TAT(主題統覚検査)を開発したH.A.マレーの心理的欲求の分類と行動原理としての欲望

前回の記事では、攻撃行動やその衝動(欲求)を様々な理論的立場から説明してきましたが、コミュニケーションで満たされる“4つの対人欲求”と対人評価を高める“5つの性格行動特性”の記事でも以前書いたように、『他者・集団の欲求(目的)の充足』は、対人評価の上昇や対人魅力の強化と密接に関係しています。

『他者から高く評価される人・他人から好意(愛情)を寄せられる人・周囲からの協力行動を得やすい人』というのは、端的に言ってしまえば、『他者の欲求』を何らかの形で満たしている人であり、他者に『感情的・人間的・経済的な価値(利益)』を意識的あるいは無意識的に与えている人であると言えるでしょう。

『他者の欲求の充足』は、他者(集団)による対人評価や対人魅力を高めて環境適応度(生態学的地位)を高める効果があり、『自己の欲求の充足』は、メンタルヘルスを維持増進して、自己効力感や自尊心を高め『生きる意欲』全般を強化する効果があります。

仏教やキリスト教の宗教原理では、人間の欲望(欲求)は煩悩(貪欲)による苦しみや罪悪感につながるものとして否定的に取り扱われますが、心理学的に欲求を考えると、人間の精神活動や行動の原理として『欲求(内発的動因としてのモチベーション・外発的誘引としてのインセンティブ)』は極めて根本的な原因となっています。

精神分析の神経症(ヒステリー)の病理学を紐解くまでもなく『欲求の充足と抑圧』は、人間の精神の健康や日常生活の充実と密接な関係があります。『将来のあらゆる欲求と目的の充足』に対して悲観的な認知が構築された時には、人は強度の無力感や抑うつ感、無気力を感じるようになり『生きる意味(価値)』を見失いやすくなってしまいます。

アメリカの心理学者H.A.マレーC.D.モーガンと共に、無意識的願望や精神疾患の病理性を分析する投影法の性格検査であるTAT(Thematic Apperception Test, 主題統覚検査)を開発しました。H.A.マレーが作成したTAT(主題統覚検査)とは、通常31枚ある刺激図版(ある状況を表現する絵画)の中から20枚を選択して被検者に呈示し、その図版を元にした想像的な物語を自由に話して貰う心理検査です。

TATは、被検者の性格特性(要求・葛藤・ストレス状況)の分析だけでなく精神病理の診断の補助としても利用できるとされていますが、マレーがハーバード版TATで想定した『要求-圧力分析』は複雑な解釈を伴うので、心理臨床で的確に活用する為には高度な専門性が要求されます。TATの分析によって分かる内容としては、意識的あるいは無意識的な要求と圧力(フラストレーションを引き起こす状況や他者)であり、被検者の置かれている人間関係や生活環境から生まれる葛藤(コンフリクト)についても推測的に分析することが可能となっています。

マレーの『社会的動機の理論』は、EPPS性格検査を開発したA.L.エドワーズにも強い影響を与えていますが、マレーは精神分析の力動的心理学を基礎に置いて自己の理論を展開しているので、無意識的欲求の分析や解釈にも関心を抱いていました。無意識的欲求による心的決定論のアイデアの影響を受けていたH.A.マレーは、1938年に公開した『Explorations in Personality』の論文で、人間の行動を決定する心理的欲求の一般的分類を精緻に行っています。

自己の心理的欲求が極端に抑圧され満たされなくなった時に、精神的な健康性が障害されて不安感や抑うつ感、緊張感、攻撃性が生じて、各種の精神疾患を発症するリスクが高まります。また、他者の心理的欲求を適度に満たすような行動を選択することで、他者の好意や信頼が得られるだけでなく、社会的環境での対人評価や対人魅力を上昇させることが出来ます。

自分がフラストレーションの不快な緊張や苦痛を感じている時や相手にフラストレーションを感じさせて不愉快な思いをさせてしまっている時には、以下のマレーが分類した心理的欲求のいずれかが阻止されたり抑圧されていると考えることが出来るでしょう。


H.A.マレーによる心理的欲求の分類

達成(achievement)……自分の設定した目標や帰属集団(企業・学校)から与えられた難易度のある課題を、一定の水準以上で達成したいとする欲求。他者との競争に打ち勝ち、自己の能力や人格を陶冶して、ヒト・モノ・経済に一定の影響力を行使できるようになり、困難な課題や高い目標を達成すること。

攻撃(aggression)……自分に危害を加え、欲求充足を阻害し、敵対的行動を取る相手(敵)を攻撃してダメージを与え、自分に屈服させたり被害損失を軽減させたいとする欲求。防衛的な攻撃欲求と主張的な攻撃欲求、犯罪的・病的な攻撃欲求などを想定することが出来る。

所属(affiliation)……自分の価値や存在を承認してくれる集団に所属したり、自分に好意や安心を与えてくれる他者と一緒にいたいという欲求。互恵的な利益関係を取り結び、親和欲求や安全欲求を相互に満たしあうこと。

