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マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評6:サンデルの思想と現代の共同体の連帯
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2011/08/23 15:54 |
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評5:ロールズの平等主義の正義とテロス
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2011/08/21 00:43 |
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評4:カントの定言命法とロールズの正義論
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2011/08/21 00:41 |
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評3:徴兵制と志願兵制(労働市場)の倫理学
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2011/08/19 12:57 |
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評2:ベンサムの功利主義とミルの自由主義
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2011/08/17 14:09 |
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評1:対話型講義と現代社会を動かす原理
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2011/08/17 13:58 |
“ふつうの幸せ”が手に入りにくい心理的ハードルと社会経済的要因:香山リカ『しがみつかない生き方』
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2010/07/19 05:10 |
人間の牧畜・肉食は倫理的に好ましくないのか?アニマルライツの考え方と苦痛や死を隠蔽する文明社会
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2010/05/25 00:48 |
“人間の知能・感情”と“動物の知能・感情”のアナロジーが生む生命倫理(権利意識)の感覚
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2010/03/25 13:51 |
アニマル・ライツ(動物の権利)と人間の倫理感覚3:文明社会における“死・苦痛のリアルの隠蔽”
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2010/02/03 10:06 |
アニマル・ライツ(動物の権利)と人間の倫理感覚2:人間中心の世界認識を生む“人間原理”
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2010/01/31 14:04 |
アニマル・ライツ(動物の権利)と人間の倫理感覚1:ペットによる癒しを得る飼い主の責任
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2010/01/31 14:00 |
男性原理と女性原理が拮抗する“過渡期”としての現代:個人を制約する規範としての“性・家”と“貨幣”
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2009/12/23 00:30 |
絶対精神の個別的・歴史的な展開を予測したヘーゲルの『精神現象学』と現代における自己意識の強化
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2009/12/17 15:32 |
“宗教規範・家父長制・性のダブルスタンダード”で規制されていた女性の身体の解放と性道徳の変質
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2009/12/08 16:30 |
近代社会の成熟と“女性の時代”の到来:“個人”の増加による“社会・宗教・性の規制力”の低下
