カウンセリング理論(心理療法理論)の実践と異常心理学(精神病理学)の発展の相補性

精神医学には、精神病理の病態を研究対象として、診断基準や治療法を考える“精神病理学”がありますが、臨床心理学の領域で、精神病理学に相当するものとして“異常心理学”があります。
ここでは、過去の記事で何度か書いた『正常と異常の区別の倫理的問題』『近代社会の差別構造』などには触れずに、精神の病理や心理の問題を研究する事の意義や目的について述べ、異常心理学と心理アセスメントとの関係などについて考えていきたいと思います。

異常心理学とは、心理的な問題全般を分類整理し、問題の種類や性質を測定して適切な対処法を提示する学問分野です。
それと同時に、効果的な心理学的介入を可能とする為に、心理的問題や病理の原因を探究し、心理的問題の形成過程や心理メカニズムを明らかにすることを目的とします。

異常心理学の研究対象と目的・意義をまとめると以下のようになります。



1.心理的問題の現象学的記述……心理的な問題・困難・病理を客観的に観察して記述し、分類し、共通した特徴を抽出して類型化する。

2.心理的問題の発生メカニズム(発症機序)の解明……心理的な問題がどのような原因や事態によって発生したのかを解明する。

3.心理的問題の維持メカニズムの解明……心理的な問題や症状が、どのような要因や状況によって長期化し慢性化するのかを研究する。

4.心理的問題の経過・転帰・予後の予測……心理的な問題や病理が、どのような経過を辿って、『軽快・治癒・悪化・慢性化』などの予後を取るのかの予測を可能にする。

5.心理的問題の予防と予測……精神障害や心理的問題の疫学的調査や事例研究を行い、どのような状況や要因によってその問題が発生しやすいのかを予測し、事前に予防できるような対抗策を考える。

6.心理療法やカウンセリングの適応……どの心理的問題に対してどの心理療法やカウンセリング技法がより効果的なのかを実証的に研究する事で、より妥当な根拠のあるカウンセリングを行う。

7.心理療法やカウンセリングの効果測定と問題の変容過程の把握……カウンセリングを実行することによって、問題状況はどのように変化し、心理状態や性格傾向はどのように適応的な変容をしていくのかを把握する。

8.新しい心理療法や有効な心理アセスメントの研究開発……心理的援助や技法を実践することによって、どのような心理的問題や主観的心理状態の変化が起こるのかを明らかにし、今までの方法よりも有効で実践的な新しい技法を開発する。



異常心理学の最大の研究目的は、『クライアントの問題解決を促進する理論基盤を構築すること=クライアントの利益の実現となる効果的な援助プラン作成』であり、精神医学の基本的な人間観である『精神の健康と精神の病理』という二分法の人間観を超えた『臨床的用途に耐える総合的な柔軟性のある人間観』をつくりあげることにあります。

カウンセリングあるいは心理療法は、クライアントの利益となる心理学的な援助や支持を与えることを目的としますが、精神病理学の心理学版ともいえる異常心理学は、クライアントの抱えている心理的な苦悩や問題を客観的に把握する事に役立ち、極端な主観的判断や独善的分析を抑止する働きも持ちます。

異常心理学を、個人の心理的問題の断定的なラベリングとして利用するようなカウンセラーや臨床心理士は論外であり偏見や誤解を助長する恐れさえありますが、異常心理学の客観性の高い知見を活かして、クライアントの心理的問題を類型的に把握し有効な技法や適切な介入方法を選択する際の参考にすることによって、より効果的なカウンセリングを行う事ができるようになります。
何より、その場その場で0からクライアントの人間性や心理的問題の全てを理解しようとする事は不可能ですし、問題の経過や病態の予後を予測する為には過去の事例研究(ケースワーク)から帰納された参照理論が必要となります。

とはいえ、臨機応変な臨床的対応と固定観念に縛られない人間理解もカウンセリングには欠かせませんので、現在主流の一般理論や普及した知識に教条的に従うような融通の利かないカウンセリングにも大きな問題があります。
構造化面接の場合には、事前に決められた手順と形式に従って面接が進められていくのでカウンセラーや医師の個人的裁量や主観的判断が働く余地は殆どありませんが、半構造化面接や非構造化面接の場合には、クライアントと作業同盟を結びながら、カウンセラーの人間性や人生経験に基づく自由な発想と創意を活かした心理的問題の解決に資する面接(セッション)を作り上げていく必要があるでしょう。

精神病理学(異常心理学)は、歴史的にも心理療法と密接な結びつきがあり、フロイトがO・アンナ嬢やエリザベス、ネズミ男といった神経症の症例研究を蓄積して、神経症の精神病理学(症状形成メカニズム・自由連想法・夢分析といった治療法・精神発達論に基づく病因論)を確立したように、心理療法の臨床実践に付随する形で、精神病理学(異常心理学)も進展していくという流れがあります。

心理療法やカウンセリング理論には、膨大な数の学派や技法が存在していますが、主要な心理療法理論には必ず独自の精神病理学があります。
代表的な心理療法と精神病理学の関係は、以下のようなものになります。



精神分析療法の精神病理学……『リビドーの精神発達理論に基づく発達の障害(固着)と退行』『エス・自我・超自我の葛藤と本能的欲望や情動の過度の抑圧』

行動療法の精神病理学……『生活環境(社会環境)に不適応な行動や認知が間違って学習されてしまったとする行動病理学』

クライアント中心療法(来談者中心療法)の精神病理学……『現実自我と理想自我が大きく乖離してしまい、自己の成長可能性が障害され、自己の体験や感情が歪曲されているとする自己理論に基づく病理学』

認知療法の精神病理学……『アーロン・ベックの抑うつスキーマ理論に基づき、抑うつ感や憂鬱感をもたらす“自動思考・推論の誤り・認知の歪み”をうつ病の原因として重視する認知病理学』

生物学的実証主義を前提とする精神医学の精神病理学……『主観的な推測による病因論を排除した客観的に観察可能な症状のみを記述する記述精神病理学』『脳内の情報伝達過程の障害・脳の器質的損傷や脳内化学物質の過剰・不足などを精神疾患の根本原因と考える生物学的病理学』


異常心理学(精神病理学)には、様々な学問分野や学派があり、その内容には多様性と理論的対立がありますが、『客観的な症状記述・病理メカニズムの解明・心理的問題の原因の探求』の研究内容を統合的に充実させる事が望まれます。
また、理論範囲の拡大や知識内容の洗練といった知的研究活動のみに没頭するのではなく、クライアントの回復に役立てていく“臨床的応用”が最も重要な目的となります。

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