西欧文明世界の精神的源泉としてのギリシアの歴史物語と風土文物の魅力

■古代から現代に至るギリシアの歴史・文化・伝承―西欧世界の文字文化や哲学的営為の源泉として―

西欧文明社会における理性の営みの起源は、紀元前の古代ギリシア世界にまで遡ることができ、断片的な文献で確認可能な哲学の始まりも古代ギリシアの自然哲学者達にあるとするのが一般的である。

自然哲学の始祖はターレス(タレス)であるが、それ以前の古代ギリシア7賢人などの概略を知りたければ岩波文庫の『ギリシア哲学者列伝』に当たってみるといいかもしれない。

哲学が胚胎したギリシア社会周辺にも、古代エジプト文明時代に栄耀栄華を欲しいままにしたエジプト王国や紀元前5世紀頃にギリシア文明圏を軍事的に脅かしたペルシア帝国などがあったが、宗教や風習、卜占(ぼくせん)から離れた理性的営為としての哲学が根付くことはなかった。
古代ギリシア世界で生まれた哲学史の黎明と人間理性の歴史を振り返る前に、現代のギリシア共和国(Hellenic Republic,Greece)に至るまでの歴史や風土を観光案内的に簡単に見てみよう。

最近の書籍では、ギリシアという表記が多くみられるが、私が学生時代にはギリシャという表記も同じ程度に使われていた気がする。とりあえず、国名の表記はギリシアに統一して書くが、話し言葉ではギリシャのほうが馴染み深いというか発音しやすいなと思ってウィキペディアを見てみたら、国会の制定法や外務省、ギリシャの在日大使館のサイトにおいては『ギリシャ』の表記を標準的に使用しているようだ。

ギリシアの国土は、周囲を美しい海に囲まれていて、古代の昔から海運貿易業が盛んに行われ、造船技術にも優れたものを持っていた。古代世界におけるアテナイ(アテネ)の海軍の軍事力は優れていたが、サラミスの海戦以降、アテナイの海軍力はますます強大なものとなりデロス同盟の盟主となっていく。

テミストクレス率いるアテナイの海軍がサラミスの海戦(B.C.480)で、アケメネス朝ペルシアのクセルクセス1世が指揮する大規模な海軍を撃退したが、この事によって、ギリシアの都市国家群は、ペルシアの専制政治の風潮やオリエンタルな文化に侵略される危険を免れたといえる。

サラミスの海戦の勝利は、ヘブライズム(ユダヤ教発祥の文化)やオリエンタリズム(神秘主義や東方文化)に呑み込まれて消滅することのないヘレニズム(ギリシア風文化)の基盤形成に貢献した。しかし、純粋な原形としてのギリシア文化は、アレクサンドロス大王の遠征やローマ帝国によるギリシア支配によって次第に他文化と密接に融合していく。

現在のギリシア共和国は、その名前の通り政治体制は共和制を採用しており、国土の面積は13万1990平方キロメートルで古代において栄華の象徴であった植民都市などは所有していない。人口は1094万人であり、標準語は現在でもギリシア語だが、それ以外にも英語やスペイン語、ポルトガル語などが流通していて、基本的な国民性は社交的でオープンなものである。

ターレスからソクラテスへと続く西洋哲学の起源と合わせて、ヘロドトスやトゥキディデスらの歴史学の始まりなども古代ギリシア文化の重要な事跡である。もちろん、ギリシア文学の歴史の原初形態は、暗黒時代(歴史記録がほとんど残存しない時代)と呼ばれる紀元前7世紀より前のホメロスやヘシオドスの時代に生まれた。

ホメロスについては、ホメロスという固有名を持つ盲目の吟遊詩人が実在したか否かはっきりしない。しかし、ホメロスが、紀元前9世紀頃の時代に生きた個人として実際に存在したか否かは、彼の著作の価値の高低には全く影響を与えない。

ホメロスの著作として伝承されてきた『イリアス』『オデュッセイア』は、現代においても、不朽の価値を有する英雄叙事詩といえるだろう。何より、紀元前1,000年に近い遥か遠い昔に生きた人類が、現代の人間と殆ど変わらない知性の発露と感情の機微を持っていた有力な証拠としての価値は、ギリシア神話の物語と合わせて非常に大きいと言わざるを得ない。

トロイ戦争の原因となったヘラ、アテネ、アフロディーテの美貌を巡る確執やギリシアの英雄オデュッセウスのイタケ帰還のエピソードなどトロイ戦争にまつわる物語は、歴史的事実というよりも神話的伝承とも呼ぶべきものである。しかし、トロイア地方にかつて豊かな都市文明が栄えたことやその都市国家が大規模な戦争の舞台となった可能性を、トロイ遺跡の殺伐とした風景の中に想像することは出来る。

19世紀(1871年)、ドイツのシュリーマンが発掘に成功したトロイ遺跡が、実際にトロイ戦争の舞台であったかどうかを確実な形で実証することは原理的に出来ないが、ホメロスの英雄叙事詩の世界をその荒涼とした遺跡に投影することは出来る。その意味においても、トロイ戦争に代表されるホメロスの叙事詩の世界は、客観的事実を謳いあげたものというよりも、叙情的な感動を伝達する神話世界を謳いあげたものというのに近いような気がする。