防御(defense)……自分に危害や損失を与えようとする敵意ある相手から自分を守りたいとする欲求。自己の正当性と安全性を担保する為に、攻撃や非難、中傷から自分を守る欲求だけではなく、失敗や屈辱、犯罪といった自分の落ち度を隠蔽しようとする欲求も含む。
優越(dominance)……他者・集団・環境を自分の思い通りに統制して支配したいとする根本的動機によって駆動される欲求で、命令・指示・誘惑・説得などの手段を用いて他者をコントロールすることで優越感を実感する。成績・実績・能力・地位などによる相対的な優劣の尺度を用いて、自分の優位性を確認したいとする欲求。

服従(deference)……階層的秩序のある集団において、自分より上位にいる上司・上官・優位者を賞賛して無条件で支持すると同時に、その命令や指示に従属することで安全欲求やアイデンティティを守ろうとする欲求。強大な勢力を誇る有力者の影響下に入って、服従的な態度を示すことで『栄光浴』の効果を得たいとする『寄らば大樹の陰・長きものには巻かれろ』の欲求。

恥辱の回避(infavoidance)……自分の自尊心を低下させるような他者の行動や発現の影響を回避しようとする欲求。具体的には、嘲笑・侮辱・無礼・揶揄・愚弄・無関心などの言動を他者から取られないようにしたいとする回避欲求で、消極的な行動や自己呈示の抑制へつながる。

危害の回避(harmavoidance)……危機的な状況・病気や怪我による苦痛を回避したいとする欲求。身体的な病気や障害、精神的な疾患や苦悩、病気や事故による死亡などを回避する為に事前に何らかの対処や予防、抑止の行動を取ること。

慈愛(nuturance)……貧困・飢餓・病苦・障害・絶望・諦観・孤独を抱えた社会的・身体的・精神的弱者に対して何らかの恩恵や救済、利益を与えたいとする慈しみと同情、援助の欲求。貧困に喘ぐ人に寄付をし、飢餓に苦しむ人に食事を与え、病苦や障害を抱えた人に適切な医療とリハビリを実施し、絶望による自殺願望を持った人を保護してケアしながら、再生が可能な人には、最終的に『自立できる強さ』を持たせたいという慈愛に満ちた行動。

自己卑下(abasement)……他者の影響力や外部の環境要因に敢えて抵抗せずに不利益な状況を受け入れ、自分の敗北や劣等性、弱さを自己呈示したいとする欲求。自己批判や自己否定の認知に根ざした行動を選択して、所与の運命を受け入れて自己の弱さを認めることで、能動的な人生や意欲的な生活を全て諦めてしまうこと。間接的に他者の支援や助力、同情を期待している場合もある。

反作用(counteraction)……過去の行動から出たマイナスの悪い結果を反転させようとする行動を反作用という。自分の失敗を克服し、名誉を挽回し、弱点を補強することで自尊心や自己効力感を取り戻そうとする欲求。

理解(understanding)……世界や人間、精神、他者、自然界などをより正確かつ詳細に理解したいという欲求で、実践的(実利的)な知識や技能を求める場合と教養的(娯楽的)な知識や情報を求める場合とがある。事象を一般的に解き明かす科学的理論と問題を個別的に解き明かす実践的理論を求める欲求。

拒絶(rejection)……自分に危害や損失を加えてくる敵対的な他者と一定の距離を置いて拒絶したい欲求。自分が必要とせず利益にならない相手との関係を拒絶しようとする冷淡な態度や集団社会から他者を拒絶しようとする排他的な振る舞い(いじめの衝動)。

遊び(play)……実利的な意図や客観的な目的を意識せずに、ストレス発散や知的好奇心、親和欲求に基づいて自由に遊びたいという欲求。社会的義務や経済的責任とは無関係な気楽なゲームや遊びで楽しんで、リラックスした雰囲気と娯楽的な喜びを味わいたいとする欲求。

露出(exhibition)……他者に自己の存在や行動を見られたい、注目されたいという欲求だが、その根底には、他者の驚きや興奮の反応を見て、他者の感情的興奮や快楽的反応と同一化したいとする無意識的願望がある。単純に、他者を喜ばせたり興奮させたり驚かせてショックを与えて、自己の価値や存在を認めてもらいたいという露出の欲求もある。

自律(autonomy)……社会的義務や職業上の責任、伝統的慣習から自由になって、強制や束縛、拘束を受けずに自分の行動や判断を独立的(自律的)に行いたいとする欲求。外部の他者・集団・制度・伝統などによる自己の行動の決定や制限に反抗して、自分の事柄は自分で決めたいとする自律的環境の整備への欲求。

養育的依存(succorance)……子供時代に両親が無条件で自分の存在を認めてくれて、高く評価してくれたように、他者から無条件の支持や献身的な協力を得て、無償の愛情や信頼の感情を注がれたいとする欲求。一般的には、『他者に甘えたい欲求』として認識され、いつも見守っていて欲しい、ずっと一緒にいて欲しい、絶対に裏切らずに愛し続けて欲しいなどの言葉で表現される。

不可侵(inviolacy)……他者が踏み込めない自分だけのプライベートな物理的・心理的領域を確保しておきたいとする欲求で、誰にも構われず干渉されずに放っておかれるプライバシーの権利に近いものである。人間は他者とのコミュニケーションによって自尊心やアイデンティティを維持する一方で、他者が関われない不可侵のプライバシーを持つことで精神的な安定感や充実感を持つことが出来る。


■書籍紹介

TATの世界―物語分析の実際―

TATパーソナリティ―26事例の分析と解釈の例示

心理アセスメントハンドブック




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