カウンセリングと教育の異同についての考察:『社会適応・問題解決・能力向上・人間性の成長』の視点

『人間を精神的に成長させる・状況を良い方向へと変化させる』という目的論の視点で見ると広義のカウンセリングと教育行為には似た部分がありますが、教科指導や道徳教育を行わずに『精神的な問題の解決』に焦点付けするカウンセリングは教育よりも狭義の援助的対人関係と言えるでしょう。『教育』というのは多義的な言葉なので教育とは何かという問いかけに答えるのは難しいのですが、教育には必ず『教える人(先生・親)』『教わる人(生徒)』という秩序的な上下関係があります。教育の本質は優れた知識・技術・資格・ノウハウを持った『教える人』が、これからそれらを学び取ろうとする『教わる人』に『分かりやすく教えること』にあります。教育の役割はその文字から見ても分かるように、『知識・技術・ルール(善悪)を教えること』『生徒(教わる人)の発達を促進して育てること』にありますから、少なくとも先生(教師)になるものは生徒よりも知識的・道徳的に一定以上優れた存在でなければなりません。

学校教育に携わる教師は、最近では高い倫理性・知性を求められる聖職者ではなく一種の教育サービス業に分類されることもありますが、それでもある一定ラインを越える知的能力・授業遂行の技量と倫理性が無ければ効果的な教育を行うことはできないでしょう。教師(先生)は公私共に完全な聖人君子である必要性などはありませんが、最低ラインとして生徒よりも知的・対人スキル的・倫理的に優れた存在でなければ指導や授業に説得力が生まれてこず担当学級の秩序が乱れる恐れもあるのではないかと思います。また、研究者と教育者を比較した場合には、教育者のほうがより偏りの小さいバランスの取れた能力と努力を必要とし、特に『生徒・両親・地域社会・学校関係者との人間関係』をそつなくこなす程度のコーディネイトやコミュニケーションの技術・経験が大切になってきます。一方、カウンセリングでは技法によっても異なりますが、『教えるもの』『教わるもの』という二元論的なスタンスを明示化しないフラットな人間関係の中で面接内容を深めていくというのが原則です。

カウンセラー(心理臨床家)が絶対に教える立場に立たないということではなく、心理教育的な情報提供が有効なタイプのクライエントもいるのですが、基本的にはクライエントが自分自身の言葉で自分の問題(内面・人間関係)への気づきを深めていき、自分の実際の行動を変化させていくことにカウンセリングの意義があります。学校教育を代表とする教育指導は決められたカリキュラム(学習課程)を前提とした『他律的な変化の促進』の側面が強いですが、クライエントの個人的な人生の問題に直接的に関与するカウンセリングでは、最終的にクライエント自身が変化の道筋を決定していくという意味で『自律的な変化の促進』を意図していると言えます。学校教育もカウンセリングも『環境適応能力の向上』を一つの目的とする点では類似しているのですが、集団指導をメインとする学校教育の場合には『集団社会環境(職業環境)への適応・規律遵守と社会常識の内面化』という既存の社会構造の枠組みに個人が上手く入り込めるようにするというところを重視しています。

その意味では、学校教育や家庭教育の実践では多くの場合、『何が適切で何が不適切か?何が正しくて何が間違っているのか?何が常識で何が非常識か?』という従うべき判断基準が大まかに与えられているわけです。ここ最近は、学級崩壊や友達親子、教師の権威(権限)の低下、親自身の精神的未熟さなど多くの時代的変化が見られますが、それでもなお教育というのは『一定の価値基準の枠組み』が無ければ実行不可能なものと言えます。反対に、そういった社会秩序の根本にある価値基準(善悪の分別)や知性教養の尊重をまったく無視して良いというのであれば、学校という一つの場所に子ども達を集めて集団指導を行う合理的根拠や社会的意義が失われることになります。教師が生活指導といって生徒を怒ったりするケースや親がしつけといって子どもを叱り付けたりするケースでは、今までの教育行為の中で子どもに教えてきた『社会環境において従うべき判断基準』が守られているかどうかをチェックしていると言っても良いかもしれません。そして、こういった『守るべき価値規範』あるいは『確固とした建前』を持つことが、社会適応のための『他律的な変化』を促進する教育行為の最大の特徴と言えます。