■観光資源の豊かなギリシアの国土・現代のギリシア共和国樹立までの長い道のり

古代の神話伝承の話はここまでにして、少し近代以降のギリシアについても言及しておく。

現代のギリシアも、紺碧の美しいエーゲ海と雄大な地中海に囲まれた海洋国家としての性格を持ち、観光地として人気のあるクレタ島やミコノス島、パトモス島、ロードス島など宝石のような無数の島嶼を抱える国家である。趣味の良いリゾート地としては、ハワイやグァムとは異なった独自の魅力があり、ギリシアにまつわる歴史的興味や背景知識があれば旅行もより一層楽しくなるように思える。

ハワイなどの南国リゾートは、背景知識と実際の景色との合致を楽しむというよりも、感覚的な心地よさやバカンスの気分そのものを楽しむ場所という意味合いが強くなっているのではないだろうか。ハワイ王国の凋落とアメリカによる侵略の物語など悲哀溢れる歴史もあるわけだが、そういったことを考えながらハワイ旅行というのも何かしっくりこないものがある。

ギリシアの気候は、年中温暖で過ごしやすい地中海性気候であり、冬季を除いて降雨が殆どなく気持ちよい青空が遠く広がる日が多い。日本と同じ温帯気候だが、地中海沿岸の気候は湿度が低くてサッパリとした心地よい温暖な気候なので、日本のような梅雨時の不快はなく、冬の厳しい寒さの影響を受ける地域もあまりない。

ギリシア本国と周辺の島嶼には、クノッソス宮殿やパルテノン神殿などをはじめとして無数の古代遺跡があり、ある程度長期の旅行に出掛けてもその全てを見て回ることは難しいのではないだろうか。また、テレビCMにも使用された、岩山の頂上に建設されたメテオラ修道院など世界的にも珍しい壮大な奇景もあり、ギリシアの景色と歴史の魅力は非常に複雑で多面的である。


その土地土地の歴史を俯瞰しながらする観光や風土の話も面白いが、ギリシアの国家としての歴史的変遷の話に移る。紀元前4世紀までがギリシアが独立自尊を維持できた隆盛の時代だった。アテナイやスパルタを始めとする群雄割拠するポリスが相互に威勢を張り合っていた時代で、ペルシアのような強大な外敵があれば連帯協力して立ち向かっていた。

しかし、基本的にギリシアの国土全体は、文化的・民族的な親近性を持ってはいても一枚岩ではなかったので、ペロポネソス戦争に代表される内戦によって自滅的に疲弊していき、最後はマケドニアのアレクサンドロス大王に敗れて、侵略統治(B.C.338)を受けてしまうことになる。

その後、ローマ帝国の伸張があり、ギリシアは東ローマ帝国の一部に組み込まれるのだが、その東ローマ帝国(ビザンツ帝国)内部では、ギリシア人は支配的階層に帰属することが多かったようで、ローマ人に一方的に支配されて従属していたというわけではない。

しかし、栄華と繁栄を極めた東ローマ帝国の首都コンスタンティノープル(コンスタンティノポリス)も、1453年、勢力と領土を拡大し続けるイスラムのオスマン・トルコ帝国に陥落させられる。その後、ギリシアは約400年の長きにわたって、オスマン・トルコ帝国の支配下におかれてしまう。

1821年からオスマン・トルコに対するギリシア独立戦争を企図して、イスラム勢力を押さえ込もうとするイギリス・フランス・ロシアの介入を得て1829年にアドリアノープル条約を結び、翌年に王制の国家として独立を達成する。

20世紀半ばには、今度はゲルマン民族のナチス・ドイツに侵略を受けてしまうが、ナチス敗戦後には国内の共産主義ゲリラ勢力との内戦が勃発する。
今の共和制の民主国家ギリシアが誕生したのは1974年で、国民投票により君主制国家の承認が否決されたことで共和制へと移行した。


■書籍紹介

この図説本である『古代ギリシア 地図で読む世界の歴史』は、歴史学的な観点からの資料というだけでなく、民俗学的な観点から当時の風俗や生活様式に関する情報も豊富に紹介されています。

『歴史や人物の情報の網羅性と総合性』という基準で見れば、他にも優れたギリシアの歴史解説書は沢山あるのですが、オールカラーの綺麗な地図と共に、ギリシアの歴史や政治の説明を読めるところがこの本の長所です。

学生時代に、講義を聴きながら世界史のカラー図説をめくるのが好きだったというような人にはお薦めですし、文字だけの教科書的な構成のものより読みやすく視覚で楽しめるのがいいですね。

この図説以外では、河出書房新社が出版している『図説ギリシア―エーゲ海文明の歴史を訪ねて ふくろうの本/世界の歴史』や『図説 ギリシャ神話「神々の世界」篇 ふくろうの本』も美しい写真や地図が多数収載されていて、ビジュアルな歴史書として楽しめます。

ギリシア神話の情報量の多さということでは、ナツメ社の図解雑学シリーズの『ギリシア神話』
が充実していると思いますが、情報が詳しすぎて読んでいて疲れるというのはあります。ギリシア神話関連の調べ物をするときの資料としての価値はあると思いますが。

情報としてのギリシア神話や古代ギリシアの政治史はあまり必要じゃないけど、読み物として面白く読める古代ギリシアものはないのかという人には、阿刀田高氏の『私のギリシャ神話』などがエッセイみたいな感じで読みやすいと思いますよ。

古代ギリシア 地図で読む世界の歴史

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