システムなどで誹謗中傷への心理的抑制を働かせられれば良いのではないかと思います。

もう一つ、誹謗中傷問題と匿名規制論の間で注意しなければならないのは、ウェブが生活の一部になっていない層の人たちが受ける『メディアバイアス(利用メディアによる情報の偏り)』の影響です。例えば、インターネットを普段利用せずテレビ・新聞・雑誌といったマスメディアだけからしか情報を摂取していない層の場合には、『闇サイトで共謀した凶悪犯罪が発生した・匿名のウェブでは誹謗中傷が飛び交っていて安心できない・学校裏サイトでネットいじめが行われている・出会い系サイトでは女子高生の売春が行われている・P2Pで音楽や映画の著作権侵害が行われている・自殺サイトにアクセスする危険性』などインターネットの負の側面を強調するニュースにしか殆ど接することができずメディアバイアスの影響は大きくなってきます。

それらのニュースの結語や識者のコメントは必然的に『あらゆる情報が野放しの現状は放置できずインターネットの法整備が急がれます・発言者を特定できないというウェブの無責任な匿名制が犯罪を助長しているのではないでしょうか』といった良識的な言葉で締めくくられることになり、メディアバイアスがウェブ害悪論との親和性を強めてしまうという問題があります。ウェブは検索型の能動的メディアですから、実際には、加害者のほうから被害者に近づいて犯罪が起きるケース(被害者が一方的に犯罪に巻き込まれるケース)と同程度に、自分の側から意図的にそういった場所・相手や情報にアクセスしているケースがあるのではないかと考えられます。その場合には、ウェブの使い方やユーザの目的意識が間違っているのであって、ウェブ全体が危険という話とはまた質的に違った問題になってきます。現実社会で、自分の行き先を決めて出かけるように、ウェブでも基本的には自分がアクセス先を決めてアクセスするわけですから、飲み屋に行きたくない人が無理やり客引きに捕まって飲み屋でお金を使わせられるというような事態や通り魔的に加害者に襲われるという状況は、ウェブの仕組みから考えて有り得ないのではないかと思います。

現実社会と同様にウェブでも確率論的に事件・犯罪が起きるというのは事実なのですが、毎日ウェブにアクセスしてコミュニケーションや情報発信をするユーザが抱く『ウェブのイメージ(安全性・有益性・危険性・有害性の認知比率)』とほとんどウェブにアクセスせずマスメディアの情報や周囲の人たちを中心にして形成される『ウェブのイメージ(安全性・有益性・危険性・有害性の認知比率)』には非常に大きな差異があります。何よりウェブを全く利用しない人、ウェブ上のコミュニティ(人間関係)や情報発信の拠点(ブログ・サイト)が無い人であれば、『ウェブの有益性・必要性はほぼゼロ』になってしまうわけですから、それだけでもウェブのマイナス面に焦点が合わせられやすくなります。その為、日常生活でウェブとの接点が薄い人ほど、ウェブはあっても無くても良いもの、伝えられるニュースからするとウェブは人間関係を希薄化して犯罪(悪意)を助長し世の中を悪くしたものと受け取る可能性が高くなり、少しでもデメリットや危険性があるのであれば厳しく規制したほうが良いという意見に傾斜します。人間はつまるところ『自分の利用しないもの・自分が興味のないもの・他人だけが楽しんでいるもの』については生産的な議論や公正な価値判断を行うことが難しくなってきます。ウェブに限らず何かについて客観的な分析や判断をするためには『自分がその対象にある程度コミット(参加・関係・経験・興味を持つ)していること』が必要条件になってくるのではないかと思います。

前に、ウェブ上で公正な民主主義を機能させるために『現実の世論』『ウェブの世論』との溝を埋める努力が必要と書きました。これは、ウェブの規制やルールを制定する場合には、マスメディアだけの情報や世代的な価値観のバイアスを受けやすい『現実の世論』とウェブユーザで構成される『ウェブの世論』の間で誤解や偏りを正すための話し合いを深めていく必要があるということです。その上で、『ツールとしてのウェブ・コミュニケーションに関係する人間心理(欲望とアイデンティティ)・技術的な対策・法的な対処』を適切に切り離して考え、出来るだけ表現・言論の自由を圧迫せずに社会全体の不安や不満を弱められる妥協点を探るということでもあります。上記したように、ウェブはアクセス先を自由に選択でき情報に対する反応を自己決定できるメディアですから、個人情報がウェブに出ていない個人がウェブによって一方的な被害に遭うリスクはそれほど高くないと考えられます(情報を読んだり見たりする範疇で留まっていれば、具体的な危険性は生じないというのが大きいですが、ウェブで知り合った相手と会うなど現実とリンクした行動を取る場合には一定の注意力・判断力が必要でしょう)。

『もう一つの地球(世界)』であるウェブには現実社会とは異なるもう一つの社会(人間関係)が形成されていたり、長年月にわたって更新し続けた匿名者のコンテンツ(情報資産・時間投資)が蓄積されていたり、匿名コミュニティにおける有意義な議論が行われていたりするので、ウェブ特有の各種の価値やその必要性を実感していない人がウェブの問題や規制を議論するには一定の限界があるのではないかと感じました。以前の記事で書いたように、『実際のウェブ体験』と『ウェブを利用する当事者への綿密な意見聴取』を前提にした議論の深化が不可欠となりますが、そのプロセスにおいて、日常生活でウェブの必要性が低い人たちに対しても、分かりやすい言葉で問題事象に対する説明責任を果たしていくこと、ウェブの危険性を回避できるレベルの情報教育の浸透が求められると思います。


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