カウンセリングにおけるコンプレックスの自己洞察とラポールと関係した自己言及の中立的な調整:1

あらゆる相手に不快感や劣等感、抵抗感を感じさせずに話すというのは現実社会では非常に難しい作業ですが、それは無意識的に相手の個人的コンプレックス(感情的複合体)を刺激する発言を人はしてしまうものだからです。C.G.ユングが分析心理学の中で定義したコンプレックス(心的複合体)とは、個人的無意識の領域に抑圧された『現在の自分が認めがたい価値観・生き方・特徴』のことであり、コンプレックスに関連する話題や概念、人物を認知すると人は不快感や怒り、悲しみ、居心地の悪さなど『特異的な感情反応』を生じます。

ユングが実施した言語連想検査とは、さまざまな意味やイメージを持つ言語概念を被検者に呈示して、その連想内容や反応時間・表情の変化によってコンプレックスを分析するものです。言語連想検査などを用いなくても日常の言語的コミュニケーションの中でも、『ある話題になると口数が少なくなる・特定の質問に対して居心地が悪そうにする・過去の記憶について思い出すことに抵抗がある・特定の刺激や状況に対して強烈な怒り(攻撃性)や批判精神を発揮する』などの形でコンプレックスの内容が示されることは多くあります。私達が無意識的に他人を傷つけたり怒らせたりする時には、自分の発言や行動、喜びなどが『相手のコンプレックス』に何らかの影響を与えたと推測することができるわけですが、一般的な心理カウンセリングの技法では『個人的コンプレックスの自己洞察』が非常に重要な要素となっています。

精神分析療法の祖であるS.フロイトの『無意識の意識化(言語化)』にせよ、来談者中心療法を考案したC.R.ロジャーズの『実現傾向の促進』にせよ、認知療法を体系化したアーロン・ベックの『非適応的な認知スキーマの変容』にせよ、それらは何らかの形で『コンプレックスの自己洞察(気づき)の促進』という側面を持っています。本人が正面から向き合いたくないと思って避け続けてきた『個人的コンプレックス(無意識的内容)』と自発的に直面させることがカウンセリングの一つの課題であり、精神的な危機(ストレス)に対処できる人格的成長は『自我』『影(シャドウ)=個人的コンプレックス』との機能的な統合によって進んでいきます。

自分自身の基本的な性格傾向や信念体系はそう簡単に変化させられるものではないですが、カウンセリングでいう人格的成長(精神的成熟)とは、コンプレックスを刺激する人物や状況、情報によって過度に振り回されずに現実的(有効)な対応ができることを意味しています。精神分析の性的精神発達理論でいえば、精神障害や不適応行動の原因となる『(幼少期の発達段階への)固着‐退行の防衛機制』を使用しなくても適切な人間関係を維持して自分の判断によって問題状況を解決できるようになっていくということです。過去の成育歴や人間関係の中で形成された個人的コンプレックスが病的な水準にまで高まると、『抑圧・投影・知性化・合理化・退行・否認』などの非適応的な自我防衛機制を頻繁に使わずには日常生活を送ることが困難になり、自分で自分の気分や感情、行動を場面(相手)に合わせてコントロールすることが難しくなってきます。

古代ギリシアの聖地であったデルフォイのアポロン神殿には『汝自身を知れ』というアフォリズム(格言)が刻まれていたといいますが、カウンセリングにおける共同作業の多くはクライアントが精神的な安全を保障された環境の中で『クライアント自身を知るため』に行われます。特に、精神分析療法的なカウンセリング構造では、自分自身の心理的苦悩や人格特性(性格傾向)、対人関係パターンを過去の人生におけるトラウマティックな体験や自尊心(自己愛)の傷つきと結びつけて理解する作業が重視されますが、この自分の内面(記憶)を分析する心理的作業には非常な苦痛や不快が伴います。自分の精神的苦悩や環境(人間関係)への不適応の原因を、『個人的コンプレックスの文脈』の中で自己洞察することには、自我防衛機制の過剰を抑制して『現実自己(現在の自然な自分)』を受容しやすくなるという効果があります。

真摯な傾聴を重視したカウンセリングの基礎を確立したC.R.ロジャーズは、『理想自己(かくありたい自分)と現実自己(このようである自分)との乖離』によって心理的苦悩や不適応状態が生まれるという人間観を示しましたが、カウンセリングのカタルシス効果(感情浄化)とアウェアネス効果(気づき)は、『個人的コンプレックス(理想自己と現実自己との乖離)に関する洞察』をカウンセラーに共感的に傾聴されることによって生まれます。もう少し踏み込んで『カウンセリングの面接構造』『コンプレックスの言語化』の関係について言うと、コンプレックスの自己洞察までは自分一人の力でも出来るわけですが、洞察したコンプレックスを他者に話してみて肯定的に受容されることによる『自尊心(自信)の強化=限定的な他者における承認』というのは自分一人ではなかなか出来ない作業なのです。

個人的コンプレックスを無意識領域に過度に抑圧し続けると、不適応な自我防衛機制が頻繁に発動され、自分のコンプレックスを連想(刺激)させるような人物や状況・責任に対して上手く対応することができなくなっていきます。個人的コンプレックスを自己洞察することには自分の悩みや問題の原因について理解できるという意味がありますが、自分ひとりだけで個人的な無意識領域を探索して気づきを深めても『他者との関係性・社会的場面での適応性』が改善しにくいという問題が残ります。カウンセリングだけに限らず、個人的コンプレックスを誰か信頼できる第三者に理解・受容される体験は『自分の苦しみや劣等感を否定せずに理解してくれる他者がいる』という基本的信頼感につながり、複数の他者が集まる社会的な行動場面でもコンプレックスに影響されずに堂々と振る舞う自信が生まれてきます。

個人的コンプレックスの過剰防衛は、自分を傷つける他者に対する不信感や敵対感情によって強化されますが、自分の欲求や感情を肯定的に受容されて人格的価値を尊重されるカウンセリングのような人間関係の体験は『自我防衛機制の調整・自尊心の強化・他者への信頼感』などの効果を生み出します。その結果として、個人的コンプレックスの悪影響が弱まり、不快な他者や周囲の状況に過度に振り回されずに自分自身の人生を主体的かつ自律的に生きようとする姿勢(意志)が強まっていきます。カウンセリングや心理療法などのように特別な時間的・空間的構造を持つ場では、クライアントの個人的コンプレックスを過度に刺激することなく『クライアントのコンプレックスの意識化』を進めていくことができますが、一般的な人間関係の中のコミュニケーションではクライアントの自尊心や自己愛を傷つけずに『コンプレックスに関連するテーマ』を取り扱うことは非常に困難です。深い信頼関係が成立しているはずの家族・恋人・友人を相手にしてコミュニケーションをする場合でも、自己のコンプレックスについて上手く表現することは難しく、相談してくる相手を傷つけたり不快にさせずに相談に乗り続けることはなかなか困難なことなのです。


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