潜在的(covert)な自己愛障害とシャイネスの強い社会性不安障害(対人恐怖症)の関連性

前回の記事と関連して、自己愛障害の人が自分の自尊心(自己評価)や理想自我を傷つける他者を無価値なものと見なす『脱価値化(devaluation)』の心理機制について補足しておく。原始的防衛機制として知られる『分裂(splitting)』は、他人を『完全に良い人』『完全に悪い人』の二つに断定的に分類して、自分を否定的に評価する『完全に悪い人』を攻撃して消滅させようとする心理機制である。

『分裂』の防衛機制の頻繁な使用は『不安定な継続しない対人関係』をもたらすが、それは、人間を良いか悪いかの二元論で選別する「分裂」によって対人評価が『理想化(褒め殺し)・全否定(こきおろし)』の両極端を揺れ動くからである。

自己愛性人格障害・境界性人格障害(ボーダーライン)・演技性人格障害といったクラスターBに分類される自己愛の障害(過剰な愛情欲求と自己顕示)では、昨日まで賞賛して敬意を抱いていた相手に対して突然、攻撃的な罵倒の言葉や冷淡な侮蔑の感情をぶつけることがある。クラスターBの人格障害を持つ人の対人関係の特徴の一つとして、自己評価や自尊心、自己利益を高めるために他者を思い通りに利用するというものがあり、先ほど述べた分裂と脱価値化の心理機制によって『自分の自尊心や自己愛を傷つける他者』を自己の内面世界から反射的に排除しようとしているのである。

自己愛の生物学的な根拠を考えると、他の個体よりも有利な生態学的地位(社会的地位・対人関係における役割)を手に入れようとする自己保存欲求や遺伝的利益を得る為の競争戦略であり、同種間で利益(優位)を争い合う競合的攻撃性(competitive aggression)のようなものが見られることもある。

正常な自己愛と異常(病的)な自己愛とを見極めるメルクマール(指標)の一つが、社会的に共有されている倫理規範(自衛の為の合理的理由)を逸脱した『暴力的な攻撃性』の有無である。また、自己愛障害に特有の誇大自己(自信過剰)や自己顕示性(過度の自慢)と関連した心理機制として『投影(projection)』『転移(transference)』があるが、クライエントの過去の問題を包摂する投影(転移)の的確な理解が自己愛障害の心理療法には必要である。

自己愛障害(自己愛性人格障害)に対する精神分析療法では、境界例研究で知られるO.F.カーンバーグ『現実直視の転移分析』や、自己心理学の考案者であるハインツ・コフートが推奨した『転移感情の共感的受容』が重視されている。コフートは自己愛障害の人との作業同盟の確立を目指し、自己愛性人格障害の人の『欠損した自己信頼感』を取り戻そうとしたが、カーンバーグは自己愛障害の人に安易に妥協しないことで幼児的な自我肥大(自己膨張, self-inflation)を抑制し、『現実適応的な解釈』を厳しくぶつけることで自己愛障害の人格構造に変容をもたらそうとしたのである。

自己愛性人格障害の人のカウンセラー(分析家)に対する評価は、理想化と脱価値化の両極端を揺れ動くものだが、カーンバーグのように『対決的な解釈』を厳しく行う分析家は脱価値化されて否定されやすく、コフートのように『共感的な受容』を優しく行う分析家は理想化されて賞賛されやすい。しかし、『現実適応力の回復(自己評価の適切な調整)』というカウンセリングの目的から考えると、必ずしもコフート的な共感性(受容性)ばかりを発揮するカウンセリングが効果的なわけではなく、クライエントの不適切な反応に合わせて、自身の問題点(自己中心性・共感性の欠如・過剰な自己顕示)に直面させる『対決的な解釈』を取り入れていかなければならない。

自己愛性人格障害の転移感情の意味を理解するための『転移分析』やコフートとカーンバーグの心理療法についてももう少し考えてみたい。自己愛障害とは『過度に誇張(歪曲)された自己評価の病理』であり、自己愛障害の心理療法とは『現実的状況や他者との人間関係に適応可能な自己評価の調整』を系統的・分析的に推し進めていくものである。適切な自己評価や妥当な自己尊重(自尊心)ができている健全な自己愛の所有者は、他者とコミュニケーションする上で『相互的な利益関係(ギブ・アンド・テイク)』を意識しており、自己を尊重して貰いたければ、まずは他者を尊重しなければならないことを自然に理解している。

DSM-Ⅳを参考にしてクラスターBの鑑別診断を行う場合に注意すべきこととして、自己愛性人格障害とその他の人格障害(反社会性人格障害・境界性人格障害・演技性人格障害)のオーバーラップ(重複)と面接技法(治療戦略)の使い分けがあるが、DSM‐Ⅳの診断基準で見落とされやすい自己愛障害として社会不安障害(対人恐怖症)の恥ずかしがりやすい症状(シャイネス)と重なり合う部分の多い『潜在的な自己愛性人格障害(covert NPD)』がある。

不安障害の一種としての社会性不安障害(対人恐怖症)の病理学やカウンセリングについても改めて書きたいと思うが、人前(社会的場面)で何かをすることを恐れる社会性不安障害は、他者の否定的評価や侮蔑的態度、拒絶の意志から自分を過剰防衛することで発症する精神疾患である。社会不安障害を発症した人は、自分の失敗(欠点)や緊張(臆病)を他人から見透かされた時に生じる『恥辱感・屈辱感・無力感』を異常なまでに極端に恐れ、人前や公式の場面で発言(行動)することを出来るだけ回避しようとして日常生活に支障がでてくる。

それは、何が何でも他人から普通の人(自信のある人)として良く見られたい、変な人(臆病な人)として悪く思われたくないという『自己愛(自尊心)の強さ』の表れでもある。他人の内面に対する想像力が強すぎる人や他人の発言や評価に過敏に反応し過ぎる人というのは、一般的に自分を全ての恥や失敗から守ろうとする自己愛が強く、潜在的な自己愛障害が社会性不安障害(対人恐怖症)の不適応症状として現れやすくなる。

自己愛性人格障害には、自己主張が強くて傲慢不遜な雰囲気を漂わせている『顕在的(overt)な自己愛性人格障害』だけではなくて、自己愛が強いために他人の否定的評価で傷つけられることを恐れて、過度に礼儀正しい振る舞いを心がけたり、社会的活動(自己主張)に対して消極的・回避的な態度を示したりする『潜在的(covert)な自己愛性人格障害』もある。

潜在的な自己愛のレベルが高くなりすぎると、社会的場面で強烈な不安と緊張を感じる対人恐怖症だけでなく、他者の評価を受ける可能性があるあらゆる社会的場面(対人関係・職業活動)から退避しようとするひきこもりの問題が生まれてくることもある。非社会的な問題行動と相関関係の高い『潜在的な自己愛』は、職業選択や異性関係(性選択)などによって確立してくる社会的アイデンティティの拡散(モラトリアムの遷延による就業困難やアパシー症候群)とも密接な関係があると考えられている。


■関連URL
フロイトのエディプス・コンプレックスとコフートの自己対象との共感的関係

傷ついた自己愛の防衛と補償のメカニズム:母子一体感からの脱却

■書籍紹介
働こうとしない人たち - 拒絶性と自己愛性

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