心理・生理・家族構成・職場環境の変化と関係した中年期のメンタルヘルスと特徴的な症候群

前回、中年期の『体力の低下・人生の有限性』の意識変化という記事を書きましたが、今回は、発達心理学的観点から中年期の男性・女性のメンタルヘルスの問題点を少し詳しく説明していこうと思います。
中年期のライフサイクルの特徴や心理・生理・社会・家庭での変化と関係した中年期に好発する各種症候群についても触れていきます。

現在では、夫婦共働きの世帯が増えているので、育児に積極的に参加する男性の数が増えていますが、それでもやはり多くの家庭で、家事・育児の負担が父親よりも母親に大きくかかっています。
人生の短くない時間を費やして育児の仕事(役割)を果たしてきた中年期の女性にとって、育児は大きな精神的負担であると同時に、大きな喜びや達成感を感じさせてくれるものでもあります。

特に、育児を通して良好な親子関係を育み、子どもの成長過程を楽しみながら生活してきた母親(父親)にとって、回避し難い『子離れの発達課題の達成』は寂しさや不安感を伴うものであり、自分のアイデンティティの一部となっていた育児の役割や親子の時間を失う経験でもあります。

中年期にある女性が、それまで負担に思っていたはずの子育てから開放された瞬間、空虚感や無力感、悲哀感といった精神的変化を生じて、人生に対する張り合いを無くすことがありますが、これを小鳥が巣立っていった鳥の巣に残された親鳥になぞらえて『空の巣症候群(Empty Nest Syndrome)』と呼んだりもします。

『空の巣症候群(Empty Nest Syndrome)』は、『子どもの就職・結婚といった社会低自立の達成による母親役割の低下・終結』によって発症する症候群であり、家庭における自分の存在意義を子どもに対する母親としての役割に結び付けている女性ほど発症リスクが高くなります。

自分が世話をしなくても立派に自立して生活を営んでいける子どもを誇らしく頼もしく感じる一方で、これから先も、母親としての役割が必要でされない事に対して強烈な喪失感や孤独感を感じている精神的葛藤が『空の巣症候群』の特徴です。
しかし、多くの場合、『子どもの自立の受容』と新たな家庭生活のスタート、夫婦関係の見直しによって『空の巣症候群』特有の空虚感や寂しさは時間と共に和らいでいきます。

中年期の発達過程で発症率の高い中年期のライフイベント(人生の出来事)と関連した症候群として、以下のようなものが知られています。
頭痛・めまい・吐き気・胃痛・肩こり・ほてり・異常発汗・湿疹・かゆみなど原因不明の不定愁訴が強い中年期の女性の場合には、女性ホルモンであるエストロゲンの急速な減少(閉経の影響)による更年期障害の可能性が高くなりますが、更年期障害というのは女性ホルモン分泌バランスの崩れによる(複雑な生理過程を経た)自律神経失調症の心身症状として理解することが出来ます。


空の巣症候群……子どもの自立に付随して起こる『親(父親・母親)の役割』の低下や喪失が、親としてのアイデンティティを拡散して、人生に対する空虚感・無意味感・喪失感を強める症候群で、頭痛・腹痛・めまい・肩こり・腰痛など不定愁訴としての身体症状を伴うこともある。

台所症候群……家庭での家事・育児の仕事を全面的に引き受けている女性が、『母親・妻の役割行動』によって規定される自己アイデンティティに疑問を抱いて家事全般に強いストレスを感じ始めた時に発症しやすい症候群。
台所に立って食事の支度をしようとすると、急にめまいや吐き気、頭痛が生じて立っていられなくなったり、炊事の片付けをしようとすると突発的な不快感や怒り、不安感が襲ってきて家事全般に対する意欲や関心を失ってくる。

キッチン・ドリンカー……中年期女性に限らず、生活の大部分を家庭で過ごす専業主婦が、自分自身の家族アイデンティティ(夫婦関係・親子関係)に疑問を感じ現在の生活状況に無意味感を感じた時に陥るアルコール依存症。
飲酒を行う場所がキッチンであることが多いことからキッチン・ドリンカーと呼ばれるが、家事・育児をいつも通りにきちんと行いながら、家族も気づかないうちにアルコール依存症になっていることもある。

