アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「宗教学」のブログ記事

みんなの「宗教学」ブログ

タイトル 日 時
22歳の女優・清水富美加さんの芸能界引退と幸福の科学での出家:悩める現代人の世俗と宗教の引き合い
22歳の女優・清水富美加さんの芸能界引退と幸福の科学での出家:悩める現代人の世俗と宗教の引き合い 理由や事情は様々だが、成宮寛貴、江角マキコと一定の知名度(人気)がある芸能人の突然の引退のニュースが続いている。芸能人が復帰の可能性を残さずに、仕事を完全に辞めてしまう理由やケースは大きく分けると、以下の4つになるのではないかと思う。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/02/13 18:39
グレートマザー(太母)の示すネガティブな女性性と河合隼雄のグリム童話『トルーデさん』の分析
グレートマザー(太母)の示すネガティブな女性性と河合隼雄のグリム童話『トルーデさん』の分析 ユング心理学を専門とした河合隼雄氏は『昔話の深層 ユング心理学とグリム童話』において、グレートマザー(太母)をはじめとする女性性(母性性)の持つアンビバレンツを反映したグリム童話の物語として『トルーデさん』『蛙の王様』『黄金の鳥』などを上げて説明している。特に、殺さなければならない何の理由もない女の子を棒切れに変えて暖炉の火の中に投げ込んでしまう『トルーデさん』は、グレートマザーの非合理的かつ恣意的な恐ろしい悪母・魔女のイメージとして取り上げられている。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2016/06/21 07:27
島田裕巳『葬式は、要らない』の書評4:時代の変化で変わりゆく“葬式・寺・祖先崇拝(子孫継続)”
島田裕巳『葬式は、要らない』の書評4:時代の変化で変わりゆく“葬式・寺・祖先崇拝(子孫継続)” 葬式にお金のかかる理由は、近世以降は『ムラ社会的な共同体内部においての見栄・格式・世間体(世俗の地位や功績に応じた相応の豪華さの葬式を営むことが常識とされる)』であった。しかし、その原点には仏教の歴史と相関した『極楽浄土に往生するために現世に浄土を再現しようとする平安貴族以降の考え方(葬式においても豪勢な祭壇を設けたり目立つ宮型霊柩車があったのは浄土の再現である)』と『出家者の証明となる戒名のランクづけ・戒名の格に応じたお布施』があるというのは忘れられやすい部分だろう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/04/26 12:12
島田裕巳『葬式は、要らない』の書評3:日本仏教の歴史と葬式仏教・戒名の問題
島田裕巳『葬式は、要らない』の書評3:日本仏教の歴史と葬式仏教・戒名の問題 日本の仏教の歴史を振り返りながら、日本の葬式文化・葬式仏教の発生と変化、高コスト化(贅沢化)について説明しているが、葬式文化の原点におけるエッセンスになっているのが『平安貴族の浄土教信仰(死後に極楽浄土に往生したい悲願)』と『近世以降の村落共同体内部における地位・見栄・世間体』である。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2016/04/26 12:11
島田裕巳『葬式は、要らない』の書評2:葬式になぜお金をかけるのか?少子高齢化の影響
島田裕巳『葬式は、要らない』の書評2:葬式になぜお金をかけるのか?少子高齢化の影響 現代の都市部では、地縁血縁のある人や助け合える相手がいない『無縁社会の問題』が多くなってきた。地縁血縁から切り離されて配偶者・きょうだい・親族もほとんどいない『無縁者・天涯孤独な人(身寄りのないご遺体)』も増えてきていて、豪華な会場・僧侶の読経・戒名などを省略し、自宅で簡単な祭壇を設けて一晩を過ごし翌日に火葬に送る『家族葬(密葬)』や納棺・略式の通夜だけでご遺体を火葬にするだけの『直葬』を希望する人も増えている。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2016/04/26 12:09
島田裕巳『葬式は、要らない』の書評1:葬儀・慰霊の歴史的普遍性と外国に比べて高い日本の葬式費用
島田裕巳『葬式は、要らない』の書評1:葬儀・慰霊の歴史的普遍性と外国に比べて高い日本の葬式費用 人生でもっとも大きなお金のかかるライフイベントの一つとして、結婚式や葬式に代表される『冠婚葬祭』の行事がある。冠婚葬祭は規模や人数、設備、豪華さによってそれにかかるコストは大きく違ってくる。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2016/04/25 15:58
自我・欲望の肥大(幸福追求の執念)によって苦悩する人:A.マズローの欲求階層説と仏教の知足
自我・欲望の肥大(幸福追求の執念)によって苦悩する人:A.マズローの欲求階層説と仏教の知足 仏教の創始者の釈迦(ゴータマ・シッダールタ)は、人間社会の真理を示す四法印で『一切皆苦』と『諸法無我』という苦悩の原因と対処を説きましたが、これはトランスパーソナル心理学的(あるいは実存療法的)な苦悩に対する解決法とも似通った部分があると感じます。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2015/10/21 18:51
池上彰『世界を変えた10冊の本』の書評2:ユダヤ教・キリスト教・イスラム教と聖典
池上彰『世界を変えた10冊の本』の書評2:ユダヤ教・キリスト教・イスラム教と聖典 『聖書』は、キリスト教圏である欧米世界の信仰・歴史・価値観の原点にある聖典だが、創世記・預言者や神が結んだユダヤ人との契約を中心にした『旧約聖書(ヘブライ語)』とイエス・キリストの言行録を中心にした『新約聖書(ギリシャ語)』との違いについて説明している。 ...続きを見る

