社会保険庁の年金記録漏れ問題と高齢化時代に対応する社会保障制度

社会保険庁の杜撰(ずさん)な年金データ管理体制が批判され公的年金制度への信頼が揺らいでいるため、7月の参院選の争点は憲法改正や国家安全保障ではなく、公的年金を中軸におく社会保障問題になりそうである。今回の社会保険庁のデータ管理の問題には、「年金記録漏れ→消えた年金→宙に浮いた年金」というようなキーワードの変遷があるが、その発端は約5,000万件に上る納付者を特定できない不明データの発覚であった。年金データの消失や入力ミスは、現在年金を受給している世代の「支給漏れの問題」からこれから年金を受給する世代の「年金額の減額(未納扱いの問題)」へと発展したが、「年金保険料の正確な領収記録」が社会保険庁に残っていない可能性があるということに受けた国民のショックは大きい。

自民党・公明党の政府与党は、年金問題を早期に沈静化させるために社会保険庁改革関連法案年金時効特例法案を強硬採決したが、年金納付記録が消失している個人が、自分自身で納付実績を立証しなければならない問題は依然として残されている。この2法案によって確定されたことは、現在の社会保険庁が2010年に解体されて非公務員型の「日本年金機構」に移行するということであり、受給者の請求権の5年の時効を撤廃していつでも過去に支払った保険料分の年金を受給できるということである。政府は来年5月までに約5,000万件の不明記録を照合して整理することを公約しているが、その期限までに名前や住所の入力ミスを含むデータを手書きの原本(マイクロフィルム)と照合して個人を全て特定できるのかは未だ定かではないといわれる。

社会保険庁の調査で過去の年金(1999年-2003年)の受給漏れが9万人、1,155億円になるという算定も出ている。この公的年金の支給漏れの理由は「本人から受給申請がなかったために年金を給付しなかった」ということであるが、これは良く考えると不思議なことである。年金を貰える年齢になっても自ら問い合わせをしなかったということを意味するが、その理由としては、年金を必要としない経済状況にあり忘れていたか、自分の納付年限の記憶などから貰えないと自己判断したか、高齢でも仕事をしていて一定の所得があったか、既に死亡していたかなどを考えることができる。

この問題の根本的な原因は、社会保険庁が手書きの年金データ(市町村にある年金台帳・マイクロフィルム)をIT化してデジタル記録として保存する際に、入力ミスを事前抑止する慎重なチェック体制を取っていなかったことにあるが、転職・転居・非正規雇用・シングル世帯が増加した現代社会の労働環境(生活環境)の変化に、年金制度とそのデータ管理体制が追いついていなかったことも大きいのではないかと思う。例えば、大企業や官庁、学校、一つの企業に約40年間終身雇用で勤めていたような個人(専業主婦の配偶者)の年金記録というのは消失や記載ミスというのは起こりにくいと思われる。仮に起こっても、すぐにその人の企業(役所・学校)における勤務期間と厚生年金(共済年金)の納付期間を確認することが可能なはずである。

その為、現在、領収書(それに準じる客観的証拠)がなく年金保険料を払ったか払っていないかの対立が起きやすいケースとしては、転職回数(空白期間)が多くて勤めた企業とその時期を確実に特定できなかったり、自営業で納付記録を手元に置いていなかったり、納付した期間と未納の期間が混在しているようなケースが多いのではないかと予測される。もちろん、サラリーマン世帯の終身雇用をモデルにしているから、イレギュラーなケースに対する年金記録漏れが起きやすいというのはまっとうな理由にはならないし、納付した人のデータを紛失したり入力ミスをした社会保険庁に責任があることは疑う余地がない。多様性のある国民の年金記録を正確に間違いなく入力して適正に管理することに対して、社会保険庁の職員に給与が支払われていたと考えるのは自然である。

