精神分析学が“精神現象の解明”に果たした功績とカウンセリングの構成要素

カウンセリング(counseling)とは“健常パーソナリティ”を持つ人の心理的問題に対処する非日常的な人間関係であり支援技術ですが、心理療法(psychotherapy)はカウンセリングよりも臨床的な精神障害の問題に焦点を向けており“病理パーソナリティ”に専門的に取り組む傾向があります。

言語的あるいは非言語的コミュニケーションによってクライエントを変容させるカウンセリングには、『クライエントの人格的成熟や精神的成長』に究極的な目標がありますが、より日常的な対人関係や社会生活の問題を取り扱うカウンセリングでは『クライエントの生活の質の改善(クライエントの機能の強化による要求の実現)』をとりあえず優先することもあります。それに対して心理療法(精神療法)では、『精神障害の症状(不適応)の改善』『トラウマティックな記憶の自己受容』など臨床的な治療計画が優先されますが、カール・ロジャーズをはじめとするヒューマニスティック心理学のように“クライエントの問題や困難を支援する特別な人間関係”という意味でカウンセリングと心理療法の間に決定的な境界線を引くことは出来ないとする見解もあります。

カウンセリングには多種多様な理論的立場や実践的技術がありますが、その対話コミュニケーションの作用機序に注目してみると、『支持技法・洞察技法・作業技法・認知的技法・行動的技法』の大きく5つに分類することが可能です。

認知的技法は人間の情報処理過程である『認知(cognition)』の機能的変化を促進する技術であり、行動主義心理学(学習心理学)の条件付け理論を基礎に置く行動的技法は認知と相互作用する実際的な『行動(action)』を計画的に統御することで自己の有用性や達成感を高めようとするものですが、両者は問題解決志向の『認知行動療法(CBT:Cognitive Behavioural Therapy)』として体系化されつつあります。

認知行動療法がなぜ現代の心理臨床的アプローチにおいて隆盛しているのかというと、その最大の理由は「臨床的な有効性」が高く「統計学的な実証性(効果測定の簡便性)」があり、「ブリーフセラピー(短期療法)的用途への応用性」があるということに尽きますが、「過去の成育歴(記憶内容・感情体験・親子関係)」を基本的に取り扱わないことで人生過程や人格構造の探索的アプローチとしては適していません。認知傾向の変容を基軸におくカウンセリング(心理療法)が勢威を拡大した背景には、「科学的検証に対する実証性」が乏しく治療期間が長期化しやすいという意味での歴史的な精神分析療法の評価の低下がありました。

S.フロイトから始まる「分析的な洞察技法」としての精神分析療法は、即効性の臨床効果では認知療法的・短期療法的なアプローチに及びませんが、「人間の精神発達過程(リビドーや自己愛の発達過程)」「他者(社会)との関係構築」「神経症(精神病理)の症状形成メカニズム」「生の欲望としてのエロス(幼児性欲の性器統裁)」の相互関係を理論化したことで力動的心理学(力動精神医学)に大きな貢献をしました。

カール・ポパーが示唆した自然科学的な「反証可能性の問題」を宿命的に抱え続ける精神分析学ですが、18世紀まで差別的(迷信的)なブラックボックス(狂気の発生・悪霊の憑依・呪術の影響・神罰・魔女・異常人格者・生得的犯罪者)とされてきた精神現象の発達やプロセスを「無意識の心理学」として論理整合的に体系化したこと、「薬物や手術を使わない対話療法の可能性」を革新的に切り開いたことは高く評価できるでしょう。

現在では無意識概念そのものを承認しないカウンセリング技法や心理療法も多くありますが、S.フロイトやその理論的後継者たちが、無意識の精神構造論(無意識・前意識・意識)や機能的側面の自我構造論(エス・自我・超自我)で『共通用語としての精神モデル』を提起したことで、人間の欲望や願望の迷信的なタブー(禁忌)が取り除かれ、言語的なアスペクト(次元)に人間の内的心理を引き寄せることが出来ました。『エス(本能的欲求)』『超自我(社会文化的な理性の抑制)』の葛藤(力動)によって人間の心的過程(精神病理)を解釈することが可能になるということは、啓蒙主義的な精神の理論化によって『欲望の間主観性(主観と主観の言語的な相互理解)への道筋』を開いたということです。

豪放磊落(開けっぴろげ)な人でも禁欲的(道徳的)に見える人でも、誰もが、生理学的な基礎を持つエスの欲望(性的欲動を源泉とする活動欲求)を何らかの形で充足し抑制しなければならないという『現実原則(reality discipline)』『自我防衛機制(ego defence mechanism)』の存在を強く示したことが、心理療法的な人間理解(心理分析)に果たした精神分析学の大きな役割であったとも考えられます。洞察技法としての精神分析療法の説明をしてきましたが、カウンセリングや心理療法において今まで気づけなかった事柄に直観的・経験的に気づく『洞察(insight)』『気づき(awareness)』は依然として重要な作用機序となっています。