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2009/12/05 03:10 |
慈恵病院の“赤ちゃんポスト”の検証結果と匿名の相談体制についての雑感:子どもの福祉と大人の倫理
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2009/12/01 02:55 |
戦争を巡る価値観と原始的な脳・理性的な脳2:集団と自己を区別できる“個人”の特殊性と経済発展
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2009/11/26 05:36 |
34歳女性の婚活サイトを悪用した結婚詐欺についての考察3:虚構のセレブ生活と歪められた承認欲求
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2009/11/03 21:06 |
34歳女性の婚活サイトを悪用した結婚詐欺についての考察2:結婚詐欺の心理とバランス理論
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2009/11/03 21:02 |
34歳女性の婚活サイトを悪用した結婚詐欺についての考察1:事件報道の概略と自殺偽装の嫌疑
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2009/11/03 20:53 |
小中学校における『心のノート』の廃止と学校での道徳教育・人権教育のあり方について
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2009/10/06 21:42 |
近代社会における国民の“強制的服従”と“自発的服従”の原理2:近代市民社会とマルクスの思想
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2009/09/04 19:27 |
近代社会における国民の“強制的服従”と“自発的服従”の原理1:国民の帰属とエージェントの国家
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2009/09/01 11:53 |
“歴史の終焉・共同体の衰退”を予感させる近代社会の閉塞感と自由の原理を使いこなす難しさ
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2009/08/24 08:13 |
『国家と戦争・権力と自由・集団と個人』の歴史的推移とトマス・ホッブズのリヴァイアサンによる政治秩序
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2009/08/18 04:40 |
『哲学』と『宗教』の違いとは何か?:マルクス主義の挫折と『近代』という思想哲学の到達点
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2009/08/06 09:35 |
反社会的な性嗜好を含むゲームの自主規制と“表現の自由・営業活動の自由”についての雑感
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2009/06/09 15:29 |
“名古屋・闇サイト事件”の判決から考えたこと:償いようがない罪の重さと罪の意識の欠如の間にある落差
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2009/03/22 03:17 |
ルネ・デカルトの近代的自我の発見と“私(自我)”の精神の限界:自己と社会(他者)の相互作用の視点
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2009/03/12 21:18 |
“生きる意味”がないと判断する人間理性の問題点と“世俗の雑事・所用”を煩わしく感じる遁世・脱俗の欲求
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2009/03/02 12:48 |
電車・バスの中における携帯電話の通話はどうして迷惑に感じるのか?儀礼的無関心とマナー違反
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2009/02/20 21:02 |
なぜ人は“性”と“金銭”に対して特別な『両価性(尊重・侮蔑)』を感じるのか?銭ゲバと売買春の道徳判断