主人在宅ストレス症候群……『定年退職になった夫・一時的失業状態にある夫・自営業の夫』などが長時間、家にいて、妻に束縛感・不自由感・居心地の悪さを感じさせる精神的ストレスを与えることによって生じる症候群が『主人在宅ストレス症候群』である。
主人在宅ストレス症候群の症状は、更年期障害と同じく千差万別の心身症状であり、情緒不安定のイライラ感や不快な抑うつ気分、不安感・焦燥感が慢性的に生じる。
代表的な症状としては、『胃潰瘍・十二指腸潰瘍・過敏性腸症候群・高血圧・慢性肝炎』など身体器官の病変を伴う心身症、『不安感・焦燥感・抑うつ感・おっくう感・憂鬱感・無気力・怒り・イライラ』などうつ病に似た精神症状などがある。

一般的に、それまでサラリーマンとして家を空ける時間が長かった夫が定年退職などにより家に長時間居るようになったことをきっかけに発症することが多い。
夫婦間の性役割分担に厳格な封建的なしきたりの残っている家庭や夫が妻よりも上位に立つという家父長制の伝統を重視する家族で、夫在宅ストレスは高まりやすいといわれるが、妻本人が自分の立場や役割をどのように認知して、夫とどのような関係を望んでいるかによってストレスの強度は変わってくる。

主人在宅ストレス症候群を発症する夫婦の主人の性格類型の特徴としては、『妻に高圧的な態度で命令すること・家事全般を全て妻に任せていること・家ではダラダラして殆ど自分で動かない事・男尊女卑的な価値観で亭主関白であること・威圧感や圧迫感があり反論や異論を許さないこと・妻の外出行動を制限したり、趣味や習い事などに理解がないこと・妻に束縛感や不自由さを感じさせること』などが上げられるので、主人在宅ストレス症候群を予防する為には、妻一人を家庭で働かせずに夫が積極的に手伝うこと、妻の不満やストレスに共感的に耳を傾けること、お互いに一人になれる時間を確保すること、悩みや問題を率直に話し合える家庭の雰囲気を作ることなどが大切である。



現代の日本社会では、親が子どもから精神的に自立できずに子離れが上手くいかない『空の巣症候群』の問題もありますが、就業拒否(NEET)・不登校・ひきこもりといった子どもの非社会的問題の長期化、非婚化・晩婚化による中年世代の子のパラサイトシングル(基本的生活費を両親に依存する同居)などが中高年の親の大きな心配事になってきているようです。

『空の巣症候群』は、中年期の母親自身の心理的危機であり大半が一過性の精神症状で終わるものです。また、通常の精神発達過程において子どもの自立と親子の親密な共同生活のライフイベントは不可避なものでもあり、程度の差はあれ、空の巣症候群のような寂しさや孤独感の感情は多くの親が一度は経験するものです。

それに対して、青年期の子のアイデンティティ拡散や非社会的問題行動、経済依存的な同居生活は、精神的問題であると同時に経済的問題でもあり、長期間にわたって問題が継続しやすいという特徴があります。子どもの社会的自立による空の巣症候群を経験する親よりも、子どもの就業困難による経済的依存や子どもの自立を阻害するアイデンティティ拡散などを経験する親のほうが、精神的ストレスの強度は強く、長期的な不安感や抑うつ感を生じやすいと言えます。

中年期にある両親は、青年期の子の経済的自立や結婚に関する不安を感じ、自分の死後の生活設計について心配するケースが増えてきていて、かつて、当たり前の発達過程だった青年期の心理的経済的自立の時期が大幅に遷延して、将来の楽観的予測が難しくなっている状況だとも言えます。

思春期にある子どもの精神的自立とアイデンティティ形成の開始、中年期にある親(自分)の体力の低下と家庭での役割の変化、社会人としての親(自分)のアイデンティティの変化などが同時進行的に起こる『心理的社会的変化に富んだ時期』が中年期です。

最近では、子どもの経済的自立を待って長年連れ添ってきた配偶者との夫婦関係を解消するという50代以降の『熟年離婚』が増加傾向にあります。
この熟年離婚の回避あるいは決断が中年期の精神的危機の原因となっていて、夫婦カウンセリングの主要テーマとなるなど発達臨床心理的な問題になっています。