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/06/27 19:01
ヨーガの“心”を安定させる呼吸法と三昧の境地:腹式丹田呼吸の効果を説明する“気”の思想
ヨーガの“心”を安定させる呼吸法と三昧の境地:腹式丹田呼吸の効果を説明する“気”の思想 仏教もヨーガも『我執(がしゅう)』を苦悩の原因と定義して、自己中心的に自分だけが幸福になって快楽を得ようとする生き方が逆に人生の苦しみや虚しさ、葛藤を強めていくとするが、“私”という自意識・欲求に囚われない世界(他者)と自然に調和していくような自我の持ち方を仏教では『無我』と呼び、ヨーガでは『真我』と呼ぶことが多い。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2014/06/17 15:31
内向的な仏教思想と外向的な近代科学(西洋思想)が求めるものの違い:外界の現実と心の関係性の捉え方
内向的な仏教思想と外向的な近代科学(西洋思想)が求めるものの違い:外界の現実と心の関係性の捉え方 自然科学に代表される“西洋思想(近代思想)”は、外界の事物の『実在性・現実性』を前提として、外界のモノの世界を『知識・技術』で改善したり、実在する他者との関係性を『実際のコミュニケーション』で円滑にしようとしてきた。西洋思想や近代科学は、ユングの性格理論でいえば自分の外部にあるものや人の実在性を重視して、価値の基準(欲求の対象)にする『外向的・客観的な思想』である。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2014/06/17 15:29
カミュやサルトルの実存主義では、“人間の自由と苦悩・人生の価値”をどう考えるか?
カミュやサルトルの実存主義では、“人間の自由と苦悩・人生の価値”をどう考えるか? カミュのエッセイ『反抗的人間』では、明晰な理性で世界や人生を観察する時に出現する非合理的な説明のつかない不条理に対して、迷信(神の信仰)で目を背けたり自殺で逃げたりすることを批判し、その運命的とも言える人の世の不条理さを見つめ続けて“抵抗(レジスタンス)”することが『人間の尊厳』につながると説きました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/02/22 08:41
人は運命的な理不尽にどう抵抗すべきか?2:理不尽さと文明社会との終わりなき戦い
人は運命的な理不尽にどう抵抗すべきか?2:理不尽さと文明社会との終わりなき戦い 自然の摂理にせよ不可避の宿命にせよ、実現主義が示すように人間がいつか死ぬべき存在であることは『現状の倫理の前提』になっている部分はあります。それでも現代の平和で豊かな時代で生きる私たち人間は、『理不尽の究極としての死』を何とか遠ざけて回避しようとする知識的・制度的(法律的)な努力を続けていると言えるでしょう。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/02/22 08:39
人は運命的な理不尽にどう抵抗すべきか?1:アルベール・カミュの『シシュポスの神話』
人は運命的な理不尽にどう抵抗すべきか?1:アルベール・カミュの『シシュポスの神話』 『異邦人』『シシュポスの神話』で知られるフランスの文学者アルベール・カミュ(Albert Camus,1913-1960)も、ニーチェと同じく神が死んだ近代に生きる個人をテーマにしましたが、カミュはニーチェのような超人の理想を掲げるのではなく『運命的・反復的な理不尽』をテーマにしました。アルベール・カミュは小説という表現媒体によって、自らの近代的な世界観や人間像を表そうとしましたが、カミュの人間観は、『生存』を求める肉体と『普遍』を求める精神という対立的な要素によって構成される存在こそが人間であ... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/02/22 08:37
フリードリヒ・ニーチェのアンチキリストと“自我・自己愛・孤独”に悩む人間の増加
フリードリヒ・ニーチェのアンチキリストと“自我・自己愛・孤独”に悩む人間の増加 欧米のキリスト教的な世界観では、東洋の儒教・仏教・道教では余り重要視されない『正義(異文化に対する優越性)』の観念の影響力が見られましたが、この正義と悪の二元論は、キリスト教以前の古代ギリシア哲学でも“アレテー(徳)”として尊重されました。プラトンの哲学思想でも、魂は『各部分のイデア(理想の範型)』を目指しており、魂の各部分が完全性に到達しようとするその指向性こそが『正義』であるとされています。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 3 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/02/18 10:05
キリスト教の“原罪‐贖罪”と仏教の“煩悩‐解脱”の人間観:親鸞の一切皆苦の受容戦略
キリスト教の“原罪‐贖罪”と仏教の“煩悩‐解脱”の人間観:親鸞の一切皆苦の受容戦略 西欧文明の『罪』を背負った人間は、キリスト教の贖罪や精神分析による内面(無意識)の分析によって癒されますが、東洋文明の『苦』を背負った人間は、仏教の涅槃寂静(煩悩消尽の悟り)や極楽往生、あるいは俗世(俗物)に適応した欲求の充足によって癒されることになります。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/02/18 09:58
うつ病の罪悪感・自責感を“世間体(恥)の日本文化”から考えてみる
うつ病の罪悪感・自責感を“世間体(恥)の日本文化”から考えてみる 日本人は生身の人間ではない『神(宗教)・倫理・聖典』といった普遍的(絶対的)な規範と個人で向き合うという歴史をほとんど持っていません。そのため、『世間(社会)の中で自分はどういった役割を果たしているか』や『他人から自分の生き方や状態をどう見られているか』という一般的に“世間体・体裁”と呼ばれるものとその喪失が『罪悪感(自分が病気であることによって他人・社会に迷惑を掛けているのではないかという感覚)』の発生と相関しやすくなります。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/02/18 09:55
阿闍世コンプレックスと“申し訳なさ”としての罪悪感3:西欧文明の自然世界との対立
阿闍世コンプレックスと“申し訳なさ”としての罪悪感3:西欧文明の自然世界との対立 古澤平作(こざわへいさく)や小此木啓吾(おこのぎけいご)が提唱した日本的(仏教的)な『阿闍世コンプレックス(あじゃせコンプレックス)』も、権威的な父親と抵抗する子どもの性的発達の関係を問題にしたエディプス・コンプレックスとは違って、庇護する母親とそれに逆らう子どもとの発達的な関係をテーマにしたものです。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/02/09 23:45
精神分析のエディプス・コンプレックスとキリスト教の罪悪感2:権威・抑圧に対する葛藤
精神分析のエディプス・コンプレックスとキリスト教の罪悪感2:権威・抑圧に対する葛藤 人類の始祖であるアダムとイブ(エバ)が原罪を犯したことに対する神の処分は、まずエデンの園という楽園からの追放であり、永遠の生命の剥奪でした。人間は神の言いつけに逆らうという罪を犯した事で、何の苦しみも迷いもない豊かな楽園から追い出される事になり、『死の不安・老化の恐怖』を味わわなくても済む不老不死の永遠の生命を失ったというのが、旧約聖書の創世記に刻まれた人間の原罪の結末です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/02/09 23:42
村薫『太陽を曳く馬 上・下』の書評:2
村薫『太陽を曳く馬 上・下』の書評:2 最終的に、死刑判決を受けた福澤秋道は、何の主張も抵抗もないまま国家権力が執行する絞首刑(死刑)に処せられるのだが、父の彰閑は死刑が執行される直前まで、『秋道と関連する人物や場所の近況報告・秋道の芸術の感性や興味・自由意思と人間の罪業・思想や哲学による本質考察』といった秋道の犯罪とは直接に関係していない難解なテーマを、一方的に手紙に書き付けて留置場の秋道に送り続けた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/11/29 08:19
村薫『太陽を曳く馬 上・下』の書評:1
村薫『太陽を曳く馬 上・下』の書評:1 都会の片隅にある“永劫寺サンガ”では、禁欲的な雲水たちが集まって道元禅師が伝えた只管打座と布施行の修行に黙々と励んでいる。永劫寺サンガは形式的な葬式仏教を批判する福澤彰閑(ふくざわしょうかん)が主導して開いた僧侶集団の修行道場であり、物質主義の現代で身心脱落と教外別伝の悟りを追求する不可思議な聖地である。福澤彰閑を名乗る福澤彰之(あきゆき)は若かりし時に対人能力に問題のある一人の女・杉田初江と関係を持ち、福澤秋道(しゅうどう)という一男児を設けたが、長年にわたって子の存在を知らず初江とは音信不通... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/11/29 08:17
『島原の乱』の原因を作った松倉重政・勝家父子の苛烈な悪政とキリシタン弾圧:江戸期の禁教・鎖国体制
『島原の乱』の原因を作った松倉重政・勝家父子の苛烈な悪政とキリシタン弾圧:江戸期の禁教・鎖国体制 元和2年(1616年)に、2代将軍・徳川秀忠が出した『二港制限令(長崎・平戸のみを南蛮船に開港する)』は幕府の鎖国政策の始まりとなったが、この鎖国政策にはキリスト教カトリックの宣教師の潜入潜伏を阻止して、海外でキリシタンとなった日本人が帰国することを防ぐという禁教の意図も含まれていた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/05/30 00:12
キリシタン大名の有馬晴信・小西行長の没落と禁教令の時代の到来:京都・元和の大殉教
キリシタン大名の有馬晴信・小西行長の没落と禁教令の時代の到来:京都・元和の大殉教 1613年(慶長18年)の『バテレン追放令』によって、江戸幕府のキリスト教に対する弾圧姿勢が法的にも固められ、この禁教令によって長崎・京都にあったキリスト教会は破壊されてしまった。1614年11月(慶長19年9月)に、宣教師・修道士・著名なキリスト教徒はマカオ、マニラなどに国外追放処分となり、キリシタン大名の走りであった高山右近もマニラに自主的に出ていってその地で客死している。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/05/30 00:10
キリスト教と豊臣秀吉・徳川家康の禁教令2:なぜ秀吉・家康はキリスト教を禁止しようとしたのか?
キリスト教と豊臣秀吉・徳川家康の禁教令2:なぜ秀吉・家康はキリスト教を禁止しようとしたのか? 豊臣秀吉の1587年の『バテレン追放令(天正禁教令)』は南蛮貿易の利益を重視していたために不徹底なものであり、平戸に集結した宣教師たちの反対運動に押されたこともあって、実質的にキリスト教信仰は容認される状況であった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 2 / コメント 0

