S.フロイトの精神分析の基本原則とC.ロジャーズのクライアント中心療法の共感的態度:1

カール・ロジャーズの"person centered therapy"とも呼ばれるクライエント中心療法シグムンド・フロイトを始祖とする力動的心理学の精神分析療法(psychoanalytic therapy)は、理論的・技術的に見ると大局的な技法なのですが、長期間の心理面接を予期した『人格的成熟・精神的発達』を究極の目標とする意味では非常に類似した目的論的な立場に立っています。クライエント中心療法や精神分析療法が『探索的アプローチ』であるという時には、この目的論的立場の共通性を意図しているわけであり、古典的な本質療法の解説で言うならば精神症状の一時的軽減や不適応行動の一時的解消といった「表層的な問題解決」を目指しているわけではなく「人格的な成熟へと向かう本質的変容」を目指しているということです。

しかし、探索的アプローチが究極の目標として据える『人間的な成長(リビドー発達の正常化と社会適応)』とか『潜在的な可能性の開発(実現傾向の十全な発達促進)』とかいった抽象的な目標は、自然科学的な目標設定と効果測定には適していないという短所があり、どのような状態になれば人間的な成長を達成できたと言えるのか、潜在的な可能性の発現とは具体的に何を意味するのかが「カウンセラーの主観」や「社会的(道徳的)な時代状況」に左右されやすいという問題がありました。

もしくは、人間の人格的な成熟には完成がないという見解や『成長・健康・発達・適応』へと向かう実現傾向はその場その場の生活状況に適合した形で発揮されるという考えもありますが、その場合には、カウンセリング本来の『問題解決や苦悩の緩和』という目的が曖昧化して『対人的な生涯学習の継続(精神内界の恒常的な洞察・訓練)』の様相を強めてきます。

深い信頼関係に根ざした終わりのない対人的な生涯学習の場は否定されるべきものではありませんが、カウンセリングや心理療法には一定の終結の目安(主体的に人生を歩めるという回復の目安)があったほうがいいという見方は有力なので、全人的な成長や精神的な発達という大上段の目的を真摯に追求するようなカウンセリングはコスト的にも常識的にも難しい状況にあると思います。仮にそういった自己鍛錬や人格成熟、世界(社会)の機能的解釈を極めるようなカウンセリングが数年以上の長期にわたって継続すると、宗教的な修行や瞑想的な洞察との境界が曖昧になってくる部分もありますし、カウンセラー(心理臨床家)がそういった精神的な鍛錬や人格的な向上、メタな世界解釈(社会理解)に関するエキスパートであるのかと言われると少し違うのではないかという思いもあり複雑ですが、古代の伝説や神話、物語、説話のエピソード(集合無意識のエッセンス)などをアクティブ・イマジネーションの解釈技法に取り入れているユング派の心理療法の場合には、ファンタジック(幻想的)な宗教的精神性の萌芽が見られるかもしれません。

探索的アプローチである精神分析療法とカール・ロジャーズのクライエント中心療法(来談者中心療法)の違いは、『前提となる理論構成(人間観・精神構造)』『カウンセラー・分析家の基本的態度』にあります。

精神分析療法の精神構造は、過去の苦痛な記憶や反社会的な欲望が抑圧される『無意識の領域』を前提としています。無意識にある動物的な本能である『エス・イド』と社会的(倫理的)な道徳観である『超自我(superego)』の葛藤、その激しい葛藤を現実的に調整する『自我(ego)』によって、人間の行動が決定されるという悲観的(宿命論的)な人間観を持っています。

クライエント中心療法の前提にある人間観は、人間は本来的に自己実現しようとする傾向を持つという性善説的な人間観であり、ロジャーズは『個人の価値と尊厳』を無条件に承認する共感的で平等な態度で接し続ければ『人間本来の生物学的な実現傾向』を引き出せるという楽観的な確信を持っていました。

