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zoom RSS 科学的実証主義を前提とするEvidence-Basedな臨床心理学と統計学的な根拠に関する話

<<   作成日時 : 2006/01/24 10:48   >>

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認知行動療法は、認知的介入と行動的介入を折衷したプラグマティック(実利的)な技法であり、evidence-based(客観的根拠に基づく)な心理療法であると言われます。
エビデンスに基づく心理療法(カウンセリング)というのは、EBM(Evidence Based Medicine:根拠に基づく医療)という科学的医学モデルを心理学的アプローチに導入しようとしたものです。

認知療法や行動療法の前提にある認知理論や学習心理学については、過去に何度か触れてきましたので、今回は、エビデンスを前提とする臨床心理学(Evidence-Baced Clinical Psychology)や医学(EBM)について色々と書いていきたいと思います。

特に、統計学的データを集積しやすいアーロン・ベックらを嚆矢とする認知療法の隆盛と共に、心理臨床分野でもエビデンスが重視されることが多くなりました。
各種の応用心理学は、科学と非科学の中間領域にあって、アカデミズム内部では数理学的素養や操作をあまり重視しない文系領域と見なされやすい傾向がありました。

臨床的アプローチが科学領域に含まれ難かった背景には、技法の効果測定や統計学的検証といった科学的根拠よりも哲学的説明や言語的説得性を重視してきた精神分析の伝統も大きく関係していますし、心理臨床が対象とする心理的問題の範疇があまりに広大であることも影響しているでしょう。

また、問題点が明確な主訴や特定が可能な症状を持っている事例でなければ、通常、心理学的アプローチの効果を科学的に測定することが困難であるという障害もあります。
パニック障害や強迫性障害、社会不安障害、摂食障害、嗜癖、心因性の身体症状など病態の変化を継時的に負いやすい精神疾患でなければ、信頼性と妥当性の高い心理療法のエビデンスを得ることは難しいのではないかと思います。

エビデンス・ベースドな臨床心理学の研究実践に高い価値と将来の可能性を見出している心理学者や臨床家の多くは、『科学者―実践家モデル(scientist-practitioner model)』を前提として臨床活動や研究調査を行っていると考えられます。
そして、アメリカの心理臨床の発展を見てみると、『科学者―実践家モデル(scientist-practitioner model)』は、臨床心理学的アプローチを医学的アプローチに近似した専門性と社会的評価の高い学問にしたいとする願望と無関係ではありません。

科学であるか擬似科学であるか非科学であるかという差異には、絶対的な優劣の価値判断はありませんが、一般的に科学的な理論・技術はそうでないものよりも、価値(信頼性・有効性・効率性)が高いと評価されやすい傾向があります。

この『自然科学の権威性』は、健康食品やサプリメント、ダイエットビジネスなどを中心に色々なビジネスに応用されていますが、いい加減な科学的根拠や医学博士など学位所有者の名義貸しが問題になることもあります。
例えば、ダイエットや健康・美容の増進を目的とするサプリメントの効果についても、その根拠に科学的根拠がないというよりも、科学的根拠があるとしたほうが売り上げが上がる可能性が有意に高くなるでしょう。

科学性とは何かについては多義的な解答が考えられますし、一般社会では、自然科学的研究法の定義や条件などにあまり関心がないのが普通ですから、科学的根拠があるように広告宣伝を工夫するといった手法が採用されやすくなります。

多くの業者は、厳密な科学的研究や統計学的処理を行うことはなく、その分野の専門家の推薦文(解説)や利用者の成功例の体験談を載せることになります。
医学や栄養学の権威者の解説とおおまかな作用メカニズムを示す図説を付けたり、少数のサンプリングの肯定的な結果を掲載することによって、科学的根拠の外観を保つことが出来るからです。

それらの商品の購入者は、『多分、厳密な科学的研究に基づく根拠ではないだろうな』と薄々気づいてはいるでしょうが、それでもやはり、科学的な裏づけがあるといった認知は、プラセボ(偽薬)効果をもたらしたり心理的な説得力につながったりしやすいものです。

『この結果には、統計データによる根拠がある』というのは様々な分野の商品やビジネスで言われることですが、統計学的な根拠というのは、データやサンプル(標本)の恣意的操作が比較的簡単に行えますので、科学的根拠としては余り決定的なものではありません。

高校時代に学習する基礎的な統計学でも分かるように、統計データは、確率論的に偶然変数の生起を推測したり、分布のばらつきを確認したりするものですが、『薬品・食品・商品を利用したことによる効果』を統計学的に検証するのは、意外に面倒で時間と手間がかかります。

当然ながら、10人に試供品を利用させて何人に効果が現れたかのデータを取るといったようなやり方では科学的な根拠を十分に検証することは出来ません。
科学的根拠としてのエビデンスにも、その重要度や信頼性には階層的なレベルがあり、例えばアメリカの健康政策指標では以下のようなレベル(T〜Wに下るにつれて信頼性や確実性が下がる)があります。