2012/05/27 09:12
キリスト教と豊臣秀吉・徳川家康の禁教令1:西国のキリシタン大名の信仰と南蛮貿易の利益
キリスト教と豊臣秀吉・徳川家康の禁教令1:西国のキリシタン大名の信仰と南蛮貿易の利益 過去の記事でキリスト教の思想・信仰について書いたが、日本史でキリスト教が関係した最大の事件は、やはり肥前・島原半島と肥後・天草諸島で江戸初期に勃発した『島原の乱(1637年12月11日-1638年4月12日)』である。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/05/27 03:12
キリスト教の絶対神(普遍性)はどのような思想・信仰や世界観を生み出すか?2:一神教と多神教
キリスト教の絶対神(普遍性)はどのような思想・信仰や世界観を生み出すか?2:一神教と多神教 世界の創造者や生命の設計者、完全・普遍な実在としての“絶対的な神”は、二千年以上の長い年月にわたって人類に『世界の秩序感覚・集団や民族の目的性・人生の意味の保証・苦しくても生き続ける価値』を与えてきた。だが、キリスト教や西欧市民社会、政治哲学に内在していた『近代化の諸要因』が開花することによって、現実社会の不幸や貧苦、災難が減少することになり、それに従って現代社会(特に先進国)では“宗教の必要性・希求性”がかなり低下してきた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/04/18 17:35
キリスト教の絶対神(普遍性)はどのような思想・信仰や世界観を生み出すか?1:有神論と無神論
キリスト教の絶対神(普遍性)はどのような思想・信仰や世界観を生み出すか?1:有神論と無神論 合理主義と経験主義に基づいて近代文明を構築する科学的思考が普及しても、『真の実在・人生の意味・普遍の価値・存在の理由』といった形而上学的な謎に科学が十分に答えることはできず、変化し続けて生成消滅する人間や生物、モノ、世界の背後に『真の実在としての神(絶対者)』を想定することはある種の究極的な合理主義でもある。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/04/18 17:32
キリスト教の普遍性を求める世界観とヨーロッパの大航海時代2:プラトンのイデア論と知覚・存在を巡る議論
キリスト教の普遍性を求める世界観とヨーロッパの大航海時代2:プラトンのイデア論と知覚・存在を巡る議論 個人の自由・権利・楽しみを最大限に尊重する“人権思想・自由主義・男女平等”というのは、十分な世俗化を遂げたキリスト教からは生み出されたが、イスラーム圏ではそういった個人レベルの自由や楽しみ(宗教規範の軽視)が認められていない政教一致の国が今でも多い。ケマル・アタチュルクが世俗革命を起こした『トルコ共和国』のような比較的早い段階で世俗化したイスラム国家でも、コーラン(聖典)に返りシャリーア(イスラム法)を遵守せよという原理主義的な揺り戻しが起こりやすい。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/04/18 17:30
キリスト教の普遍性を求める世界観とヨーロッパの大航海時代1:ポルトガル・スペインの隆盛期
キリスト教の普遍性を求める世界観とヨーロッパの大航海時代1:ポルトガル・スペインの隆盛期 現代の世界秩序や社会制度の大枠を規定しているのは“近代”の価値観であり、ヨーロッパに発した近代的価値観の多くは『キリスト教』にその起源や原動力を持っている。世俗的な法治主義の古代ローマ帝国を宗教化していったキリスト教の教義・世界観は、千数百年にも及ぶ『中世の迷信的・信仰的な停滞と抑圧』を生み出したとも言われるが、それと同時に“絶対者である神・普遍的な真理・プロテスタンティズムの倫理(天職・勤勉・蓄積)”といったキリスト教的な観念や目的性が、『近代化』を推進する原動力として働いた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 3 / コメント 0

2012/04/18 17:28
新田次郎『槍ヶ岳開山』の書評2:“悟り(煩悩消尽・自他救済)”につながる登山と瞑想の相関
新田次郎『槍ヶ岳開山』の書評2:“悟り(煩悩消尽・自他救済)”につながる登山と瞑想の相関 ストイックに自分と弟子を戒律と専修念仏で律し続ける見仏上人は、文政・天保の世の中を『末法の苦悩に満ちた時代』と看破しているが、この時代に衆生を地獄の苦しみに突き落としていた大飢饉と幕府・藩の苛斂誅求に対しては為す術を持っていなかった。本書の後半では、『天保の大飢饉(1833年〜1837年)』が発生して重罪・飢餓で苦しむ百姓たちが、仏教信仰や念仏の称名(功徳)に限界を感じて絶望したり仏法に反対したりするのだが、岩仏(播隆)は徹底的に追い詰められて二進も三進もいかなくなった衆生と自分を救済するために... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2011/08/02 02:31
新田次郎『槍ヶ岳開山』の書評1:笠ヶ岳・槍ヶ岳に登頂した播隆の信仰や煩悩を巡るストイックな物語
新田次郎『槍ヶ岳開山』の書評1:笠ヶ岳・槍ヶ岳に登頂した播隆の信仰や煩悩を巡るストイックな物語 日本の山の多くはアニミズム(精霊崇拝)や山岳信仰の影響を受けており、俗界を超越して高くそびえ立つ『山』は実在する神仏(権現)の象徴であり、神仏の住みなす霊域とされてきた。人を寄せ付けないほどに峻険で悪路を極める山は、俗塵に汚されない聖地であり、神仏の霊威が立ち込める特別な領域であるから、古代から日本の神官・僧侶の宗教者は世俗と遮断された深山幽谷に寺社仏閣を建設して、その地を仏教宗派・修験道の大本山としてきた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 3 / コメント 0

2011/08/02 02:28
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評4:加藤清正の本妙寺と大分県国東半島の羅漢寺
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評4:加藤清正の本妙寺と大分県国東半島の羅漢寺 第97番 本妙寺(ほんみょうじ) ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2010/11/09 22:06
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評3:空海信仰の善通寺・長崎の唐寺の興福寺
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評3:空海信仰の善通寺・長崎の唐寺の興福寺 第93番 善通寺(ぜんつうじ) ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 0

2010/11/07 08:31
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評2:太宰府の古刹の観世音寺と久留米の梅林寺
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評2:太宰府の古刹の観世音寺と久留米の梅林寺 『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』では、四国・九州地方にある10宇の寺院が選ばれているが、前半の5つの寺院の来歴・地理・特徴、その感想を簡単に書き留めておこうと思う。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 0

2010/11/07 08:22
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評1:なぜ人は寺院を巡るのか?信仰と観光の癒し
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評1:なぜ人は寺院を巡るのか?信仰と観光の癒し 日本全国にある百の寺を巡礼するシリーズの最終巻であるが、自分自身が九州に在住しているということもあって『四国・九州篇』から手に取ってみた。日本における仏教の歴史は朝鮮半島にあった百済の聖明王が、欽明天皇に仏像・経典を贈った538年(552年)にまで遡り、中世期には鎌倉仏教の登場で仏教の信仰と勢力は大衆にまで広がった。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 0

