『古代ギリシアの7賢人の思想と生涯』に関する自サイトのコンテンツ紹介

過去に、ギリシアの歴史と風土、思想に関する『西欧文明世界の精神的源泉としてのギリシアの歴史物語と風土文物の魅力』という記事を書きました。

ポリュビオスの政体循環論と古代ギリシアの略年表を書いた記事では、理想的な政治体制とその堕落形態について説明して、古代ギリシアの政体の変遷を眺めました。

紀元前の古代ギリシアの哲学者(7賢人)とその思想・生涯に関連するコンテンツをウェブサイトでも公開しているので、ブログと重複する部分もありますが一部を引用して紹介しておきます。

古代ギリシア哲学の萌芽期に登場した彼らの思想や倫理観は、現在の一般的な価値観や人権意識と照応すると必ずしも優れたものでもなく、卓越した洞察に充ちたものでもありません。
しかし、手本とすべき先賢が殆どいない2,500年以上も前の古代ギリシアに、創造的な才知を持つ為政者や哲学者が次々と現れ、政治・経済・哲学(自然哲学)といった知的営為を精力的に行っていたというのは驚嘆すべきことです。



西洋世界の哲学の起源

ターレス以前のバルバロイによる宗教や魔術の要素を持つ哲学

理性的な哲学の営為は、ドグマや慣習としての宗教的信仰から独立することによって始まったが、ギリシア以外の土地で始められた哲学的営為は、完全に宗教や慣習から離脱したものとはいえないものであった。バルバロイによる哲学の萌芽としての思索活動は、魔術や卜占と区別できない神秘的なものが多かったようである。

その為、ギリシア以外のオリエンタルな土地に哲学の起源を求める場合には、宗教と哲学の中間領域にある思考活動や呪術儀式、土着の慣習などを含んだものになっていく。

ペルシア帝国には、ゾロアスター教の神官であったマゴスと呼ばれる人たちがいて、ミトラ神崇拝とも深い関係を持っていた。マゴスは、ゾロアスター教の宗教家であると同時に呪術師でもあり、カルデア人の占星術の密儀もその教義体系に取り込んでいった。

カルダイオスと呼ばれた占星術師は、かつてバビロニア王国やアッシリア王国で政治判断の是非を占うような重要な役職に就いていた。天体の動きから人間の運命や国家の歴史を予測する占星術には科学的根拠などはないが、古代の文明国家においては自然科学のような信頼性を寄せられていたのである。

ゾロアスター教は、光明神アフラ・マズダと暗黒神アーリマンの善悪二元論を特徴とする宗教だが、ゾロアストレスという言葉には『星を崇める人(アストロテュテース)』という意味がある。アケメネス朝ペルシアの国教にもなったゾロアスター教は、天文学と占星術に大きな影響を受けた宗教だと考えることが出来る。

プトレマイオスやアリストテレスは天体観測を元にして天動説を主張したが、紀元前の昔には、天文学は哲学の一分野であると同時に、国家や民族の運命に関与するような非常に重要な学問の一つと考えられていた。中世の時代に至るまで天文学者や占い師は、天球儀を製作して占星術を行ったように、人類は長きにわたって、天体の運行と人類の営為に何らかの相関関係を見つけ出そうとしてきたのである。

しかし、近代に入って自然科学に基づく機械論的自然観が普及するにつれて、自然世界の事象と人間の人生や国家の運命を結びつけることは“非科学的な無意味な関連付け”だと考えられるようになる。自然科学の発展によって、天体の運行によって人類の運命を占うような占星術はナンセンスなものと見なされるようになったのである。




古代ギリシアの7賢人・ターレス

古代ギリシア世界には7人の卓越した賢者がいたといわれるが、その7人が誰であるのかについては諸説あり統一的な見解は得られていない。古代ギリシアの7賢人として一般的に知られている人物は、ターレス(タレス)、ソロン、ペリアンドロス、ビアス、ピッタコス、クレオブゥロス、ケイロンである。

この7人以外にも、古代ギリシアのアテナイで僭主政治を行ったペイシストラトス(B.C.6世紀-B.C.528頃)、スキュティア人のアナカルシス、ピュタゴラスの師とも言われるシュロスの人ペレキュデス、ケーンの人ミュソン、クレタ人のエピメニデスを加えることもあり、7賢人といっても特定の7人だけを指すというものではない。

しかし、古代ギリシア世界には、このように固有名によって名指される才能ある哲学者や有能な政治家が存在して、数々の興味深いエピソードやアフォリズム(格言)を残しているのである。

古代ギリシアの博覧強記の歴史家ヘロドトスは、ハリカルナッソスの名家に産まれ、ペルシア戦争に至るまでの歴史を世界各地の風土や説話と合わせて詳細に記録した。ヘロドトスは、世界各地を旅行して調査研究を重ね、地中海世界から当時の先進国エジプト、イオニア地方を含む小アジアまで『古代の文明世界の歴史』を後世に残す仕事をした。

