短期療法(ブリーフセラピー)としての認知療法(認知行動療法)とクライエントの利益を考慮した技法選択

アーロン・ベックがうつ病患者の臨床を経て創始した認知療法(cognitive therapy)は、現在の出来事や認知(考え方)に焦点付けして問題を解決しようとする未来志向の技法です。それに対して、シグムンド・フロイトが神経症(ヒステリー)患者の臨床経験と自己分析を経て構築した精神分析(psychoanalysis)は、幼少期の記憶(無意識領域の内容)や生育歴における精神力動(精神発達上の問題)に焦点付けする過去志向の技法としての特徴を持っています。

しかし、『精神分析と認知行動療法の理論的対立を乗り越えた相補的な統合的活用へ』で書いたように、二つの特徴的な技法体系は相互に排斥し合う対立的なものではなく、クライエントの状態(病理)や性格(適性)、希望(面接期間)などに合わせて使い分けるべき相補的なものです。


実際の行動体験や有効な社会技能、現実的な認知パターンの学習・遂行を具体的な目標とする“認知行動療法”と内面心理の世界の探求と過去の記憶の追想によって自己のパーソナリティと精神発達過程の理解を深めて洞察(気付き)を重視する“精神分析療法”は、対立的なものとして排斥しあう技法ではなく、双方の利点と長所を取り入れあう相補的なものとして活用していくべきでしょう。


認知療法と精神分析の技法的な差異に着目した過去の記事では、認知療法の特徴として『問題解決志向』を上げ、精神分析の特徴として『自己探求志向』を上げました。認知療法の問題解決志向とは、クライエントが現在背負っている『問題状況の解決』『精神症状の緩和』に向けて直接的にアプローチするということであり、精神分析(力動的心理学)の自己探求志向とは、現在のクライエントの人格構造(行動特性)を段階的に形成した『過去の精神発達の歴史』を振り返って『精確な自己理解(自己了解)』を深化させるということです。

心理臨床家(カウンセラー)がどちらの技法を採用したとしても『クライエントの利益』を最終目的とすることでは違いはありませんが、精神分析では人格の治療的変容につながる無意識の意識化の作業を継続的に行いながら本質的な問題解決を目指すので、必然的に心理療法の期間が長期化する傾向があります。

自己と他者の存在を受容して人生を主体的(肯定的)に生きられるようになることが本質的な問題解決ですが、転移感情を分析する精神分析では、現在の自己(人格構造)を形成した複雑な歴史過程と外傷的な人間関係(対象関係)を受容することによって本質的な問題解決を促進します。精神分析の心理面接では、心理療法の面接で話題にするタイムスパンが現在の周辺に限られた部分的な期間ではなく、幼少期から現在までの人生全体を通した包括的な期間(長期間)となり、自分自身が認識不能な『無意識領域の内容』を意識化する苦痛な作業を伴うことが多くなります。

精神分析の技法的な特徴と歴史的な貢献については、上でリンクした過去記事に詳細に書きましたので、治療効果や介入実績が統計学的に立証されているエビデンス・ベースド(Evidence-Based)な認知療法(認知行動療法)の技法的な特徴と基本的な面接構造、認知モデル(認知理論)について書いておきたいと思います。

無意識に抑圧された過去の記憶や精神発達過程、重要な人間関係(カウンセラーへの転移感情)を包括的に取り扱う精神分析は長期化しやすいという話をしましたが、複雑な理論モデルや特異的な人間観を持たない認知療法(認知行動療法)は、一般的に、短期療法(brief therapy)に適した心理療法だと言われます。また、以前は、面接期間(治療期間)が短いと表面的な問題の解決に留まり、安定した効果が長続きしないという批判もありましたが、適応的な行動や安定した感情の獲得(習得)という意味では必ずしも面接期間が長いほど予後が良いとは言えないようです。

現在直面している心理的な問題や対人関係の悩み、精神症状の苦痛を解決する直接的な効果では、短期療法と長期療法の間に統計学的に有意な差はないというのが実感ですし、費用対効果で考えると、毎週数回のセッション(面接)を数年間の長期にわたって継続する心理療法は、コストパフォーマンスが低すぎるという致命的な問題を抱えています。短期療法(ブリーフ・セラピー)として実施される認知療法(認知行動療法)の魅力は、エビデンス・ベースド(科学的根拠に基づいた)な効果的介入であること、時間と経済(負担)に対する費用対効果が高いこと、過去の人生の履歴に深入りせずに現在の特定的な問題(悩み)の解決に集中できることですが、公的健康保険やEAP(従業員支援プログラム)などの社会資源(医療資源・企業資源)の節約という財政施策上の観点からも短期療法には注目と期待が集まっているようです。

短期療法の“短期”とは、短期間に最大限の臨床効果を発揮するという意味以外にも、臨床家の時間資源とクライエントの経済的コストを最小化して、より多くのクライエントの面接機会を確保しようという目的的な意志も込められています。しかし、短期療法(ブリーフ・セラピー)が短期間で一定の効果を上げるといっても、具体的に短い期間を設定しているわけではなく飽くまで相対的に短期間の心理療法といった意味です。時間制限療法(time-limited therapy)のように初期面接の段階からきっちりと『60分の面接を10回』とか言うように決めているわけではなく、セッション(面接)の後に質問紙や口頭による効果測定を行って必要があれば面接期間の延長を行ったりもします。

精神分析と認知行動療法(認知療法)を比較した場合の特徴として、短期療法として実施しやすい認知行動療法は『個人の精神病理』に着目せず『個人の認知的・行動的な問題(課題)』に着目するということがあります。その為、精神分析はリビドー発達論(エディプス・コンプレックス)や自我防衛機制と相関する独自の精神病理学を発達させましたが、認知療法には感情の発生機序(発生メカニズム)を説明する認知モデルはあっても、各種精神疾患の発症や経過を解明する独自の精神病理学はありません。

いずれにしても、クライエントの回復や幸福といった『結果として生まれる利益』を最優先して技法の選択をすべきであり、クライエントの問題(症状)の種類や程度、生活状況、本人の希望などを参考にしながらフレキシブル(柔軟)に面接期間を設定していくことが必要となります。


■関連URL
認知療法・精神分析・クライアント中心療法の異同と特性

■書籍紹介
認知療法全技法ガイド―対話とツールによる臨床実践のために

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