2010/11/07 08:17
五木寛之『21世紀仏教への旅 中国編』の書評:頓悟禅の六祖・慧能と曹洞宗の道元が伝えた禅宗の教え
五木寛之『21世紀仏教への旅 中国編』の書評:頓悟禅の六祖・慧能と曹洞宗の道元が伝えた禅宗の教え 日本仏教の禅宗の歴史は平安後期に始まるとも言われるが、鎌倉時代の栄西(1141-1215)の臨済宗と道元(1200-1253)の曹洞宗が一般にはよく知られている。本書は五木寛之が中国の禅宗の事績やエピソードを辿りながら、寧波(ニンポー)の天童寺や広州の光孝寺を旅して、日本に臨済宗・曹洞宗として伝播した南宋時代の禅宗に思いを馳せる紀行文の形式となっている。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 2 / コメント 0

2010/06/02 13:46
F.ニーチェの『この人を見よ』に投影されたツァラトゥストラ(超人)の理想と自己讃美・復讐の衝動
F.ニーチェの『この人を見よ』に投影されたツァラトゥストラ(超人)の理想と自己讃美・復讐の衝動 フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)の思想というと『ツァラトゥストラはこう言った』や『道徳の系譜』が注目されやすいのですが、ニーチェの著作を概観してその思想のエッセンスを知りたいのであれば『この人を見よ』がお勧めです。ニーチェ哲学の入門書・解説書にも良書は少なからずありますが、『この人を見よ』はニーチェ自身が書いた自尊心の漲る自伝であると同時に、主要著作の解説書となっています。この著作を読めば、ニーチェがどういったことを言いたかったのかを正確に知ることができるでしょう。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 5 / コメント 0

2010/05/20 06:57
自力救済の中世社会における“無縁”と“暴力”:近代国家の中央集権的統治とヤクザの民間暴力
自力救済の中世社会における“無縁”と“暴力”:近代国家の中央集権的統治とヤクザの民間暴力 前回の記事の続きになるが、武士団と中世寺社勢力は『暴力(軍事)による威圧・実力行使』によって、自力救済の社会に最も良く適応した集団である。『国家(法律・制度)』と『社会(現実の生活)』とのギャップが大きくなった時には『実力行使(暴力・威圧)の優先度』が高まる、ヤクザも前近代社会の自力救済装置の一部と見なすことができるだろう。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 2 / コメント 0

2010/05/14 02:11
“国家(法権力)”と“社会(民衆社会)”のズレが生む無縁の世界:朝廷・幕府・寺社の多重権力
“国家(法権力)”と“社会(民衆社会)”のズレが生む無縁の世界:朝廷・幕府・寺社の多重権力 白河上皇の院政期(1086年〜)を『中世の始まり』として、織田信長の京都入京(1568年)による武家政権の全国的政権化を『中世の終わり』とするのが通説であるが、伊藤正敏氏は著書『寺社勢力の中世――無縁・有縁・移民』の中で、祗園会を主催する感神院祗園社が京都に広大な『不入地』を獲得した1070年を『中世の始まり』とする仮説を出していて興味深い。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 2 / コメント 0

2010/05/10 11:56
中世寺社勢力と非農民の“行人・神人・聖”が形成した“無縁の世界”:有縁の世界からの避難所
中世寺社勢力と非農民の“行人・神人・聖”が形成した“無縁の世界”:有縁の世界からの避難所 ゲマインシャフト(伝統共同体)としての『家族とのつながり・血縁地縁』が薄れていって、最期には誰にも看取られず孤独死してしまうという『無縁社会の問題』が以前マスメディアなどで取り上げられていた。ここでいう『無縁』とは、単純に人間関係のあらゆる縁が切れてしまうという意味だが、無縁状態は『孤独・不安』であると同時に『自由・独立』でもある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 6 / コメント 0

2010/05/04 21:38
“宗教規範・家父長制・性のダブルスタンダード”で規制されていた女性の身体の解放と性道徳の変質
“宗教規範・家父長制・性のダブルスタンダード”で規制されていた女性の身体の解放と性道徳の変質 『前回の記事』の続きになりますが、近代の前半期まで『女性の自由・権利』は大幅に制限されており、『家庭(婚姻)・性道徳・世間体・教育』によって成長すれば結婚して家庭に入り家長(夫)に従うことを半ば運命づけられていました。しかし、男性宗教であるキリスト教信仰の衰退によって、『性道徳の緩和=女性の性的身体・快楽の解放』が起こり、女性の性行動を縛る規範の緩和が男女平等思想の嚆矢となっていきます。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 5 / コメント 0

2009/12/08 16:30
近代社会の成熟と“女性の時代”の到来:“個人”の増加による“社会・宗教・性の規制力”の低下
近代社会の成熟と“女性の時代”の到来:“個人”の増加による“社会・宗教・性の規制力”の低下 前回の記事では、15〜17世紀の西欧世界における“個人(individual)”の誕生について言及しましたが、自我の主体性と独自性を自覚した個人の出現によって、社会的・伝統的に規定されていたあらゆる偏見や差別、序列秩序が緩やかな解体を始めることになります。現代という時代の最先端においても、“個人”は社会(世間)や伝統から完全に自由ではないのですが、社会共同体や伝統文化による“秩序形成”という恩恵も同時に受けています。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 7 / コメント 0

2009/12/05 03:10
“歴史の終焉・共同体の衰退”を予感させる近代社会の閉塞感と自由の原理を使いこなす難しさ
“歴史の終焉・共同体の衰退”を予感させる近代社会の閉塞感と自由の原理を使いこなす難しさ 現代の哲学は、分析哲学(言語哲学)や科学哲学、政治哲学、倫理学、哲学史、現代思想などの分野で研究・理論構築が続けられているが、隣接諸科学との専門的な連続性が強まっていることもあり、哲学単体での役割や意義が一般の人たちの関心を集めることは少ない。『哲学』として多くの人にイメージされやすいのは、過去の哲学者の理論や事績を振り返って、哲学者相互の系譜や連関を考察したり記憶したりする『哲学史』であるが、哲学史・哲学書の勉強(理解)自体は『哲学すること』と同義なわけではない。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 7 / コメント 0

2009/08/24 08:13
『哲学』と『宗教』の違いとは何か?:マルクス主義の挫折と『近代』という思想哲学の到達点
『哲学』と『宗教』の違いとは何か?:マルクス主義の挫折と『近代』という思想哲学の到達点 『哲学とは何か?』という問いに一義的に答えることは難しいが、哲学の実践的側面における最大の成果・実績は、『近代社会の根本原理』を呈示して権力による個人の支配(人間の道具的利用)を大幅に制限したことにある。知を愛する哲学は、宗教の子であり科学の親であるが、形而上学的な『真理(現象を規定する背後世界)』を探究するという意味での哲学は既にその役割を終えた観がある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 5 / コメント 0

2009/08/06 09:35
松尾剛次『破戒と男色の仏教史』の書評2:大乗仏教の原点回帰をめざす叡尊・忍性の戒律復興運動
松尾剛次『破戒と男色の仏教史』の書評2:大乗仏教の原点回帰をめざす叡尊・忍性の戒律復興運動 日本仏教では戒律が殆ど問題にされず守られないといわれるが、『非僧非俗(官僧でもなく俗人でもない境地)』を自称した浄土真宗の開祖・親鸞(1173-1263)が『無戒(持戒の信仰的意味の喪失)』を宣言する遥か以前から、東大寺・興福寺・延暦寺・仁和寺といった名だたる名刹で戒律は実質的に形骸化していたのである。自ら男色や飲酒を戒める誓願を立てた東大寺の宗性は、それにも関わらず何度も繰り返し戒律を犯す行為をしてしまうわけで、結局、中世の僧侶世界は破戒が横溢して、妻子・真弟子(実子の弟子)を持つ僧侶も多く現... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 0