Ta……サンプルの無作為抽出と比較対照試験を実施して、更に複数の比較対照試験の結果を統合的に分析するメタアナリシスを行ったエビデンス。形式化された定量的な研究法で、対照群を用いた複数の実験結果を分析したもの。

Tb……最低でも1つの無作為抽出されたサンプルによる比較対照試験を行ったエビデンス。

Ua……最低でも1つの比較対照研究の結果を踏まえたエビデンス。無作為抽出の有無は問わない。

Ub……最低でも1つの効果測定が計画された準実験的研究の結果を踏まえたエビデンス。実験群と対照群との比較試験の有無を問わない。

V……複数の事例を質的に検討する比較研究・相関研究といった効果測定が計画された非実験的な質的研究を踏まえたエビデンス。定量的なデータの取り扱いを問わない。

W……その研究分野の権威者や代表機関による見解や主張によるエビデンス。



特に、薬理作用の効果に関する統計学的な信頼性や確実性を高める為には、プラセボ二重盲検比較臨床検査の手法を採用して、メタアナリシスを行うことが望ましいとされています。大抵の市場経済の商品に関する科学性は、WやVのレベルのエビデンスが多いということになるでしょう。

比較対照試験では、実験群対象群の2群を用いて統計学的な有意性を検証しますが、その統計学的なエビデンスの信頼性を高める為には、サンプリングの段階で無作為化や盲検化を行います。
ただ、比較試験において、2つの群の差が有意なのか偶然なのかを判断する為に用いられる有意水準の値が、何故、p=0.05,p=0.01であるのかという根拠は直感的で曖昧であるという指摘もあります。

有意水準とは、帰無仮説が正しいと仮定した場合に、偶然起こるかもしれない確率のことです。帰無仮説とは、正当性を証明しようと思っている対立仮説を棄却する内容の仮説のことであり、その帰無仮説が起こる確率が「有意水準(危険率)」よりも低ければ「偶然の出来事」として処理されます。

反対に、帰無仮説が5%以上の確率で生起するのであれば、支持しようとしている対立仮説が間違っている可能性が考えられます。帰無仮説が正しいのに誤って帰無仮説を否定する可能性は絶えずあり、このことを『第一種の過誤(タイプIエラー)』と呼びます。
反対に、サンプリングの異常な偏りや統計処理のミスなどによって、帰無仮説が間違っているのに統計学的有意性が確認できずに対立仮設を棄却してしまうこともあります。これを『第二種の過誤(タイプUエラー)』と呼びます。

このように、統計学的根拠には、偶然事象の有意性を判定する一定の機能はありますが、基本的に確率論的な確からしさを示すに留まります。また、偶然発生する過誤を示す有意水準に関しては、研究者の直感や経験といった主観的要素が介在する可能性があります。とはいえ、大抵の人は慣習的に使われている5%を有意水準(危険率)として採用することになるとは思いますが。

「ある出来事が偶然に起きただけではない」とする有意性を示す統計の話が長くなりましたが、医学と心理学領域におけるエビデンス重視の流れと影響の話に戻ります。

EBMの理念や技術の応用は、医学領域に類する精神障害に対する心理療法には行いやすいのですが、『私が話したいと思う内容を、専門知識や相性の良い人間性を持った人に適切な態度で聴いて欲しい』といった対人援助のカウンセリングにはなかなか応用し難いという問題があります。
臨床活動を行う専門家の視点から考えるとEBMのような標準的治療法の確立は、時間と労力の合理的効率化につながりますので、一日に数十人以上の単位でクライエント(患者)を受け持つ人であればエビデンスのある標準的治療法を実施したいと考えるでしょう。
精神科医療の標準療法であるEBMの薬物療法は、一人一人の訴えを長時間聴き続ける時間と労力を効率化することで、数多くの患者と向き合うことを可能とします。

心理臨床でもエビデンスを重要視していくと、治療効果の低い技法が淘汰されていき構造化面接としての標準療法が確立される流れが出てきますが、個別的ニーズへの対応といった側面は弱くなっていくでしょう。
エビデンスを重視することによって得られるメリットというのは、臨床家が改善効果の高い標準的療法を適用できること、クライエントの有益性や安全性を高められることですが、それ以外にも社会資源の節約といった恩恵があります。

心理臨床の場合の社会資源の節約は、主に人的資源(時間・労力)の節約だけですが、医療分野の社会資源(医療資源)の節約には、医療関係者の人件費の節減だけではなく製薬会社の薬剤開発・検査の効率化も関係してくるので、大きな経済効果につながることもあります。
当然、有効性や信頼性のエビデンスが乏しい治療や投薬、必要性の薄い医学検査を行う頻度も低下してきますから、その点においても、EBMの浸透によって医療資源の節約が図られ、公的な医療保険制度の支出が抑制されることが期待できます。






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