クライエント中心療法など支持技法や認知行動的技法も含めて『今までとは違う視点や考え方、身体感覚に気づくこと=洞察』が、カウンセリングの一つの目的になっていて、洞察や気づきは『感覚・知覚・認知・記憶・思考』など様々な次元(心の構成要素)で起こってきます。絵画(漫画)を描いたり粘土細工を作ったりする芸術療法(art therapy)を中心とする作業療法では、無意識的な葛藤状況や情動欲求を作品に投影する『カタルシス(感情浄化)』が重要になってきますが、言語機能や自己認識が発達している年齢のクライエントであれば、作業療法における洞察や気づきも重要な要素になってくると考えられます。

一般的なカウンセリングでは『社会環境への適応・対人関係の改善・内的葛藤への対処・精神発達過程の促進』などが目標になってくることが多いのですが、効果的なアドバイスや指導的な課題などを与えて積極的にアプローチする『指示的カウンセリング』とアドバイスや課題提出などを行わずに自律的な発想と選択を促進する『非指示的カウンセリング』ではその具体的な心理面接の内容に大きな違いが出てきます。とはいえ、社会生活や職業活動がスピード化している現代では、カウンセラー(心理臨床家)が全くアドバイスや専門的情報を与えない純粋な非指示的療法には不満や冗長さを感じることが多くなっていて、現在のカウンセラーの多くは、指示的カウンセリングと非指示的カウンセリングを折衷していると考えられます。

クライエントの目標や性格(価値観)、適性、時間感覚に合ったカウンセリングの過程を組み立てていくということは、クライエントの人格的成長(精神的発達)を多面的に援助する『探索的アプローチ』とクライエントの限定的な問題解決(苦痛の緩和)を集中的に援助する『解決志向のアプローチ』を臨機応変に効果的に使い分けるということにつながってきます。各種技法に対するクライエントの適性を判定する場合には、知能検査や人格検査といった心理テストが役立つこともありますが、クライエント自身が『現在の問題状況や心理内容』を中心に話したいのか、『過去の記憶内容や家族関係』を中心に話したいのかによっても技法の選択は変わってくるでしょう。そういったクライエントの希望や意志に余り配慮せず、自分の理論的立場や専門的技法を適用するというスタンスを持つ臨床家もいますが、「有効なカウンセリング・心理療法の継続性」という点では懸念が残るのではないかと思われます。

カウンセリングや心理療法による対人援助の構成要素には、『相互信頼的な人間関係(ラポール)・専門的な知識(情報)・効果的な技術・経験的な状況認識』を挙げられますが、これらはそれぞれに独立して優劣関係があるわけではなくて、相互的に作用しながら『良好な安心できる人間関係』を基盤にして知識や技術に有効性と説得力が生まれてきます。カウンセリング(心理療法)の進展にとってどのような人間関係(カウンセラー‐クライエント関係)が好ましいのかについては、理論的立場によって変わってきますが、力動的心理学に基づく精神分析療法では『分析家‐クライエント関係』の間で葛藤的に生起する『転移(transference)』『逆転移(counter-transference)』の感情の分析的理解を重視しました。

転移感情には、愛情や好意といった陽性感情転移と敵意や嫌悪といった陰性感情転移とがありますが、『過去の重要な人間関係』に向けられていた強烈な感情をそれとは直接的な関係がない『現在の人間関係』の中に投影する心理機制のことを転移と言います。

精神分析療法の初期には、転移感情を意識し過ぎないことや転移感情に翻弄されたり圧倒されないことが分析上の原則とされましたが、転移に関する事例研究が進むにつれて、『転移感情』を分析して『過去の対人関係の洞察(無意識的内容の探求)』『現在の不適応な対人関係の問題』に応用することに治療的な意義があると考えられるようになりました。精神分析療法以外の技法や理論では、過去と現在の感情の変化をつないでいく『転移』に特別な理論的位置づけを与えているとは言い難い部分がありますが、共感的応答と適切な介入(助言・支持)を基軸にしたカウンセリングにおいても、心理面接の過程で生じた『カウンセラーに対する感情や気分』について率直に話題にすることには、お互いの信頼関係を深めて『何でも自由に話せる雰囲気』を作るといった肯定的な意味合いがあります。







■関連URL
ロジャースのクライアント中心療法と心理カウンセラーの基本的態度

『私が私であるという理由のみによって愛され承認される快楽』と『現代社会の構造的な悲哀と孤独』

ヒューマニスティック心理学が前提とする明るく前向きな人間観と自己実現欲求


■書籍紹介
転移分析―理論と技法

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