認知療法の『認知の歪み(思考の誤り)』とアーロン・ベックの『認知的三角形』

自分を苦しめる不適応(否定的)な思考パターンや行動パターンの適応的変容を合理的に目指す認知療法(cognitive therapy)では、『なぜ、そのような不適応な感情・気分・行動が生起したのか?』という問題状況や心理状態の形成機序(メカニズム)に焦点を合わせます。広範な適応症と対象事例を持つ認知療法は、『認知の傾向・思考の内容』によって『感情・気分・行動・生理』が決定されるという認知理論(認知モデル)を前提としています。

認知療法を効果的に実施する為に学習すべき『認知モデル』は極めて簡潔で合理的なモデルとなっていて、「客観的な出来事ではなく、主観的な認知(物事の考え方や解釈)が感情や気分を左右する」ことが分かるようになっています。認知(cognition)とは、外部の出来事や他者の言動をどのように認識(解釈)するかという『内的な情報処理過程』のことであり、認知療法のセッションでは簡単に『物事の考え方・捉え方(解釈)』のことを指示して認知と言っています。

『自動思考・認知の歪み・適応的な思考(代替となる思考)』など認知療法の専門用語(テクニカルターム)を用いてクライエントの問題や苦悩を理解することを認知的概念化(認知的定式化)といいますが、認知的概念化は『否定的な思考(認知)』『不適応な精神状態(抑うつ感・不安感・怒り・パニック)』を生み出すという認知モデルを前提としています。

認知的概念化(認知的定式化)という用語は何だか難解な印象を与えますが、実際には簡単な作業であり、自分の思考や感情などをセルフモニタリング(自己観察)して同定し、ワークシート(自動思考・認知の歪みの記録用紙)に書き込んでいく作業が認知的概念化になります。自動思考のことを『否定的な自動思考・不適切な思考』と表現したり、認知の歪みを『思考の誤り・考え方の偏り』、適応的な思考を『合理的な思考(論理的な思考・現実的な思考)』と表現することもあります。

基本的には、何かの出来事(状況・会話)をきっかけにして自動的に頭の中に浮かび上がってきた思考を『自動思考(automatic thought)』といい、悲観的(否定的)な自動思考の特徴によって類型化したものを『認知の歪み』、不適応状態(心理的苦痛)を生み出す不適切な自動思考に反論する合理的で肯定的な考え方を『適応的な思考』といいます。

自動思考がなぜ不適切な思考になってしまうのかを論理的に説明する為に『推論の誤謬(否定的な仮定)』というテクニカルタームが用いられることもありますが、推論の誤謬(否定的な仮定)が『認知の歪み』の直接的な原因となっています。但し、あまり多くのテクニカルタームを用いるとワークシートを制作する手間と負担が大きくなりますので、一般的な認知療法では『自動思考の記述・感情や気分の同定(%)・認知の歪みの特定・適応的な思考』の4つの項目について表形式でまとめていけば良いと思います。

認知療法の治療機序は、簡単に言えば、『非適応的な気分・感情・行動』を望ましい方向に変化させる『認知・思考の効果的(適応的)な変容』にあり、正確なセルフモニタリングによって適切なセルフコントロール(自己制御)ができるようになることを目指します。『認知の歪み』によって生み出される『否定的な自動思考(悲観的な思考)』を、『適応的な思考(合理的な思考)』で反論することによって、否定的な自動思考から導かれる気分の悪化(抑うつ状態・無力感)や感情の混乱(怒り・悲しみ)を実践的に改善しようというものです。

最も理解しやすい認知モデルとして、論理療法(Rational Therapy)論理情動行動療法(REBT:Rational Emotional Behavioural Therapy)を創始したアルバート・エリス(A.Ellis)ABC理論がありますが、論理的な反論の過程と結果であるD(Dispute)とE(Effective New Belief)を加えてABCDE理論として解説されることもあります。

論理療法(論理情動行動療法)というのは、認知療法の治療機序と類似した特徴を持つ心理療法であり、不適応な感情パターン(行動パターン)の原因となる『イラショナル・ビリーフ(irrational belief, 非合理的な信念)』を現実的な根拠に基づく効果的な『ラショナル・ビリーフ(rational belief, 合理的な信念)』に変容させていこうとするものです。

A.エリスのABC理論(ABCDE理論)は『人間の行動・気分・感情』がどのように生起するのかという行動原理を、常識的に了解しやすい因果関係を踏まえて合理的にまとめた理論構成になっています。

生理学的な条件反射や強化子としての報酬(罰)によって行動の生起を説明した行動主義心理学の条件づけ(レスポンデント条件づけ・オペラント条件づけ)との違いは、行動主義心理学(行動科学)は『外部刺激の要因』が重視されているのに対して、認知理論(認知モデル)は『認知過程(内的な情報処理)の要因』が重視されていることです。認知モデルのほうが、行動・感情・気分を自分の認知や意志でコントロールできるという『自由意志(責任能力)の関与の度合い』がより大きくなっていると言えます。


