『認知・気分・行動・環境・生理』の相互作用を前提とする認知療法

過去の記事で、『スキーマの主体的な変容の可能性』をジャン・ピアジェの構造主義や思考の発達論を元に書いたので、今回は認知療法の基礎と具体的な進行過程について書いてみようと思います。

個別の認知理論や操作的な概念についてはまた時間を見つけて紹介したいと思いますが、実践的な認知療法を用いたカウンセリングでは理論的な内容そのものを詳しく学ぶ意義がないわけではありませんが、セルフモニタリングや問題対処のスキル獲得、肯定的な認知傾向の習得などに力を注いだほうがより効果的でしょう。
認知行動療法の最大の長所は、『常識的な理解のしやすさ』と『自己学習の効果の大きさ』、『カウンセリング効果の評価の容易さ』『努力や継続が実際的な改善に結びつき易いこと』であると言えますので、どちらかといえば毎日コツコツと継続する事に意義を見出しやすい人に向いているといえます。

ただ、「短期的な効果の発現」という観点では、精神分析療法よりも短期の効果が見込めますし、支持的療法よりも具体的な問題に特化した効果が認められるので、誰もが一度は試行してみる価値があります。
イメージや催眠、内観、自律訓練法を用いたカウンセリングは、確かに症状軽減の効果が即時的に現れることがありますが、意識して直接的な問題解決を行っているわけではないので、根本療法としての持続的効果はなかなか期待できません。
表現療法(芸術療法・描画療法)などの創作物や表現活動を通してカタルシス効果を得ようとする技法も言語的コミュニケーションが苦手な人には高い有効性がありますが、基本的には中心的技法の補助として用いられることが多いものです。


実際のカウンセリング場面で認知療法を行う場合には、認知療法がクライエントの心理的問題や症状に有効であるか否かをまず判断します。精神病理学や心理アセスメントの知識や技術を基にして、クライエントの抱えている心理的問題や精神症状を適切に概念化していけば、より的確に認知療法を適用することができます。認知療法を実施する前段階で、まず、カウンセラーはクライエントの問題を分類整理して適切な概念化を行うと同時に、クライエントに対してワークシート(簡易な記録表)に記入することの意義を分かりやすく説明するカウンセリングを行っていきます。

この認知療法の説明とワークシート記入の学習を兼ねたカウンセリングを行うことで、認知療法に対する動機付けを十分に高めることができますし、効果的なワークシートの利用法を学ぶ事によって認知療法をスムーズに進めていくための準備を整えることができるのです。ワークシートへの記入方法はそれほど難しいものではありませんが、『自動思考・推論の誤謬(仮定の誤謬)・認知の歪み・合理的思考(適応的思考)・スケール・スキーマ(コアビリーフ)』といった認知療法特有の概念について学ばなければなりません。

それらの概念全てを理解しなければならないというわけではなく、カウンセラーが採用するワークシートの項目にある3~4個程度の概念だけを理解すれば良いので、誰でも比較的短時間でその概念についての学習を終えることが出来ます。認知療法のカウンセリングを行う場合に用いる一般的概念には、『自動思考・認知の歪み・適応的思考・気分や感情のスケール(%で表す気分の程度)』などがあります。言葉だけを見るとやや難しい印象がありますが、説明を聞けばどれも簡単にその内容を理解できる概念ばかりなので、「短時間の説明と学習」で誰でも効果的な認知療法を受けることができます。

認知の歪みを変容させることによってカウンセリング効果を得ようとする認知療法、あるいは、不適応な行動の変容を中心とする実践的な認知行動療法の最大の特長は、『客観的な治療目標の設定による計画性とカウンセリング計画に沿った能動的なアプローチ』であり、その基盤にあるのは『積極的な学習活動とセルフモニタリングに拠るワークシートの利用』なのです。ワークシートを効果的かつ習慣的に記述して使いこなすことが出来るようになって初めて、認知療法の気分改善や意欲増進の効果を十分に発揮することができるようになります。

認知療法では、特定の出来事や生活状況の後に起こってくる「不快な気分や感情」を同定する練習をまず行います。ある状況や行動のもとで自然に湧き上がって来る思考のことを『自動思考』といいますが、気分や感情と一緒に自動思考もワークシートに記録していきます。定期的にワークシートの記述を行っていく中で、自動思考と気分・感情の相関関係を理解していきます。自己批判的で悲観的な内容を含む自動思考の背景には、類型化された『認知の歪み』が存在しています。

『認知の歪み』とは、抑うつ気分や絶望感、意欲の減退といった精神症状を生み出す原因となる『非現実的で不合理な歪んだ物事の見方・解釈』のことです。私たちの気分の落ち込みや憂鬱感、無力感の原因には、物事を悲観的で悪い方向へと歪んで認識しようとする『認知の歪み(自己否定的なスキーマ)』が深く関与していると考えられます。そのため、認知療法ではセルフモニタリング(自己観察)を丁寧に行い、自分を絶望的な気分に追い込んでしまう『認知の歪み』を特定して理解することが大切になってきます。

認知の歪みについて正確で詳細な理解を得たい場合には、デビッド・D・バーンズが類型化した10種類の認知の歪みの概念を参考にすると良いと思います。市販されている書籍としては、“いやな気分よ さようなら ,デビッド・D・バーンズ著, 星和書店”が認知療法の参考書としては質・量共に最適であり、認知療法に関する専門知識が全くない人でも興味深く読み進めることが出来る内容になっています。