カウンセリングもマクロな視点では社会適応能力の強化を目指しますが、教育行為とは違って『何が正しくて何が間違っているのか?』という問いに対して『守るべき所与の社会規範』があるというスタンスを強調しません。精神分析療法のように無意識や防衛機制といったテクニカルタームを使わなくても、カウンセリング場面でカウンセラーが関心を持つのは『行為や感情がその人自身に対して持つ意味』であり、『ある行為や事象が社会規範(法規範)に照らし合わせて正しいのかどうか』ではないわけです。そのため、クライエントに対してある行為や感情が良いか悪いかという価値判断をすることを極力控えて、クライエントの内面や判断を尊重しながら『クライエントにとって有用(必要)な変化』にフォーカスしていきます。

もちろん、特別に重要な犯罪であるとか本人の生命に直接的危険があるとかいう場合には教育的態度や然るべき対応を取る必要もありますが、未成年がタバコを吸ったから厳しく叱るとかクライエントが不倫をしているから夫婦としてあるべき姿を説くとか、働かない無職者に勤労道徳を語るとかいった対応はカウンセリングでは通常取ることはありません。カウンセリングで話題にするのは学生がタバコを吸おうとした時の状況や心理であり、不倫せざるを得なかったクライエントの欲求・価値認識や家庭生活のあり方(認知傾向)であり、働かない人がどういった考えを持って働かないのかですが、そういった内面的なプロセスを丁寧に傾聴しながら『自律的な変化の計画・促進』をさまざまなアプローチで進めていくことになります。

精神分析の自由連想技法では『心に思い浮かぶことは何でも自由に話してください』という教示をしますが、これはどの技法や理論を適用するかに関わらずカウンセリングの原理原則に当たるものです。現実の人間関係ではどんな相手であっても多かれ少なかれ『この人には、この話題は話してはいけないな。あの人は、こういった特殊な考え方は受け容れてくれないだろうな』と思う要素があるものですが、カウンセリングの人間関係で目指すべき境地は『この人にはどんな話題や価値観を話しても、問題の解決につながる方向で話を深めていってくれるだろう』という自然な信頼感や話しやすさのある地点です。カウンセリングでも何から何まで受容して笑顔で聴いていれば良いというわけではありませんが、『何が正しくて何が間違っているかという価値判断』についてはとりあえず保留しなければ、クライエントの抱える心理的課題や精神的苦悩の本質に触れる部分まで話を深めていくことができません。人間が他人に何かを話す場合に『これは話してはいけないだろうな・こういった考えは口に出さないほうが良い』と思うことがありますが、この時には『相手に否定(批判)されるのではないかという不安・相手が怒りだすのではないかという不安・自分が軽蔑されるのではないかという不安・自分が恥をかくのではないかという不安』が内面で起こっています。

こういったクライエントの不安を緩和してカウンセリングを有効に組み立てていくためには、自分の好き嫌いや善悪観を抑えた『中立的な態度』で、クライエントの提出してくる話題を共感的に聴く姿勢を示していかなければなりません。どんな内容の話でも丁寧に吟味してクライエントの自己洞察を深める援助をしていくということですが、クライエントの抱える問題の質によっては転移・逆転移の感情の適切な取り扱いなどに専門的な注意が必要となってきます。カウンセリングではクライエントの内的な感情(認知)や過去の記憶(人間関係)を重点的に取り上げ、教育行為では教わる人(生徒)の学業成績や知識内容、規律ある生活態度(社会的な常識)など外的な要素が重要になりますが、カウンセリングと教育行為は対立するものではなく相補的なものです。共感的な受容性が強調されやすいカウンセリングですが、実際的な問題解決や人格の成長に役立つカウンセリングは『内向性と外向性・自律性と他律性・指示性と非指示性・父性原理(厳格)と母性原理(寛容)』のバランスが取れた柔軟な人間関係の中で実施されやすくなります。

無意識的なイメージや欲求を積極的に取り上げるユング派の心理療法や人生の主体的な価値を物語的に探っていくナラティブ・セラピーでは通常の教育にはない『神秘的な宗教性(観念性)への接近』がありますが、イメージや物語を語るクライエントの側に主導権があるという意味で宗教と無意識(物語性)を扱う心理療法には大きな違いがあります。カウンセリングにも教育行為と同じように、社会適応や目的課題の達成を直接的に目指す技法(認知行動療法・ブリーフセラピーなど)もありますが、カウンセリングでは正誤・善悪の道徳規範ではなく『何がクライエントの役に立つのか・現状からどういった可能性を見つけ出せるのか』という功利主義的な判断に力点を置くという特徴を指摘することができます。制度的な学校教育の場合には、適応すべき社会構造や制度設計、教育政策、マジョリティの価値観などの影響を受けることになりますが、カウンセリングの場合には、個人の自己実現(精神的な成長)と社会適応の両立をそれぞれに適した技法で自由に模索していくことに意義があります。


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