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2009/02/15 22:28 |
景気悪化・雇用調整による自殺リスクの問題:自殺予防対策につながる社会の相互扶助と他者への共感性
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2009/02/12 14:27 |
ビジネス化・マニュアル化されたサービスの気楽さと『他者の贈与』を受け取ることで得られる人間関係の喜び
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2009/02/04 06:42 |
『他人に何かをして貰うこと(贈与−返報)』の負債感の増大と経済取引に求められるサービス・人間関係の質
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2009/02/04 06:26 |
近代社会(資本主義社会)における非生産的な『高貴性』と『聖性』の消滅:無欲・貧困の怠惰への転落
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2009/01/29 06:45 |
近代産業社会の労働道徳と『脱俗の聖域・無欲の聖性』を生み出した前近代的な宗教(仏教)の禁欲道徳
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2009/01/29 06:35 |
資本主義(自由主義経済)と社会主義における労働観と『努力−結果』の因果応報を求める規範意識
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2009/01/17 11:56 |
新自由主義の自己責任原理と「派遣村」の支援に対する批判について:失業・貧困の原因帰属の心理
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2009/01/14 03:53 |
『公共の場では静かにすべき』というマナーが持つ現代的意義:他人に注意すること・他人から注意されること
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2008/11/17 20:40 |
近代的な労働規範・社会保障制度とホームレスやニートに対する排除意識の問題:ファシズムと民主主義
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2008/09/12 09:29 |
豊臣秀吉の“刀狩(兵農分離)”と室町期の農民・国人の軍事力:武断主義と文治主義の交替史の終焉
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2008/07/14 08:03 |
東京都江東区潮見のマンションで起きた隣人による殺害事件:特異な反社会的人格と都会のマンションの盲点
東京都江東区潮見に立つマンションの最上階(9階)の一室から、僅かな血痕とピアスを残して忽然と23歳の女性が消えた事件は、当初から非常に奇異な印象を受ける事件で気になってはいました。行方不明になっていた23歳の女性は広告会社勤務の派遣社員・東城瑠理香さんであると発表されましたが、事件は予想される幾つかの蓋然性の中で最悪の展開へと進んでしまいました。日々の時間と出来事が絶え間なく流れていく中で、江東区潮見のマンションの失踪事件をほとんど意識することもなくなっていたのですが、東城さんが4月18日の午後... ...続きを見る |
2008/05/27 08:25 |
死刑存置論と死刑廃止論が仮定する人間観と自由意志の強度:自律的な倫理主体としての人間と環境
刑事裁判が国民感情と応報原理の正義に偏り過ぎると、加害者にとっても被害者にとっても『事件に対する世間の関心の強さ・被害者の人間関係が持つ物語性=共感可能な属性の多さ』によって、裁判の公正性・量刑水準の妥当性が損なわれる可能性がある。個人的復讐の国家による代理執行をどう価値判断すべきなのかは難しい問題だが、『応報刑としての死刑』を肯定するということは、復讐原理と社会正義とを同一視するような世界観を持つことを意味する。現代日本における死刑は法理的には『被害者の代理復讐』ではなく『社会防衛的な排除』だ... ...続きを見る |
2008/04/25 08:12 |
山口県光市母子殺害事件の死刑判決・“当事者の応報原理”と“社会的な秩序維持”を代理する死刑制度の考察