『気分感情のスケール(程度)・自動思考・認知の歪み』を特定することが出来るようになったら、それらを論理的に反駁し現実的に反証していく『合理的思考・適応的認知』を考えて書き込んでいきます。認知療法のカウンセリングでは『自分で考える作業・対話する行為』を通して、『自分の気分・感情・行動の問題』に焦点を合わせることがまず第一の作業となります。自分の問題が具体的に特定されてきたところで、効果的な問題解決法の試行を行い、実際的な心理スキルを習得していくことになります。

ワークシートに記録する作業による『気分・感情の明確化』『適応的な思考・認知の具体化』が認知療法の作用機序の要になります。認知療法の効果発現の基本は、カウンセラーとクライエントの治療同盟に基づく共同作業にありますが、知的理解の部分で忘れてはならないのは『認知思考・気分感情・行動・身体生理・生活環境の相互作用』です。

人間は物事をどう認知して考えるかによって生起する気分や感情が変わってきますし、反対に、気分が落ち込んでいる時には思考が消極的になりやすくなります。認知(物事をどのように解釈するか)が気分(抑うつ感や高揚感)を作り出し、気分の変化が認知の傾向を左右するというように、認知(思考)と気分(感情)は相互的な影響を与え合っています。また、身体の調子や生理学的な異常によっても気分や感情は大きく変化しますが、発熱や腹痛のある時には明るく楽しい事柄を考えることが難しいですよね。

身体の健康状態の悪化によって、何かをしようという意欲が低下したり気分が暗く落ち込んだりする経験を多くの人がしたことがあると思います。『健全な肉体に健康な精神が宿る』という格言は、認知療法の心身一如の人間観を良く言い表していますが、身体と精神は相互に深い関係を持っていて片方だけを健康にする努力をしても上手くバランスを取ることができません。不快な相手と一緒に過ごす状況や過重な負担を感じるような職場環境は、有害な外的刺激として強い精神的ストレスとなるだけでなく、悲観的認知や消極的行動を生み出す原因となりますので、心身の健康管理をしっかりと行っていく為には、生活環境を調整していくことも大切になってきます。

認知療法の前提とする理想的な人間観は心身一如の人間観であり、『認知・気分・行動・身体・環境のバランスの重要性』を理解した上で認知療法を実施していかなければうつ病や不安障害の精神症状を効果的に改善していくことが難しくなります。それらのことから認知療法の要諦は、『クライエントが自分自身の“認知・気分・行動のパターンと環境・身体の状態”を同定してその程度を評価するセルフモニタリングのスキルを習得すること』にあるといえます。古代ギリシアにあったデルフォイのアポロン神殿に掲げられたアフォリズム(格言)とは意味合いが異なりますが『汝自身を知れ』というのは、カウンセリング技法としての認知療法のみならず心身の健康増進法全般に当て嵌まることなのです。

自分自身の認知を自己肯定的な方向へと変容させることで、気分の上昇や感情の改善の可能性が高まり、生活環境をより快適で楽しいものへと変えるモチベーションも高まります。更に、心理的な葛藤や不快を抱き易い人間関係を円滑なものに変えるコミュニケーションを工夫してみたり、人間づきあいで感じる精神的ストレスを減らすための対人スキルも高めていくことができます。

認知療法では、『問題解決へとつながっていく認知・思考の変容』を臨床場面や面接構造の中で最も重視しますが、認知・思考の階層的概念として3つの概念を取り扱うことが多くなります。その階層性のある3つの概念は、カウンセラーによって名称が異なることがありますが、一般的には『自動思考・推論の誤謬・認知の歪み・スキーマ』といった概念を用います。最も表層的で意識しやすく特定しやすいものが、『自動思考(automatic thought)』であり、自動思考からどのような気分・感情が生じるのかを内省していく過程で気付く事ができるのが『推論の誤謬(否定的な仮定)』です。『認知の歪み』とは、上で述べたように推論の誤謬の根拠を幾つかの「認知・思考の歪みのパターン」に分類して類型化したものです。

『スキーマ(schema)』という概念は、コンピューターやプログラムの分野では論理構造や物理構造の形式・仕様といった意味で使われますが、心理学や心理療法の分野におけるスキーマは『人間の認知機能(情報処理過程)の根底にある理論的枠組み』といった意味合いで使用されます。スキーマとは、生まれてから今までの人生で経験した出来事や習得した知識や記憶によって無意識的に形成された『認知的枠組み』のことであり、スキーマそのものを明確に意識したり、強引に変容させることは困難です。

スキーマは、個人が持っている固定的な信念や価値判断の傾向と言い換えることもできますが、ある事象やコミュニケーションをどのように認知するのかという基本的な方向性を規定していく働きをします。他者の好意や愛情を信頼することの出来ないスキーマを持っていれば、相手が親切な言葉を掛けてくれて自分を支援してくれてもなかなか相手を信用することが出来ないといった状況が起こります。スキーマは『物事をどう認識するのかといった基本的な理論的枠組み』であり、表面的な思考や解釈を強く左右する「絶対的な中核的信念」の働きをします。

前述したクライアントの動機付けの必要性は、どのカウンセリング技法(心理療法)にも言えるのですが、特に『自発的なワークシートの記述の習慣化』によってカウンセリング効果を得る部分の大きい認知療法の場合には『ワークシートを書こうとする動機付け』を面接の初期にしっかりと行っていかなければなりません。

ワークシート記入の動機付けと行動的技法である『アクションプラン(行動計画法)』の有効性などについて、もう少し内容を加筆します。




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