2009/07/24 21:06
松尾剛次『破戒と男色の仏教史』の書評1:日本仏教の戒律の歴史と宗性の童子(稚児)との男色
松尾剛次『破戒と男色の仏教史』の書評1:日本仏教の戒律の歴史と宗性の童子(稚児)との男色 『戒(シーラ)』とは個人が自分で守ることを誓う内的な倫理規範であり、『律(ヴィナヤ)』とは違反に罰則を伴う僧侶集団(サンガ)の規則であるが、日本の古代仏教で尊重された戒律の原典は『四分律(しぶんりつ)』と『梵網経(ぼんもうきょう)』である。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 3 / コメント 0

2009/07/23 01:10
世界宗教と性愛の禁忌,少年愛(同性愛)の歴史と共同体の秩序:『破戒と男色の仏教史』のプロローグ
世界宗教と性愛の禁忌,少年愛(同性愛)の歴史と共同体の秩序:『破戒と男色の仏教史』のプロローグ 世界宗教の聖職者は『異性との性愛』は禁忌とされていることが多く、男性原理に根ざしたキリスト教やイスラム教では『快楽・女性の性的魅力』を罪悪視する傾向が強い。キリスト教やイスラム教は男性中心主義の宗教であり、特に女性の自由な性愛に対する規制が強く、ローマ・カトリックのローマ教皇は今でも『生殖につながらない性・避妊の実施・婚前交渉』に批判的である。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 5 / コメント 0

2009/07/23 01:06
“人間の苦”を消滅させる『四諦・八正道』と『ブッダのことば スッタニパータ』の感想
“人間の苦”を消滅させる『四諦・八正道』と『ブッダのことば スッタニパータ』の感想 過去の記事の続きになるが、『四諦(したい)』とは、苦の原因と克服についての実践原理であり、『八正道(はっしょうどう)』とは道諦(どうたい)の内容に当たるもので、苦しみを滅却して解脱に至る具体的な実践徳目のことである。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 6 / コメント 0

2009/06/09 15:41
塩野七生『ローマ亡き後の地中海世界・上』の書評2:救出修道会と救出騎士団による奴隷解放事業
塩野七生『ローマ亡き後の地中海世界・上』の書評2:救出修道会と救出騎士団による奴隷解放事業 軍事的・経済的に強大な国家・都市国家が存在しなくなった中世前期は、誰もヨーロッパ世界の防衛と安全に責任を負うことが出来なくなった時代であり、『キリスト教文明圏の弱体』と『イスラム教文明圏の攻勢』のコントラストが際立った時代でもある。ムハンマド(マホメット,570-632)が創始したイスラーム(イスラム教)の布教速度は驚異的なスピードを持っており、キリスト教がローマ帝国内部に浸透していくよりも何倍も早く、イスラームの支配権はアラビア半島の外部へと拡大していった。イスラームは、610年にメッカ郊外で... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 3 / コメント 0

2009/05/07 18:59
親鸞の『悪人正機』で悪人はなぜ救済されるのか?:他力本願の“浄土門”と自力救済の“聖道門”
親鸞の『悪人正機』で悪人はなぜ救済されるのか?:他力本願の“浄土門”と自力救済の“聖道門” 人間の行為の善悪を相対化する仏教思想として、最も有名なものが親鸞の『悪人正機(あくにんしょうき)』であるが、善人以上に悪人のほうが極楽往生する資格を持つという思想の本質は『徹底した他力本願の衆生救済』である。『阿弥陀信仰』は一神教の全知全能の神への信仰に近似した部分があり、阿弥陀仏(阿弥陀如来)は苦しみ悩むあらゆる衆生を救済しようと決意した『絶対的な本願』を持つと仮定されている。あらゆる衆生を浄土に導く阿弥陀仏の前では、人間的(法律的・道徳的)な善悪の分別などは意味を持たず、阿弥陀仏は自身の本願... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 6 / コメント 0

2009/04/15 06:16
衆生救済の鎌倉仏教の成立に至る仏教史の流れと“戒律・修行の価値”を相対化した天台本覚思想の影響
衆生救済の鎌倉仏教の成立に至る仏教史の流れと“戒律・修行の価値”を相対化した天台本覚思想の影響 仏教の信仰や思想の全体像を一息に見渡すことは不可能に近いが、仏教の開祖である釈迦牟尼世尊(ゴータマ・シッダールタ)の言葉に最も近いとされる経典として『スッタニパータ』があり、『スッタニパータ』を読むことで仏教の信仰と修行のシンプルな原理に触れることができる。仏教は伝播したアジアの地域ごとに独自の発展と変容を見せたので、仏陀である釈迦の教えや思想をそのままの形で受容した人物・地域というのはまず無いのだが、仏教の悟り(苦からの完全な救済)の基本原理は『煩悩(欲望)の消尽』に収斂する。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 5 / コメント 0

2009/04/15 06:09
近代社会(資本主義社会)における非生産的な『高貴性』と『聖性』の消滅:無欲・貧困の怠惰への転落
『前回の記事』の続きになるが、仏教思想では『煩悩(欲望)』によって人間の心が曇り汚れるという人間観が前提にあり、俗世間は人々の無数の不浄な煩悩に覆われた『穢土(えど)』と仮定される。穢土(俗世)から離れて煩悩を断ち切った禁欲生活(修行・学問・布施の物乞い)を静かに続ける出家者や隠遁者、巡礼は、世俗に生きる人たちよりも道徳的に尊い存在(聖なる存在)であると考えられていたが、近代社会では基本的にこの道徳的価値判断が労働規範によって転倒されることになる。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 7 / コメント 0

2009/01/29 06:45
近代産業社会の労働道徳と『脱俗の聖域・無欲の聖性』を生み出した前近代的な宗教(仏教)の禁欲道徳
近代産業社会とは労働道徳と市場経済によって成立する社会であり、自然科学と功利主義によって『宗教・思想』の大部分が迷信や誤謬として退けられることになった。日本の歴史では、キリスト教やイスラム教のような一神教の強力な宗教原理が政治に根づいたことはないが、藤原氏の摂関政治が隆盛する平安時代中期くらいから『世俗(俗性)』と『宗教(聖性)』の分離が進んでいき、仏教界(宗教界)は世俗の争乱や対立、責任追及から上級貴族を中心とした人々を守る『聖域』を提供してきた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 7 / コメント 0

2009/01/29 06:35
イスラエルのガザ侵攻とパレスチナ問題2:ユダヤ人の自己アイデンティティと中東戦争の歴史
ユダヤ人の寛容性・親和性を欠く『選民思想』はよく批判の引き合いに出されるが、仮にユダヤ人が『選民思想』を持っていなければ既にユダヤ人(ユダヤ民族)という自己アイデンティティを持つ集団は歴史から消滅していた可能性が高い。ユダヤ人の苦難と迫害、忍従の歴史を思えば、ユダヤ人であるアイデンティティを捨てて他のヨーロッパ民族と同化するという選択があってもおかしくなかったが、古代ギリシア・古代ローマ帝国の時代から無数のマイノリティ民族が選択した『敗戦からの同化・順応』を拒絶し続けたことにユダヤ人の特殊性があ... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2009/01/10 06:35
香山リカ・五木寛之『鬱の力』の書評:「躁の時代」と「鬱の時代」の循環に適応するための考える視点
ポップで読みやすい心理学関連の本を多数出版している香山リカと『百寺巡礼』など仏教関連のエッセイなどを精力的に書いている五木寛之の対談本です。現代日本に蔓延している『鬱の気分』を、精神疾患としての臨床的な『うつ病』と人間本来の思考力に内在する『鬱の傾向』とに分類して、『鬱』を完全には排除できない人間の本性を肯定的に受け止め、『これからの現実』を生き抜いていくにはどうすれば良いかを語り合っています。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 2 / コメント 0