20代から30代の青年期に結婚して子どもを出産した場合には、夫婦が中年期になる頃にちょうど子どもが高校・大学を卒業して、自らの生計を立てる就職の道筋を見つけ親からの心理的経済的自立を達成し始めます。

子どもが両親からの全面的な保護や経済的な援助を必要としなくなるにつれて、それまでの親子関係のあり方は必然的にお互いの自立や自由を尊重する方向へと変質していきます。
子どもを社会的に自立させるという育児の目的をとりあえず達成すれば、夫婦は育児という共通の目標や義務から解放されて、子どもの健康や成長を促進する父親役割・母親役割による行動の規制が弱まります。

その結果、夫婦関係はお互いの自由な時間を大切に出来る余暇を手に入れることが出来ますが、育児以外に二人に共通する趣味や関心事がないと夫婦関係に距離感や疎隔感が生まれることがあります。
二人で協力して助け合いながら育児をするという共通の大事業を終えた後に、夫婦でどのような関係や生活を作り上げていくのかが中年期後半の大きな発達課題になります。
育児以外の共通の関心事や趣味が存在していないと、二人で一緒の時間を楽しむ機会が減りがちになりますし、夫婦の心理的距離も開きやすくなります。

とはいえ、お互いに普段の行動には余り干渉せずそれぞれの趣味や仕事を楽しみながら、のんびりとマイペースで中年期から老年期を過ごすという夫婦の生活様式もあります。
余暇の時間をいつも一緒に過ごすのではなく、普段はそれぞれの趣味や仕事に専念して、必要に応じて会話をしたり一緒に遊びに出掛けたりするプライベート重視の夫婦生活のほうが上手くいくというケースもあります。

いつも二人一緒で行動する親密な夫婦関係には心理的安定感や相手との一体感を生み出す効果がありますが、同時に、夫の食事や洗濯の世話を一方的にしてあげなければならなかったり、興味のないジャンルの話題や買い物に付き合わされたりといったストレス事態もありますので、親密な時間を過ごした後には、適度に距離を置いて一人の時間(友人と過ごす時間)を楽しむという工夫が必要なこともあります。

自分自身が中年期に入り子育ての仕事が一段落すると、自分の両親は更に年を重ねて老年期の段階に入っています。
老年期の両親は既に社会的活動から引退していて経済的余裕もなくなってきていることが多く、体力・気力・知的能力にもそれまで以上の衰えが見られるようになってきます。

老年期の発達段階では、自分の今までの人生の振り返りによる記憶の整理と人生の統合が行われ、そう遠くない未来に訪れる死に対する受容が段階的に行われていきます。
『子どもの自立』と並ぶ中年期の危機につながる恐れのある家族関係の大きな変化として、『老年期にある親の介護やケアの問題』が生じてくることがあります。

老齢期の親に、大きな病気や怪我、老化の進行、認知症の発病などが起こった時には、介護やケアが必要になることが少なくなく、その時に誰が老親の面倒を見て世話をするのかが親族を含む家族にとって大きな問題になってきます。

老齢者との共同生活による介護には、かなり大きな精神的ストレスと経済的負担が掛かってきますから、老親を自分達親族で引き取って介護していくのか、それとも、専門の医療施設(老人介護施設)に委託するのかを、自分の家族だけでなく親族で集まって話し合いをしていかなければなりません。

老親と親族との付き合いが良好でない場合には、誰が引き取って介護をするのかという問題で揉め事になったり、老親に莫大な遺産などがある場合には、遺産相続と介護の負担を巡った骨肉の争いや感情的対立へ発展してしまうこともあります。
年老いた親の介護とケアに付随する物心両面の負担と老親・親戚・自分の家族との人間関係の葛藤、老親の財産を巡る親族間の分配の問題などが中年期後期の深刻な精神的危機として立ち上がってくる可能性があります。

特に、家庭内で行う育児や介護、心身のケアの役割分担では、妻や娘といった女性に大きな負担と責任がのしかかってくるケースが多くなっています。
外で仕事をこなしながら家庭での介護やケアの役割も果たさなければならない中年期の女性は、限界を超えて一生懸命に働き続け、心身共に疲労困憊し切って燃え尽きてしまうことがあります。

自分の体力と精神力の限界を超えた激務や役割のストレスが長期間にわたって継続すると、『燃え尽き症候群(Burn-out Syndrome)』という無力感や抑うつ感、意欲減退、疲労感と無気力を特徴とする症候群が発症してきます。