アルバート・エリスのABCDE理論

A(Activating Event)……きっかけとなる客観的な出来事や対人コミュニケーション、外部環境。
例えば、会社の同僚から、自分が頑張って完成させた新規事業の企画書を強く批判されてしまったこと。

B(Belief)……客観的な外部の出来事(事象)や人間関係をどのように受け止めるのかという信念・認知・考え方。
例えば、自分には高い評価を得るだけの能力がないので、同僚から仕事の成果を否定された自分は、これから先もずっと仕事で優れた結果を残すことが出来ないだろうという考え方(認知)。

C(Consequence)……個人に特徴的な認知や信念(思考)によって発生した結果。
例えば、上記の自分の職業能力の過小評価によって発生する抑うつ感や虚無感、やる気の低下、出社拒否などの結果。

D(Dispute)……さまざまな心理的問題や不適応状態を生み出す非合理的な信念(イラショナル・ビリーフ)に対する論理的な反論や有効な反駁。
例えば、同僚が必ずしも自分よりも客観的な仕事の評価ができるわけではないのだから、一人の同僚から自分の仕事を否定されても、それ以外の上司や関係者が自分の仕事の成果(企画書や営業成績)を高く評価してくれるかもしれないという合理的な反論。

E(Effective New Belief,Effective New Philosophy)……気分の落ち込みや感情の悪化などの問題を未然に予防できる効果的な新しい信念(効果的な新しい人生哲学)。
例えば、必要以上に他人の意見や評価に振り回されて自己嫌悪に陥るのは馬鹿馬鹿しいことであり、自分の意欲と能力を高めながら、目前のやるべき仕事に全力を傾ければそれなりの成果が出るという人生哲学の獲得。


認知療法において、否定的(悲観的)な自動思考の特徴と内容によって類型化した『認知の歪み』には以下のような種類があります。しかし、物事の悪い側面や未来の悲観的な予測にだけ注目する認知傾向として『心のフィルター』や『マイナス化思考』には共通する特性があり、認知の歪みの分類は『不適切な自動思考』が必ずどれかに当てはまるというほど厳密なものではありません(自分の認知傾向・自動思考が認知の歪みの分類のどれに当てはまるのかという選択には、多分に個人の主観的な言語感覚と状況判断が関係してきます)。


1.全か無か思考・二分法思考(all-or-nothing thinking)

現実世界にある中間領域を想定することができず、全ての問題を1か0か黒か白かという二分法(二元論)で考えてしまうため、『完全に成功している・完全に失敗している』とか『気分が完全に良い・気分が完全に悪い』とかいった非現実的で極端な考え方をしてしまう認知の歪み。非現実的な完全主義欲求と深い関連があり、『完全に思い通りの結果を出せるのでなければ、それをやる価値は全くない』という非機能的な自動思考と結びつきやすい。

2.過度の一般化(over-generalization)

一回か二回起こった自分の個別的な経験を、『次もそうなるに違いない』と思い込んで過度に一般化してしまう認知の歪み。『一度失敗してダメだったのだから、次回も必ず失敗してダメになる』というように一度の失敗をそれ以降の全ての失敗へと飛躍させる推論の誤謬であり、将来の悲観を強めて自己の無力感や可能性の無視の原因となる。

3.心のフィルター・選択的抽象化(mental filter)

恣意的な心のフィルターを作り上げて、自己否定(自己の無価値化)につながるような『物事(人間関係)の悪い側面』だけを選択的に取り入れ、自己肯定(自尊心の強化)をもたらしてくれる『物事(人間関係)の良い側面』をフィルタリング(濾過)して無視するという認知の歪み。
4.過大評価(拡大解釈)と過小評価(magnification and minimization)

『自分の欠点・短所・ミス・罪悪』といった否定的な部分を過大評価(拡大解釈)して、『自分の利点・長所・成功・善行』といった肯定的な部分を過小評価してしまう認知の歪みで、『過大評価と過小評価』で物事を認知してしまうと、どれだけ素晴らしい業績や成功を達成しても素直な喜びや楽しみを感じることが出来なくなる。

5.感情的決め付け・情動的推論(emotional reasoning)

客観的な現実に基づいて価値判断(真偽判断)するのではなく、自分の個人的な感情(気分)の変化によって『全ての価値・意味・是非』が決まるという認知の歪みである。『自分は相手の言葉に冷淡さや冷たさを感じたから、あの人は自分を強く憎んでいるはずだ』とか『私は何にも興味や喜びを感じないから、世界の全ては無意味で取るに足りないものだ』とかいった不適切な思考に結びつきやすい。

6.マイナス化思考・破滅的思考(disqualifying the positive)

自分の幸福や利益につながるはずのプラスの出来事や、自分にとって利益にも害悪にもならない中立的な出来事を、全て悪い方向に悲観的に考える認知の歪みがマイナス思考(破滅的思考)である。客観的な根拠や具体的な状況とは無関係に、全ての物事や他人の反応を自分の価値を否定する『悪い方向』へ解釈するので、どんなに祝福すべき良い出来事が起こっても歓喜や満足を感じることが出来ない。マイナス化思考が強くなると、『他人の愛情・好意・信頼』を素直に受け取って感謝することができなくなるので、親密な人間関係を維持することが困難になる。