2008/12/21 00:32
中世ヨーロッパの精神的支柱となったキリスト教とスコラ哲学:精神(観念)の実在性と内面(欲求)の自由
古代ヨーロッパ世界の政治秩序は、皇帝(アウグストゥス)を頂点とするローマ帝国によって形成されていましたが、大波のようなゲルマン民族の侵攻とローマ市民としてのアイデンティティの崩壊、農業経済の基盤崩壊によってローマ帝国は瓦解します。ユリウス・カエサルの登場以来、蛮族の侵入を阻止してきた安全保障の防衛ラインを踏み破られた永遠の都ローマは、無抵抗のままに西ゴート族やヴァンダル族に蹂躙され略奪の要求に屈して滅亡しました。西暦476年、ゲルマン族の傭兵隊長オドアケルによって幼帝ロムルス・アウグストゥルスが... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 3 / コメント 0

2008/03/15 16:58
日本の将棋の起源とケガレ思想による将棋のマネーゲーム化:『逆説の日本史8』の雑感
将棋(しょうぎ)とオセロというのは日本で最もポピュラーなボードゲーム(盤上遊戯)であり、子ども時代に誰でも一度は友人と勝負したことがあるゲームだと思いますが、将棋は特に古来から日本にある伝統のゲームという一般認識が持たれています。日本の将棋、中国の象棋(シャンチー)、西欧のチェスを合わせて世界三大将棋といいますが、それらの起源を遡ると古代インドで発明されたチャトランガという立体駒を用いたボードゲームに辿り着きます。韓国の将棋(チャンギ)やタイのマークルックといったチャトランガ起源のゲームもありま... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 3 / コメント 0

2008/03/03 00:50
“主観的な幸福感”を重視するスピリチュアルな世界観と“客観的な根拠”を重視する科学的な世界観:2
前回の記事でスピリチュアルな対話について書いたが、無論、科学的な意味で死後の人間とコンタクトを取る霊媒・霊視や前世へのタイムスリップが事実であるわけではない。『スピリチュアルの世界観の前提』を共有する人間同士であれば、精神的な苦悩を和らげたり、充実した人生を過ごす支えとなる「物語的な意味」を手に入れることができるかもしれないが、それは第三者が客観的に認識できるという意味での科学的事実とは異なるものである。その意味で、スピリチュアルな技法や特殊能力というものは、科学技術のように万人に通用するもので... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 4 / コメント 0

2008/02/01 15:14
“主観的な幸福感”を重視するスピリチュアルな世界観と“客観的な根拠”を重視する科学的な世界観:1
テレビで放送されている江原啓之氏のスピリチュアル番組がBPO(放送倫理・番組向上機構)からの倫理的勧告を受けたようだが、時にカウンセリングとも結び付けて語られるスピリチュアルとは何なのかを現代社会のアノミー(中心的価値観の衰退)と結びつけて考えてみたいと思う。スピリチュアルに対する倫理的批判や科学的検証などは意図せずに書くつもりだが、スピリチュアルというのは基本的に『自分の人生にとって意味のある想像的な物語(霊的世界の前提)を受け容れるか否か』という信仰に近い問題である。ただし、教義に基づく規範... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 4 / コメント 0

2008/01/30 00:15
聖徳太子の『三教義疏』が説く勝鬘教の捨身思想と古代日本における怨霊信仰の影響力
過去の歴史記事の続きになりますが、武断派としての横顔も持つ聖徳太子は、新羅に525年頃に侵攻された任那(加羅,369-562)の日本府(内官家,うちつみやけ)を奪還するために、600年と602年に新羅征討の軍事活動を起こしました。562年に、残っていた任那の利権を完全に失った欽明天皇が必ず内官家を回復するように遺言して死んだように、古代日本の天皇家にとっては、任那(加羅・伽耶)はかなり重要な領地あるいは特殊なこだわりのある地域だったようです。しかし、聖徳太子の新羅征討は朝鮮半島に軍隊を送る前に中... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 5 / コメント 0

2007/12/05 08:52
世俗と宗教の“ダブルスタンダード(二重基準)”によって支えられた前近代の秩序と近代国家の政教分離原則
過去の記事では、孔孟思想と老荘思想の違いについて考えましたが、儒教とはアニミズム(精霊信仰)と祖先崇拝から派生した一つの宗教であり、基本的には『今よりも昔を尊ぶ』という保守的な伝統復古の教えです。近代日本では儒教道徳(忠孝・仁義の徳)が大きな力を持った時期もありましたが、孔子という個人が創始した思想体系に過ぎないので、逐語的に『論語』や『孟子』の文章を規範化して受け止めても得るべきところは少ないでしょう。自分の日常生活や人間関係を豊かにするために儒教的な世界観や徳目を振り返ってみる場合には、復古... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 6 / コメント 0

2007/10/31 13:30
親鸞の浄土真宗と悪人正機の思想2:幸福追求の自助努力へとつなぐ専修念仏
前回の続きになりますが、善人とは、学問・修行・禁欲・利他的な行動などの『意図的な功徳(くどく)』を積んで阿弥陀仏の救済の本願(慈悲)をさらに確実にしようとする者のことです。親鸞は阿弥陀仏の本願は『至上・最大の効果』をもっており、自力本願の功徳によって救済の可能性を上げる必要性などはないと教えました。阿弥陀仏が衆生救済をする無限の慈悲の力は絶対不変であるから、一度、念仏信仰を信心決定すれば必ず救われるし例外はまったくないというわけです。親鸞は、自分も含む『煩悩具足(煩悩を克服できない人)の衆生=悪... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 5 / コメント 0

2007/09/04 00:49
親鸞の浄土真宗と悪人正機の思想1:自力本願の功徳から他力本願の救済への転換
浄土真宗の祖である親鸞(1173-1263)は、『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』の作成(1243)によって真宗を立教開宗したとされますが、親鸞の時代には独立した宗教教団としての体制を十分に整えておらず、親鸞自身には旧仏教を否定する新宗派を開設する意志はなかったともいいます。しかし、数十万人以上の規模に信徒数を増やした浄土真宗は、親鸞の死後に親鸞の子孫(覚如)と高弟との間で利害対立が起きて、蓮如登場以前の真宗は分裂状態(仏光寺派・三門徒派・専修寺派など)にありました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 10 / コメント 0

2007/09/03 01:03
鑑真の戒律と授戒制度を無効化した天台宗・最澄の“円戒の思想”:古代日本の怨霊信仰と宗教観
浄土系の鎌倉仏教は、旧仏教の難行苦行の修行と難しい学問による『善行の功徳』を否定することによって、『仏教の大衆化・救済の一般開放』に成功し、農民(被統治階級)への求心力が強かった浄土真宗などは親鸞の死後に急成長を遂げました。浄土真宗の『中興の祖』となった蓮如(1415-1499)の時に、山科本願寺と石山本願寺(石山御坊)が建設され、真宗の最盛期を迎えた顕如(1543-1592)の時代には、天下統一を窺う戦国大名を威圧するほどの巨大な宗教勢力へと成長しました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 4 / コメント 0

