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zoom RSS 集団知能検査の開発を促進した第一次世界大戦:投影法の性格検査と無意識概念

<<   作成日時 : 2006/05/13 01:21   >>

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『心理アセスメントで用いる心理検査とインフォームド・コンセント』の記事で、クライエントの利益増進や問題解決につながる心理アセスメントの種類(面接技法・心理検査)と目的について書きました。

極めてプライベートな領域に属する個人情報を収集分析することになる心理検査(心理テスト)には、必然的に倫理的義務が付随することとなります。
心理検査を実施する際に心理臨床家(カウンセラー)が負うべき倫理的義務を簡単にまとめると、心理検査実施に関する説明を行いクライエントの同意を得る『インフォームド・コンセント』と検査結果や個人情報に対する『守秘義務』の2つになります。
また、カウンセリングや心理療法の適用に際して必要でありクライエントにとって有益な心理検査を精選して実施することも大切なことです。

心理検査(心理テスト)の歴史は、フランスの初等学校教育において精神遅滞(高次脳機能の発達障害)児童を選別するアルフレッド・ビネーの知能検査開発によって幕を開けましたが、もう一つの知能検査の歴史過程として軍隊における選別に応用された適性検査の歴史もあります。

ビネー式知能検査は開発当初は、検査者と被験者が一対一で向き合って実施される個人検査でしたが、軍隊の任務遂行に耐える能力を持つ兵士を選抜する為の適性検査(知能検査)としては効率の悪いものでした。
知能検査の効率性と経済性を考えると、一人の検査者で多数の被験者を検査できる集団知能検査のほうが優れていることは明らかなので、1912年にA.S.オーティスが『はい・いいえ』で回答する二件法の集団知能検査を作成しました。

1914年にセルビアのナショナリストがオーストリアの皇太子夫妻を暗殺する事によって人類初の総力戦である第一次世界大戦(1914-1918)が勃発します。
アメリカも無差別攻撃を仕掛けてくるドイツ(三国同盟)に対立してイギリス・フランス・ロシアの三国協商側に味方して参戦することになるが、この第一次世界大戦時のアメリカにおいて初めて集団知能検査が兵士選抜用途で本格的に実施されました。

何故、第一次世界大戦において集団知能検査の需要・要請が高まったかというと、この世界戦争から物資と人員の損失が激しい総力戦へと突入して、優秀な人材を適正に配置する戦略的な重要性が高まったからです。それと同時に、操作操縦に高度な技能・知識を要する科学技術(戦闘兵器)が戦争に使用され始めたことも関係しています。

現在のカウンセリングや学校教育に用いる心理テストのイメージからするとかなり殺伐としたものになりますが、上記のような歴史的背景があって、心理テスト開発の初期には戦時の兵員選抜に知能検査が応用されていました。

毒ガス・戦車・装甲車・戦闘機という科学兵器(工業機械・強力な銃火器)を過誤なく使用して効率的に敵軍を殲滅する為には、兵士をその知能や技術に応じて適材適所に配置する必要性があります。
特に、大量破壊兵器として驚異的な殺傷能力を持つ毒ガスなど化学兵器の取り扱いや高度な動態視力と運転技術を必要とする戦闘機・戦車・潜水艦の運転には、一定以上の知能水準と訓練機関が必要です。

その為、高い学習能力のある早い段階で優秀な学生を選抜して、適切な部署に配置したいという軍部の意図が生まれ、それがスクリーニングの役割を果たす集団知能検査へとつながっていきました。
優秀な士官候補や有能な技官候補、適性の高いパイロットなどを多くの学生達の中から効率的に選抜する為の知能検査が20世紀前半の時代には求められることが多かったという事ですが、現代の学力試験(アチーブメント・テスト)や資格試験・採用試験なども人材を能力によって選別し適性に応じて配置するという目的を持っています。

有名なアメリカ軍部の集団知能検査としては、R・M・ヤーキーズらが1918年に開発した『USアーミー・テスト(米国陸軍式知能検査)』があります。
ヤーキーズは、英語を母国語とする兵士たちの知能水準を言語機能(語彙・文法・論理・記憶など)で測定する『α式検査』と英語の読解能力が十分でない移民・外国人の知能水準を図形・記号・数字・絵画などの問題で計測する『β式検査』を作成しました。
しかし、α式とβ式が測定する知能はそれぞれ異なる能力なので、両者の検査結果を同次元で比較することには余り意味がないと考えられます。

α式が言語・論理・語彙・文法などの能力を測定するのに対して、β式は計算・空間把握・記号操作・図形認識・絵画の解釈などの能力を測定するので、バランス良く知能水準を計測するのであればα式とβ式の両方を併用することが望ましいです。

現在の知能検査の多くは、言語性知能非言語性知能、あるいは結晶性知能(知識・記憶・形式の固定的な知能)流動性知能(応用・実践・適応の可変的な知能)の双方を適正に評価できるようなテスト内容が工夫されています。