実現傾向とは『成長・健康・適応・発達』へと向かう生得的で肯定的な方向性のことであり、植物研究にも造詣の深かったロジャーズは、草花が必要な条件(光・水・土の栄養分)があれば『発芽・成長・開花・結実』のプロセスを踏むように、人間にもその人の成長に不可欠な条件(対人的な環境調整)が与えられれば『主体的な意義ある人生』のプロセスを生きられると考えたのです。

カール・ランサム・ロジャーズの人間性心理学(humanistic psychology)の人間尊重の思想に影響を与えたのは、幼少期に母親から繰り返し教えられたキリスト教的な道徳観への強硬な反駁であったとも言われます。敬虔なプロテスタントであったロジャーズの母親は、『原罪を背負った無価値な人間』というスキーマを何度もロジャーズに説いて、幾ら人間が努力して成功や幸福、豊かさを手に入れても、そんなものは束の間の安楽に過ぎず、全知全能の神の前では全く無価値なのだと教え込もうとしました。

その為、ロジャーズは自身がクライエント中心療法で重視した『無条件の積極的尊重や肯定的受容』とは無縁な子ども時代を過ごし、幾ら努力して良い結果を残しても母親から賞賛されたり肯定されることは殆どありませんでした。『罪深い人間の分際で、どんなに良い結果を残したとしても、自分が素晴らしい(価値がある)などと自惚れてはいけない』というような抑圧的な指導を受けてきたロジャーズでしたが、クライエント中心療法の経験的実践を通して、自分自身が無条件で受容され評価されることの『心理学的価値(自己受容の効果)』を直観したのです。

人間は周囲の人たちから尊敬・賞賛・肯定を得るときに初めて『完全に機能する自己』に接近できるのであり、そういった共感的で支持的な環境から長い期間にわたって疎外され続けるならば人間は憎悪や怒り、自己嫌悪といったネガティブな感情に圧倒されてしまうというのがロジャーズの人間観の根底にあります。周囲との共感的理解によって自己評価を高め、自分自身の人生や能力、成果をありのままに受容することがクライエント中心療法の目的であり、ポジティブな自己概念(自分の自分に対する定義的な認識)を獲得して新たなる成長や発展を志向できる人間こそが、ロジャーズにとっての『健康で適応的な人間』なのです。

故に、ロジャーズのクライエント中心療法(来談者中心療法)では、『専門知に基づくアドバイス』『現実生活への直接的な指示/介入』は否定され、カウンセラー(心理臨床家)が如何にしてクライエントの実現傾向を加速促進させるかが重視されます。カール・ロジャーズは、体系化されたカウンセリングの権威的システムや役割的な専門家アイデンティティを批判的に見ており、『共感性を伝達する言語的・非言語的コミュニケーション』によって無条件の肯定的尊重や積極的受容をどれだけ的確に伝えられるか、その効果を事例研究を元に検証できるのかに心血を注ぎました。

その意味では、ロジャーズのクライエント中心療法は、統合的な理論体系や介入的(指示的)な専門技術に支えられたものではなく、実現傾向を発揮させるための『共感的で支持的な人間関係(ラポール)』を中心に受動的に展開されるものであると言えます。時々、クライエント中心療法の基本要素を拡大解釈し過ぎて、『カウンセラーの意見を一切述べてはいけない』とか『ありのままのクライエントを自己受容して評価すれば良い』とかいった偏った主張がありますが、ロジャーズは単純なオウム返しや共感一辺倒の優しさを示唆したわけではないでしょう。

つまり、『批判や反論をされない共感的な雰囲気』を成長促進の前提(要因)とした上で、『クライエントの自発的な気づきを伴う変容』を目標としているのです。カウンセラーがクライエントの話している内容を単純に繰り返して「明確化」だけをすれば良いのではなく、カウンセリングの展開や状況に応じて、「言い換え(要約)」や「効果的な質問(相手の話したいテーマを引き出す質問)」を取り入れていく必要があります。


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■書籍紹介
ロジャーズ選集―カウンセラーなら一度は読んでおきたい厳選33論文〈上〉

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