1999年の山口県光市母子殺害事件の被告に対して広島高裁の差し戻し控訴審で『死刑判決』が出されたが、前回の最高裁審理における差し戻しの理由が『特に酌むべき事情がない限り、死刑を選択するほかない』とするものだったので今回の判決は十分に予測されたものであった。現行の刑法規定のみから考えると18歳以上の殺人犯には死刑が科されてもおかしくはないが、日本の判例から考えると20歳未満の少年が起こした被害者二人の殺人事件としては異例の判決であるとされる。犯行当時18歳になったばかりの少年だった被告(27)は、... ...続きを見る |
2008/04/25 07:23 |
漫画やゲームに登場する“創作上の人物”に対する表現規制の問題:『表現の自由』と『メディア学習』
あらゆる情報(コンテンツ)を容易に複製・頒布・共有できるインターネットの普及に伴って、音楽や映像作品などの『著作権の問題』が取り上げられる機会が増えましたが、ここ最近は、インターネットを含む各種メディアを介在した『有害情報の規制』に関連する政治的議論が活発になっているようです。有害情報とは何かを一義的に定義することは出来ませんが、多くの人にとって有害情報は『性的指向・性的嗜好(セクシュアリティ)』と深い関連を持っています。青少年の健全育成にとって有害な情報という時、私たちの脳裏に反射的にイメージ... ...続きを見る |
2008/03/17 21:57 |
日本社会の治安の安定を示す統計データと“治安悪化・将来不安・他者不信”を感じる主観的な心
『平成19年(2007)の殺人発生数は戦後最低』という記事によると、去年2007年は戦後で最も殺人発生数(1199件)が少ない年だったようで、日本は一億人を超える人口数から考えると世界的に見ても極めて安全な治安状況を実現していると言える。凶悪な少年犯罪や子どもに対する犯罪も昭和40年代前半をピークに実際には減り続けていて、昭和60年代頃からは大方横ばいになっている。あらゆる犯罪を完全にゼロにすることが出来ない以上、過去と比較して改善傾向にある現在の治安水準が危機的な状況であるとは言えないが、一般... ...続きを見る |
2008/02/12 17:34 |
代理出産(代理母)の法規制と倫理性についての論点・総務省による携帯フィルタリングの過剰規制の見直し
■代理出産(代理母)の法規制についての論点 ...続きを見る |
2008/02/01 15:16 |
民主党の違法サイト規制案とインターネット上の未成年の保護政策についての雑感:2
前回取り上げた民主党の違法サイトの規制案に関しては、一般的な言論・表現の自由の侵害とは余り関係ないと思いますが、PDFファイルと報道のニュアンスが微妙に違うので実際の運用は分からないところがあります。法案の主眼は、反社会的な表現をしてはいけないとか有害情報を強制削除するとかいうことではなく、異性紹介業を営むサイト(出会い系)や有害性の強いサイトに未成年をアクセスさせないことにあるという風に読めるのですが、未成年に直接的な生命の危険が及ぶ恐れのあるサイトということでは明文化されていないものの自殺サ... ...続きを見る |
2008/01/09 15:40 |
民主党の違法サイト規制案とインターネット上の未成年の保護政策についての雑感:1
価値観の年代による変遷の話の続きになりますが、子どもが何に時間を費やしていてどういった影響を受けているのかは、絶えず世論の関心となり有力な規制の根拠になったりもしますが、最近では子どもに有害情報にアクセスさせないために『未成年が持つ携帯電話のフィルタリングが原則義務化される』などの政治の動きがありました。ゲームやケータイ、パソコン、インターネットなどの娯楽機器・情報通信機器に関しての現代社会における批判の論点は無数にあり、その全てを議論することが難しいほどになっていますが、特に子どもの日常生活の... ...続きを見る |
2008/01/06 20:11 |
宮崎県の東国原知事の『徴農(徴兵)発言』と現代の自由社会における道徳教育の原則論
宮崎県の東国原英夫知事が、若者の規律訓練を目的とする『徴兵制』の復活を肯定するような発言をして、その後、戦争と関連する徴兵制ではなく強制参加を前提とする『徴農制』の導入が必要ではないかという意見に変更して話題となっているようです。自由主義国家で徴兵制(徴農制)を議論することは法原則的にはナンセンスだと思いますが、政治思想や法哲学の原理原則はともかくとして、徴兵制(徴農制)のような行動の強制が、『最近の若者の根性を叩き直せ』というポピュリズムの後押しを受けて実現する可能性は皆無とは言えません。そこ... ...続きを見る |
2007/11/30 09:36 |
“ハレのウェブの認知”が引き起こす心理的な解放感と反社会的な危険性:ウェブ社会の暗部の回避