ヘロドトスは自身が異民族の血を引いていることもあり、バルバロイに対する差別感情や偏見の念が少なかったと言われる。その影響もあってか彼の著作『歴史』には、エジプトやペルシアなど非ギリシア地域の神話や伝説、風俗文化などの雑多な記述が収載されている。ヘロドトスは、客観的な歴史事実の記述だけではなく、デルポイの神託に通底する因果応報や託宣(神意)による決定論の世界観を持って自分が見聞したものを記録していった。




古代ギリシアの7賢人・ソロン

7賢人の一人に数えられるソロンは、紀元前6世紀頃に活躍したアテナイ(アテネ)の政治家・立法家で、紀元前594年にソロンの改革を行って、それまで行われていた貴族政治を終結させ財産政治の端緒を築いた。ソロンの改革以前には、古代アテナイ初の成文法であるドラコンの立法(B.C.621)というものがあり、曖昧であった慣習法を成文化したが依然として貴族に有利な法律であった。

ドラコンの法は、貴族優位の法であるというだけでなく、非常に厳格冷徹な法律で殺人罪だけでなく窃盗罪などに対しても死刑の規定が為されていた。貿易経済の発展によって経済力を高めた平民達は、ドラコンの法の融通の効かない非現実性と貴族に有利な不公正性に対して不満を高めていった。そこにソロンが現れて、ドラコンの法を公正で現実的な条文へと改正し、武器を自弁できる裕福な平民に政治参加への道を開いたのである。

ソロンの改革の重要な点は、以下の2つである。1つは、参政権を得られない貧困層の平民の不満を緩和する為に借金(負債)を帳消しにする徳政令を出した事と借金によって奴隷身分に転落することがないようにした事(債務奴隷の禁止)である。もう一つは、戦争に重装歩兵として従軍するのに必要な武器を自弁できる富裕層の平民に対して参政権を認め、貴族以外の者も政治参加できるようになったという事である。




古代ギリシアの7賢人・ペリアンドロス,ピッタコス,ビアス

ピッタコスは、一番有り難いものとして『時間』を挙げ、不確かなものとして『未来』を考えた。彼は、謙譲と寛容の精神を美徳として、バランスの良い人生を歩むことを推奨するアフォリズムを幾つか残している。

困った事態が起こる前に、それが起こらないようにあらかじめ考えておくのが分別のある人間のすることである。しかし、起こってしまったなら、うまく処理するのが勇気のある人のすることだ。

これからしようと思っていることを、前もって人に告げることはない、失敗すれば笑われるだろうから。人の不運を咎めないこと、報復は恐ろしいから。預かったものは返すこと。友人を悪く言わないこと、いや、敵でさえも悪く言わないこと。敬神に励むこと。節制の徳を愛すること。正直、誠実、経験、器用さ、友情、親切心を養うこと。



古代ギリシアで、ターレスやアナクシマンドロスが万物の根源(アルケー)を疑問に思った時、現象世界を分析的(言語的)に捉える思考形式に対して人は自覚的になりました。

ターレスやピュタゴラスが、主観的感情に左右されない数学的世界観(法則や原理)を発見した時に、人間的な経験とは独立した一般法則の存在に人は気づいたのかもしれません。

古代ギリシアの政治家も、多様な個人が活動する集団社会の秩序維持に頭を悩ませ、庶民も財産の枯渇や戦争の敗北による奴隷化の恐怖と向き合いながらも逞しく生きていました。

古代ギリシアの政治は、端的に、他国との厳しい生存闘争に打ち勝つ為に必要な『連帯・協働・奉仕・集団帰属感(愛国心)』をどのようにして最大化することができるのかを追求する営みでした。

祖国存亡の危機に対処する愛国心は、戦争敗北による奴隷化の恐怖によって強化され、内乱内戦を生み出す不公平感を緩和する法改正や社会政策も、構成員の一致団結による国力増強によって進展しました。

共同体の生成消滅を繰り返す中で、明文化された法による規制の公正性にギリシア人は気づき、独裁的な君主制や権力を寡占する貴族制の段階を踏んで、対等な個人が議論を交わして政治決定する民主制の実現に至りました。

世界史はギリシアのポリス群の衰退以降、再び専制主義や封建主義の政治体制へと逆戻りしていきますが、民主主義政治によっても国家は効率的に運営できる可能性があることをギリシアの歴史は示しました。

しかし、『共同体の秩序維持』と『軍事力・経済力・連帯感の強化』を両立できる政治体制を模索するリアリティの中にあった古代ギリシアの経済的繁栄と哲学的思索は、膨大な数の奴隷の存在によって支えられていたことも忘れてはいけないでしょう。

古代ギリシア市民の伝統や慣習に束縛されない精神の自由と日常生活に必要な食料や衣服などの供給は、奴隷制度が生み出した『市民階級の余暇(スコレー)と奴隷階層の労働奉仕』によってもたらされたものであり、奴隷制度に依拠しない精神活動の自由と経済生活の安定を人類が獲得する為にはこれより2,000年以上の時間を必要とするのです。

そして、地球規模での精神的自由と経済的な豊かさ、平和な日常の実現という意味では、人類の歴史はまだまだその実現にほど遠い位置にあると言わざるを得ません。


■書籍紹介
西洋古代・中世哲学史

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