中年期女性の燃え尽き症候群は、一般的に、『家庭での家事・育児』と『会社での仕事・昇進』の両立をする為に必死に限界以上の力を発揮して働いている女性に多く発症するとされていますが、過度の介護疲れや夫の度を越えたわがままなどがある場合には専業主婦であっても燃え尽き症候群の状態に陥る場合があります。

中年期男性のメンタルヘルスに関係する環境変化で大きいのは、やはり慣れ親しんだ職場環境や安定していた職業的地位の急激な変化です。
その変化に対応していけなくなると『職場不適応』のストレスが高まり、中年期うつ病やテクノ恐怖症(テクノストレス)、出社拒否などの精神的問題が立ち上がってきます。

人事異動によって今までやってきた仕事や専門と無関係な部署へ配置換えされたり、会社のリストラによって予期せぬ失職をしたり、会社の急速なIT化による先端技術へ不適応を起こしたりすることで、今まで蓄積してきたキャリアやスキルが通用しないという痛烈な挫折体験をしてしまうことがあります。

青年期からコツコツと長い年月を掛けて積み上げてきた社会的地位や経済所得、キャリアやスキルといった職業能力(社会経験)は、職業人として生きてきた中年期の人たちの自己アイデンティティの中核を形成しています。
そのアイデンティティの基盤を揺らがせるような職業上の挫折体験は、深刻な精神的ショックとなり、中年期のメンタルヘルスのバランスを大きく崩す原因になります。

会社環境への適応能力が低下し、自分の職業能力に対する自信を失いかけた時には、自分を愛してくれる家族・友人との関係を再確認することによって精神的な鋭気を養ったり、新たな職場環境に適応していくための効果的な学習活動や同僚とのコミュニケーションを積極的に行っていくことで窮地に追い込まれた余裕のない感覚が緩和していきます。

何十年も掛けて真面目な研鑽と努力を重ねながら積み上げた職業的な成果が人生の後半で瓦解した時の精神的ショックと耐えがたい喪失感は想像するに余りあるものがありますが、『中年期のメンタルヘルスの悪化』の多くが『それまで蓄積してきた人生経験・職業技能・人間関係の喪失』と関係している以上、それを乗り越える為に『過去の幸福や安定に拘泥しない心理社会的な再体制化』を促進していかなければなりません。

青年期から中年期に至るまで連続して一貫した社会的アイデンティティを確立してきた人は、『アイデンティティの再構築』に当たって大きな精神的苦痛や人生の選択の混乱、自尊心の傷つきなどを経験することになりますが、人間の精神発達や環境適応に決定的なゴールがない以上、誰であっても社会的な挫折体験からの再生としてアイデンティティを再構築する必要性に迫られることがあります。

ここまで、色々な観点から中年期のメンタルヘルスの概略を見てきましたが、中年期の発達過程とライフイベントを踏まえて、心理・生理・家庭・職場の環境変化を列挙すると以下のようになります。



心理:自己の人生の有限性と自己の能力の限界性の認識への変化

生理:老化のはじまりの自覚・身体能力の低下・女性ホルモン(エストロゲン)の減少による更年期障害・閉経(生殖可能性の喪失)・性欲や気力の減退・心疾患、脳卒中、高血圧、糖尿病など生活習慣病リスクの高まり

家庭環境:子どもの心理社会的自立・父親母親としての役割の減少と喪失・夫婦関係の倦怠やストレス・親子関係と夫婦関係の再確認と適応的変化・老親の衰弱と介護、ケア、死の受容

職場環境:社会的成功や企業内での昇進の見通し・人事異動やリストラによる職場不適応症候群・挫折体験による職場適応の低下や職業能力への自信喪失

メンタルヘルスの危機:希死念慮・自殺願望・中年期うつ病・家族や仕事からの逃避・夫婦不和と熟年離婚・社会的責任の放棄と嗜癖(アルコール・薬物・ギャンブルへの依存)・子どものひきこもりや就業拒否による家族の混乱と親子喧嘩・リストラや失業による経済的困難・人生への空虚感や無意味感からくるギャンブルや派手な異性交遊(愛人との不倫)への惑溺と経済的困窮




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中年期うつを治す

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