多様な価値・現実を生成する“社会構成主義”と意味生成的なカウンセリング技法への応用

主観的な人生観(脚本)の再構成や適応的な認知スキーマの獲得を目指すカウンセリングでは、社会構成主義(social constructivism)の立場が前提とされている。社会構成主義では、『社会的な関係性・対人的なコミュニケーション・政治的な力関係・時代の価値観・公的な制度設計』などによって暫時的な現実や価値が生成(構成)されると考える。この相対主義的な社会構成主義のスタンスは、『人間個人の主観的な振る舞いとは無関係に正しい事実や規則がある』とする近代的な科学主義に批判的な立場であり、すべての人に共通する客観的事実や倫理規範(善悪の分別)について懐疑するものである。社会の総意(世論)や法の規定としてある『ある行為が正しく、ある行為が間違っているという判断』は今ある秩序を守るための暫時的(相対的)なものに過ぎず、本質的には、それが唯一の正しい真実や規則であるか否かとは関係がないという主観主義的なスタンスを内包している。

近代社会の権力を哲学的に考察したミシェル・フーコー(1926-1984)は、学校・監獄・精神病院・工場を『社会的に共有される価値観や現実原則』を教え込む規律訓練システムと解釈した。社会構成主義は、そういった社会的にある目的を持って準備されたシステムやコミュニケーションによって『一時的な事実・価値』が生み出されるという立場のことである。思想としての社会構成主義は、社会経済的な実用性・有益性が乏しいポストモダン思想の一種と位置づけられることもあるが、相対主義的なポストモダン思想とは、絶対的な真理(客観的事実)に接近しようとする近代的科学主義を否定しようとする時代の潮流であった。フーコーというと『生権力・パノプティコン(一望監視施設)・規律訓練』などの脱構築的な権力論をイメージしやすいが、ポストモダンの構造主義(structurism)で重要なのは目に見えない『社会的・論理的な構造』が普遍的な事実や絶対的な規則(価値)をみんなに信じ込ませていたことを指摘した点にある。

簡単に言い換えると、それまで大多数の人が疑うことなく信じていた事実や規範をメタ視点から分析して、その『規定的な構造』を言語化する可能性を与えたのが構造主義といっても良いだろう。構造主義者には、言語学のフェルディナン・ド・ソシュールや文化人類学のクロード・レヴィ=ストロース、精神分析のジャック・ラカン、マルクス主義のルイ・アルチュセールなどいろいろなジャンルの人物がいるが、構造主義全般に共通するのは、一義的な価値判断を行わずに構造の構成要素の組み合わせ(相互作用)から研究対象を理解しようとする態度である。

これらの思想潮流がポストモダン(近代以後)と言われる由縁の一つは、近代社会の秩序を支えていた『国家権力・規律訓練・道徳規範・集団労働・科学知(専門家集団)・権威主義』を相対化するような構造(枠組み)の視点を持ち込んだからであり、社会権力の強制力を用いずに『個人の倫理性と知的能力の向上』によって社会秩序を創出するという困難な課題が浮き上がってきたからでもある。アノミーな現代社会では道徳観の衰退や規範意識の低下を嘆く声も少なくないが、その理由の一つとして構造主義的な『外部的な強制力の解体』を指摘することもでき、『自律的な倫理規範(善悪の分別)』を形成することに失敗した個人をどのように教育していけば良いのかという問題が残されている。

では、社会構成主義のスタンスは、心理臨床活動(カウンセリング・心理療法)に対してどのような影響を与えるのであろうか。結論から言えば、社会構成主義的な立場に立つカウンセリング技法として、ナラティブ・セラピー(物語療法)ブリーフ・セラピー(短期療法)解決構築カウンセリング(解決志向の技法)SFA(ソリューション・フォーカスト・アプローチ)などが生まれることになった。これらの技法に共通する特徴として、『非指示的なクライアント中心の価値判断』『カウンセラー(心理臨床家)側の正しさへのこだわりの無さ』などを考えることができ、社会構成主義の『社会的・主観的に事実や価値が生成される』という世界観を継承している部分が多い。非指示的技法や現実的な解決志向の側面を考えると、社会構成主義の認識はカール・ロジャーズの来談者中心療法フリッツ・パールズのゲシュタルト療法(再決断療法)にも通底している。