その国民の老後設計に関わる重要な職務を的確に果たせなかったことに非難が集まっているのだが、現在の社会保険庁の対応は、派遣社員を駆り集めた急仕立ての年金相談ダイアル(フリーダイアル)にしても窓口相談にしても、どうも優先順位が定まっておらず、国民の不安解消(不満緩和)に役立っているようにも見えない。今急いで年金記録を確認しなければならない年齢層(受給開始が差し迫っている層)とまだ数年以上の余裕がある年齢層とをトリアージ(選別)すれば、実質的に全く機能していない24時間体制の年金相談ダイアルを開設しなくて良くなり、無駄なコスト(非効率な業務)を積み重ねる必要がなくなるのではないだろうか。そもそも夜間は年金記録のデータベースにアクセスできず、問い合わせの目的である照会作業が出来ないというのだから、夜間に電話を受け付ける意味は殆どない。

オペレータに24時間体制で電話対応させているのは、ただひたすら謝り続けて貰うためなのかもしれないが、繰り返される謝罪のために一日数百万円の人件費を掛けるというのは、一日で数人分の年間受給額を浪費しているようなものである。問い合わせをしている人というのは、高コストな謝罪の言葉を聞きたいのではなくて年金記録の正確な照会をしたいだけなのだから、受給開始年齢や年金区分(第1号・第2号・第3号)などを基準に優先順位をつけて、データの照会にリソースを注力するのが本筋だと思う。これから年金データの照合と整理に擁する莫大な経費を考えると、本来不要な照会業務及び相談業務であっただけにもったいないという気持ちは強くなる。公的年金の抱える問題として『モデル世帯(専業主婦がいるサラリーマン世帯)の縮小』や『雇用形態・労働形態の多様化』によって年金受給のバランスが崩れている事や社会保険に加入できない非正規雇用層が拡大した事(厚生年金の空洞化による老後保障の脆弱化)などを考えることが出来る。

厚生年金や国民年金(基礎年金部分)の空洞化は以前から指摘されているが、原理的な問題としては『賦課方式の持続可能性(人口減少による財源不足)』『高齢者の格差拡大(基礎老齢年金の低さ)』があり、超高齢化社会における安定的な老後保障の再構築が政治の急務となってくるだろう。日本は現在、将来の給付額(所得代替比率)を決定する「確定給付年金」であるが、国家の年金財源が枯渇してくるとかつて日本版401Kとよばれた「確定拠出年金」(給付額が運用実績によって変動するリスクある年金)を導入する動きがより強まるかもしれない。

確定拠出年金というと自己責任でリスクを負わせられ、幾ら給付額が貰えるか決まっていないから不安だという意見が根強くあるが、スウェーデンをはじめとする福祉国家でも最低保障年金とセットで確定拠出年金を導入している事例は多い。社会福祉に配慮した政策として国が確定拠出年金を導入するケースでは、消費税など税源に頼る「基礎年金部分」とそれに上乗せする形の「確定拠出年金部分」を区分することが多い。こういった確定拠出年金(報酬比例部分の自己責任化)の提案は、1999年の経済戦略会議(小渕恵三内閣)の社会保障を巡る議論でも出されているが、結果として国庫負担と企業負担を減らすことを目指したものである(実際に両者の負担が減るかどうかには、識者によって意見の違いがある)。

同時に、老齢者の生活保護と強制加入の厚生年金の廃止を前提としたものとなっていて、「生活保護の財源」を「基礎年金の財源」で置き換えようとするベーシックインカム(基礎所得による福祉)などの発想に近い。端的には、老後の最低限度の生活を保障する基礎年金部分だけを税源化(国民皆年金化)することで生活保護世帯を無くし、それ以上のレジャー(旅行)や娯楽など「個人的に希望する豊かさ」の部分を確定拠出年金や自己所得などで自己責任化するものである。この場合には、報酬比例部分の年金受給額が確率論的に低下するリスクがある代わりに、現在、行政が行っている年金関連の事務作業(データ管理業務)のコストカットや人口動態に左右される賦課方式から税方式に転換できるメリットがある。


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