7.結論の飛躍・飛躍的推論(jumping to conclusions)

現実的な事象の変化や合理的な因果関係を無視して、論理の飛躍による『間違った結論の先取り』をしてしまう認知の歪み。具体的には、感情的な独断や修正困難な固定観念、自分勝手な思い込みによって、『きっとあの人は~と思っているに違いない』とか『未来は~になるように決まっている』とかいった不適切な自動思考を導いてしまう。

a.読心術(mind reading)

本当は正確に知ることなど出来ない他人の内面心理を『自分は読むことができる』と錯誤してしまう認知の歪み。『きっと相手は~と考えて自分を嫌っているに違いない』というように、自分への好意や信頼を否定する方向に『読心術』が働くと対人関係の問題が起こってくる。

b.間違った予言(the fortune teller error)

本当は正確に知ることなど出来ない未来の出来事を『自分は予言することができる』と錯誤してしまう認知の歪み。『きっと数年先になっても、自分のうつ病は決して回復しないだろう』というように、自分の健康状態や経済状態などを悲観的に予言する方向に『間違った予言』が働くと抑うつ感や意欲の減退といった問題が起こってくる。

8.すべき思考(should statements)

完全主義思考や理想化欲求によって『絶対に~しなければならない』とする強迫的な義務感(責任感)に取り付かれてしまい、『自分が~したい』という自然な欲求や願望を見失ってしまう認知の歪み。自分に対する要求水準(達成目標)が異常に高くなり、その『すべき思考』が要求してくるレベルの目標を達成できないと、深刻な自己否定感や自尊心の欠如、圧倒的な無能力感に襲われてしまう。

『すべき思考』が要求してくる理想には限界がないので、どんなに高度な知識や技術の習得に成功しても、社会的に優れた成果や実績を上げても、本当の意味で満足感や達成感を満喫することが出来ない。時間や仕事に絶えず追われ続けているような切迫感や焦燥感が強まると同時に、完全主義の理想を満たせない自分自身に対する失望感や無能感に苦悩することになる。すべき思考は、ナルシシズムの病理とも通底している部分がある。

9.レッテル貼り・ラベリング(labeling and mislabeling)

物事の全てを白か黒かの二分法で思考する『全か無か思考』が更に極端になって、自分や他人、事物に『訂正不可能なレッテル』を貼って独善的な決め付けをしてしまう認知の歪みで、対象の『部分的な情報』から『全体的なイメージ』を固定してしまう考え方である。『自分は無気力なダメ人間である』という決め付けのレッテル貼りをすれば、状況を改善しようとする向上心や自立心を持ち難くなるし、『あいつは冷淡で思いやりのない人間である』というレッテル貼りをしていれば、相手のほうから謝罪や仲直りを申し込んできてもそれを無条件につっぱねてしまい亀裂が深まることになる。

10.個人化・自責思考(personalization)

『悪い結果・悲惨な出来事・不幸な展開』の原因を全て『自分(個人)』に求めてしまうという認知の歪み。『自分の意図的な悪意や利己的な欲求によって悪い結果が起こった』という具体的な根拠(直接的な責任)がないにも関わらず、『自分のせいでこんな悲惨な結果になってしまった』と信じ込んでしまう原因帰属の誤謬である。他者・社会から非難されるべき自分の欠点や過失があるわけでもないのに、自分自身の責任で重大な問題が起きたと思い込むので、強烈な罪悪感や自責感が生じて抑うつ感(絶望感・無気力)へと発展することがある。


認知の歪みの根底にある抑うつスキーマ(理論的枠組み)は、『自己・世界(他者)・未来』に対して悲観的で破滅的な価値判断をするスキーマであり、アーロン・ベックはこれを『認知的三角関係(The cognitive triad)』と呼びました。うつ病(気分障害・感情障害)の精神療法として認知療法を適用する場合には、認知的三角形は『抑うつ認知の三大徴候』と表現されることもありますが、うつ病に特徴的な認知の根底には『自己否定・世界の無価値化(他者からの攻撃)・将来悲観』といった修正の難しい中核的信念が存在すると考えられています。

認知療法の面接構造や技法的な特徴、セルフヘルプ(自己治療)の可能性について十分に言及できませんでしたが、また時間があれば認知療法に関する記事を書いてみたいと思います。


■関連URL
『認知・気分・行動・環境・生理』の相互作用を前提とする認知療法

“知のメカニズム”を科学的に解明する認知心理学と“心の体制化”を発見したゲシュタルト心理学

『セリグマンの学習性無力感による意欲減退』と『個人の認知的スキーマを形成する中核的信念』

日常生活におけるうつ病の徴候の発見:義務(仕事)と欲求(趣味)を切り分けるストレス対処

■書籍紹介
フィーリングGoodハンドブック(デビッド・D・バーンズ:1990年刊「いやな気分よ、さようなら」の続編に当たる実践的な事例を含む認知療法の書籍)

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