知能検査で測定される知能も、多彩で複雑な精神機能の一つであり生活環境や人間関係からの影響を受けますが、『気分・感情の状態や家族関係、対人関係、生活史(成育歴)、価値観、興味関心、動機づけ、病理性』といった精神機能(人格特性・生活環境)と比較すると他者との関係性や社会的な環境から受ける影響が小さいという特徴を持ちます。

学業成績と区別される狭義の知能水準(IQ)は、個人の遺伝要因や発達早期の環境要因によって規定される部分が大きく、対人関係パターンを含む広義の性格特性と比較すると外部要因や人間関係の影響が小さくなります。

心理検査の内容も特徴的であり、知能検査には『問題に対する正解』があり相対的な結果の高低があります。
一方、知能検査以外の心理検査には正解と間違いといった区別はなく、個体差を記述する為の『イデオグラフィック(個性記述的)な差異』があるだけです。
その為、心理検査は、知能検査と知能検査以外の性格検査(パーソナリティ・テスト)という風に分類されることが多くなっているのです。

性格検査の起源は、運命鑑定や占いといった要素を持つ簡易な性格判定を含めると相当に昔の時代から存在していたと考えられますが、精神医学領域で精神障害の鑑別診断などに利用された性格検査としての歴史は、エミール・クレペリン(E.Kraepelin, 1856-1926)自由連想検査(1892)が嚆矢だと言われています。

体系的な精神医学の教科書を記述したエミール・クレペリンは、近代精神医学の父とも呼ばれる人物であり、臨床経験と学術研究をもとに客観的な精神症状の記述・分類を行いました。
精神病理学領域の研究活動では、科学的な世界観と方法論を採用したクレペリンですが、心理検査領域の自由連想検査では、科学的な信頼性や妥当性が余り高くない投影法を用いて鑑別診断の参考にしました。

自由連想検査は、カール・グスタフ・ユングが統合失調症患者との診療面接などでよく利用していたという言語連想検査と類似したもので、事前に選択しておいた「測定したい内容と関係のある刺激語」に対するクライエントの反応・回答を見るものです。

フロイトに師事した時期のあるユングは精神分析学の影響を色濃く受けていて、彼の言語連想検査は、「無意識領域の心理内容」を回答に反映させることを意図しています。それと対照的に、精神分析学に対して冷淡だったクレペリンの自由連想検査は、無意識領域の存在や反映を意図していないという特徴があります。

投影法(projective method)というと、一般的に、質問紙法では測定し難い無意識領域の内容や抑圧された気分・感情・性格傾向を言語や絵画に反映させる心理テストだと考えられていますが、最も知名度の高い投影法のロールシャッハ・テストの開発者ヘルマン.ロールシャッハ(H.Rorschach, 1884-1922)も精神分析的な無意識解釈について実験報告の論文では触れていません。

ロールシャッハは、精神分析理論(力動的精神医学)の無意識概念を意識するよりも、人間の知覚反応や判断能力が行動発現に与える影響を非常に高く評価していました。
左右対称のインクのしみで書かれたロールシャッハ・テストの図版に対する反応は、被験者の無意識の欲望や感情ではなく、被験者固有の知覚反応のパターンであるとロールシャッハは考え、その特徴的な知覚反応が特定の行動や性格に結びつくと仮説したのです。

しかし、アメリカでロールシャッハ・テストの研究と改良が進行するにつれて、知覚反応を計量化(点数化)するロールシャッハ・テストが洗練されていき、無意識を前提とする精神力動的な解釈を施すことが多くなりました。

ユングの言語連想テストやクレペリンの自由連想検査は、医学的(学術的)な性格検査(パーソナリティ・テスト)として実施する投影法の始まりであると考えることができ、信頼性と妥当性を検証しながら作成する統計学的根拠のある質問紙法よりもやや長い歴史を持っています。

質問紙法と投影法の種類や特徴、その効能と限界についても考えてみようと思いますが、科学的な信頼性・妥当性という意味では投影法には必然的に解釈の曖昧さや恣意性がつきまといます。
その代わりに、質問紙法の限界である『社会的望ましさによる作為的な選択変更』の影響を受けにくいという長所があり、クライエントの側が心理検査の結果を事前に予測し難いという特徴を持っています。

一般法則で予測することが困難な人間の心理特性や生活状況を測定する心理検査というのは、統計学的根拠や経験論的(実践的)な有効性に支えられています。
心理検査の技法は、物理学や化学、生理学といった自然科学分野の一般理論と比べると、実証的な科学性や客観的な明証性では劣りますが、心理検査の優劣の判断基準は、飽くまでも実践的な効果につながる統計的根拠(信頼性や妥当性)にあると考えられます。

投影法は仮説演繹的であり、カール・ポパーが科学理論の条件として挙げた反証可能性に乏しいですが、長い歴史的検証を積み重ねてきたTATやロールシャッハなどの投影法は臨床診断やカウンセリング・教育活動における有効性が経験的に確認されています。

質問紙法は演繹や帰納といった科学的方法論に依拠せずに常識的な質問項目の内的整合性や質問の妥当性をまず検討します。その上で、繰り返し同じ質問紙によるテストを実施して、被験者から安定した結果を得られるか否かの信頼性を統計データをもとに検証します。


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心理統計学の基礎―統合的理解のために
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