前回の記事の最後でウェブの長短について書きましたが、良くも悪くも、ウェブ世界は現実世界を反転させた鏡像であると考えることができます。それは、現実にもウェブにも『善人・悪人・一般人・強者・弱者・知者・愚者がそれなりの比率』で分布しているという認識であり、『ハレ(非日常)とケ(日常)の雰囲気』が私たちの精神に何らかの影響を与えるという確率論的な予測です。 ...続きを見る |
2007/08/30 00:10 |
孟子の“四端説”と自己の価値を貶めて他者を傷つける“自暴自棄(投げやり)”の抑制
『孟子』は、道徳規範を理解できる理性を有する人間と動物(禽獣)との違いとして徳性の原点である『四端(したん)』を挙げ、『惻隠(仁)・羞悪(義)・辞譲(礼)・是非(智)』の四端を持ちながらそれを無視する人間は、人間としての自分の価値を捨て去ろうとしているに等しいと説いた。 ...続きを見る |
2007/05/24 14:13 |
『孟子』の性善説に基づく徳治主義と混迷する現代社会の道徳教育:2
孔子や孟子が語る徳治主義(性善説)による王道政治などは絵空事の理想論に過ぎないというのは、確かにその通りであるが、弱肉強食の論理が当然のように罷り通っていた戦国時代に徳治主義を説いたことに孔子・孟子の面目躍如があるのではないだろうか。現代日本でもここ数年、強者が弱者を利用したり見捨てたりすることが当然であるかのような行き過ぎた自由主義の価値観が瀰漫(びまん)しつつあり、『正直者が馬鹿を見る・力のない正義は無力である』といった仁義・礼節・勇気を無効化する言説に説得力が生まれてしまっている。『寄らば... ...続きを見る |
2007/05/22 13:37 |
『孟子』の性善説に基づく徳治主義と混迷する現代社会の道徳教育:1
儒教の始祖である孔子に次いで著名な大儒(たいじゅ)として孟子(B.C.372-B.C.290頃)がいるが、孟子は孔子と比較すると剛毅果断(ごうきかだん)であり直情廉恥(ちょくじょうれんち)の傾向の強い人であった。剛毅果断とは、言い換えれば、不正に対して憤慨する気質、悪事を見逃さずに懲罰の為の行動を即座に決断できる気性の激しさのことを指す。曲学阿世(信念を曲げるおもねり)を嫌った孟子は、王者の師であることの自意識に根ざして活動し、『仁義・礼節の道』を君主に啓蒙する士としての自負心が非常に強い人物で... ...続きを見る |
2007/05/22 13:03 |
三歳男児が預けられた熊本市・慈恵病院の赤ちゃんポスト:家族の変質と養育責任の所在
熊本県にあるカトリック系の慈恵病院(蓮田晶一院長)で、5月10日から子どもの生命保護を目的とした「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」の運用が始まりました。運用初日に、赤ちゃんポストへの委託が想定されていなかった3歳の男児が預けられたということで、早くも赤ちゃんポストの存在が安易な養育放棄の助長になるのではないかという道徳的批判が起きているようです。 ...続きを見る |
2007/05/16 00:58 |
アリストテレスの『二コマコス倫理学』と実践三段論法によるエウダイモニアの追求
生理的な快(欲望)に駆動される『動物化する生』に拮抗するのは、生理的な快の誘惑に逆らって倫理的(意図的)な善を実現しようとする『人間的な生』である。人間的な生とは、端的に、『主体的な選択と決断を伴う生』のことであり、『盲目的かつ機械的な生』というある種の運命論への抵抗である。 ...続きを見る |
2007/04/06 00:40 |
ソクラテスの産婆法とプラトンのイデア論:ロゴス(言葉)に生命を吹き込む知行合一の生き方
前回の記事で、プラトンのイデア論について言及したが、正しく善く生きようとする倫理的(理性的)な意志を放棄して、その場その場で湧き起こる欲求や必要を満たし、与えられた義務や責任を果たしていけばそれで良いのではないかという反イデア的なプラグマティズムの価値観も近代以降は強くなっている。 ...続きを見る |
2007/03/24 00:47 |
プラトンのイデア論(本質主義)と善悪の価値判断の変遷:目に見えない普遍的価値を目指す人間の本性
前回のプラトンに関する記事で、自然科学が人間の価値判断に直接的にコミットできないという話をしたが、哲学という思弁的な学問の魅力の一つは、人間が感得する価値の根拠に直接的に言及して論理的・直感的に分析するという点にある。 ...続きを見る |
2007/03/16 18:27 |
悲観主義を徹底できない人間の弱さとオプティミズムによる生きる意味の発見