客観的な知識や一般的な事実を懐疑する(いったん棚に上げる)社会構成主義の世界観は、個別的なクライアントの精神内界を肯定的に尊重するカウンセリングとは相性が良いと思われる。上で挙げたロジャーズの来談者中心療法には『純粋性・非指示性・無条件の肯定的受容』などの特徴があるが、知的階層性に否定的な社会構成主義では、専門家である心理臨床家が正しい知識や考え方を教えるという『専門家アイデンティティ(self-identity as specialist)』を抑制しやすくなる。そのため、必然的に非指示的な態度でクライアントの話す内容を肯定的に傾聴していくことになるが、自分の問題を自分の洞察や意志で解決しようとするレディネス(準備性)が出来ていないクライアントには『構成主義的なアプローチ』が上手く通用しないこともある。『自分のほうが本当の正しい答え(真理・方法・知識)を知っている・自分のほうがその問題については詳しく理解している』という権威的な専門家アイデンティティは、臨床医学モデルや法曹モデル、科学者モデルをはじめとしてさまざまな専門職で採用されている自己認識のあり方であり、専門家を信用して全てを委任したいという依頼者にとっては『不安や心配を和らげられる』という意味で有効性の高いアイデンティティでもある。

心理臨床の領域でも、エビデンス・ベースドな認知療法(認知行動療法)や古典的な精神分析療法、心理アセスメントの実施では、心理臨床家がクライアントに有効な知識や情報を与えるという専門家アイデンティティが活用されている。クライアントからの信用や仕事に対する責任感・倫理観を高めるために専門家としての自己認識を高めることが推奨されている。一般的な医療行為や教育行為でも、完全にフラット(対等)な立場で医師や教師が患者・生徒と向き合うと仕事がやりにくくなるように、心理面接でも『構造化・最適化された面接の実施』という意味では専門家アイデンティティを持って役割分担を明確にしていたほうが仕事をやりやすいという側面はあるだろう。

一方、社会構成主義的なカウンセリング(心理療法)は、臨床医学モデルを模範とする近代的な心理療法の対極にあり、究極的にはマルティン・ブーバー『我と汝』のように一人の人間と一人の人間がありのままの気持ちで向き合って、専門家とクライアントの間の知的階層性(専門家‐アマチュア構造)が取り除かれることになる。社会構成主義的なカウンセリングの作用原理は『意味生成的な会話』や『価値創造的な物語』にあり、『言葉の持つ自己言及力』『問題解決につながる実際の認知・行動』に結び付けるような共同作業を継続していくことになる。啓蒙的な教育主義や治療的な医学モデルを弁証法的に乗り越えようとする社会構成主義は、精神疾患(精神障害)の病理性を生物学的問題以外の次元で強調する『診断主義(diagnosticism)』には否定的である。

その結果、病名のラベリングによる病者アイデンティティ(病者としての依存性・消極性)を強化しないような『言語の選択』に注意を払うこととなり、精神医学的な薬物治療のパラダイムとは異なる実存主義的な『自己の人生・内面・記憶に対する意味生成のパラダイム』が形成されることになった。社会構成主義に基づくカウンセリングでは、『社会的・政治的・道徳的に生成された悲観的な自己認識』『自分自身の言葉で肯定的に語る人生の物語・心理分析・現状認識』によって補償していくが、最終的には現状を良い方向に変える『実効性のある行動・他者との人間関係』が出来るように決断していかなければならない。構成主義的なカウンセリングは、『自由な対話の幅広さ』『カウンセラーとクライアントとの意味生成の共同性』によって効果が発揮されるが、こういった言語的な相互作用を利用したアプローチを共同言語システムアプローチと呼ぶこともある。今回は社会構成主義自体の説明が長くなったので、構成主義の持つ再決断療法的な側面や家族療法的な関係性の要素に注目して、また関連記事を書きたいと考えている。


■関連URL
臨床心理学の統合的な発展:科学的実証性と臨床的実践性のバランス

唯一の客観的真理を前提とする“論理実証主義”と現実の多様性の生成を前提とする“社会構成主義”

NLP(神経言語プログラミング)やSFA(解決構築アプローチ)を活用した短期療法の目標設定

■書籍紹介
心理学とポストモダニズム―社会構成主義とナラティヴ・セラピーの研究

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