カウンセリングにおけるコンプレックスの自己洞察とラポールと関係した自己言及の中立的な調整:2

前回の記事の続きになりますが、相手の個人的コンプレックスや心的外傷の内容、今までの生活履歴(成育歴)、基本的な価値観などを十分に理解していなければ、私達は絶えず『悪気は無くても他人を傷つけたり不快にする発言・行動』をしてしまう恐れがあります。しかし、一般的な話題やありふれた行動で無意識的に他人(友人)を傷つけてしまっても、コンプレックスを全く刺激されない無菌室のような社会環境・対人関係というのは有り得ないわけですから、日常生活における何気ない言動の範囲内であればその人に加害責任があるわけではないでしょう。極端に言ってしまえば、自分自身の存在や境遇を最高に不幸(不遇)だと認知していて、他人の幸福や喜びの全てに嫌悪感や嫉妬感情を感じてしまうような人がいる場合には、どのような発言や行動をしても相手を怒らせたり傷つけてしまう可能性があるわけですから、『どんな相手やどんな状況に対してもマイナスの影響を与えない』という行動の選択は原理的に不可能です。

ステレオタイプに人間のコンプレックスや嫉妬感情を考えると、『相手が求めて手に入らない対象(状況)』『相手が求めている対象(状況)を手に入れて満足している自分』がある場合には、自己言及的に自分の喜びや状況を語ることは相手を傷つけたり悲しませたり怒らせたりすることにつながる可能性があります。カウンセリングも含む対人コミュニケーション場面において、個人的コンプレックスが悪い方向に刺激されるのは、『自分のコンプレックスを強く刺激する、相手の自己顕示的な自己言及(自己開示)』があった時だと考えられます。相手(カウンセラー)が自分自身の環境や状況・人間関係について自己言及(自己開示)した時に、自分が真剣に悩んでいる苦悩や絶望が無意味化するほどに幸福で楽しそうな様子であれば、そのクライアントは『個人的コンプレックスの言語化』をためらってしまうことになります。

何故なら、相手が自分の置かれている苦境や絶望から非常に遠い場所で生きていることを知ってしまうと、『幸福そうな相手から表層的な同情を受けている』という自己否定的・他者不信的な認知に陥りやすくなり、お互いに真摯なスタンスでの共感体験をすることが困難になるからです。その為、カウンセラーや相談の受け手が自分の生活状況や人間関係、成育環境について自己言及する時には、自分の発言内容が相手のコンプレックスや価値体系にとってどのような影響力を持つのかの想像力を最大限に働かさなければならないのです。カウンセラーにとってもクライアントの背負っている精神的な苦悩(対人関係の問題)が無縁ではなく、カウンセラーの内的照合枠(内面的な認知機構)を通してクライアントの問題に十分に共感可能であることを示すためには、自分の自己言及や状況の告知に対して十分に慎重であることが求められます。

『恋愛・結婚・家族・友人関係・性・学歴・仕事(キャリア)・経済状況』などに関する通常の人には特別な影響のない話題であっても、カウンセラーや相談の受け手がクライアントに対して自己言及する場合には、クライアントの現実状況やコンプレックス(トラウマ含む)に配慮する必要があります。具体的には、自分の主観的な幸福度や価値観をなるべく前面に出さずに、『相手がどのような価値観を持って生きてきたのか・自分の自己言及がどのように解釈され得るのか・個人的コンプレックスや転移感情を悪い方向で刺激しないか』を的確に判断してから自己言及しなければなりません。健康で安定したパーソナリティの持ち主であれば、自分が多少苦しみや不幸感を感じていても他者(知人)の幸福な自己言及を素直に祝福して上げることが出来ますが、コンプレックスやトラウマなどによってパーソナリティ構造が脆弱になっている場合には、他者(知人)の幸福な自己言及によって情緒不安定になったり劣等感(精神症状)が強化されたりしてしまうことがあるからです。

来談者中心療法のカウンセラーの基本的態度には、『真実性(純粋性)・共感的な理解・無条件の肯定的受容(積極的尊重)』などがありますが、クライアントの過去の成育歴や現在の心理状態に対して効果的な共感が成立する条件として『自己言及(自己開示)の中立的な調整』を考えることが出来ます。自由連想や夢分析を行う精神分析療法の面接構造でも『分析者の中立性』『クライアントの鏡』といった基本概念で『自己言及の中立的な調整(抑制)』が重視されており、自分の主観的な意見や不適切な自己言及によってクライアントの自由連想を妨げないようにしています。

精神分析療法では、自分自身の経験・生活に言及しない分析家が『クライアントの鏡』としての役割を果たそうとしますが、それはクライアントの感情的な抵抗や逆転移の悪影響を抑えて『無意識(コンプレックス)の意識化』を促進させるのに役立ちます。カウンセラー(分析家)が自分の個人的な経験に基づく主張や積極的な自己言及(自己開示)を行うことが、多様な現実環境(人間関係)に適応するための自我機能を強化することに役立つ可能性もありますが、『行動療法的な暴露(エクスポージャー)』を行う場合にはロールプレイのような状況設定をして行ったほうがラポール(相互的信頼関係)を維持しやすくなります。

精神的危機にあるクライアントの不快な感情や自尊心を傷つける劣等感は『自分とは違う人生を楽しんでいる主体』によって刺激されやすいので、分析家は『クライアントの鏡』となって主体的な意志や判断を抑制することで、クライアントが無意識を洞察しやすい面接場面の雰囲気を作っているとも言えます。カウンセラーが自分個人の経験(生活)や感情について多く語り過ぎずに中立的な存在感を維持することは、クライアントの転移感情に逆転移で巻き込まれることを予防したり、クライアント自身に問題を解決させようとする『禁欲原則』を守ることにもつながります。来談者中心療法をベースにしたカウンセリングでは『共感的な理解』が作用機序の中心にありますが、共感的な理解のカウンセリング効果を高めるためには『自己言及を前提とする共感(自分個人の成功経験や今の状態を踏まえた共感)』を調整して、『内的照合枠(自分の認知スキーマ)を通したクライアント中心の共感』とのバランスを取ることが重要になってきます。

一般的なコミュニケーション場面において、他者の自尊心を傷つけたりコンプレックスを刺激して苦痛を与えるリスクを小さくするためには『話題の選択・自己言及の調整・中立的な態度』などがポイントになってきます。しかし、『相手と話す時間・場所・関係性』が限定されたカウンセリング構造ではそれらの条件を整えることが可能でも、一般的な友人関係や社会環境(ウェブ環境)の中のコミュニケーションではそれらの条件が整うことはまず考えられません。カウンセリングにおいて自己理解や無意識の洞察を深めるための『共感的な理解(何でも自由に話せる雰囲気)』は、基本的には、親密な友人や恋人・家族との間でも実践することは可能だと思います。しかし、クライアントの自己否定感(人生に対する苦悩)や劣等コンプレックスが強くなってきて、親しい知人(自分をよく知っている相手・自分の人生の苦楽と相手の人生とを比較してしまうような相手)に自分の内面をありのままに話しにくいと感じた時には、中立的な立場からの共感を経験できて、自分に対する聞き手(相談相手)の評価・印象形成が私生活に直接影響しないカウンセリングが役立つこともあります。


■関連URL
実存主義と『生きる意味・人生の価値』を探求する実存療法(existential therapy):1

実存主義と『生きる意味・人生の価値』を探求する実存療法(existential therapy):2

『私が私であるという理由のみによって愛され承認される快楽』と『現代社会の構造的な悲哀と孤独』

■書籍紹介
カウンセリングの条件―クライアント中心療法の立場から

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