My Life Between Silicon Valley and Japanの『悲観主義とオプティミズム』と分裂勘違い君劇場の『なんでも悲観的に考える人と、なんでも努力すれば何とかなるという人』という記事を読んで、悪い結末を予期する悲観主義(ペシミズム)と良い結末を予期する楽観主義(オプティミズム)について考えた。 ...続きを見る |
2007/03/03 00:10 |
俗物の欲求のあからさまな開示と同じ穴の狢コミュニケーションの挫折:聖女と娼婦の同一化(二面性)
趣味のWebデザインで『斜陽産業』という性風俗についての経験に根ざした記事を読みましたが、性サービスを『貨幣を介在して売却する・購入する』という行為には、人間の根源的な価値観というか人生(異性)に対するスタンスというものが反映されやすいと思います。 ...続きを見る |
2007/03/02 14:04 |
人工妊娠中絶の生命倫理と親子関係・養育責任を巡る葛藤:熊本市・慈恵病院の“赤ちゃんポスト”について
少し前に幾つかのブログで、人工妊娠中絶の倫理的な是非にまつわる話題が出ていましたが、中絶の問題には『胎児の生存権・子どもの養育責任・堕胎の自己決定権・宗教的な価値観・セックスの特殊的価値』が関係していて、中絶に対する否定感情(罪悪感)には個人によって相当に大きな落差があります。 ...続きを見る |
2007/02/26 18:22 |
三権分立を前提とする近代法の原則:心神喪失者等医療観察法の理念と処遇について
『行為の法的責任』を何処に求めるか?の記事で、重篤な精神病などで善悪の判断能力を障害された場合や年齢が成人に満たない場合の道義的責任と社会的責任について考えましたが、自由意志の有無と刑罰の有効性(適法性)の関係というのは非常に難しい問題です。 ...続きを見る |
2006/11/19 18:35 |
宇和島徳洲会病院の臓器売買事件と万波誠医師の疾患腎移植に関する倫理学的考察:2
前回の記事では、徳洲会病院で移植を受けた患者の臓器売買の話題が長くなりましたが、現在、議論の的となっている『疾患腎(病腎)移植』については、長期的なレシピエントの健康性と安全性が確保できないのであれば、早期に臓器移植法を改正して『生体移植に関する禁止事項』を明確化すべきだと考えます。 ...続きを見る |
2006/11/10 08:17 |
宇和島徳洲会病院の臓器売買事件と万波誠医師の疾患腎移植に関する倫理学的考察:1
医学とは、生体の構造・病気の機序・疾患の治療と予防について研究し、病気や怪我に苦しむ患者に医療を提供する為の経験科学です。医療の究極の目的は『患者の生命の救助』であり、生命の安全を確保した上で『疾患・怪我による苦痛(不安)の緩和(ケア)』も同時に行っていくことになります。 ...続きを見る |
2006/11/09 04:29 |
母親が娘の子供を出産する“代理母”と亡きパートナーの凍結精子を利用する“死後生殖”の生命倫理:2
『母胎を使った“産みの母親”(分娩した母親)でなければ、血縁関係のある実母・実子(嫡出子)とは認めない』という現行の民法や最高裁の判断に見られる価値観も、そういった保守的なこだわりや家族観の反映ですが、分娩した母親のみを実母と認める現行の民法解釈には、『実の親子関係(血縁関係/権利関係)』の明確な客観性を保持するという意義もあります。自分と血縁関係のある子供であることを複雑な手続き(医学的検査)を経ずに証明できる簡単な方法が、通常の性行為を経て自分の母胎を使って妊娠出産することだからです。 ... ...続きを見る |
2006/10/21 08:08 |
母親が娘の子供を出産する“代理母”と亡きパートナーの凍結精子を利用する“死後生殖”の生命倫理:1
既に死亡した配偶者の配偶子(卵子・精子)を用いた生殖補助医療の問題、卵巣・子宮の摘出及び機能障害によって妊娠出産が不可能な女性の代理母の問題など、人間の生命の誕生とその社会的承認を巡る医学的・法的・倫理的な問題が、マスメディアやインターネットの記事で取り上げられる機会が多くなっています。 ...続きを見る |
2006/10/21 07:28 |
『行為の法的責任』を何処に求めるか?:道義的責任(主体責任)と社会的責任(結果責任)の比重
理性的抑制と本能的欲望が葛藤する脳の構造:『認識能力』と『行動制御』で構成される責任能力の記事で、脳の生理学的機序と刑法の責任能力について雑多な感想を書きましたが、それと関係して、近代法の理念や少年法の問題について書きかけていたので公開しておきます。 環境と遺伝に関係した性格心理学などの問題にも踏み込みたかったのですが、時間がなかったのでまた心理学やカウンセリング関連の記事を書く時に、性格理論・行動原理と遺伝などについても考えてみたいと思います。 ...続きを見る |
2006/10/13 22:01 |
“心脳一元論における責任能力の曖昧化”と“刑法39条の責任阻却事由の原理的考察”
『物理的な脳と心理的な意識の並行関係と機械論的生命観の限界』で、人間の脳器官と精神機能の相関関係について考えましたが、精神科医や心理学者、生物学者の中には、『脳の機能(状態)』と『人間の心(精神)』を同一のものと見る唯物論的な精神観を持っている人が少なからずいます。 ...続きを見る |
2006/10/06 01:43 |
坂東眞砂子氏の日経新聞の記事から考える“ペット化した動物”の生命の価値と尊厳
『死国』『狗神』などの著作で知られる直木賞作家の坂東眞砂子さんが、飼い猫の仔猫を殺していることを日経新聞の『プロムナード』のコーナーに寄稿したことでネット界隈で大きな批判と糾弾の声が上がっているようだ。 ...続きを見る |
2006/08/22 11:57 |
心理アセスメントで用いる心理検査とインフォームド・コンセント:ビネー式知能検査による一般知能の評価
臨床心理学の研究分野を構成する主要分野には、『心理療法の理論と技法・心理アセスメント・異常心理学(精神病理学)』があり、心理検査(心理テスト)を中心とする心理アセスメントでは、クライエントの問題解決や利益増進を目的とした各種テストを行ってその後のカウンセリング計画や治療方針を立てていきます。 ...続きを見る |
2006/05/08 06:59 |
パトリオティズムとナショナリズムの愛国心2:平和主義の理想と宗教倫理の愛
前回の記事の続きで、戦争放棄の平和主義と自他を分別しないキリスト教的なアガペー(博愛)について少し付け足しておきます。 ...続きを見る |
2006/05/01 05:27 |
山口県光市母子殺害事件が問いかける社会正義と人権2:死刑制度と罪悪感の倫理
国家が社会防衛と秩序維持の観点から、個人である犯罪加害者に司法矯正や社会復帰を目的とした刑罰を科すという近代法の限界は、被害者遺族が加害者へ向ける復讐感情の浄化をシステム的にスポイルしてしまったところにある。 ...続きを見る |
2006/04/21 16:48 |
山口県光市母子殺害事件が問いかける社会正義と人権1:加害者と被害者の非対称性
1999年に起きた山口県光市母子殺害事件の被害者遺族・本村洋さんが、鋭い眼差しと厳しい表情で司法記者クラブの会見に臨み、加害者少年への死刑執行を強く求めている姿をテレビで見た。 ...続きを見る |
2006/04/21 16:04 |
『集団・個人の内部と外部』を切り分ける『ヒトの認知モジュール』:愛の証明としての自己犠牲の元型
過去に『何故、人を殺してはいけないのか?』、個人の倫理と共同体の倫理の乖離と接近という記事を書きましたが、それを補足する形で、愛国心と軍事外交、集団規律と個人の自由、観念的価値と生命の肯定などのキーワードを元に書いていた記事がある程度の分量になったので記録しておきます。 ...続きを見る |
2006/04/01 12:59 |
『神の視点・自我意識(パーソン論)・共同体利益』と関係した倫理規範の根拠:生命肯定の倫理
「哲学の初歩:事実から当為は導出できない」(趣味のWebデザイン)という記事を読み、倫理命題と事実命題の相関や倫理判断の根拠について考えさせられました。 前回の記事に引き続いて「何故、人を殺してはいけないのか?」について、パーソン論概念などをかいつまみながらもう少し考えてみようと思います。 ...続きを見る |
2006/03/10 13:51 |
『何故、人を殺してはいけないのか?』、個人の倫理と共同体の倫理の乖離と接近
「琥珀色の戯言」に、「バーチャルな「勝ち組」に捧ぐ」という興味深い記事があり、『排他的な愛国心』と『戦争行為の倫理性』について考えさせられました。 ...続きを見る |
2006/03/04 05:00 |
韓国科学界の英雄・黄禹錫教授のES細胞捏造疑惑:再生医療・ES細胞研究と生命倫理の問題
韓国ソウル大学の黄禹錫教授の胚性幹細胞(ES細胞)に関する研究論文や実験データの捏造疑惑が、国際的な生命科学分野に大きな波紋を起こしているようです。 AP通信では、今年度最大の科学界の不正捏造問題になると指弾され、米国「ワシントンポスト」でも黄禹錫教授の捏造問題によって生命科学の進歩が大きく後退する恐れがあると手厳しく非難されました。 黄禹錫教授は「サイエンティフィック・アメリカン」という科学誌が選出する生命科学分野の「研究分野リーダー」からも除名され、およそ権威ある科学誌全てからその研究全... ...続きを見る |
2005/12/19 22:11 |
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