2007/08/25 01:21
“貴族守護(国家鎮護)の古代仏教”から“衆生救済の鎌倉仏教”への転換:無条件の救いを説く浄土信仰
老荘思想(道教)と儒教の原理的な考え方について書いた過去の記事で、『老荘の無為自然』と『仏教の悟り(解脱)』の類似性を指摘しました。仏教には、出家した僧侶が厳しい修行の中で悟りを目指す『上座部仏教(小乗仏教)』と在家の仏教信者である衆生(一般大衆)を仏法によって救済しようとする『大乗仏教』とがあります。日本仏教では、末法思想と政情不安定によって旧仏教(奈良・平安の仏教)が衰退した平安末期から鎌倉初期にかけて、大乗的な衆生救済の仏教が優勢となりました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 8 / コメント 0

2007/08/18 00:15
“世俗の儒教思想”と“隠遁の老荘思想”の中庸を探った古代中国の処世術
過去の記事で、 孔孟思想の『陽(世俗)』の原理と老荘思想の『陰(脱俗)』の原理について対比的に考えてみましたが、儒教思想と老荘思想というのは個々バラバラなものというよりは、一人の人間の内部に矛盾を抱えながら存在するものです。長い歴史を持つ中国文化では、官界(政治の世界)で可能性が開けた時には『儒家の道理(処世)』に従い、俗世界の重圧に打ち負かされそうな時には『道家の道理(処世)』に従うというような『儒道互補の処世術』が上手く用いられてきました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 8 / コメント 0

2007/08/17 22:24
孔孟思想の『陽(世俗)』の原理と老荘思想の『陰(脱俗)』の原理3:中国文化の処世術としての儒道互補
中国の伝統思想には、文治主義の官僚機構を生み出した世俗的な『儒教(孔孟思想)』に対立する思想として、無為自然の『道(タオ)』を説く脱俗的な『老荘思想』があります。老子や荘子の思想は、古来からある神仙思想・原始宗教(アニミズム)と結びついて『道教』の起源となりましたが、一般大衆の文化習俗に対して道教は儒教以上の大きな影響力を持っていました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 2 / コメント 0

2007/07/02 00:05
孔孟思想の『陽(世俗)』の原理と老荘思想の『陰(脱俗)』の原理2:ニーチェの力への意志と社会道徳
前回の記事で書いた現代社会の潮流を踏まえると、社会共通の道徳原理(善悪の評価)が大きく揺らぎ他者の言動への関心が減ったことにより、道徳的な規範を遵守して正しく振る舞うことのインセンティブ(誘因)が格段に小さくなってきています。『倫理的な振る舞い』と『実際的な対人評価』の正の相関が崩れ始めたことにより、医療・教育・政治など各種の専門領域のサービス業化が一段と進みましたが、過去の聖域がサービス業化することの利害については一概に言うことが出来ない部分もあります。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 5 / コメント 0

2007/07/01 17:24
孔孟思想の『陽(世俗)』の原理と老荘思想の『陰(脱俗)』の原理1:儒学と君子・官吏のエートス
孔子(B.C.551-479頃)と孟子(B.C.372-289頃)によって布教された儒教(儒学)は孔孟思想と呼ばれ、儒教の徳治の政治思想と仁義の道徳規範は東アジア各地に非常に大きな影響を与えました。近代以前の東アジアには中華思想に基づく冊封体制があり、日本国では士農工商の身分制による封建主義体制がありましたが、天命を拝受した君主(天子)が諸侯を取りまとめて国家(天下)を統治するという政治の枠組みが共有されていました。儒教はそういった封建的な社会秩序(定常的な社会構造)を正当化する政治思想として機... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 4 / コメント 0

2007/07/01 17:01
孟子の“四端説”と自己の価値を貶めて他者を傷つける“自暴自棄(投げやり)”の抑制
『孟子』は、道徳規範を理解できる理性を有する人間と動物(禽獣)との違いとして徳性の原点である『四端(したん)』を挙げ、『惻隠(仁)・羞悪(義)・辞譲(礼)・是非(智)』の四端を持ちながらそれを無視する人間は、人間としての自分の価値を捨て去ろうとしているに等しいと説いた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 4 / コメント 0

2007/05/24 14:13
『孟子』の性善説に基づく徳治主義と混迷する現代社会の道徳教育:2
孔子や孟子が語る徳治主義(性善説)による王道政治などは絵空事の理想論に過ぎないというのは、確かにその通りであるが、弱肉強食の論理が当然のように罷り通っていた戦国時代に徳治主義を説いたことに孔子・孟子の面目躍如があるのではないだろうか。現代日本でもここ数年、強者が弱者を利用したり見捨てたりすることが当然であるかのような行き過ぎた自由主義の価値観が瀰漫(びまん)しつつあり、『正直者が馬鹿を見る・力のない正義は無力である』といった仁義・礼節・勇気を無効化する言説に説得力が生まれてしまっている。『寄らば... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 4 / コメント 0

2007/05/22 13:37
『孟子』の性善説に基づく徳治主義と混迷する現代社会の道徳教育:1
儒教の始祖である孔子に次いで著名な大儒(たいじゅ)として孟子(B.C.372-B.C.290頃)がいるが、孟子は孔子と比較すると剛毅果断(ごうきかだん)であり直情廉恥(ちょくじょうれんち)の傾向の強い人であった。剛毅果断とは、言い換えれば、不正に対して憤慨する気質、悪事を見逃さずに懲罰の為の行動を即座に決断できる気性の激しさのことを指す。曲学阿世(信念を曲げるおもねり)を嫌った孟子は、王者の師であることの自意識に根ざして活動し、『仁義・礼節の道』を君主に啓蒙する士としての自負心が非常に強い人物で... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 6 / コメント 0

2007/05/22 13:03
レオナルド・ダ・ヴィンチの複雑なセクシャリティと『モナ・リザ』『三人づれの聖アンナ』の分析
ルネサンスの万能人レオナルド・ダ・ヴィンチの「禿鷹空想」の記事で書いたように、同性愛を幼少期の自分自身に向けられたリビドー(性的欲動)として解釈し、同性愛は自己愛(ナルシシズム)の変形であると考えたフロイトは、二人の母親の存在を意識したダ・ヴィンチの不安定な家族関係と口愛期(乳児期)の欲求不満が彼の同性愛傾向を導いたとしました。実際、フィレンツェ時代のレオナルド・ダ・ヴィンチは、17歳のヤコポ・サルタレリ (Jacopo Saltarelli)という男娼と同性愛関係を持ったとして匿名者からの告発... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 4 / コメント 0

2007/05/06 13:19
孔子『論語』の書き下し文と解説:ウェブサイトの更新
儒教(儒学)の開祖である孔子(Confucius, B.C.552,551-479)の言行録であり、孔子と弟子との問答の記録である『論語』の白文・書き下し文・現代語訳(口語訳)をウェブサイトで更新したので、老荘(老子・荘子)の道家と並ぶ東洋思想の原点である儒家の基本教典に興味がある人は目を通してみてください。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 99 / トラックバック 2 / コメント 0

2007/04/02 08:32
C.G.ユングの太母(グレートマザー)とバッハオーフェンの『母権論』が紡ぐ女性原理の宗教性
分析心理学の始祖であるC.G.ユング(1875-1961)は、父権主義に偏ったフロイトのエディプスコンプレックスの仮説を否定して、母性の元型的イメージである『太母(グレートマザー)』がもたらすクリティカル(決定的)な影響を示唆しました。S.フロイトの精神分析体系は、過去のトラウマティックな記憶や反倫理的な欲求が抑圧される個人的無意識を前提として組み立てられたものですが、C.G.ユングの分析心理学では、個人の経験的な養育歴やトラウマからは説明することのできない人類全体に共有される普遍的無意識(集合... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 8 / コメント 0

2007/02/18 20:41
“生きるための定常型経済”と“稼ぐための資本主義経済”:利潤と蓄積を行動原理とする経済人
前回の記事では、『働かなくても食べていける社会』の理念とその可否について考えてみたが、『働かざる者、食うべからず』の伝統的な労働道徳を基点にして、経済社会の歴史的な変遷を略述してみたいと思う。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 11 / コメント 0

2007/02/02 02:24
アメリカの戦後処理の難易度を分けた“イスラームの宗教性”と“日本人の宗教性”
イラク戦争後にアメリカ主導で樹立した新生イラク(イラク正式政府)はその政権基盤が脆弱であり、新生イラク政府は『権力のレジテマシー(正統性)』を幅広い国民層に承認させることに成功していない。複数のイスラム教宗派(シーア派・スンニ派)と少数民族(クルド人・アッシリア人)が混在し地方軍閥が蕃居するイラクでは、国内の大多数の民衆と軍閥が権力のレジテマシーを承認しない限り、内戦とテロリズムの悲惨な状態を沈静化することが出来ないだろう。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 7 / コメント 0

2006/12/16 06:31
多神教のローマ帝国の同化政策(ローマ化)と一神教のユダヤ人のディアスポラ(離散)
元老院主導の共和政の衰退と帝政ローマの興隆:ローマ帝国の覇権主義を支えた『属州のローマ化』の記事では、ユリウス・カエサルの遺志を継いだアウグストゥス以降のローマの外交戦略の要である『異民族の同化』にスポットを当ててみた。ローマ帝国の歴史は、本国ローマが政治的主導権を維持していた西ローマ帝国に限っても約1,200年の長きに渡って継続した。九州・畿内地方の有力な豪族を取りまとめた大和朝廷(ヤマト王権)成立以降の日本の歴史は確かに長いが、日本に住む人々が『日本人』として単一の国民アイデンティティを持ち... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 5 / コメント 0

2006/12/16 05:53
中世ヨーロッパの貴族階級の没落とローマ・カトリックの東西分裂
中世ヨーロッパのイギリスやフランス、ドイツに存在した国家とは、国王・貴族階級・聖職者階級・都市部の商工業者が既得権益と安全保障を巡って勢力を競い合う封建主義的な身分制国家(等族国家)でした。世界各地の文物(商品)や財貨で溢れるイスラム商業圏と遭遇した十字軍遠征(1096)以降に、ヨーロッパ世界でも貨幣経済が発達することになります。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 8 / コメント 0

2006/12/02 11:20
ギリシア神話の『パンドラの箱』と旧約聖書の『創世記』に見るジェンダーのアナロジー(類似性)
古代ギリシア社会では、日常生活において女性の発言権や地位が極端に低いわけではなく、アリストパネスの喜劇『女の平和』では、セックス・ストライキを敢行したアテナイの女性たちが戦争を停止させることに成功したりもする。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 13 / トラックバック 9 / コメント 0

2006/09/26 03:36
アテナイ(アテネ)の歴史が残した民主主義とペリクレス:神々の子孫を自認するヘレネスの系譜
古代ギリシアの有力なポリスであったアテナイでは、独裁者の専制を抑止する陶片追放(オストラシズム)などクレイステネスの改革(B.C.508)を経て、政治的な意志決定に主体的に参加する市民(citizen)階級が勃興してくる。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 7 / コメント 0

2006/09/20 00:04
坂東眞砂子氏の日経新聞の記事から考える“ペット化した動物”の生命の価値と尊厳
『死国』『狗神』などの著作で知られる直木賞作家の坂東眞砂子さんが、飼い猫の仔猫を殺していることを日経新聞の『プロムナード』のコーナーに寄稿したことでネット界隈で大きな批判と糾弾の声が上がっているようだ。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 6 / コメント 0

2006/08/22 11:57
ユング心理学の元型(archetype)や魂(soul)の概念が持つ神秘的宗教性と臨床的応用性
個人的無意識と性的欲動を重視するフロイトから離別したカール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung, 1875-1961)は、精神内界に自律的に生起するイメージ(表象)を重視する分析心理学(analytical psychology)を構想しました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 12 / コメント 0

2006/08/03 05:28
多民族国家フランスの帝国列強の歴史:アルジェリアの民族解放闘争とアラブ・ナショナリズム
前回の記事でワールドカップの決勝戦の話をしましたが、そこから少し話を敷衍して、フランスとアルジェリアの歴史の概略と植民地政策の崩壊の流れをまとめておきたいと思います。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 3 / コメント 0

2006/07/12 05:47
キリスト教初期の歴史と聖書の構成:サイトの更新
キリスト教の誕生とパレスチナの地 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 3 / コメント 0

2006/03/31 21:25
紀元前の宗教史の略年表:サイトの更新
有史以前の人類は、アニミズム(森羅万象への精霊崇拝)やシャーマニズム(呪術信仰)、神話伝承といった宗教的感受性を共有することで、共同体の連帯や団結を高め、自然の猛威や外敵の脅威に備えてきました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2006/03/11 14:43
『神の視点・自我意識(パーソン論)・共同体利益』と関係した倫理規範の根拠:生命肯定の倫理
「哲学の初歩:事実から当為は導出できない」(趣味のWebデザイン)という記事を読み、倫理命題と事実命題の相関や倫理判断の根拠について考えさせられました。 前回の記事に引き続いて「何故、人を殺してはいけないのか?」について、パーソン論概念などをかいつまみながらもう少し考えてみようと思います。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 6 / コメント 0

2006/03/10 13:51
瀬戸内寂聴『釈迦』の書評
『仏教とは何であるのかを一言で語るのは難しいが、それはゴータマ・シッダールタ(釈迦)という仏教の創始者の思想や実践が難解だったことを意味しないのではないか』……私が瀬戸内寂聴氏の『釈迦』を読了して感じた第一印象はそういったものだった。 この『釈迦』は、釈迦の臨終(入滅)に付き添うアーナンダの視点を通して、釈尊の実に人間的な温かい側面を描写した小説である。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 6 / コメント 0

2005/10/12 00:04
仏教の相対的世界観とイスラムの絶対的世界観:ジェマ・イスラミアのバリ島テロ事件の惨禍と信仰の歪曲
仏教は、ゴータマ・シッダールタという歴史上、他に類例を見ない強靭な精神力と特異な世界観をもつ人物によって創始され、段階的に世界各地へと波及していった。 ユダヤ教の民族神ヤーヴェを根源的なイデアとして持つ一神教圏(ヨーロッパ・ロシア・中東・アフリカ・アメリカ)にまで、仏教思想の影響力が拡大することはなかったが、その諸行無常と苦悩からの解脱といった思想的なエッセンスはオリエンタリズムの神秘として伝達されることとなった。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2005/10/04 10:41

トップへ | みんなの「宗教学」ブログ




コンテンツ&本の紹介

Es Discovery's Encyclopedia(百科事典的なアーカイブ)

ESD ブックストア(インスタントストアで色々なジャンルの本を紹介しています!)

心理学の事典や臨床心理学の概説書

S.フロイトとC.G.ユングの書籍
スポンサーリンク


ブログアーカイヴ
2005年
3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2006年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2007年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2008年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2009年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2010年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2011年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2012年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2013年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2014年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2015年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2016年
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
カウンセリングルーム:Es Discovery 宗教学のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる