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みんなの「思想哲学」ブログ

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『人生の意味・価値』についてどう考えるとやる気がでるか2:自分の心身を使って日常を生きる
『人生の意味・価値』についてどう考えるとやる気がでるか2:自分の心身を使って日常を生きる 極論すれば、大多数の人には日常生活を真剣に生きて苦楽に喘ぎながらも、『自分にとっての価値ある体験』や『自分にとって大事な意味ある人間関係』を積み重ねていく以上の人生の意味はないわけだが、逆に誰もが受け入れられる究極的な意味・価値などなくても人間は食べなければ腹が減るし、孤独が続けば人恋しくもなるし、情報やCMに接すれば何かが欲しくもなるということで、多くは何かをせざるを得ない(あるいは主体的・積極的に動いてみたい)心理状態になるだろう。 ...続きを見る

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2017/04/18 16:12
『人生の意味・価値』についてどう考えるとやる気がでるか1:最終的な帰結は問題ではない
『人生の意味・価値』についてどう考えるとやる気がでるか1:最終的な帰結は問題ではない 物事を実際にやってみる前から『無意味・無価値』であると決め付ける冷笑的なニヒリズム(虚無主義)は、『やる気・行動力・生き甲斐』を失わせてしまう。 ...続きを見る

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2017/04/18 16:09
江戸時代の人口動態から見る結婚・離婚・平均出生数:18世紀の婚姻率上昇と人口停滞
江戸時代の人口動態から見る結婚・離婚・平均出生数:18世紀の婚姻率上昇と人口停滞 江戸時代の前半が『人口増加期』であり、後半が『人口停滞期』であるというのは、農業生産量(石高)の変化とも如実に連動している。1598年の日本の総石高は1851万石で、1697年にはそれが2580万石にまで急増しているのだが、江戸期後半になると1830年の段階の総石高は3043万石であり17世紀末と比較してもそれほど成長しておらず、幕末まで同程度の生産量がずっと続いて頭打ちになっているのである。 ...続きを見る

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2016/11/03 14:32
日本の人口が増加した歴史的な4つの時期:江戸時代の約3300万人を上限とする人口支持力
日本の人口が増加した歴史的な4つの時期:江戸時代の約3300万人を上限とする人口支持力 江戸時代には『江戸・大坂・京都』という都市が賑やかに発展して多くの人口を抱えることになったが、『都市部では人口増加率や婚姻率が低くなる・農村部から都市部に人口が移動する』というのは江戸時代も同じであった。都市は一般に婚姻率を下げたり婚姻年齢を上げたりして、人口増加を抑制する『自動的な人口調節機構』としての作用を意図せずに持つことが知られている。 ...続きを見る

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2016/11/03 14:29
ロバート・マルサスの人口論と人口調整メカニズム:日本の人口規模の歴史的推移
ロバート・マルサスの人口論と人口調整メカニズム:日本の人口規模の歴史的推移 トマス・ロバート・マルサス(Thomas Robert Malthus, 1766-1834)は『人口』は幾何級数的(等比数列的)に急速に増加するが、『食糧生産』は算術級数的(等差数列的)に徐々にしか増加しないので、人口と食糧生産(生活資源)との間には必然的に資源不足の不均衡が発生して、生産力の増加率は人口の増加率にどうしても追いつかないのだという。 ...続きを見る

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2016/11/03 14:26
ロバート・マルサスの人口論と各時代の社会が持つ人口支持力:人口増加による貧困の警戒
ロバート・マルサスの人口論と各時代の社会が持つ人口支持力:人口増加による貧困の警戒 21世紀の先進国は基本的に『人口減少社会』としての特徴を持ち、日本も少子高齢化・超高齢化が進んで財政負担が大きくなり、『社会保障の持続可能性+社会保障維持のための増税』が深刻な社会問題として認識されやすくなっている。 ...続きを見る

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2016/11/03 14:23
日弁連の死刑制度廃止宣言と被害者遺族の感情2:現代社会で重犯罪者をどう処遇すべきか
日弁連の死刑制度廃止宣言と被害者遺族の感情2:現代社会で重犯罪者をどう処遇すべきか こう書いてみると死刑制度存置に説得力があるように感じる人も多いはずだが、死刑制度を廃止すべき根拠としてあるのは『人権(生存権)の不可侵性・冤罪や誤判の可能性・加害者の更生可能性と情状酌量の余地・加害者と被害者遺族のコミュニケーションによる感情の変化』などである。 ...続きを見る

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2016/10/13 08:00
日弁連の死刑制度廃止宣言と瀬戸内寂聴さんの過激発言への批判1:応報刑の正義論
日弁連の死刑制度廃止宣言と瀬戸内寂聴さんの過激発言への批判1:応報刑の正義論 日本の世論調査では約7〜8割の圧倒的多数が『死刑制度の存置』に賛成しているとされ、『加害者の生命』でしか償いようがない非常に重い許されざる罪があるという考え方を持つ人が多い。 ...続きを見る

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2016/10/13 07:59
介護は人間がすべきか、ロボットにさせても良いか?:人に固有の仕事・役割・存在の価値とは何か
介護は人間がすべきか、ロボットにさせても良いか?:人に固有の仕事・役割・存在の価値とは何か アメリカではGoogleや大学機関、ベンチャー企業が中心となった『ロボット・ルネサンス』のような動きが加速しており、『器用な運動機能を可能にするロボットアーム+人間の知能の代わりをするAI(人工知能)+人間とコミュニケーションできる能力や擬似的な心の働き』を組み合わせて次世代ロボット(ヒューマノイド型も含め)を開発しようとしている。 ...続きを見る

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2016/09/28 13:58
AI・ロボットの需要増と現代人が直面する“少子高齢化・労働力不足・メンタルヘルス”
AI・ロボットの需要増と現代人が直面する“少子高齢化・労働力不足・メンタルヘルス” 『必要は発明の母』という使い古されたことわざがあるが、現代の少子高齢化や労働者不足(仕事の選り好み・ストレス耐性の低下も含む)、医療・介護・メンタルヘルス・孤独の問題が深刻化する先進国は『AI・ロボットの必要性』が潜在的に高まっている。 ...続きを見る

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2016/09/28 13:54
AI(人工知能)・ロボットは人の仕事を奪うのか?:労働力不足とブラック企業
AI(人工知能)・ロボットは人の仕事を奪うのか?:労働力不足とブラック企業 21世紀は『ビッグデータ・IoT(モノのインターネット)』に支えられた『AI(人工知能)・ロボットの進歩』によって、今まで経験したことのない高度なテクノロジー社会が到来すると予測されている。30年ほど前まで、スマートフォンやインターネットどころか、携帯電話・FAXさえなかったことを考えると、20世紀末からのイノベーション(技術革新)とライフスタイルの変化はあまりに急速なものである。 ...続きを見る

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2016/09/28 13:52
人が見た目・身なりで判断されやすい都市文化と身分制秩序の崩れ:贅沢な消費で成長する市場経済
人が見た目・身なりで判断されやすい都市文化と身分制秩序の崩れ:贅沢な消費で成長する市場経済 都市と田舎の違いとして、人口が少ない田舎はお互いがどういった身分・立場の人かを知っている『顕名性』があり、人口が多い都市では向こうからくる相手がどこの誰だか分からない『匿名性』があるという違いがある。 ...続きを見る

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2016/09/09 12:00
イギリスの地主的・職業的なジェントルマン階級と人々の実際の身分より良く見られたい欲望
イギリスの地主的・職業的なジェントルマン階級と人々の実際の身分より良く見られたい欲望 19世紀のイギリスのヴィクトリア王朝で保守党党首・首相を務めたベンジャミン・ディズレーリ(Benjamin Disraeli,1804-1881)は、議会制民主主義・労働者保護を推進したりインド・エジプトへの積極的な帝国主義政策を展開したことで知られるが、『イギリスはジェントルマンとそうではない庶民という二つの国民(階級)からなっている』という言葉を残している。 ...続きを見る

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2016/09/09 11:58
近代化を促進する都市文化と消費文明:“貴族・身分”の時代から“職業・金銭”の時代へ
近代化を促進する都市文化と消費文明:“貴族・身分”の時代から“職業・金銭”の時代へ 資本主義で運営される現代の先進国は『都市文化』や『消費文明』としての特徴を持っている。国家や都市、国民経済が成長して近代化すると、人の居住地・職業・身なり・生き方を束縛する『身分制度』が緩和されたり廃止されたりして自由になる。 ...続きを見る

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2016/09/09 11:56
アンドロイド・ライツ(ロボットの権利)とサイボーグ化の自我肥大(蘇る不老不死の幻想)
アンドロイド・ライツ(ロボットの権利)とサイボーグ化の自我肥大(蘇る不老不死の幻想) 人間とロボット(人工知能)の『心』についてあれこれと考えてみたが、心を持つことが自明とされている人間が、『心を持つように見えるロボット・人工知能』に、その心(感情・気分・思考)を揺り動かされたり好意や愛着を覚えたりすることは確実なことだろう。人間が『ペットの動物(ロボット犬のAIBOにさえ)』に対して時に人間に感じる以上の愛着・好感を感じるように、『人間に近い外見・知能を持つようになったロボット』に対しても、人間に感じる以上の愛着や好意を感じるようになってもおかしくはない。 ...続きを見る

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2016/05/10 07:13
人工知能(AI)とアンドロイドの進化はユートピアをもたらすか?2:ロボットの心の有無
人工知能(AI)とアンドロイドの進化はユートピアをもたらすか?2:ロボットの心の有無 アンドロイド(ロボット)と人間(生命体)の最大の違いは、『自己保存(生存)+自己複製(生殖)の本能』や『自分・仲間のために解決したいと思う問題』を持っているか否かである。『ターミネーター』や『アイロボット』のようなハリウッドのSF映画では、アンドロイド(ロボット)が反乱を起こして人間に従わなくなるわけだが、こういった反乱を起こすためにはアンドロイド(ロボット)の側に『心(自我・主体性)』が生まれなければならない。 ...続きを見る

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2016/05/10 07:12
人工知能(AI)とアンドロイドの進化はユートピアをもたらすか?1:労働者の解放か失業者の増加か
人工知能(AI)とアンドロイドの進化はユートピアをもたらすか?1:労働者の解放か失業者の増加か 人間の形態と機能を模倣しようとするアンドロイド(ヒューマノイド)は、人工知能・ロボット開発の究極の成果の一つと見られることが多い。近未来SFに出てくるような人間と区別がつかないアンドロイド(ヒューマノイド)は、人間社会に“ユートピア(理想郷)”をもたらすとも“ディストピア(絶望郷)”をもたらすとも予測されている。 ...続きを見る

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2016/05/10 07:10
AI・ロボットのテクノロジー進化は人類の脅威になるのか?2:技術はどこまで人間を代替していくのか
AI・ロボットのテクノロジー進化は人類の脅威になるのか?2:技術はどこまで人間を代替していくのか “Artificial Intelligence”のAI(人工知能)にも、人間の知的能力を部分的に置き換える『部分AI』と人間の知的能力を全体的に置き換えてほぼ人間同等の存在を生み出そうとする『全体AI』とがあるが、現在開発されているAIのほとんどは会話やゲームなどに特化した部分AIではある。 ...続きを見る

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2016/04/08 17:16
ショーペンハウアーの『幸福について』の書評5:現実の苦痛回避と社交(他者)を避ける隠棲主義
ショーペンハウアーの『幸福について』の書評5:現実の苦痛回避と社交(他者)を避ける隠棲主義 幸福や快楽を心理作用が織り成す一時的な幻想と見なす悲観主義者のショーペンハウアーは、『欠乏・疾患・困難などの不幸』を除去した状態を幸福と定義しており、できるだけ危険(リスク)や災厄を避けて生きたほうがいいというわけである。 ...続きを見る

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2016/01/01 01:29
ショーペンハウアーの『幸福について』の書評4:人にどう思われるかを気にする名声欲の解釈
ショーペンハウアーの『幸福について』の書評4:人にどう思われるかを気にする名声欲の解釈 アルトゥール・ショーペンハウアー(1788〜1860)の著書『幸福について』は、“自分の外側(他者)”にではなく、“自分の内側(自己承認)”に幸福の原因を求めることを推奨する幸福論の本である。 ...続きを見る

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2016/01/01 01:27
ショーペンハウアー『幸福について』の書評3:永続的な幸福と他者否定のペシミズム
ショーペンハウアー『幸福について』の書評3:永続的な幸福と他者否定のペシミズム ショーペンハウアーは脱俗的あるいは非社交的なペシミスト(悲観主義者)であるから、その理想的な人間性は外界や他者に自分の内的世界の充実を邪魔されないという意味での『隠遁生活・孤高の境地』となって具体化されるということになる。 ...続きを見る

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2015/12/14 16:14
ショーペンハウアー『幸福について』の書評2:“人のあり方・内部の財産”を強調する幸福論
ショーペンハウアー『幸福について』の書評2:“人のあり方・内部の財産”を強調する幸福論 ショーペンハウアーは完全な健康と身体の好調の価値を賞賛するが、それは健康な乞食が重病で苦しむ王様よりも幸せだということに通じ、『本質的に透徹した価値・魅力のある人間性(内部にあるもの)』に対しては、位階も富もそれに取って代わることができないというのである。 ...続きを見る

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2015/12/14 16:12
ショーペンハウアー『幸福について』の書評1:人間の運勢の差を生み出す“3つの根本規定”
ショーペンハウアー『幸福について』の書評1:人間の運勢の差を生み出す“3つの根本規定” ドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウアー(1788〜1860)が、人間の精神的(内向的)な幸福追求の手段と可能性を論じたのが『幸福について ―人生論―』であるが、冒頭でまず古代ギリシアのアリストテレスの『人生の3つの財宝』に触れている。 ...続きを見る

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2015/12/14 16:11
山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫理』3:“名聞・利欲・色欲”の破滅回避と近代的合理
山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫理』3:“名聞・利欲・色欲”の破滅回避と近代的合理 石田梅岩の『斉家論』というのは、家の秩序を整えるための書であり、家を浪費・奢侈・見栄によって破産させないための書でもあるのだが、実際、慶長時代から栄えていた商家・町家(成金)の多くが、分不相応な贅沢・豪勢な生活をして派手な浪費に耽ったことで、江戸初期には没落してしまったのである。 ...続きを見る

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2015/12/08 13:20
山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫理』2:なぜ散財・贅沢を戒めたのか?
山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫理』2:なぜ散財・贅沢を戒めたのか? 石田梅岩の石門心学において人間の性善説の根拠となる『本心』について、本書では『自分を批判する心(自己反省の内省力)』として解説されており、この本心はS.フロイトの精神分析に置き換えれば『超自我(スーパーエゴ)』としても理解することができるものだろう。梅岩の回心(コンバージョン)による本書で『発明』とも呼ばれる絶対善(赤子のような無智の聖人)への接近は、『無自覚的に本心の言うままに、生きている状態』として捉えられている。 ...続きを見る

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2015/12/08 13:19
山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫理』1:高尚な学問と日常生活・仕事の統合
山本七平『勤勉の哲学』から読む石田梅岩の『消費の倫理』1:高尚な学問と日常生活・仕事の統合 山本七平が『勤勉の哲学』で、仏教徒の鈴木正三(すずきしょうさん,1579-1655)に続いて取り上げているのが儒者の石田梅岩(いしだばいがん,1685-1744)である。石田梅岩は賢しらな知識に惑わされない無学者を賞賛する仏教徒と同じく、知識や自意識に左右されない『無智の聖人・赤子の心・自然悟道(しぜんごどう)』を人間の性善説の現れであるとしている。 ...続きを見る

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2015/12/08 13:17
IS(イスラム国)が一般市民を大量殺戮した“パリ同時テロ”:フランスの報復・排除とムスリムの包摂
IS(イスラム国)が一般市民を大量殺戮した“パリ同時テロ”:フランスの報復・排除とムスリムの包摂 レストランや劇場、競技場など7ヶ所を武装したテロリストが襲撃した『パリ同時テロ事件』は、129人以上の死者、99人以上の負傷者を出す未曾有の惨劇となった。いくつかのニュース記事で、テロリストから襲撃を受けた一般市民の体験談の生の声が紹介されていたが、わずか数分間で数十人が銃殺されて血の海が広がるという凄惨な地獄絵図のような状況である。 ...続きを見る

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2015/11/17 06:35
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評8:人生と仕事の運命性にどう向き合うか?
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評8:人生と仕事の運命性にどう向き合うか? 鈴木正三の生きた江戸初期の『封建制・身分制』が固められていこうとする時代には、憲法で『職業選択の自由』などが保障されているわけでもないから、『職業・仕事にまつわる自己決定権(自己選択権)の前提』そのものはないのだが、『下克上(戦国乱世)の終焉による身分流動性の大幅な減少』によって野心ある元武士(元々はかなりの家柄・身分)であっても農業をしなければならないといった運命の変化はいくらでもあった。 ...続きを見る

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2015/10/28 18:53
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評7:現代の職業選択の悩みと鈴木正三の前世論
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評7:現代の職業選択の悩みと鈴木正三の前世論 現代における職業選択に関する迷い・悩みの多くは、『自己決定権・自己選択権の想定』によって生まれている。実際には様々な所与の前提条件があり、すべての職業を現時点の自分が選べるわけではないのだが、自分が選んで決めたはずの職業・仕事に上手く適応できなかったり職務のきつさ・ストレスに耐えられなかったことに『罪悪感・自己否定感・無力感』を感じやすくなる。 ...続きを見る

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2015/10/28 18:51
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評6:修行(仏行)としての職業と純粋動機原理
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評6:修行(仏行)としての職業と純粋動機原理 仏僧でもある鈴木正三の勤労観は、すべての職業の本質は運命的に与えられた役割を黙々と正直にこなす『仏行・修行』であり、それぞれの職業は罪業(業障)や煩悩を消していく『悟りの道』に通じているいうもので、すべての職業が仏行である以上、あらゆる職業に貴賎の区別はないとしている。 ...続きを見る

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2015/10/28 18:50
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評5:『私が悪かった+あなたは悪くない』のバランス
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評5:『私が悪かった+あなたは悪くない』のバランス 山本七平は江戸時代の思想家である鈴木正三(すずきしょうぞう)と石田梅岩(いしだばいがん)の『勤労観・倫理観(宗教観)』をベースにしながら、日本人の精神性の根底にある行動規範を探索していく。 ...続きを見る

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2015/10/28 16:36
V.E.フランクルの“意味・使命”をベースにした幸福観:幸福追求と幸せへの気づきの違い
V.E.フランクルの“意味・使命”をベースにした幸福観:幸福追求と幸せへの気づきの違い オーストリアの精神科医V.E.フランクル(Viktor Emil Frankl, 1905-1997)は、ナチスドイツの強制収容所における明日殺されるかもしれない限界状況で生き残った人ですが、フランクルの『生きる意味』を問うロゴセラピー(実存療法)の特徴は、『自分(自我)が人生に意味を問う』のではなく『人生の側から意味が問いかけられている』と意味の主体を転換したことでした。 ...続きを見る

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2015/10/22 15:48
自我・欲望の肥大(幸福追求の執念)によって苦悩する人:A.マズローの欲求階層説と仏教の知足
自我・欲望の肥大(幸福追求の執念)によって苦悩する人:A.マズローの欲求階層説と仏教の知足 仏教の創始者の釈迦(ゴータマ・シッダールタ)は、人間社会の真理を示す四法印で『一切皆苦』と『諸法無我』という苦悩の原因と対処を説きましたが、これはトランスパーソナル心理学的(あるいは実存療法的)な苦悩に対する解決法とも似通った部分があると感じます。 ...続きを見る

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2015/10/21 18:51
C.G.ユングの“シンクロニシティ”とミハイ・チクセントミハイの“フロー”:必然的な偶然による流れ
C.G.ユングの“シンクロニシティ”とミハイ・チクセントミハイの“フロー”:必然的な偶然による流れ J.D.クランボルツの『計画された偶発性理論(Planned Happenstance Theory)』では、何かをやってみようとする“意識的な行動”が、意図していなかった思いがけない“偶然の出来事・出会い”をもたらすことが仮定されている。 ...続きを見る

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2015/10/16 01:00
J.D.クランボルツの『計画された偶発性理論』:行動主義と偶然の幸運の引き寄せ
J.D.クランボルツの『計画された偶発性理論』:行動主義と偶然の幸運の引き寄せ 自分で自分がどのような人間になりたいか、どんな仕事や活動をしたいか、どんな相手と人間関係を深めていきたいか、何を実現して達成したいのかといった『目的意識・具体的な計画』を持ち、それに向けて努力や工夫を積み重ねていくというのが、『人生の幸福・成功』を実現するための王道であることは今も昔も変わらない。 ...続きを見る

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2015/10/15 15:55
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評4:修行や運命としての職業・人間の定義
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評4:修行や運命としての職業・人間の定義 仏教の輪廻転生を前提として『前世の因縁』や『来世への責任』といったコンセプトを持ち出すのは、仏僧である正三らしい思想の現れと言える。人間個人の職業的な運命を、前世からの自己責任として受け止める鈴木正三の思想は、『仏法=世間法(与えられた職分・職能を勤勉にまっとうすること)』に必然に行き着くことになる。 ...続きを見る

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2015/10/07 17:05
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評3:鈴木正三の職分論と士農工商の差別
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評3:鈴木正三の職分論と士農工商の差別 曹洞宗の禅僧でもある鈴木正三は、諸法無我の真理に重ね合わせるように『自己愛への執着・自己身体の優先』を厳しく批判するような文章を書いている。それらを突き詰めればすべての人が主君・社会・他者のために自らの職分(仕事)に黙々と勤勉に励むことによって、『万民徳用の自然な秩序(すべての人の徳性が活かされた自然と調和した秩序)』が形成されて維持されるということなのである。 ...続きを見る

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2015/10/07 17:03
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評2:石門心学・自然か不自然か
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評2:石門心学・自然か不自然か “自然”であるか“不自然”であるかの認識の違いが、日本人の是非善悪の価値判断に深く関わっているというのは、現代の平均的日本人の意識からしてもそれほど違和感を覚える見解ではない。『ごく自然な人間らしい生き方・働き方(そこには規則正しい生活習慣・労働適応の自然な日常の認識が織り込まれている)をすべきである』という日本的自然法の考え方は、現代の日本人にも通用する割合がかなり高いものだろう。 ...続きを見る

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2015/10/07 17:01
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評1:天職と天命に見る日本人の労働意識
山本七平『勤勉の哲学 日本人を動かす原理』の書評1:天職と天命に見る日本人の労働意識 西洋世界の資本主義と労働意欲(勤勉)の歴史的発生をキリスト教の信仰と絡めて説明した書物として、社会学者マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』はあまりに有名である。 ...続きを見る

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2015/10/07 17:00
ホモ・サピエンス・サピエンス(現生人類)の種の存続と進化:過去と未来の絶滅回避
ホモ・サピエンス・サピエンス(現生人類)の種の存続と進化:過去と未来の絶滅回避 現生人類であるホモ・サピエンス・サピエンスの内部でも、『肌と目の色・顔の彫りの深さ・骨格と筋肉・目の大きさ・髪質などの違い』から『人種』という概念が日常用語で使われていたり、人類の歴史ではアパルトヘイトや白人優位主義、ホロコーストをはじめとして『人種差別(民族差別)・民族虐殺』が深刻な人権問題となってきた。 ...続きを見る

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2015/09/18 23:36
先史時代に人類(ホモ属)が経験したインドネシアの火山大噴火による絶滅危機と環境適応
先史時代に人類(ホモ属)が経験したインドネシアの火山大噴火による絶滅危機と環境適応 約7万年前に起こったインドネシアのスマトラ島にある『トバ火山』の超巨大噴火がそれであるが、この噴火は現在火山活動が活発化している日本においても、その破滅的な噴火の威力と影響を想像することは難しい。トバ火山噴火のVEIレベル(火山爆発指数レベル)は8であり、これは有史以降の人類の歴史では未経験の凄まじい噴火である。 ...続きを見る

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2015/09/18 23:34
人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)の特殊性と“旧石器時代の長い時間・人類絶滅の度外視”
人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)の特殊性と“旧石器時代の長い時間・人類絶滅の度外視” 現代の高度で豊かな文明社会を生きている人類というのは、生物の進化の歴史では異端中の異端であるだけでなく、私たちが地球史の最先端で享受している科学技術の便利な道具と無数の情報・娯楽・構造物に囲まれたライフスタイルというものは、『歴史的な時間軸』では正に一瞬、まばたきすらできないほどの一瞬に過ぎないというのは、考えれば恐るべき歴史の足跡である。 ...続きを見る

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2015/09/18 23:30
人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)の特殊性と“霊長類を称するヒト”の生態系における特権意識
人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)の特殊性と“霊長類を称するヒト”の生態系における特権意識 ホモ・サピエンス・サピエンスという人類(ホモ属)の種は、自己と世界について言語的・数字的に認識できる知能を持ち、自分と他者の間の言葉・文字のコミュニケーションを通して相互に意思疎通できるという極めて特別な種である。 ...続きを見る

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2015/09/18 23:28
非宗教化された現代版瞑想としてのマインドフルネス:プネウマとプシュケーに象徴される息・生命の哲学
マインドフルネスは非宗教化された現代版の瞑想であり、努力しないメンタルトレーニングである。その基本は、仏教(禅宗)の瞑想・座禅と同じく『呼吸(息)』にあるが、なぜ呼吸が重要なのだろうか。呼吸(息)は、哲学・思想の歴史に照らし合わせて考えれば、『生命の本体』として解釈されてきた経緯を持つが、呼吸は『意識してもできる(随意性)』し『意識しなくてもできる(非随意性)』という両面の特徴を持っている。 ...続きを見る

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2015/08/20 14:43
自己愛と消費文明の幻想(イリュージョン)を支える“自由・人権・平和の実質的価値の実感”
自己愛と消費文明の幻想(イリュージョン)を支える“自由・人権・平和の実質的価値の実感” 自由主義・個人主義が示唆する『個人の能力や魅力の差異・競争』にフォーカスした世界観は、“バラバラの個人・一時的な結びつきや協力があるだけの個人”によって構成されているだけでなく、密接なつながりのある相手以外の他者の多くが『自分と競争する相手(利害・幸不幸がぶつかりやすい敵のような存在)』として認知されやすくなる副作用もある。 ...続きを見る

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2015/03/18 19:13
“個人の自己愛”を補強する権力(他者)に干渉されない自由:右傾化の現象・帰属感希求の心理
“個人の自己愛”を補強する権力(他者)に干渉されない自由:右傾化の現象・帰属感希求の心理 現代人に増加しているとされるクラスターB(B群)の自己愛性パーソナリティー障害もまた、幼少期から思春期にかけての『過度な甘やかし・過保護・過干渉』が原因になっていることもあるが、反対に幼少期から思春期にかけての『自己愛の過度の傷つき(いじめ・虐待・疎外)・ネグレクト・挫折と劣等コンプレックス』が原因となっていることもある。 ...続きを見る

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2015/03/17 05:06
現代のパーソナルな自己愛(self-love)と母性的保護:バラバラな個人の自己愛の肥大・欠損
現代のパーソナルな自己愛(self-love)と母性的保護:バラバラな個人の自己愛の肥大・欠損 現代の自己愛(self-love)の強化は、万人の人権を承認する近代化による自由主義・個人主義の普及と密接に関係している。 ...続きを見る

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2015/03/17 03:35
『対象の欠如(自分にないもの)』を他者が埋めてくれる幻想と不完全な私の欲望2:ラカンの精神分析
『対象の欠如(自分にないもの)』を他者が埋めてくれる幻想と不完全な私の欲望2:ラカンの精神分析 人間は常に『対象の不在』を不安に思ったり恋焦がれたりしているのだが、上記した『自分に欠けている大切なその不在の対象を、他の誰かがきっと持っているはず(他の誰かなら自分に与えてくれるはず)』という確信が、『他者への欲望』や『他者の欲望の欲望』を生み出す構造主義的な仕組みになっているのである。 ...続きを見る

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2015/02/08 12:32
『対象の欠如(自分にないもの)』を他者が埋めてくれる幻想と愛情の欲求1:ラカンの精神分析
『対象の欠如(自分にないもの)』を他者が埋めてくれる幻想と愛情の欲求1:ラカンの精神分析 精神分析では、クライエントが精神分析家に向ける特別な愛情・好意や憎悪・敵対心を『転移(transference)』と呼び、反対に精神分析家がクライエントの転移に影響されて向ける愛情(親近感)や憎悪(抵抗感)を『逆転移(counter-transference)』と呼んでいる。 ...続きを見る

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2015/02/08 12:29
“差異”と“幻想”によって支えられる欲望とシニフィアン(言語):ラカンの理論
“差異”と“幻想”によって支えられる欲望とシニフィアン(言語):ラカンの理論 『他者の欲望を欲望する』というジャック・ラカンが定義した欲望(desire)のあり方は、言語活動によって象徴的に表現される。欲望は自分以外の『他者』と必ず関わりを持つから、欲望は他者と意思疎通するための『公共的(社会的)なシニフィアン(記号)』に属しているものとして理解することができる。 ...続きを見る

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2015/02/08 12:03
ラカンの『欲望』と科学技術・市場経済・仮想現実がもたらす他者回避:“愛する事・働く事”による幸福追求
現代思想のキーワードでは、『個人の島宇宙化(他者との共有領域の縮小)・自己完結型の欲望・欲望充足のバーチャル化(仮想現実経由の欲望充足)・人を軽視する資本主義(拝金主義)』などに当てはまるような人間関係や生活様式、価値観が増大しているとも言える。それらは突き詰めれば、科学技術主義や資本主義経済、仮想現実(VR)・生命工学・ロボットの技術的可能性に裏打ちされた『人間の欲望充足のテクニカル化・バーチャル化』でもあるだろう。 ...続きを見る

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2015/02/01 07:36
人間の『欲求(need)・要求(demand)・欲望(desire)』を区別するラカンの精神分析
精神分析家ジャック・ラカンは、人間の『欲求(need)』と『要求(demand)』と『欲望(desire)』を区別することによって、永遠に完全には満足することのできない人間の精神活動の特性を明らかにした。 ...続きを見る

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2015/02/01 07:33
ジャック・ラカンの精神分析における“現実界(トラウマ)の回帰・反復”としての神経症症状
ジャック・ラカンは、フロイト的な原点回帰と言語中心主義の精神分析によって、『それ以外では有り得ない不可能性(各人に固有の運命)』として“現実”を再定義した。 ...続きを見る

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2015/01/17 23:30
E.エスポジトの語るメディア技術と社会的記憶の関係:ウェブ・技術革新がもたらす次の社会構造
『環節的社会』ではいまだ明確な社会的記憶はないが、象形・表音の文字のメディアが発明されて階層分化(身分制の確立)が進む『成層的社会』では『預言的記憶(蜜蝋モデル)』の社会的記憶が作られる。 ...続きを見る

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2015/01/05 17:32
二クラス・ルーマンの社会システム論(社会進化論)とE.エスポジトの社会的記憶(メディア論)
社会学・経済学をはじめとする社会科学では『社会(society)』を観察と研究の対象にするが、社会は直接的あるいは客観的に観察することができないという意味では、『抽象的・統計的な認識の対象』になりやすい特徴を持っている。日本では明治期の文明開化によって西欧の文物・学問が輸入されてくるまで、『社会』という抽象的で包括的な概念は存在せず、『世間』という周辺の実際的な人付き合いに基づく概念が用いられていたともいう。 ...続きを見る

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2015/01/05 17:26
ジャック・ラカンの言語主義的な人間観と自然の摂理:言葉・イメージを超えた現実(不可能性)
ジャック・ラカンの言語主義的な人間観は、『自然界の進化』を『人間社会の進化』のアレゴリー(寓喩)やアナロジー(類推)と見なす社会生物学的な世界観を否定するものである。 ...続きを見る

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2014/12/30 19:42
ジャック・ラカンの言語中心主義的な人間観と『失錯・機知・夢・症状』に反映される無意識
ジャック・ラカンの精神分析は、ジークムント・フロイトの原点に回帰しようとするベクトルを持っている。J.ラカンは言語活動に現れてくる『無意識の形成物』として、S.フロイトが重視した『失錯行為(言い間違え)・機知(ユーモア)・夢・症状』を取り上げ、これら4つの形成物をクライエントの無意識を理解するための有力な通路と見なした。 ...続きを見る

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2014/12/30 19:29
幻想的な自己愛と消費文明社会の相互作用がもたらす未来2:他者を回避する一人遊びと人工的システム
自己愛と仕事との関わりで言えば、先進国で増大しているサービス業の中でも特に自分の感情表現やコミュニケーションをコントロールしながら顧客の感情(親和欲求+承認欲求)を満足させる『感情労働』が、『消費文明社会におけるお客様扱いを通した自己愛の満足』と深く関係している。 ...続きを見る

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2014/12/04 19:46
幻想的な自己愛と消費文明社会の相互作用がもたらす未来1:経済発展によるライフスタイルの均質化
パーソナルな自己愛が重視される近代社会の背景にあるのは、中流社会における『平等意識の幻想』であり、『機会の平等の幻想(同じスタートラインからみんなが公正に競争しているという競争社会の正当化幻想)』でもあった。 ...続きを見る

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2014/12/04 19:44
“個人的な自己愛”と“自我理想に基づく自己愛”:近代化・市場経済によるアイデンティティの変化
個人的な自己愛(パーソナルな自己愛)の多くは、『経済的満足・家族や恋愛のエロス(情緒的充足)・感覚的快感』と結びついていて、現実的で自己中心的な欲求(=快感・楽しさ・損得感情)を満たそうとする。 ...続きを見る

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2014/12/04 19:42
J.ラカンの言語とイメージ2:“言葉にしないと分からない”か“言葉にしなくても察して欲しい”か
『言葉にしなくても察して欲しい』と『言葉にしなければ分からない』は、実際にはどちらも場合によって『真』に成り得るのだが、『人間主体の自己表現の手段』としての言語がなければ、一般的には自分が何を考え感じていて誰にどうして欲しいのかといったことを代理表象することはできない。 ...続きを見る

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2014/11/20 16:13
J.ラカンの言語とイメージ1:シニフィアンの言語が持つ意味の流動性(文脈依存性)
言語やイメージとは『意味の体系』であり、精神分析とは『クライエントが語る言葉の意味』を解釈しようとする学問である。一方、実社会では『言葉は表層的なもの・言葉(口)で言うだけなら何とでも言える』というような言語を軽視する見方も多い。 ...続きを見る

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2014/11/20 16:12
ジャック・ラカンが示したイマージュ(視覚の刺激・想像)に影響される人間像と“無知の知の前提”
カウンセリングでは『言語』と『イメージ(イマージュ)』の相互作用が使われることも多いが、視覚的あるいは想像的なイメージ(心像)は、言語よりも直感的であり本能的でもある。 ...続きを見る

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2014/11/19 09:57
なぜ『日本人の幸福度』は先進国の中で低いのか?:経済成長期の中流階層の人生設計を標準とする自己評価
日本人の主観的幸福度が先進国で最下位というニュースで、日本は世界第3位のGDPを誇る経済大国なのに、なぜ国民は幸福を実感できないのかという疑問が提示されている。 ...続きを見る

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2014/11/11 15:39
安倍政権による集団的自衛権の閣議決定3:日中関係・日米同盟・国際貢献・アメリカの要求の想定と負担
集団的自衛権行使を含めた日本が武力(軍事力)を行使するための三要件は以下のものに改められた。しかし、外国が武力攻撃を受けた時に同時に『日本国の存立が脅かされる』という極端な軍事危機を示唆する文言が、具体的にどのような同盟国(外国)の被害状況なのかは分かりにくい。 ...続きを見る

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2014/07/04 11:29
安倍政権による集団的自衛権の閣議決定2:集団的自衛権と戦争・徴兵制を結びつける不信の想像力とその原因
『集団的自衛権の行使容認』が日本や日本国民にとってどのような影響を及ぼすのかという問題意識も重要なのだが、それ以前の問題として『日本国憲法の三大原則』の一つである平和主義の解釈を、内閣の一存だけで『条文と全く整合しない内容』に変更しても良いのかという立憲主義の本質を揺らがす問題がある。 ...続きを見る

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2014/07/04 11:23
安倍政権による集団的自衛権の閣議決定1:憲法9条の解釈改憲と立憲主義の軽視
安倍内閣が7月1日、『集団的自衛権の行使』を容認する閣議決定を行い、憲法9条の実質的改憲に迫るような解釈の変更が為された。憲法9条の解釈を変更して集団的自衛権を行使可能にする閣議決定に対して、官邸前では大規模な抗議行動も行われているが、そもそも国家権力(最高権力者)の限界やその有効範囲を規定する『憲法(最高法規)』に対して、時の政権・内閣(首相)が恣意的に大きくその解釈を変更して良いのかという『立憲主義の軽視・逸脱』の問題がある。 ...続きを見る

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2014/07/04 11:20
孫子とニコロ・マキャベリの性悪説的なリアリズム3:マキャベリの君主論と時代要因
カール・シュミットの友敵理論は『権力闘争(自他の利益・支配を巡る争い)』をリアリズムの極地としていて、孫子の性悪説的な人間観・政治観との共通性を持っているが、『政治(政策)の公共的な目的・福祉』や『理性的かつ倫理的な人間を育成しようとする教育(市民社会)の効果』をかなり低く評価した政治学だとも言えるだろう。 ...続きを見る

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2014/06/27 06:16
孫子とカール・シュミットの性悪説的なリアリズム2:シュミットの政治観と友敵理論
孫子のリアリズムは『支配と略奪・権力闘争』をイメージさせるが、ドイツの政治学者カール・シュミット(1888-1985)もまた政治のリアリズムを『権力闘争・友と敵の区別』に求めた人物である。 ...続きを見る

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2014/06/27 06:14
『孫子の兵法』の戦略性とリアリズム1:彼を知り己を知る・戦わずして勝つ・権謀術数
古代中国の春秋時代を生きた呉の武将である孫武(そんぶ,紀元前535年〜没年不詳)は、『孫子』という敵に勝つための戦術・戦略を記した兵法書を残した。『孫子』の兵法の最大の奥義は、戦争を省略して戦わずに勝つ(味方に犠牲を出さない)という『真の戦略』にある。 ...続きを見る

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2014/06/27 06:12
ヨーガの“心”を安定させる呼吸法と三昧の境地:腹式丹田呼吸の効果を説明する“気”の思想
仏教もヨーガも『我執(がしゅう)』を苦悩の原因と定義して、自己中心的に自分だけが幸福になって快楽を得ようとする生き方が逆に人生の苦しみや虚しさ、葛藤を強めていくとするが、“私”という自意識・欲求に囚われない世界(他者)と自然に調和していくような自我の持ち方を仏教では『無我』と呼び、ヨーガでは『真我』と呼ぶことが多い。 ...続きを見る

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2014/06/17 15:31
内向的な仏教思想と外向的な近代科学(西洋思想)が求めるものの違い:外界の現実と心の関係性の捉え方
自然科学に代表される“西洋思想(近代思想)”は、外界の事物の『実在性・現実性』を前提として、外界のモノの世界を『知識・技術』で改善したり、実在する他者との関係性を『実際のコミュニケーション』で円滑にしようとしてきた。西洋思想や近代科学は、ユングの性格理論でいえば自分の外部にあるものや人の実在性を重視して、価値の基準(欲求の対象)にする『外向的・客観的な思想』である。 ...続きを見る

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2014/06/17 15:29
ケン・ウィルバーのトランスパーソナル心理学と『往還論(上昇⇔下降)』の精神発達モデル
トランスパーソナル心理学では、自他を区別しない非自我的(非意図的)な心理状態として『プレパーソナル(前・自我)』と『トランスパーソナル(超・自我)』を想定していますが、原初的なプレパーソナルのほうは『自他の能力的な未分離=未熟・混沌』、自己超越的なトランスパーソナルのほうは『自他の無境界的な合一=達観と悟り・真の充実』といった特徴を持っています。 ...続きを見る

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2014/06/08 04:28
スピリチュアルなトランスパーソナル心理学とケン・ウィルバーの定義した“心(意識)の三つの水準”
トランスパーソナル心理学は『個人としての自己実現・自己成長』を超越しようとする心理学であり、自我(自分)の欲求や能力、目的を超えたところにある『世界の普遍的な真理(万物とのつながり・生命の根源的な感覚)』に近づいてつながろうとする思想的・神秘的な側面を持ちます。 ...続きを見る

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2014/06/08 04:26
進化心理学の生殖適応度とスティーブン・ジェイ・グールドのスパンドレル:愛と性欲の生理心理学
進化心理学が想定する『遺伝的な優秀性と劣等性の基準』は、適応に求められる能力(俊敏さ・狩猟の技量・戦闘能力・多産性・授乳能力)の時代感覚が相当に古い時代に留まっている感じがあるにも関わらず、異性の美貌や望ましいスタイルの特徴に関しては『マスメディア(商業主義)の影響を受けた近代的な最近の基準』が採用されているという矛盾点も上げられます。 ...続きを見る

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2014/06/03 06:35
生殖適応だけでは語れない人間の男女関係の複雑さとロバート・トリヴァースの『投資理論』
冷徹な進化論の生存適応度の統計的研究では、自己遺伝子が数百年のスパンでさえ生き延びる確率は数%にも満たず、結局、遺伝子の系統樹を子孫に下っていくと大半は数世代くらいの子孫で断絶してしまいます。家系・家業・身分としては養子などを取ることで存続することも多いですが、確実な直系の子孫が何十世代も途絶えずに続くことは極めて稀なことです。 ...続きを見る

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2014/06/03 06:33
リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』と自然の摂理(生殖適応度)から見た人の知性・自我・死
人類は他の動物にはほとんど見られない理性と知性、科学、技術、言語などによって、『生態系の意識レベルの頂点』に上がったという自尊心を持ってはいますが、ただ生成消滅を繰り返すだけの自然界では『人間的な知性の優位性』は自己満足以上のものではないように見えます。 ...続きを見る

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2014/05/19 16:17
リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』と遺伝子決定論・環境決定論
現代日本では、少子化・未婚化の人口減少問題(社会保障制度の持続性)や結婚・出産(高齢出産)のライフイベントを巡るニュース・議論が多く出されていますが、『遺伝子・進化論』の観点から人間の行動選択や生殖適応(子供を持つ選択)、男女関係(相手選び)について考えてみると、今までとはまた違った人間関係・意思の絡み合いの景色が見えてくるかもしれません。 ...続きを見る

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2014/05/19 16:15
“個の確立・自己超越・意味の復権”を志向するトランスパーソナル心理学と宇宙論的な大きな物語との接続
行動を客観的に理論化する行動主義心理学と無意識領域を考察する精神分析に続いて、『第三の心理学』と呼ばれたヒューマニスティック心理学(人間性心理学)では、社会に上手く適応するための“帰属欲求・承認欲求の充足”や自分らしい人生を生き生きと充実させて生きるための“自己実現の達成”が目標とされました。 ...続きを見る

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2014/05/19 16:13
トランスパーソナル心理学のオルタナティブな世界観と現代で増える孤独感・虚しさ
現代の日本では『自己実現・自己選択・自己責任』などの個人単位の幸福や充実のための概念が建前として普及する一方で、周囲のみんなに合わせずには生きられない、自然な自分を表現して活かすことができないという『自己不全感・自己抑圧(自己欺瞞)のストレス』が非常に強くなりがちです。 ...続きを見る

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2014/05/14 04:09
トランスパーソナル心理学と人生の意味論2:思い通りにならない人生と現代の物質主義に対する解釈の視点
深刻な病気の恐怖や人間関係のトラブル、慢性疾患の悩み、大切な相手との別離、仕事や学業の挫折といったネガティブな出来事は、一見すると『自分個人の欲求の充足を阻害(邪魔)する無意味な出来事』にしか見えないかもしれません。 ...続きを見る

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2014/05/14 03:06
トランスパーソナル心理学と人生の意味論1:人生から“個人(私)”へと問いかけられる意味・使命
V.E.フランクルは個人が自分の人生の意味を問いかけるのではなく、人生の側から自分に人生の意味を問いかけてくる(使命感・義務感を与えてくる)という逆転の発想を示すことで、『実存的ニヒリズム』を克服しようとしました。 ...続きを見る

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2014/05/13 17:24
V.E.フランクルの収容所体験と人生からの問い(未来の意味):創造価値・体験価値・態度価値
フランクルの強制収容所体験は、誰もが耐え難いと感じる限界状況においてこそ、良くも悪くも『人間の本質』が現れることを教えてくれるものだったが、『限界状況での強さ・前向きさ・美しさ』をもたらすものは、その人にとっての苦難・苦痛の持つ意味の認識(意味の捉え方)であるように感じられた。 ...続きを見る

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2014/05/05 23:23
V.E.フランクルの『意味への意志』と自己超越的な『新しい人間性』:2
科学的世界観は合理性と実証性を客観的真理の基準に据えるが、科学は豊かな経済や便利な生活のための道具にはなっても、中立的で客観的な科学そのものが『価値の判断基準』あるいは『人間の生きる意味』に取って代わることはできない。 ...続きを見る

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2014/05/05 23:21
V.E.フランクルの『意味への意志』と科学的還元主義のニヒリズム:1
精神分析の創始者であるジークムント・フロイトは、人間の精神活動のエネルギーを『快楽への意志』に求め、個人心理学を考案したアルフレッド・アドラーは『権力への意志』こそが人間の精神活動の源泉であると考えた。 ...続きを見る

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2014/05/05 23:19
“勝者・神話・自己肯定の物語”として再構成される歴史:靖国神社参拝とM.アルヴァックスの集合的記憶
かねてから歴史は『勝者の物語』と言われてきたし、民族や国家の生成発展の歴史は、日本の記紀にあるニニギノミコトの高千穂峰への天孫降臨のように、およそ現実にあったとは考えられない『神話的な物語』から始まったと伝承されるものであるが、科学や知識が高度に発展・増加した現代においても私たちが自国・自民族の関係する歴史問題を客観的に評価することは簡単なことではない。 ...続きを見る

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2014/04/29 07:16
V.E.フランクルと登山(ロッククライミング)2:人はなぜ登山やスポーツをするのか?
V.E.フランクルのロゴセラピーはカール・ロジャーズの『クライエント中心療法』のように人に共感的理解を示したり無条件の肯定的受容を与えれば自然に問題が解決されるという風には考えない。ある意味で人間をストレス(苦難・試練)に曝してでも鍛えようとする厳しいところがあり、自己憐憫を乗り越えたストイックな自己鍛錬や義務の遂行によって生き甲斐(生きる意味)を見出そうとする。 ...続きを見る

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2014/04/28 14:41
V.E.フランクルと登山(ロッククライミング)1:ロゴセラピーにおける厳しい人生観とストレス
V.E.フランクル(Viktor Emil Frankl, 1905-1997)というと、ナチスドイツの強制収容所での過酷な体験とその克服(意味への意志)を綴った『夜と霧』が有名だが、『現代思想 imago ヴィクトール・E・フランクル特集』に収載された『山の体験と意味の経験(V.E.フランクル,赤坂桃子訳)』で、フランクルがロッククライミング(岩登り)にも興味を持ち実際に岩山を登っていた事を初めて知った。 ...続きを見る

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2014/04/28 14:40
ポストモダンと後期近代(レイト・モダニティ)の現代思想3:再帰性の高まりと個人化の苦悩
ポストモダン思想を初めて提唱したのは、フランスの哲学者ジャン=フランソワ・リオタールの『ポストモダンの条件(1979年)』だとされるが、リオタールも工業分野の労働による物質的な豊かさだけを追求していた時代が終わるという『脱工業社会・脱産業社会(=情報化社会・知識労働の増加)』のコンセプトを打ち出していた。 ...続きを見る

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2014/04/24 11:49
ポストモダンと後期近代(レイト・モダニティ)の現代思想2:近代社会を構成する要素・価値
近代以前の歴史の時代区分は、原始時代(先史時代)から古代、中世、近世を経て移り変わってきたのだが、近代化は『終わりのない最新化(アップデート)・成長志向の繰り返し』を意味するから、近代が近代よりも先の更に進歩した時代に変化するという可能性は殆どない(近代初期よりも前の時代に退行・貧困化したり人心が荒廃したりする恐れはあっても)と考えられている。 ...続きを見る

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2014/04/24 11:47
ポストモダンと後期近代(レイト・モダニティ)の現代思想1:終わらない近代化
歴史学の時代区分では『現代(contemporary age)』と『近代(modern age)』は形式的に分けられている事が多いが、現代史というと『現在進行形の出来事や人物とも接続されるごく最近の歴史』といった意味合いが強く、近代史というと現代よりは少し前の時代の歴史といった感覚になってくる。 ...続きを見る

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2014/04/24 11:45
プラトン『ソクラテスの弁明』『クリトン』の書評2:ソクラテスはなぜ理不尽な死刑を受け容れたか?
ソクラテスは自らをアレテーを備えた有徳者であると自負しており、告発されている『青年を腐敗させた罪・他の神霊(ダイモニア)を信仰して広めた罪』についても身に覚えのない冤罪であることを主張していた。だが、実際に裁判官から死刑判決をくだされると、その無意味に思える死刑から逃れて亡命したほうが良いという親友・知己の勧めをソクラテスは退けて、従容(しょうよう)として『毒人参の杯』を呷り不条理な刑に服してしまった。 ...続きを見る

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2014/04/05 06:03
プラトン『ソクラテスの弁明』『クリトン』の書評1:賢者の無知の暴露と青年を腐敗させた罪
岩波文庫の『ソクラテスの弁明』と『クリトン』を久しぶりにざっと読んでみた。ソクラテス(B.C.469-B.C.399)という古代ギリシアの哲学者には自著がなく、ソクラテスの刑死の謎に迫るこれらの本も弟子プラトン(B.C.427-B.C.347)の回想に基づいて書かれたものである。 ...続きを見る

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2014/04/05 06:02
M.マクルーハンのメディア論と人間の意識:マスメディアの時代が生んだネーションとパブリック
メディア(media)とは、何らかの情報・知識を他者に伝達したり、モノや人がある地点を移動させたりする『媒体・媒介』のことである。現代でメディアというと、狭義のメディア定義となるマスメディア(テレビ・新聞・雑誌)やインターネット(ユーザー参加型メディア)のことを指すことが多いが、広義のメディアには手紙も電話も電信も含まれる。人やモノを移動させる電車・バス・自動車・自転車などもメディアの一種であり、話し言葉(声)や書き言葉(文字)さえも他者に何らかの情報・意思を伝達するための原初的なメディアなので... ...続きを見る

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2014/03/28 15:14
岸田秀『性的唯幻論』から見る男女関係と性道徳の変化4:マテリアルな性的身体の幻想と外見の評価
男性が幻想として抱え込みやすい“利己的・道具的な性愛”だけでは人間の男女関係や家族形成は成り立たないので、そこに倫理的あるいはロマンス的な『恋愛・愛情・信頼・家族愛』といったものが導入され、文明社会では特に『自己本位的な欲望(異性の道具化・モノ化)』だけに陥らない相手のための貢献や思いやりの要素が、社会・文化の規範(個人の人間性や魅力の評価軸にもなり得る恋愛の前提)として根付いている。 ...続きを見る

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2014/02/15 18:22
岸田秀『性的唯幻論』から見る男女関係と性道徳の変化3:聖女と娼婦・愛情と性欲の二元論
岸田秀は人間の男性の性欲の道具的な特殊性に注目して、人間の男性だけが他の動物には見られない『女性の人格と性器の切り離し』を行うことで、買春や強姦をすることができるとしているが、これは部分性愛から性器性愛へと移行するリビドー発達の成果(正常な性交渉を可能にする心理的発達)なのだとしている。 ...続きを見る

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2014/02/15 18:19
岸田秀『性的唯幻論』から見る男女関係と性道徳の変化2:自己愛・部分性愛に囚われた人の性
恋愛・結婚などで決まった相手(パートナー)がいる人の多くは、ちょっと魅力的だなとかいいなとか思う別の異性がいたとしても、『今まで築き上げてきた居心地の良い家庭・関係性・相手との相互の信頼』を壊してまで(自分のために良くしてくれている相手を傷つけてまで)浮気しようとはしないものだが、『想像・妄想・理想の範囲内』においては現実のパートナー以外との恋愛・性愛をイメージして楽しむことはあるだろう。 ...続きを見る

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2014/02/15 18:17
岸田秀『性的唯幻論』から見る男女関係と性道徳の変化1:本能が壊れた動物としての人間
岸田秀の精神分析は『本能が壊れた動物』としての人間を前提にした“性的唯幻論”を展開するが、これは人間の性的欲求が“子孫存続の生殖本能(妊娠出産の帰結)”ではなく“文化的・快楽的な幻想”に支えられているという理論である。 ...続きを見る

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2014/02/15 18:16
岸田秀の『史的唯幻論』から見る“日本・中国・韓国の屈辱”と対米感情のねじれ:2
途上国(弱小国)に対する侵略支配や植民地化を正当化する際に、キリスト教圏の西欧諸国は『野蛮・未開な部族を信仰・文明を通して啓蒙するため』という論理を押し通してきた。キリスト教の正しい信仰を広めるため、先進的な豊かな物質文明の恩恵を与えるためという大義名分によって、『大航海時代以降の白人の国家による世界支配(植民地獲得競争)』は自己正当化されてきたが、それは侵略・支配する側のロジックであって侵略・支配される側にとっては関係のないことでもあった。 ...続きを見る

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2014/02/14 01:46
岸田秀の『史的唯幻論』から見る“日本・中国・韓国の屈辱”と屈辱の雪ぎ方のもつれ:1
結果論としての恩義(自分たちのおかげ)の押し付けをするというのは、1853年のペリー来航以降(日米戦争のアメリカの勝利と戦後)のアメリカの態度でもあり、日本人はこの一方的で傲慢な恩義の押し付けに憎悪・不快を覚えた。何とか不平等条約を解消して国家主権を回復し、白人の国ロシアとの日露戦争にも勝利したことでアメリカ・西欧諸国と日本は対等なのだという姿勢を鮮明にした。 ...続きを見る

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2014/02/08 14:38
NHKの会長・経営委員の“政治思想開示の影響”とアジア太平洋戦争の道義的解釈を求める動き:3
NHK経営委員の長谷川三千子氏も、朝日新聞社に乗り込んで抗議の拳銃自殺をした右翼団体『大悲会』の元幹部・野村秋介の行動を肯定するような追悼文書を書き、『自他への暴力を行使してでも信念を貫き通すことの正義・潔さ』を賞賛するような思想性を示した。 ...続きを見る

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2014/02/06 08:37
NHKの会長・経営委員の“安倍カラー人事”とアジア太平洋戦争の道義的解釈を求める動き:2
『安倍カラー人事』とも言われた保守的・復古的なNHK経営委員においても、埼玉大教授の長谷川三千子氏やベストセラー作家の百田尚樹氏が、籾井会長と連動するような『戦前の日本の体制・天皇主権・軍事行動』などを肯定する発言をしている。 ...続きを見る

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2014/02/06 08:34
NHKの会長・経営委員の“政治的中立性の問題”とアジア太平洋戦争の道義的解釈を求める動き:1
NHKの籾井勝人会長が戦時中の従軍慰安婦について、他の国も戦争では日本と似たような慰安婦制度を持っていたはずと発言して物議を醸した。この論調は昨年、戦争のような極限状況では、生死の危険で興奮した男性を慰めるために従軍慰安婦のような制度があったのは仕方がない部分もあったとした橋下徹大阪市長の発言と重なる趣旨のものでもある。橋下市長自身も籾井会長の記者会見での発言を受けて、自分とほぼ同じ考え方だと認めている。 ...続きを見る

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2014/02/06 08:32
山本太郎議員が渡した手紙の問題から『戦前の主権・立憲君主制の象徴天皇』を考える:2
日本をファシズムの総動員体制・軍部独裁体制(戦時国家)へと導いていった5・15事件(1932年)にせよ2・26事件(1936年)にせよ、そのテロ事件を正当化する根拠は『天皇の御意志の忖度』にあり、『(国政壟断で私腹を肥やす)君側の奸を除く』というスローガンが大衆に喝采されたりもした。 ...続きを見る

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2013/11/01 03:10
『中庸』の儒教思想と子思や朱熹(朱子)の説いた君子の“道・誠・理”
『中庸』は『論語』『孟子』『大学』と並ぶ、儒教の四書のうちの一つである。儒教の中核的教義や行動規範とも関連する『中庸』という書物を書き著したのは、始祖の孔子の孫に当たる子思(しし)という人物で、字(あざな)は鯉(り)という。孔子には伯魚(はくぎょ)という男子がいたが、孔子の存命中に伯魚は死没しているため、子思は儒教教団の血統的な権威として位置づけられた。 ...続きを見る

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2013/10/07 21:00
佐々木俊尚『レイヤー化する世界』の書評4:境界線のない“場”と自己の多面性を映す“レイヤー”
世界で生きるすべての人々を呑み込んでいってしまうと予測される“場”は、インターネット上のビジネスモデルとしての重要性がずっと指摘され続けている“プラットフォーム”と言い換えることもできるが、『誰もが必然的にアクセスしたりアクションしたりするために集まってくる場』であり、国家のように物理的な領土・物質に紐付けられている必要さえないものである。 ...続きを見る

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2013/09/06 23:16
佐々木俊尚『レイヤー化する世界』の書評3:“ウチの世界”と“ソトの世界”の境界が揺らぐ
シーパワーである日本は、海に囲まれた単一民族国家に近い特殊な国家(自然発生的な国家)であると見なされがちであるが、日本が『日本人という国民アイデンティティを持った国民』によって構成される近代国家になるためには、『明治維新と国民教育=幕藩体制・身分制度・コメ経済に代表される近世の世界システムの否定』が必要だった。 ...続きを見る

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2013/09/01 23:54
佐々木俊尚『レイヤー化する世界』の書評2:国民国家・民主主義の世界システムは普遍的か?
グローバルな範囲で膨大なユーザーを集める先端的なネット企業は、本社機能(ブレーン)を担う少人数の精鋭部隊以外は、自国で大勢の正社員を雇用するわけではない。ネットビジネスをする上で必要になってくる細かなデザインやプログラム、コーディング、コールセンターといった実務の仕事は、『アウトソーシング(外部委託)・オフショアリング(海外拠点の建設)』で人件費・税金の安い途上国のやる気・能力のある労働者に回してしまうので、第三の革命を推進する多国籍企業のネット企業は『国益・自国の労働者の雇用(給与)』に必ずし... ...続きを見る

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2013/08/31 11:30
『風立ちぬ』の喫煙描写と『はだしのゲン』の残酷描写へのクレームについての雑感:4
『はだしのゲン』には確かに小学校低学年くらいの子供に見せるには、少し過激で残酷な暴力表現(感受性の強い繊細な子供には心理的負担・恐怖になるような表現)が含まれているところがあるので、『一切の年齢制限が要らないという判断』は現在の学校教育や子供の精神への影響に見合っていない部分があるかもしれない。 ...続きを見る

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2013/08/20 08:31
『風立ちぬ』の喫煙描写と『はだしのゲン』の残酷描写へのクレームについての雑感:3
中沢啓治さんの『はだしのゲン』は戦争(原爆投下)によって人間がモノのように蹂躙され殺戮(破壊)される非情な現実を劇画調の漫画で描いた作品であり、基本的に『反戦思想(反軍思想)・平和主義』を伝えようとする目的意識が内在した漫画作品として知られる。戦争そのものへの価値判断を明確には打ち出さずに、戦中戦後の時代を夢を忘れずに明るく生き抜こうとする『風立ちぬ』とは全く異なるタッチの作品である。 ...続きを見る

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2013/08/20 08:27
アナキズム(無政府主義)と社会契約論(統治権力論):国家・法の権力がない自然状態をどう見るか
国家権力と法律の正義は分かち難く結びついているが、ドイツの法学者のハンス・ケルゼンが『法とは物理的な強制をも正当化する規範の体系であり、国家とは法規範の体系の擬人化である』としたように、国家は『物理的な暴力性・強制性』を正義と擬制する見方をしないのであれば、マックス・ヴェーバーがいうように『悪魔的な側面(国家・体制の法規範に背く者や勢力を圧殺する側面+その国家体制が必ずしも一般庶民の自由・権利の保護と結びついているか分からない側面)』を併せ持っているものなのである。 ...続きを見る

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2013/08/10 00:56
国家や法の権力が生み出す秩序をどう解釈するか:リバタリアン・共産主義者の反国家の視点と現実
個人的にどんな事情や要因があっても犯罪は許されないし、殺されたり盗まれたりした被害者とは直接の関係がないというのはその通りであり、近代の法律・刑事裁判も基本的にはそのように運用されているわけであるが、犯罪を犯してしまう10代の少年少女の性格・価値観の歪みや不安定で衝動的な精神状態(他者の気持ちを思いやれない余裕のなさ)に関しては、『未熟な未成年者を取り巻く家庭環境・周囲の大人と仲間の影響』を完全に無視することも難しいのではないかと思う。 ...続きを見る

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2013/08/08 16:05
『少年少女の犯罪・非行』の要因や責任をどう考えるか?:相手の境遇を想像する事の難しさと結果責任の追及
近代の法治国家では、個人間の紛争や喧嘩は『個人間の自力救済(暴力・脅しの実力勝負)』で解決してはならないという前提があり、『当事者間の話し合い』か『民事・刑事の司法判断』を通して解決しなければならないのは当然である。その一方で、近代の制度や規範、常識としてそうであっても、それを守れないような個人や関係、差し迫った状況が生まれることがあることも、多くの人は『暗黙の了解』として知ってはいるわけである。 ...続きを見る

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2013/08/04 00:25
『大阪市の市立小学校校長による体罰』から“嫌がらせに対する抵抗としての暴力の問題”を考える
現代では犯罪の責任の度合いや量刑の重さについて、『犯罪の結果』だけではなく『犯罪者の内面・事情・経緯』にも配慮しながら判決を決めていくことになる。このことに対して、『犯罪の重大な結果・残酷な事実だけ』に着目して量刑を厳しく判断すべきだという意見もあれば、『犯罪を犯さざるを得なかった事情・心理』にも配慮して情状酌量すべき点があれば量刑の軽減も考えていくべきだという意見もある。 ...続きを見る

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2013/08/04 00:23
チェーザレ・ロンブローゾの生来的犯罪者説と『善人(正常者)』と『悪人(異常者)』の境界線
善人・悪人の境界線をきっちりと引く『人間性二元論』(前記事を参照)を、進化論(社会進化論)を前提とする科学的方法で実証しようとしたのが、イタリアの精神科医・法医学者のチェーザレ・ロンブローゾ(1836〜1909)である。 ...続きを見る

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2013/08/04 00:15
『広島県呉市の集団暴行死事件・山口県周南市の集落殺人事件』から人間性と法の善悪の見方を考える
善人と悪人を綺麗に二分してしまう『人間性二元論』の人間観を持つ人は、有害な悪人は生来的に無害な善人(常識人)とは異なる存在だから『反省・更生・共生』は不可能に近いとして、犯罪者に対して形式的な厳罰を求める傾向がある。 ...続きを見る

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2013/08/04 00:12
憲法は『公権力の有効性』と『国民の人権(自由)』の範囲を規定する2:右翼と左翼の歴史
国益・愛国心・共感性などによって支えられる国家共同体としての性格が強まると、『個人としての自国民』や『個人としての外国人』は目に入りにくくなるので、国家全体の利益や目的のために『国内の全体主義・権利制限(自由抑圧)』や『外国人に対する攻撃性・憎悪(利害対立している外国の外国人すべてが敵に見える)』が起こりやすくなってしまいます。 ...続きを見る

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2013/07/30 15:24
憲法は『公権力の有効性』と『国民の人権(自由)』の範囲を規定する1:共同体とシステム
衆参両院で改憲勢力が概ね3分の2以上を占めた(加憲の公明党含め)ことで、政治家や識者、興味のある人たちの間で『改憲の議論』が活発化していますが、それでも一般的な国民の過半は『日常的な話題』にするほどの強い興味を持っているわけではないと思います。 ...続きを見る

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2013/07/30 15:22
権力の本質と社会秩序・人間関係3:合意形成と利害調整への参加とガバナンス
近代初期には権力による統治というと、『立法・行政・司法の三権』による強制力のある政府機構がイメージされやすく、権力を発動する政府による統治(あるいは政府そのもの)を“government(ガバメント)”と呼んでいた。ガバメントは制度的・法的な根拠を持つ『合法的な秩序維持のための強制力』のことを意味していて、一般の人々は『被統治者(権力からの命令や規制を受ける者)』という位置づけに置かれやすく、ガバメントの政治は国策・密室政治のようなトップダウンによって実行されてきた。 ...続きを見る

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2013/07/13 20:28
権力の本質と社会秩序・人間関係2:二クラス・ルーマンの複雑性の縮減と複合性の増大
権力を持つということは、『その相手の立場・地位・利害を左右できる直接的あるいは間接的な影響力』を持つということであり、権力の歴史的原始的な起源は『逆らえば殺害する』ということにあったと推測される。前近代社会の政治権力の本質も『体制に逆らう勢力・個人を抹殺することができる』ということにある。中世期のヨーロッパや西部開拓時代のアメリカ、戦国〜江戸時代の日本がそうであったように権力のデモンストレーションとして『見せしめ目的の公開処刑』が行われることも珍しくなかった。 ...続きを見る

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2013/07/13 20:26
権力の本質と社会秩序・人間関係1:公権力(政治権力)と私的権力(プライベートな力関係)
人々が毎日同じような生活行動パターンを安定的に繰り返したり、既存の役割や常識、規範に無意識的に従っているように見える『社会秩序』はどのようにして形成され維持されているのか。 ...続きを見る

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2013/07/13 20:24
U.ベックの“個人化”と自由・孤独な個人の“自己の物語化”によるアイデンティティ再構築
ドイツの社会学者のウルリッヒ・ベック(Ulrich Beck, 1944〜)は、近代社会では個人は伝統的な家の縛りや村落共同体、血縁共同体、身分階層、宗教の規範からどんどん解放されていく『個人化(individualization)』が進展すると指摘したが、これは伝統的な共同体やその規範・慣習からの『自由な個人の解放』を意味してもいた。 ...続きを見る

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2013/06/17 16:04
近代化による“自己(自分)”と“共同体感覚”の変化:帰属感・安定感を弱める現代の自己
現代では自分が他の何物でもない唯一の自分であること、自分が他者から独立した意識や世界観を持つ独自の自己であることは、あまりにも『自明な前提』になっているし、『個人主義・プライバシーの重視・ウェブの浸透』などによってますます社会と自己、他者と自己、主観的世界(内面)と外部環境との距離感は開いているように感じられる。 ...続きを見る

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2013/06/17 15:58
キケロー『友情について』の書評2:変化し続ける状況と変化しない友情
『友情とは何か?』の本質論についてラエリウスは、友情は順境をいっそう輝かせ、逆境を分かち担い合うことで軽減してくれるものと定義し、『まるで自分に語るように、安んじて全てを語ることができる人を持つことほど嬉しいことがあろうか。自分と同じだけそれを喜んでくれる人がいないのなら、繁栄の中にあったとてどうして大きな喜びがあろうか』という共感感情への欲求を述べているのである。 ...続きを見る

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2013/06/07 11:03
キケロー『友情について』の書評1:ラエリウスと小スキピオの不滅の友情を巡る対話篇
古代ローマ市民が理想とした『友情』のあり方を、哲学者キケローが、思慮深い執政官ガーイウス・ラエリウスの口を借りて、二人の女婿に向けて語らせる構成になっている。ラエリウスが亡くなった親友の小スキピオとの友人関係を振り返りながら語るのだが、現代の日本から時間的にも地理的にも遠く離れた『古代ローマ』に生きた人たちが、私たちと全く変わらない友情や人間関係に対する価値判断を持っていたことに改めて気づかされるような本である。 ...続きを見る

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2013/06/07 11:00
憲法9条の平和主義は“国際情勢と安保環境の変化・国連活動への協力”に対応できないのか?
帝国主義時代の西欧列強の利己的な侵略戦争(消費市場・生産拠点・奴隷的労働力の開拓)や圧倒的な力の差がある国・地域の植民地支配はともかく、戦争・紛争の多くは『戦争を望んでいないはずの国民(殺したくもないし殺されたくもない一般国民)』が政治(強権支配)や教育(敵対主義的な教育)、情報(扇動)、歴史(過去の遺恨)、疑心暗鬼(相互不信)、同調圧力などによって、戦争に参加しなければならない状態(やらなければやられるとの不安・恐れ)に追い込まれて起こるものです。 ...続きを見る

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2013/04/03 20:09
カミュやサルトルの実存主義では、“人間の自由と苦悩・人生の価値”をどう考えるか?
カミュのエッセイ『反抗的人間』では、明晰な理性で世界や人生を観察する時に出現する非合理的な説明のつかない不条理に対して、迷信(神の信仰)で目を背けたり自殺で逃げたりすることを批判し、その運命的とも言える人の世の不条理さを見つめ続けて“抵抗(レジスタンス)”することが『人間の尊厳』につながると説きました。 ...続きを見る

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2013/02/22 08:41
人は運命的な理不尽にどう抵抗すべきか?2:理不尽さと文明社会との終わりなき戦い
自然の摂理にせよ不可避の宿命にせよ、実現主義が示すように人間がいつか死ぬべき存在であることは『現状の倫理の前提』になっている部分はあります。それでも現代の平和で豊かな時代で生きる私たち人間は、『理不尽の究極としての死』を何とか遠ざけて回避しようとする知識的・制度的(法律的)な努力を続けていると言えるでしょう。 ...続きを見る

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2013/02/22 08:39
人は運命的な理不尽にどう抵抗すべきか?1:アルベール・カミュの『シシュポスの神話』
『異邦人』『シシュポスの神話』で知られるフランスの文学者アルベール・カミュ(Albert Camus,1913-1960)も、ニーチェと同じく神が死んだ近代に生きる個人をテーマにしましたが、カミュはニーチェのような超人の理想を掲げるのではなく『運命的・反復的な理不尽』をテーマにしました。アルベール・カミュは小説という表現媒体によって、自らの近代的な世界観や人間像を表そうとしましたが、カミュの人間観は、『生存』を求める肉体と『普遍』を求める精神という対立的な要素によって構成される存在こそが人間であ... ...続きを見る

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2013/02/22 08:37
フリードリヒ・ニーチェのアンチキリストと“自我・自己愛・孤独”に悩む人間の増加
欧米のキリスト教的な世界観では、東洋の儒教・仏教・道教では余り重要視されない『正義(異文化に対する優越性)』の観念の影響力が見られましたが、この正義と悪の二元論は、キリスト教以前の古代ギリシア哲学でも“アレテー(徳)”として尊重されました。プラトンの哲学思想でも、魂は『各部分のイデア(理想の範型)』を目指しており、魂の各部分が完全性に到達しようとするその指向性こそが『正義』であるとされています。 ...続きを見る

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2013/02/18 10:05
J.ピアジェの認知発達理論とモノ(事物)を別の何かに見立てる『見立て』の能力
スイスの心理学者ジャン・ピアジェの認知発達理論(思考発達理論)は、思考の道具としての言語と表象操作がどのように発達していくのかを明らかにしたものですが、基本的には『感覚的・具体的なもの→形式的・抽象的なものへの発達過程』を示しています。 ...続きを見る

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2012/12/09 18:40
乳幼児期の“言葉・遊びの発達過程”とノーム・チョムスキーの普遍文法(UG)の仮説:1
乳児期の赤ちゃんや幼児期の子どもは『探索行動・遊び』を通して発達していきますが、発達早期(12ヶ月未満)の赤ちゃんは、興味を覚えるモノへの接触や快の感覚を得られる行動を単純に繰り返す傾向が見られます。“いないいない、バー”などの遊びを楽しんで理解できるようになってくると、こうしたらこうなるだろうという『物事の発生の順序・因果』が何となく分かってきます。 ...続きを見る

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2012/12/08 13:16
斎藤環『関係する女 所有する男』の書評3:“男女の性差・性別役割”を科学的事実で語る誤謬
第二章『男女格差本はなぜトンデモ化するのか』では、アラン・ピーズとバーバラ・ピーズのベストセラー『話を聞かない男、地図が読めない女』などを例に挙げながら、『自然主義的な誤謬』と『疑似科学的な男女の性格行動の違いの説明』を問題として取り上げている。自然主義的な誤謬というのは、『事実命題と倫理命題が異なるという事』の指摘であるが、簡単に言えば『客観的な事実として〜であるという認識から、あなたは〜すべきであるという倫理規範を導き出すことはできない』ということである。 ...続きを見る

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2012/06/28 17:27
斎藤環『関係する女 所有する男』の書評2:“性別に関する知識・社会的な共有認識”としてのジェンダー
斎藤環が前書きで書いているように、『ジェンダー否定・男女平等主義の機械的な極論』というのは、自分が自分の持つ自然な欲望に傷つけられないようにしようとするシニシズム(冷笑主義)の態度に根ざしており、何とか異性を無価値化しようとする認知的不協和による虚しい努力に近いものである。しかし、シニシズムの対極にある男性と女性がとにかく性的に結びつけば良いというような“デカダンな快楽主義・享楽趣味”というのも反道徳的であり、それが集団化すればカルト宗教のような異様な外観を呈してしまう。 ...続きを見る

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2012/06/23 23:33
斎藤環『関係する女 所有する男』の書評1:ジェンダー・フリーとジェンダー・センシティブ
人間の男と女の違いが何に由来するのかという説いは、歴史的にも意識的にも常に普遍的な問いである。近代社会は『男女同権社会』を志向するプロセスの中にあるが、それでも『ヘテロセクシャル(異性愛)』によって多くの男女の行動が規定される限り、男と女の考え方や価値基準が全くフラットな同じようなものになるとは考えられない。『法律的な権利・自由』の上では男女は平等であるべきだが、イデオロギーとしての“ジェンダーフリー”には、男が女に好かれたいと思い、女が男に好かれたいと思う以上、一定の限界がある。 ...続きを見る

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2012/06/22 03:13
近代社会が求める“個人の自立・貨幣経済の自由・自己責任”は人間関係や相互扶助をどう変えるか:3
前回の記事では、ゲゼルシャフト(機能的・利害関係的な共同体)における現代の個人ベースのライフスタイルについて書きました。それと合わせて、生活保護者数の増加だったり芸能人の生活保護不正受給疑惑だったりも、『親族の扶養義務(相互扶助の負債感)』を弱めた“個人単位(世帯単位)の近代的な社会保障制度・自己責任原理”と無関係ではないでしょう。 ...続きを見る

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2012/06/12 21:39
近代社会が求める“個人の自立・貨幣経済の自由・自己責任”は人間関係や相互扶助をどう変えるか:2
前回の記事の続きになりますが、地縁血縁が薄れていき誰も親しい他者とのつながりがないという『無縁社会・孤独死の増加』も、ゲマインシャフト(伝統共同体)を段階的に解体していった高度な貨幣経済の浸透と無関係ではないでしょう。大半の事がお金で解決できる便利で計画的な社会(直接的に地縁・血縁・他人に依存して助け合わなくても良い自立した個人が基準とされる社会)になったからこそ、人との縁が薄くなりやすくなり、『直接的な対人関係の相互扶助』が弱まったという側面もあります。お金を支払って等価交換と見なされるサービ... ...続きを見る

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2012/06/10 01:15
キリスト教の絶対神(普遍性)はどのような思想・信仰や世界観を生み出すか?2:一神教と多神教
世界の創造者や生命の設計者、完全・普遍な実在としての“絶対的な神”は、二千年以上の長い年月にわたって人類に『世界の秩序感覚・集団や民族の目的性・人生の意味の保証・苦しくても生き続ける価値』を与えてきた。だが、キリスト教や西欧市民社会、政治哲学に内在していた『近代化の諸要因』が開花することによって、現実社会の不幸や貧苦、災難が減少することになり、それに従って現代社会(特に先進国)では“宗教の必要性・希求性”がかなり低下してきた。 ...続きを見る

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2012/04/18 17:35
キリスト教の絶対神(普遍性)はどのような思想・信仰や世界観を生み出すか?1:有神論と無神論
合理主義と経験主義に基づいて近代文明を構築する科学的思考が普及しても、『真の実在・人生の意味・普遍の価値・存在の理由』といった形而上学的な謎に科学が十分に答えることはできず、変化し続けて生成消滅する人間や生物、モノ、世界の背後に『真の実在としての神(絶対者)』を想定することはある種の究極的な合理主義でもある。 ...続きを見る

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2012/04/18 17:32
S.フロイトの精神分析の“エス”と進化生物学の“生存・生殖本能”が生み出す暴力(争い)の問題
進化心理学では人間の行動と心理は、『突然変異・遺伝子保存・遺伝子頻度(ばらつき)を前提とする自然選択』の結果として段階的に形成されてきたと考えますが、進化論・進化心理学の前提にあるのは、人間も動物(哺乳類)の一種であるという事実認識でしょう。 ...続きを見る

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2012/03/17 02:55
“家族ペット”と近代家族の揺らぎ5:“人の家族”と“ペットの動物”に期待するものしないもの
自立可能な能力を持ち独自の意志や欲求を抱えている人間は、ある意味では馴れているペットの動物(いつも自分を慕って必要としてくれる犬・猫)以上に『次の行動・発言を予測できない存在』であり、確率的には自分を傷つけたり裏切ったり、不快にさせたりする可能性を少なからず持っているとは言える。ペットの動物がなぜ『癒し・安心感』を生むのかの理由のひとつは、『時間や都合によって態度(反応)の変化がない・いったんなついたら基本的には死ぬまでその関係が続く』からだろうが、これは理想の家族の条件でもある『交換不能な唯一... ...続きを見る

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2012/02/11 18:14
“家族ペット”と近代家族の揺らぎ4:ペットはどうして“家族”として認識されるようになったのか?
山田昌弘の『家族ペット』では、ペットを飼っている複数の飼い主の事情やペットに対する心理をリサーチしているが、ペットは自我(エゴ)と言葉を持っておらず自分の欲求・期待を相手に押し付けてくることもないため、飼い主は自分の『理想の対象・関係性』を簡単にペットの動物に投影してしまうことができるのだ。だから、ペットは配偶者の代わりにもなれれば、恋人や愛人の代わりにもなれるし、子どもの代わりにだってなれるという『内的世界における万能性・融通性』を潜在的に持っており、その自分の理想像や期待を一方的に投影できる... ...続きを見る

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2012/02/05 01:24
“家族ペット”と近代家族の揺らぎ3:家族の役割分担意識と婚姻規範の変化。未婚化や離婚増加
現在、社会保障制度の持続性との関係で問題になっている『少子高齢化・未婚化・人口減少』の原因の一つも、直系家族から核家族への変化に伴う『子どもの教育費増加の高コスト化・自立時期の遅れ(22歳以上までの扶養・働けない子やパラサイトシングルの増加)』であり、現代では30〜40代までの子どもは基本的には直接に親を支援・扶養してくれる存在ではなくなっている。 ...続きを見る

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2012/02/05 01:22
“家族ペット”と近代家族の揺らぎ2:直系家族から核家族への変化と主観的家族としてのペット
人はなぜペットを飼うのかという問いに対する一般的な答えは、『癒しの体験・寂しさの緩和・生活の充実・子どもの情操教育(生命尊重と思いやりの感覚)』を求めてというものだが、最近読んだ山田昌弘の『家族ペット ダンナよりもペットが大切!?』という社会学に関連した書籍では、“主観的家族論”によって『ペットを飼う理由』が説明されている。 ...続きを見る

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2012/02/05 01:20
“家族ペット”と近代家族の揺らぎ1:人間と動物(ペット・家畜)との関係性。動物が持つ癒し
近年は“ペットブーム”で犬や猫、ウサギなどのペットを飼う人が増えているが、大切に飼われているペットは『動物』であっても擬人化されやすく、『家族』に近い存在という認識が持たれるようになっている。戦前戦後の時代と比べると『ペットの動物』だけに限らず、哺乳類をはじめとする動物は随分と大切に取り扱われるようになったし、20世紀後半の生命倫理学では動物の生命にも人間に近しい価値があり、その権利をできるだけ守るべきだという『アニマル・ライツ(動物の権利)』の思想も生まれてきた。 ...続きを見る

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2012/02/03 19:45
奥州・蝦夷の歴史は“米の文化・中央の権力”とどう向き合ったか3:松前慶広と豊臣・徳川政権への同化
奥州藤原氏ははじめ本拠地を江刺郡豊田館(奥州市)に構え、その後に磐井郡平泉に拠点を移して1108年から中尊寺金色堂の造営を開始しているが、奥州藤原氏は最後に確立された『蝦夷・俘囚の系譜』を引く中央から独立的な政権でもあった。初代の藤原清衡は自らを『東夷の遠酋・俘囚の上頭』と称するなど、京都の朝廷・貴族とは異なる奥羽地方の出自を誇りにしていたが、奥州藤原氏の四代(清衡・基衡・秀衡・泰衡)にわたる約100年の栄耀栄華も、義経を匿った事を弾劾する源頼朝の遠征によって1189年に終焉した。 ...続きを見る

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2011/11/20 15:33
奥州・蝦夷の歴史は“米の文化・中央の権力”とどう向き合ったか2:安倍氏清原氏と武家の棟梁源氏
平安時代中期には、陸奥に土着して支配領域を拡大していた軍事貴族の安倍氏がいて半独立的な勢力を築いていたが、朝廷への貢納を怠った廉で陸奥守・藤原登任(ふじわらのなりとう)が攻撃を仕掛けると逆にこれを打ち負かして、安倍氏は朝敵として成敗の対象となる。朝廷は1051年に河内源氏の源頼義(みなもとのよりよし)を陸奥守に任命して安倍氏征伐に派遣するが、後冷泉天皇の祖母の上東門院(藤原彰子)の病気平癒祈願で大赦が出て安倍頼良は許された。 ...続きを見る

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2011/11/20 15:29
奥州・蝦夷の歴史は“米の文化・中央の権力”とどう向き合ったか1:稲作伝来が生んだ日本文化の基層
前回の記事の続きになるが、平安時代前期の9世紀には、平安京の朝廷は蝦夷に対する直接の軍事活動を取りやめることになり、朝廷の蝦夷に対する支配領域の拡大は現在の岩手県・秋田県のそれぞれ中部付近を北限として停止することになる。なぜ平安京の天皇・公家は坂上田村麻呂が進展させた『蝦夷征伐事業』を中途半端な段階でやめてしまったのだろうか、その理由は大きく分ければ『怨霊信仰・ケガレ思想による軍事の敬遠』と『奥羽地方の北部が稲作不適地であることが分かったから』ではないかと思う。 ...続きを見る

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2011/11/20 15:28
蝦夷征伐の東北史から見る“日本人・大和文化”とは何か?3:坂上田村麻呂の東北経略と平安京の怨霊信仰
大和と蝦夷の激戦地帯となったのは現岩手県の胆沢(いざわ)の周辺であり、780年(宝亀11年)に俘囚の伊治呰麻呂(いじのあざまろ)が反乱を起こして、陸奥按察使(むつあぜち)の紀広純(きのひろずみ)を殺害して朝廷が築いた多賀城を攻め落とした。789年(延暦8年)には、征東大使・紀古佐美(きのこさみ)が率いる征東軍を、蝦夷の阿弖流為(アテルイ)が巣伏の戦いなどで打ち破り(アテルイの乱)、蝦夷のゲリラ戦術に翻弄されて奈良末期・桓武朝の第一次蝦夷征伐は失敗に終わる。 ...続きを見る

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2011/11/09 08:23
蝦夷征伐の東北史から見る“日本人・大和文化”とは何か?2:まつろわぬ者の蝦夷・アイヌと帰属意識
統一的な近代国家の要件を備えた日本が明治期に成立するまでは、日本及び日本人の範囲は『天皇家・大和朝廷(平安京)にまつろう者(従う者)の集団勢力』によって規定されており、蝦夷・毛人(えみし)とは端的には『大和朝廷・にまつろわぬ者ども(天皇の権威に服属もせず臣下としてのアイデンティティを持たない者)』という意味であった。日本の天皇(皇室)・朝廷を『世界の中心』として、そこから離れれば離れるほど文化文明の賑わいや洗練から遠い『世界の周縁(僻地)』になるという世界観がそこにあり、これは中国王朝の中華思想... ...続きを見る

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2011/11/09 08:21
蝦夷征伐の東北史から見る“日本人・大和文化”とは何か?1:中国の華夷秩序の影響と大和朝廷
日本人は戦時中には“大和人(大和民族)”と自称する事が多く、男性社会を支える良妻賢母を育成しようとする女性教育では三従の“大和撫子”が理想とされた。日本が当時最先端の造船軍事技術を集積させた切り札の戦艦にも『大和』という命名が為された。米軍の海・空からの苛烈な集中砲撃によって、鹿児島県の坊ノ岬沖海戦(1945年4月)で実質的に壊滅に近い状態に追いやられてた連合艦隊の『戦艦大和』が、短時間で沈没させられた悲劇のエピソードも有名である。海戦を戦う戦艦から空母(移動可能な戦闘機発着拠点)への時代の変化... ...続きを見る

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2011/11/09 08:16
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評6:サンデルの思想と現代の共同体の連帯
前回の記事の続きになるが、目的論的な世界観を持つアリストテレスは政治についてもその目的を問い、『政治的共同体は何のためにあるのか?』という目的性の遂行にこそ正義があると考えるのだが、こういった政治理解も国民自らが投票と議会によって政治の方向性を決めていく自由民主主義の社会とは折り合いが悪いかもしれない。 ...続きを見る

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2011/08/23 15:54
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評5:ロールズの平等主義の正義とテロス
J.ロールズは彼以前の政治哲学や倫理規範において仕方が無いことや運命として見過ごされていた『道徳的恣意性(遺伝や身分、家庭、民族など偶然の要素による有利・不利)』をできるだけ縮減して無くそうとすることに正義を見出したのだが、ロールズのいう格差原理に基づく平等主義の正義論には、『実際には無くすことが難しい種類の格差(生まれながらの能力・環境)』が多いという限界も指摘される。 ...続きを見る

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2011/08/21 00:43
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評4:カントの定言命法とロールズの正義論
インマヌエル・カント(Immanuel Kant, 1724-1804)は外部の条件や他者の要求に従う『他律』ではなく、自分が定めた格律(行為規範)に従って行動する『自律(オートノミー)』こそが、真の自由であり責任能力の根拠であると主張した。I.カントは功利主義的な『結果(帰結)の利益』によって物事の善悪を判断する思想に反対して、自由な行動とは目的(利益)のための手段としての行動ではなく、目的そのものになる行動であり、行為の結果よりも動機づけのほうを重視した。 ...続きを見る

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2011/08/21 00:41
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評3:徴兵制と志願兵制(労働市場)の倫理学
前回の記事の続きになるが、政府への服従を嫌う個人主義が根づいていたアメリカの北軍の勢力圏では『徴兵』は余り有効に機能せず、20万7千人に徴兵命令を送付しても、大半は逃亡するか障害申請で兵役免除を願い出たという。免除費を支払ったのは8万7千人、身代わりの傭兵を雇ったのは7万4千人で、実際に兵役に従事したのは4万6千人に過ぎなかった。鉄鋼王のアンドリュー・カーネギーや銀行家のJ.P.モルガン、合衆国大統領の親族をはじめとする金持ちのほとんどは、徴兵免除費を支払って兵役を免れていた。こういった状況を前... ...続きを見る

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2011/08/19 12:57
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評2:ベンサムの功利主義とミルの自由主義
イギリスの哲学者のジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham, 1748-1832)は、人間の快楽と苦痛は計量可能な『量的』なものと定義して、『最大多数の最大幸福(あるいは人数にこだわらない最大幸福)』を原理とする功利主義(utilitarianism)を提唱した。ベンサムにとっては『快楽や幸福をもたらす効用(結果)のある行為』が善であるとし、快楽と苦痛を計測して快楽の総量が最大になる行為が正しいと考えた。 ...続きを見る

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2011/08/17 14:09
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』の書評1:対話型講義と現代社会を動かす原理
ハーバード大学教授であるマイケル・サンデル(Michael J. Sandel,1953〜)の『正義(justice)』について考える倫理学的な哲学が、現代において注目されている理由は何だろうか。その理由は色々と考えられるが、大きく分ければ以下の2点に収斂してくると思う。 ...続きを見る

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2011/08/17 13:58
デイヴィッド・リースマン『孤独な群衆』に見る他人指向型と現代社会における人間関係・承認欲求の不全感
前回の記事の続きになるが、人間の悩みや葛藤が強化される各種の原因として、『劣等コンプレックス・自己不信感・対人恐怖・喪失感・過去への執着と未来への不安』を取り上げてきたが、物質的な豊かさや個人の自由領域(他者との不干渉)の拡大、文明社会の利便性やシステムによる環境管理が増大していく現代では、『主体性の喪失・群集内での孤独感・自己愛の肥大・選択できないモラトリアムと虚無感・格差拡大(豊かさの中での貧しさ・無力感)・仕事のストレス増加』などが新たなメンタルヘルスの危機を招くリスク要因になってきている... ...続きを見る

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2011/08/17 13:51
福島第一原発事故による原発安全神話の崩壊と事故リスク3:地震大国日本で原発とどう向き合うか?
福島第一原発事故を受けて日本の原子力推進政策と新規原発の増設が見直されようとしていますが、地球温暖化対策やエコロジー思想に適しているとしてアジアや中東地域で原発増設を推進してきた『原子力ルネッサンス』は、今でも国際的な影響力を維持しています。米国のスリーマイル島事故(1979年)や旧ソ連のチェルノブイリ事故(1986年)によって、原発産業は一時的に衰退傾向を示しましたが、新興国の電力需要が急速に増え始めたことやCO2を大量に排出する火力発電所が地球温暖化につながると批判され始めたことから、原子力... ...続きを見る

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2011/04/27 07:49
マルセル・ローゼンバッハ『全貌ウィキリークス』の書評4:近代国家・リスク管理と対立するウィキリークス
ウィキリークスの無差別的な機密情報の暴露が善なのか悪なのかの判断は一義的ではないが、イギリスの歴史学者ティモシー・アートン・アッシュが『歴史的・政治的資料の連続性と相関性』がより良く認識できるようになったと言うように、学術研究や資料調査の文脈では内容を考慮しない機密の暴露にはメリットがあるだろう。 ...続きを見る

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2011/04/24 06:14
努力する事で得られるものと要求水準の高さ・幸福の実感1:人は何を求めて努力しようとするのか?
勉強して試験に合格したり専門的な技術のレベルを高めたり、物事を成し遂げたりするためには、一般に『努力・意欲』が必要であると考えられています。何らかの分野における達成や向上に向かって『努力すること・頑張ること』ができなければ、自分の成長や社会経済的な評価(報酬)を得ることが難しく、将来的に幸せになれないのではないか(大きな失敗につながるのではないか)という不安感もあります。 ...続きを見る

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2011/04/02 21:55
人間は敵と“実際の戦い・喧嘩”を回避するためにどうするか?:攻撃ディスプレイと異指向ジェスチャー
前回の記事の続きになるが、実際に殴ったり蹴ったりの暴力を振るわなくても、『間接的な威嚇・集団的な威圧』によって相手の行動や判断の自由を制約できるというのは経験的に了解できることであるが、これは『相手の社会適応性や良識・倫理観の有無』や『暴力行為と事後的な法的処分とのスピード』の問題としても考えられる。人間は通常かなり好戦的で倫理観がないように見える粗暴な人物でも、直接的な腕力を行使して殴り合いをしたりすることは極めて稀である。殆どのケースにおいて『威嚇・威圧のポーズ』や『腕力の強さや性格的な危な... ...続きを見る

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2011/03/13 07:33
人間社会の“原始的な暴力”と“制度的な仕組み”による秩序形成2:現代のメリトクラシーと戦いの物語
前回の記事の続きになるが、近代社会では『学歴・職業・所得・資産・地位』などに、自分の能力や努力、事績が反映されやすいという『機会の平等に基づくメリトクラシー(能力主義)』の前提が置かれている。学歴や職業、所得というのは、競争して優位に立てば上昇するという機会の平等の前提が置かれているため、自尊心・自己アイデンティティと相関しやすい傾向を持つ。こういった『相対的指標に基づく階層意識・自他の区別』は、暴力(腕力・威嚇)による動物的階層が、文明的・倫理的な方法へ転換されたものとして解釈することができる... ...続きを見る

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2011/03/13 07:28
人間社会の“原始的な暴力”と“制度的な仕組み”による秩序形成1:個人と国家の強制力とその制御
人間社会の“秩序形成原理”は、時代の進展と共に暴力や権力、宗教から離れて平和的(経済的・合理的)なものになってきたが、S.フロイトの『人はなぜ戦争をするのか』にあるように、原始的な上下関係のある集団秩序は無意識的本能としてのエスと身体的な暴力(腕力の強弱)によって形成されてきた。人間は個人間の関係性において『協調・競争(闘争)・無関心』の行動を選ぶことができるが、共通の法律・倫理・宗教の規範がない原始的社会では、土地や食糧、異性、資源を巡って争う時には『身体的な暴力のディスプレイ及び行使』が用い... ...続きを見る

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2011/03/13 07:24
2010年日本の政治経済の論点3:ジュリアン・アサンジの“ウィキリークス”の思想性と影響力
民主党内部では、小沢一郎の国会招致を巡って『菅・仙石派』と『小沢派』の対立も深刻化しているが、小沢氏は法的拘束力のある証人喚問を受ける前に衆院政治倫理審査会に出席すると回答した。政治家とカネの集め方の問題は、日本が直面している政治的・経済的・財政的な危機と比較すれば末節ではあるが、国民の関心と不満は非常に強く、この問題への対応を間違えれば民主党政権の地盤は更に揺らぐだろう。 ...続きを見る

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2011/01/09 22:35
内田樹『日本辺境論』の書評3:“辺境性”を活用してきた日本と先行者(世界標準)との距離
戦前と戦後の日本の軍事外交や国際情勢の認識に共通する要素として、内田氏は『被害者意識(外国が攻撃してくるからこちらも反撃せざるを得ない)』を上げていますが、『追い詰められる前の段階』で自ら先手を打って状況を変えようとはしないというのは、日本の政治・外交や日本人の行動様式に見られやすい傾向性かもしれません。 ...続きを見る

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2010/11/16 22:40
内田樹『日本辺境論』の書評2:“理念・ビジョン”ではなく“他国との比較”で語られる日本
日本の政治家・知識人は日本がどのような国であるかということについて、『日本固有の主張・理念(ビジョン)・特徴』で語るのではなく『他国との比較(ランキング)』で語ることが多いというのですが、他国との比較や先進的な文明文化との接近度を通じてしか自国の国家像(国家戦略)を描けないというのも、『日本の辺境性』の現れであると言えるのでしょう。 ...続きを見る

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2010/11/13 21:47
内田樹『日本辺境論』の書評1:“中心―辺境(周縁)”の二元論から考察する日本文化論
『日本人とは何者なのか?日本文化とは何なのか?』という普遍的な問いに対して、“辺境性・周縁性の概念”を用いて答えようとしている本ですが、著者の内田氏が何度も『既に先賢・先人によって語りつくされたテーマではあるがそれを改めて日本論として整理し確認する』と述べているように、日本の思想史や民俗学に触れたことのある人であれば何処かで読んだ理論も多く紹介されています。 ...続きを見る

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2010/11/13 21:45
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評4:加藤清正の本妙寺と大分県国東半島の羅漢寺
第97番 本妙寺(ほんみょうじ) ...続きを見る

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2010/11/09 22:06
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評3:空海信仰の善通寺・長崎の唐寺の興福寺
第93番 善通寺(ぜんつうじ) ...続きを見る

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2010/11/07 08:31
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評2:太宰府の古刹の観世音寺と久留米の梅林寺
『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』では、四国・九州地方にある10宇の寺院が選ばれているが、前半の5つの寺院の来歴・地理・特徴、その感想を簡単に書き留めておこうと思う。 ...続きを見る

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2010/11/07 08:22
五木寛之『百寺巡礼 第十巻 四国・九州』の書評1:なぜ人は寺院を巡るのか?信仰と観光の癒し
日本全国にある百の寺を巡礼するシリーズの最終巻であるが、自分自身が九州に在住しているということもあって『四国・九州篇』から手に取ってみた。日本における仏教の歴史は朝鮮半島にあった百済の聖明王が、欽明天皇に仏像・経典を贈った538年(552年)にまで遡り、中世期には鎌倉仏教の登場で仏教の信仰と勢力は大衆にまで広がった。 ...続きを見る

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2010/11/07 08:17
S.フロイトの『人はなぜ戦争をするのか』の論考と平和秩序の構想3:エロスとタナトスの二元論
フロイトの『人はなぜ戦争をするのか』という問いに対するひとつの答えは、『人口に対する資源・財・土地の少なさ』や『財の配分・身分制度による格差』によって生まれる不満・対立を、実力勝負で解決する手段として『戦争』が用いられてきたということである。 ...続きを見る

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2010/10/23 08:24
認知症の延命医療を巡る日本とアメリカの文化差:“生命の尊厳”と“自意識・他者とのつながり”を思う
この記事は、前回の大井玄『「痴呆老人」は何を見ているか』の書評の続きになります。自分(私)が自分(私)でなくなっていき、人格の統合性が解体していく認知症というのは、本人にとって『現代社会の構成員である資格・価値』を失うかのようなショッキングな体験として受け取られやすいのですが、本書では『競争社会に適応した近代的自我』をそれほど絶対視する必要があるのかという根本的疑問から、認知症の内面心理や対応を掘り下げて考察しています。 ...続きを見る

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2010/08/12 13:07
香山リカ『しがみつかない生き方』の書評2:勝間和代を目指さない生き方と金銭・子どもとの距離感
前回書いた香山リカ『しがみつかない生き方 「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』の書評の続きになります。 ...続きを見る

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2010/07/20 08:27
西欧思想における“精神優位・肉体軽視の人間観”と人類の持つ“非言語的な身体動作”の基本分類
心理学で『行動(behavior)』という時には『発言・コミュニケーション・社会的行為』を含むこともあるが、一般的には行動を理解する際には『身体動作』と『思考・言語』を区別したほうが分かりやすい。人類(動物)の生物学的な進化のプロセスを辿ると、『身体動作』は明らかに『思考・言語』よりもその起源が古く、ヒト以外の中枢神経系の発達していない動物の大部分は『動作』以外の言語や抽象的思考を使いこなすことができない。 ...続きを見る

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2010/07/13 19:57
ITやインターネットが促進する“現代のグローバリゼーション”と人類の歩んできた歴史過程
トーマス・フリードマンは『フラット化する世界 経済の大転換と人間の未来』でインターネットと情報端末の普及で情報化社会が整備されることにより、生まれた国や地域とは関係なく『個人が平等な競争をする労働市場が広がる』という予言をしているが、グローバリゼーションによるフラット化は先進国と新興国を包摂する『生産‐流通‐消費の一大システム』の構築を促進して、個人と企業を取り巻く国際競争は厳しさを増していく。 ...続きを見る

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2010/07/06 17:50
五木寛之『21世紀仏教への旅 中国編』の書評:頓悟禅の六祖・慧能と曹洞宗の道元が伝えた禅宗の教え
日本仏教の禅宗の歴史は平安後期に始まるとも言われるが、鎌倉時代の栄西(1141-1215)の臨済宗と道元(1200-1253)の曹洞宗が一般にはよく知られている。本書は五木寛之が中国の禅宗の事績やエピソードを辿りながら、寧波(ニンポー)の天童寺や広州の光孝寺を旅して、日本に臨済宗・曹洞宗として伝播した南宋時代の禅宗に思いを馳せる紀行文の形式となっている。 ...続きを見る

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2010/06/02 13:46
F.ニーチェの『この人を見よ』に投影されたツァラトゥストラ(超人)の理想と自己讃美・復讐の衝動
フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)の思想というと『ツァラトゥストラはこう言った』や『道徳の系譜』が注目されやすいのですが、ニーチェの著作を概観してその思想のエッセンスを知りたいのであれば『この人を見よ』がお勧めです。ニーチェ哲学の入門書・解説書にも良書は少なからずありますが、『この人を見よ』はニーチェ自身が書いた自尊心の漲る自伝であると同時に、主要著作の解説書となっています。この著作を読めば、ニーチェがどういったことを言いたかったのかを正確に知ることができるでしょう。 ...続きを見る

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2010/05/20 06:57
宮台真司『日本の難点』の書評1:現代社会のコミュニケーション論とマスメディアの衰退
宮台真司氏が社会学・哲学・現代思想・国際政治などの概念装置を用いながら、『現代社会の状況分析・対処法』を各章のテーマごとにまとめた新書である。新書にしてはかなりボリュームがあり読み応えがあるが、現代社会を生き抜くクリティカルポイントとして、個人の人生に承認や存在実感をもたらす『コミットメント(他者・社会への関与)』を重視しており、その論調はすべてのテーマに共通している。 ...続きを見る

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2010/03/17 16:27
近代化と情報社会化によって“マスメディアの役割・未来の共同体性”はどこに求められるのか?:2
人々の連帯感や一体感を高めてくれる“共同体性”は、共同体の存続発展や伝統文化を脅かそうとする“外部(外国・異民族・異文化)”によってその存在意義が強化される。悪意・武力を持つ仮想敵としての“外部”によって、共同体の“内部”の団結や連帯は強化されることになり、人々の『所属への欲求』が共同体性を介して満たされやすくなるが、情報化社会の進行によって『国民の価値観・帰属感の多様化』も同時に起こっている。 ...続きを見る

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2010/03/13 10:25
近代化と情報社会化によって“所属の欲求・共同体性の回復”はどこに向かうのか?:1
共同体(ゲマインシャフト)は『安定した持続的な帰属感・連帯感』と『相互扶助の義務による恩恵・安心』を生み出すが、共同体の存続発展のために『個人の自由・権利』は大幅に規制され、帰属集団の共通ルールに違反すれば村八分や私刑などの過酷な制裁が科されることもある。 ...続きを見る

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2010/03/11 01:29
ウェブが普及した情報化社会における“共同体性の喪失の不安”と“求心的な帰属イデオロギー”
インターネットが普及する情報社会の本格化によって、新聞・テレビ・雑誌といった『マスメディアの衰退』が刻々と進み、2009年にはインターネット広告が新聞広告をいつの間にか追い抜いてしまった。 ...続きを見る

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2010/03/11 01:13
“労働者−福祉受給者の社会的分断”を緩和する“部分的なベーシック・インカム構想”の可能性
前回の記事の続きになるが、行政窓口が採用する『水際作戦・受給者枠の数値目標』のように、生活保護の受給資格を満たしている困窮者の申請を受け付けないことなどは認められないが、適正な資格審査・就労支援(職業訓練)をして『不正受給・行政暴力(暴力団の利権化)』の問題にも対処していかなければならないと思う。 ...続きを見る

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2010/03/08 00:29
近代の学校教育制度の本質・役割とは何か?3:子どもの社会化と能力向上の個性教育のバランス
体罰指導によるレスポンデント条件づけというのは『動物の調教』と同じ原理であり、『善悪の判断基準に対する理解・納得』がそこに伴わないので、危険行為の緊急回避など限定された目的がない限りは、『教育手段としての有効性』は乏しいと言わなければならない。 ...続きを見る

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2010/03/04 00:26
近代の学校教育制度の本質・役割とは何か?2:教育の強制性・義務性とサービス業化の問題
義務教育というのは言うまでもなく、大人が子どもに学校教育・集団訓練を受けさせるものであって、子どもが自発的に学校で学び先生に指導されることを選択(希望)するわけではないので、原理的に『強制性・作為性』をそこから完全排除することはできない。 ...続きを見る

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2010/03/01 20:54
近代の学校教育制度の本質・役割とは何か?1:ハードな教育理念とソフトな教育理念の比較
『教育(education)』の英単語には『内部にある可能性』を引き出すという原義があるが、近代国家が備える教育制度(義務教育)がその原義に沿ったものかと問われると恐らくそうではないだろう。現在では『生涯学習の概念』が提唱されていることもあり、教育する対象や教育サービスのニーズは『学齢段階の子ども(小中高の学生)』に限らず、学習意欲のある大人も教育の対象に含まれる。 ...続きを見る

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2010/02/27 09:00
アニマル・ライツ(動物の権利)と人間の倫理感覚3:文明社会における“死・苦痛のリアルの隠蔽”
地球の環境問題が本質的に『人類の存続性・資源利用にとっての問題』であり、『地球という物質の集積にとっての問題』ではないように、アニマル・ライツの問題も動物側から権利要請が為されるわけではないという意味において、『人間の良心(罪悪感)に関わる倫理判断の問題』として受け止めることができる。 ...続きを見る

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2010/02/03 10:06
アニマル・ライツ(動物の権利)と人間の倫理感覚2:人間中心の世界認識を生む“人間原理”
できるだけペットが売れ残らないような『需給バランス』を考えたペット産業へと変わっていく必要性は当然あるが、『人間とペットとの相補的な関係性』そのものは今後も続いていかざるを得ないと思う。これは“新薬開発・解剖実習・科学研究”などの目的で行われる『動物実験』にもつながることで、『(動物の苦痛と犠牲を減らす)倫理的な動物実験のあり方』は模索しなければならないが、動物実験そのものを廃止することは現実的ではないということになる。 ...続きを見る

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2010/01/31 14:04
アニマル・ライツ(動物の権利)と人間の倫理感覚1:ペットによる癒しを得る飼い主の責任
『犬・猫』といった人間にペットとして飼われる動物たちの権利を、どこまで守るべきなのかは難しい問題です。ペットの動物たちは人間以上に大切な家族として可愛がって貰えることが多いし、人間の子どものように将来の自立を期待されるわけでもないので、『ペットとして飼える環境』が維持されていれば、飼い主はペットの動物に対して死ぬまで強い愛情と関心を注ぎ続けることができます。 ...続きを見る

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2010/01/31 14:00
人間はどうして働くのか?2:自発的に働くモチベーションや意味を規定するパースペクティブ
過去の戦争の勝者の血筋や宗教的権威の利用者である『労働しない貴族・僧侶・武装階級が支配する旧体制(アンシャンレジーム)』は労働者・ブルジョワを含む新興市民階級によって転覆されることになり、豊かな商品市場経済や消費文明を生産活動(労働現場)の土台で支える『労働する者が主役になる社会』が近代において突如として出現したのである。 ...続きを見る

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2009/12/20 05:08
人間はどうして働くのか?1:近代産業社会における労働・定職と道徳規範(正しい生き方)との結合
『人間はどうして労働するのか?』という労働論の問いについては、過去に資本主義経済の歴史や『怠惰・無為』を蔑視する近代的な労働規範の観点から書いたことがあるが、日本語の語感では『労働(labor)』と『仕事(work)』という言葉から受ける印象がかなり異なる点にも留意する必要があるのではないか。 ...続きを見る

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2009/12/20 05:03
絶対精神の個別的・歴史的な展開を予測したヘーゲルの『精神現象学』と現代における自己意識の強化
『物心二元論』では物質と意識(精神)の実在性が問われるが、意識が先行して物質があるという立場を『観念論(唯心論)』、意識とは独立して客観的な物質があるという立場を『唯物論(実在論)』という。普遍論争を行った中世哲学では、普遍的実在の究極の根拠を物質ではない『神』に置いていたので、中世哲学のスキームでは実在論は唯物論ではなく観念論との親和性を持っているが、概ね近世以降の哲学で実在論という場合には人間の意識とは無関係に『物自体(物質そのもの)』が実在するという考え方のことを指す。 ...続きを見る

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2009/12/17 15:32
インターネットを用いて“直接民主制・住民の政治参加”を実現できるか?:多数決の原理と政治の目的性
インターネットと現実の政治をリンケージする試みというのは、アメリカや韓国の大統領選などで見られてきたが、それらは『ウェブによる間接民主制(代議制)の補完』という性質を持つに過ぎない。インターネットは技術的には国民すべてが政治に参加する『直接民主制との親和性』を持っているが、直接民主制は個人の特殊意志(私欲)を集積しただけの『衆愚政治』に陥りやすいという欠点があり、国・地域の人口が大きくなると『議論の焦点』がバラバラに発散してしまい落としどころが見えなくなる。 ...続きを見る

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2009/10/27 16:02
ジャック・ラカンの『大文字の他者』が支える象徴的秩序と境界性人格障害のコミュニケーションの問題
ジャック・ラカンの精神分析学では人間は現実界において『無意識的願望(本当の欲望)』を十全に満たすことができない、このことは『他者とのコミュニケーションの不完全性』という外観をとって現れることになる。『他者とのコミュニケーション』というのは、外向的で社交的な人にとっては極めて気軽で簡単な行為に過ぎないが、内向的で回避的な人にとっては精神的緊張を伴う難しい行為にも成り得る。 ...続きを見る

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2009/10/23 06:44
吉本隆明『老いの流儀』の書評:老年期における心身の健康と高齢化社会の展望について語る
『円熟』と『老化』という言葉の語感はかなり異なるし、最近では『老人』という言い方を嫌って『高齢者』という風に表現することが多くなった。『後期高齢者』という言葉は『人生の末期』をイメージさせるものとして随分と不評だったし、老いの不安や肉体の劣化を緩和するための『アンチエイジング』をコンセプトとした各種のビジネスはかなり隆盛しているようだ。 ...続きを見る

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2009/10/20 13:31
ロック,ルソーの社会契約論(民主主義)とプルードンのアナキズム、ヘーゲル哲学についての考察
ジョン・ロックは立憲政体における『自由主義・個人主義』にもかなり強くコミットしているが、ジャン・ジャック・ルソーは厳密には『個人の人権』を最優先する自由主義の思想家とまでは言えず、社会契約に基づく『一般意志の実現』を至上命題とする民主主義者(人民政府の推進者)という側面が強い。 ...続きを見る

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2009/09/22 09:55
ジョン・ロック,ジャン・ジャック・ルソーの社会契約論と一般意志に基づく民主主義政治についての考察
前回の記事の続きになるが、万人闘争を排除して社会秩序を安定させるために『政治的な絶対権力』は必要だが、その絶対権力を戦争の勝者である専制君主(国王)に与えるだけでは、一般国民は専制君主に一方的・慣習的に支配される『自由の保障されない臣民・隷属』になってしまう。 ...続きを見る

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2009/09/20 05:12
近代社会における国民の“強制的服従”と“自発的服従”の原理2:近代市民社会とマルクスの思想
近代社会の構成員である人間は、互いに武力を用いて争い奪い合うという『暴力の覇権ゲーム』から離脱して、自然権を委譲した政府(国家権力)に自発的服従をするようになるが、それは人間が利得や報酬を奪い合うゲームが『暴力ゲーム(軍事覇権の原理)』から『経済+倫理(人権)ゲーム』へと移行したということも同時に意味した。 ...続きを見る

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2009/09/04 19:27
近代社会における国民の“強制的服従”と“自発的服従”の原理1:国民の帰属とエージェントの国家
多数の戦争共同体によって構成される世界は『万人の万人に対する闘争』に陥り、この危険な闘争状態を終わらせるためには、戦争の最終的な勝者である『国家(国王)』が絶対権力を力づくで確立して敗者を従属させる他はない。トマス・ホッブズは絶対的な国王権力に、個人・集団が自発的に服従することによって『万人闘争の無秩序』を克服することができると考えたが、実際にこういった社会秩序を実現する方法が、近代以前には戦争によって勝利する『軍事覇権の原理』しか無かったのである。 ...続きを見る

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2009/09/01 11:53
“歴史の終焉・共同体の衰退”を予感させる近代社会の閉塞感と自由の原理を使いこなす難しさ
現代の哲学は、分析哲学(言語哲学)や科学哲学、政治哲学、倫理学、哲学史、現代思想などの分野で研究・理論構築が続けられているが、隣接諸科学との専門的な連続性が強まっていることもあり、哲学単体での役割や意義が一般の人たちの関心を集めることは少ない。『哲学』として多くの人にイメージされやすいのは、過去の哲学者の理論や事績を振り返って、哲学者相互の系譜や連関を考察したり記憶したりする『哲学史』であるが、哲学史・哲学書の勉強(理解)自体は『哲学すること』と同義なわけではない。 ...続きを見る

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2009/08/24 08:13
『国家と戦争・権力と自由・集団と個人』の歴史的推移とトマス・ホッブズのリヴァイアサンによる政治秩序
軍国主義や全体主義(ファシズム)という言葉があるように、戦争は『国家(支配階層)』の国民支配や領土・利権への欲求、思想教育の統制(集団主義的な同調圧力)、歴史的な怨恨感情、排他的な民族主義の煽動によって引き起こされると考えられることがある。確かに、個人個人がバラバラで『国家・民族・宗教』に生命を預けるような帰属心(忠誠心)を持たず、国家権力の統制・徴兵に服属しないとすれば、『国家間の戦争・民族集団間の紛争』は原理的に発生することが無いというのは論理的に“真”ではあるが、世界規模で見るとそういった... ...続きを見る

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2009/08/18 04:40
『哲学』と『宗教』の違いとは何か?:マルクス主義の挫折と『近代』という思想哲学の到達点
『哲学とは何か?』という問いに一義的に答えることは難しいが、哲学の実践的側面における最大の成果・実績は、『近代社会の根本原理』を呈示して権力による個人の支配(人間の道具的利用)を大幅に制限したことにある。知を愛する哲学は、宗教の子であり科学の親であるが、形而上学的な『真理(現象を規定する背後世界)』を探究するという意味での哲学は既にその役割を終えた観がある。 ...続きを見る

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2009/08/06 09:35
松尾剛次『破戒と男色の仏教史』の書評2:大乗仏教の原点回帰をめざす叡尊・忍性の戒律復興運動
日本仏教では戒律が殆ど問題にされず守られないといわれるが、『非僧非俗(官僧でもなく俗人でもない境地)』を自称した浄土真宗の開祖・親鸞(1173-1263)が『無戒(持戒の信仰的意味の喪失)』を宣言する遥か以前から、東大寺・興福寺・延暦寺・仁和寺といった名だたる名刹で戒律は実質的に形骸化していたのである。自ら男色や飲酒を戒める誓願を立てた東大寺の宗性は、それにも関わらず何度も繰り返し戒律を犯す行為をしてしまうわけで、結局、中世の僧侶世界は破戒が横溢して、妻子・真弟子(実子の弟子)を持つ僧侶も多く現... ...続きを見る

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2009/07/24 21:06
松尾剛次『破戒と男色の仏教史』の書評1:日本仏教の戒律の歴史と宗性の童子(稚児)との男色
『戒(シーラ)』とは個人が自分で守ることを誓う内的な倫理規範であり、『律(ヴィナヤ)』とは違反に罰則を伴う僧侶集団(サンガ)の規則であるが、日本の古代仏教で尊重された戒律の原典は『四分律(しぶんりつ)』と『梵網経(ぼんもうきょう)』である。 ...続きを見る

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2009/07/23 01:10
世界宗教と性愛の禁忌,少年愛(同性愛)の歴史と共同体の秩序:『破戒と男色の仏教史』のプロローグ
世界宗教の聖職者は『異性との性愛』は禁忌とされていることが多く、男性原理に根ざしたキリスト教やイスラム教では『快楽・女性の性的魅力』を罪悪視する傾向が強い。キリスト教やイスラム教は男性中心主義の宗教であり、特に女性の自由な性愛に対する規制が強く、ローマ・カトリックのローマ教皇は今でも『生殖につながらない性・避妊の実施・婚前交渉』に批判的である。 ...続きを見る

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2009/07/23 01:06
“人間の苦”を消滅させる『四諦・八正道』と『ブッダのことば スッタニパータ』の感想
過去の記事の続きになるが、『四諦(したい)』とは、苦の原因と克服についての実践原理であり、『八正道(はっしょうどう)』とは道諦(どうたい)の内容に当たるもので、苦しみを滅却して解脱に至る具体的な実践徳目のことである。 ...続きを見る

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2009/06/09 15:41
親鸞の『悪人正機』で悪人はなぜ救済されるのか?:他力本願の“浄土門”と自力救済の“聖道門”
人間の行為の善悪を相対化する仏教思想として、最も有名なものが親鸞の『悪人正機(あくにんしょうき)』であるが、善人以上に悪人のほうが極楽往生する資格を持つという思想の本質は『徹底した他力本願の衆生救済』である。『阿弥陀信仰』は一神教の全知全能の神への信仰に近似した部分があり、阿弥陀仏(阿弥陀如来)は苦しみ悩むあらゆる衆生を救済しようと決意した『絶対的な本願』を持つと仮定されている。あらゆる衆生を浄土に導く阿弥陀仏の前では、人間的(法律的・道徳的)な善悪の分別などは意味を持たず、阿弥陀仏は自身の本願... ...続きを見る

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2009/04/15 06:16
衆生救済の鎌倉仏教の成立に至る仏教史の流れと“戒律・修行の価値”を相対化した天台本覚思想の影響
仏教の信仰や思想の全体像を一息に見渡すことは不可能に近いが、仏教の開祖である釈迦牟尼世尊(ゴータマ・シッダールタ)の言葉に最も近いとされる経典として『スッタニパータ』があり、『スッタニパータ』を読むことで仏教の信仰と修行のシンプルな原理に触れることができる。仏教は伝播したアジアの地域ごとに独自の発展と変容を見せたので、仏陀である釈迦の教えや思想をそのままの形で受容した人物・地域というのはまず無いのだが、仏教の悟り(苦からの完全な救済)の基本原理は『煩悩(欲望)の消尽』に収斂する。 ...続きを見る

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2009/04/15 06:09
『吉本隆明の声と言葉。その講演を立ち聞きする74分』の感想:人間が投影された“話し言葉”を聴く悦び
『ほぼ日刊イトイ新聞を運営するコピーライターの糸井重里(1948-)が、現代思想の巨人と評されることのある思想家・吉本隆明(1924-)の細切れの講演を編集したCDブックスです。吉本隆明の著作や対談集を以前に何冊か読んだことはあったのですが吉本氏の肉声を聞いたことはなく、この本に付属しているCDのダイジェスト版の講演で初めて聞いたのですが、『技巧的な完成された語り』ではなく『情趣的な体当たりの語り』を楽しむことができました。 ...続きを見る

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2009/04/11 00:23
アクスラインの遊戯療法の8つの基本原則とロジェ・カイヨワの『遊びと人間』に見る“遊び”の本質
箱庭療法は『作品の共感的な鑑賞』と『作品の無意識内容を絡めた解釈(物語性)』がセットになって行われますが、作品を見た瞬間に受けるイメージや雰囲気を味わいながら、より深いレベルの無意識的意味や象徴性などの分析を進めていきます。分析家(カウンセラー)が分析した作品の無意識的意味や解釈を、直接的に伝える必要がある場合もあれば無い場合もありますが、子どものクライアントが自由な保護された空間の中で、自己の内的状況を生き生きと表現できることに箱庭療法の意義があります。 ...続きを見る

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2009/04/01 14:00
現代社会における自己アイデンティティの複層性・断片化が生む自由と孤独:G.ジンメルの社会形成の思想
前回の記事の続きですが、社会行動や他者との関係性が一切無い個人を仮定するならば、“私(自我)”は『観察(認識)する精神の視点・延長としての世界をただ認識し続けるもの』に過ぎないということになります。こういった生活実態やコミュニケーション、社会活動のない抽象的個人(精神)の仮定では、どう考えても現実に存在する個人の人生や人間関係の実情を説明することは不可能であるように思います。 ...続きを見る

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2009/03/15 21:07
ルネ・デカルトの近代的自我の発見と“私(自我)”の精神の限界:自己と社会(他者)の相互作用の視点
京極夏彦の『邪魅の雫』では、自分の自我意識が現実世界そのものであるという画家・西田の『独我論』が展開されますが、独我論というのは“私(自我意識)”以外の“他者・物質の実在”を否定する思想です。常識的に考えると、自分以外の他者や外界が実在しないというのは馬鹿げた観念論のように思えますが、“私の意識”と“世界・他者の実在”を切り離すことができないというのは合理的事実であり、“私の意識”が消滅すれば世界や他者も消滅するというのは物理的次元における変更不可能な現実と言えます。 ...続きを見る

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2009/03/12 21:18
士農工商の身分制度と商業・貨幣蔑視の価値観:中世日本における自由な異界としての“無縁・悪所”
西欧社会と日本社会の歴史を均質的に語ることはできないが、古代社会〜封建社会の支配階級としての貴族・武士は『精神的・観念的な価値』に自らの存在根拠を求めている傾向が強く、『物理的な価値』を生み出す農耕・労働の役割は農民・職人・町人・奴隷などに宛てがわれていた。貴族・武士が自認する精神的価値のエッセンスは『いざという事態に際して、死を恐れずに戦う勇気・覚悟』にあった。武士道とは死ぬことと見つけたりという『葉隠れ』の記述は象徴的なものであるが、武士の切腹・自死の儀礼にも『死を超越した潔さ・決断』に支配... ...続きを見る

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2009/03/10 18:12
“生きる意味”がないと判断する人間理性の問題点と“世俗の雑事・所用”を煩わしく感じる遁世・脱俗の欲求
前回の記事の人間がなぜ生きるのかという問いには、『観念的・客観的な人生の意味』以前の問題として、『生物学的な生存本能・死の恐怖』があるはずであり、大半の人はこの生存本能(死の恐怖)に頭の中で合理的に考えたニヒリズムだけで逆らうことができないので、面白みがなくて意味のない人生(本質的な意味が不在の人生)という風に認知しているとしても、とりあえずは生きるために何らかの行動をすることになるでしょう。あるいは、人生のどこかの時点で『面白みがなくて意味のない人生』という信念を緩やかに修正して、多少、自己欺... ...続きを見る

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2009/03/02 12:48
“モデルとしての人間”には客観的な生きる意味はないが、“実在する私(主観)”は生きる意味を経験する
人生哲学では『生きる意味や価値』について考える価値命題がテーマにされることがありますが、理性的・科学的にマクロ(巨視的)なレベルで生きる意味の解答を見出そうとすれば『客観的な生きる意味など無い』という悲観的なペシミズムか虚無的なニヒリズムに行き着きます。人間全般に通用する生きる意味について殊更に意識する人は、『客観的な根拠・目標』や『普遍的な存在原因』のようなものがこの世界にないのであれば、人間には生きている意味がないという判断基準を持ちやすくなります。 ...続きを見る

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2009/03/02 11:53
絶対王政・幕藩体制による“平和な社会”の実現と戦士階級(武士階級)の支配の揺らぎ:戦闘と労働の義務
前回の記事の続きになるが、近代産業社会では仏教世界のパラダイムにおける『悟り・解脱』などには一銭の価値もないと見なされ、キリスト教世界で世俗の経済生活からひきこもっていた修道院も批判に晒されることになった。寺院に篭もって仏教の学問や修行を禁欲的に死ぬまで続けたり、俗世の欲望を捨てて布施を求める乞食坊主になられることは、国家・産業社会にとっては労働力・納税者の損失という好ましくない事態を意味することになるというわけであるが、科学精神と理性主義、資本の力によって『静謐な聖性の幻想』のヴェールは力づく... ...続きを見る

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2009/02/18 22:47
なぜ人は“性”と“金銭”に対して特別な『両価性(尊重・侮蔑)』を感じるのか?銭ゲバと売買春の道徳判断
まなめはうすのニュースで、『売春がいけない理由』という記事を読んだが、売買春がどうして道徳的に否定されやすいかの理由には大きく分けて4つの観点があると考える。いずれにしても売春は被害者のない犯罪と称されることがあるように、個人対個人の関係性においては『道徳的な悪性・生理的な嫌悪』を必ずしも生じさせるものではなく、“社会的な評価・他者のまなざし・内面の規範意識”がそこに加わることによって初めて善悪の価値判断が下されることになる。 ...続きを見る

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2009/02/15 22:28
資本主義(自由主義経済)と社会主義における労働観と『努力−結果』の因果応報を求める規範意識
『前回の記事』の続きになるが、自己責任論者にとって『過保護・甘やかし』と映る弱者救済の社会福祉に対する否定感情は、人間の水平的な平等感(応益負担原則)に基づく反応であると同時に、個別的な生活の困窮や将来不安の現れでもある。近代産業社会における『労働と道徳的義務の結合』は極めて強固なものであり、ミシェル・フーコーの規律訓練システムを持ち出すまでもなく、『学校・工場・企業における規則正しい生活リズム』は今でもまっとうな社会人であるか否かの指標として認識されることが少なくない。 ...続きを見る

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2009/01/17 11:56
ジャック・ラカンの『現実界・象徴界・想像界』の視点から見た人間の欲望・言語活動と信頼関係の本質
S.フロイトに還帰しようとしたジャック・ラカン(1901-1981)は、『すべての人間は神経症者である』という命題を現実界を言語化することの不可能性の中に求めた。なぜ、人間は神経症(neurosis)と呼ばれる広義の精神疾患に苦悩するのかというと、『他者の不可知の内面』を推測する関係性の中で展開される『人間の欲望(desire)』が決して全的に充足されることがないからである。『不完全な欲望の充足』を求めざるを得ない人間の存在形式を前提とすれば、どんなに幸福な人生の外観を持っていても、どれほど素晴... ...続きを見る

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2008/11/10 16:17
池田信夫『ハイエク 知識社会の自由主義』の書評:合理主義的な計画経済・社会設計に優越する自生的秩序
池田信夫が近代哲学と経済学の歴史を振り返りながら、オーストリア生まれの新自由主義者で経済学者のフリードリヒ・A・フォン=ハイエク(1899-1992)の思想・理論の要点を分かりやすくまとめた新書である。フリードリヒ・ハイエクは一般的には『自由市場の競争原理』と『個人の精神的自由』を重視する新自由主義者(リバタリアン)とされるが、本書では近代思想が到達した合理的経済人(ホモ・エコノミクス)や理性主義を批判して『自由経済の有用性・自生的秩序の効率性』を論証したハイエクの実像に迫っている。なぜ、ケイン... ...続きを見る

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2008/10/28 09:28
社会主義的な『大きな政府』とF.A.ハイエクの『隷属への道』:計画経済と市場経済が生み出すもの
『民族・国家の繁栄』や『社会・技術の進歩』のために労働力としての国民(個人)が存在するという国家主義的な発想は、『帰属する社会集団』と『部分としての個人』を同一化させる集団主義の倫理性につながる。だが、ファシズムの挫折や実験的社会主義(計画経済)の失敗、付加価値(他者との差異)を重視する産業構造の変化、金融証券市場の拡大によって20世紀後半にはその有効性の大半を喪失した。更に言えば、バブル崩壊後の日本経済の停滞によって、ケインズ主義的な完全雇用を目指す財政政策も殆ど経済成長・景気拡大には貢献しな... ...続きを見る

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2008/10/16 23:05
19世紀的な古典的自由主義に基づく“夜警国家”と20世紀的なリベラリズムに基づく“福祉国家”
資本主義に関する記事の続きになりますが、『(神の)見えざる手』が市場経済に働いて個人の利益(利己的欲求)の追求が社会公共の利益を増進させるというアダム・スミスが用いた『資本論』のメタファーはマンデヴィルの影響を受けていると言われます。古典派経済学の祖とされるアダム・スミスは、『市場経済の効率性』を主張して『国家(政府)の市場経済への介入』を否定し経済的なレッセフェール(自由放任主義)を体系化しましたが、国家の役割を完全に否定したわけではありませんでした。 ...続きを見る

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2008/09/15 09:03
千利休の茶の湯(茶道)の精神と豊臣秀吉の勘気に潜むもの:和風文化の原型を形作った東山文化
日本国王としての権勢を強めた義満の時代に豪華絢爛・華美典雅を特徴とする北山文化が花開き、将軍としての指導力を殆ど発揮できなかった義政の時代に侘び寂び(わびさび)・幽玄枯淡を特徴とする東山文化が成熟したのは興味深い。豪奢な鹿苑寺(金閣寺)と風流な慈照寺(銀閣寺)の建築物の外観の対照は鮮やかであり、義政の東山文化の潮流の中で和(日本)の文化芸能の基本的性格の多くが規定されることになった。現代においても伝統芸能・日本文化の継承として認知されている『茶道(村田珠光)・華道(池坊専慶)・能楽』の基本的な形... ...続きを見る

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2008/09/05 22:55
資本主義の発展に果たした“贅沢・利己心・恋愛”と“禁欲・勤勉”の役割:ヴェーバーとゾンバルトの視点
自然法以外には何ものにも一切の行動・思考・財産を制約されないという自由主義の極限は『無政府主義(アナキズム)』に行き着きますが、無政府主義は物理的・経済的な弱肉強食の社会を招来する恐れが強く、多くの国民は安心して日常生活を送ることが難しいと予測されます。 ...続きを見る

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2008/08/29 15:07
“政府(強制)からの自由”を目指す古典的自由主義と“貧困からの自由”を目指すリベラリズムについて:2
リベラリズム(liberalism)は、すべての国民の最低限度の文化的な生活(生存の保障・義務教育の享受・医療による健康・基本的労働権)を実質的に保障する『社会権』を守ろうとする思想になっており、自由主義本来の『他者(国家)に干渉されない放任の自由』とは全く性質の異なる思想になっています。近代史を振り返ると、リベラルな社会権を近代国家が初めて憲法で規定したのが、1919年にドイツ(ワイマール共和国)で成立したワイマール憲法でした。 ...続きを見る

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2008/08/28 17:43
“政府(強制)からの自由”を目指す古典的自由主義と“貧困からの自由”を目指すリベラリズムについて:1
個人主義と自由主義のイデオロギーは極めて強い親和性を持ち、通常、『他者(権力)からの強制』を排除する自由主義から個人主義的側面を切り離して考えることは難しい。自由主義とは個人の意志決定と選択の自由を重視する思想ですが、『個人の自由』というものはあっても、複数の異なる欲求や意志を持つ個人から構成される『集団の自由』というものは想定できず『集団の秩序』という形を取ることになります。特定の集団組織の意志決定を無理強いすれば、集団の秩序形成プロセスは『専制主義・全体主義・村八分による排除』といった強権的... ...続きを見る

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2008/08/28 17:37
個人的・社会的な承認ネットワークから零れ落ちる不安(危険)と自己の人格の尊厳を支える自他の信頼感
アブラハム・マズローの欲求階層説では、『生理的欲求→安心と安全の欲求→所属愛の欲求→承認欲求→自己実現欲求』へと発展していきますが、他者の承認や評価と完全に無関係な欲求は『生理的欲求(食欲・睡眠欲)』だけであり、生理的欲求の一つである性欲も自分ひとりでは十分に満たすことが出来ません。人間の人格的な尊厳や本性的な欲求について『他者からの承認(愛情)・他者とのコミュニケーション』を完全に無視して語ることはできず、人間の尊厳や倫理、欲求のあり方は『他者との関係性』と深い相関を持って相互につながっていま... ...続きを見る

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2008/07/01 18:34
言論・表現の自由と公共の福祉による人権の制限1:個人の自由(権利)と主体的倫理のバランス
インターネット上の有害情報から青少年を保護する目的を持った『青少年ネット規制法』が衆院を通過して『言論・表現の自由』を巡る議論が活発化しています。最近の日本のウェブやマスメディアでは、精神的自由(言論・表現・思想信条の自由)とアクセスの自由(知る権利)についての意見を目にする機会が多いですが、日本では自然権に由来する個人の自由権(自由主義)よりも社会秩序(公序良俗・公共の福祉)を優先すべきだという意見も少なくありません。 ...続きを見る

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2008/06/08 21:35
好きな相手との関係を終わらせないために『相手から欲望される』ということ:双方向の“贈与”の反復
前回の記事で書いたように、『相手からの贈与を受け取らないこと・相手についての詳細な情報を得ないこと・相手のプライバシーに踏み込まないこと』によって、応答の必要のある『他人』は応答の必要のない『他者』へと変質していきますが、これは自分に働きかけてくるすべての『他者』を『他人』として処遇することが物理的に不可能である以上、半ば自衛的で必然的なものであるとも言えます。贈与の最もありふれた形態は『パロール(話し言葉)』ですが、都会の雑踏で出会うナンパやキャッチセールス、夜間飲食店のスカウトの贈与(パロー... ...続きを見る

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2008/05/08 07:06
“贈与―応答の原理”によって維持されるコミュニケーション:贈与(パロール)と人間関係の距離感の調整
私たちの人間関係やコミュニケーション、経済活動の多くは『等価原理』によって大枠が規定され、『贈与と返礼の不均衡(バランスの崩れ)』によって関係性(コミュニケーション・ゲーム)が継続されます。『贈与(プレゼント)』というのは他者に何らかの恩恵・利益を与えたり、逆に他者に何らかの損失・被害を与えたりすることです。贈与を受け取った人間はそれが良きものであれ悪しきものであれ、ある種の『返礼義務・応答の責務』を心理的に負わせられることになります。 ...続きを見る

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2008/05/06 06:45
死刑存置論と死刑廃止論が仮定する人間観と自由意志の強度:自律的な倫理主体としての人間と環境
刑事裁判が国民感情と応報原理の正義に偏り過ぎると、加害者にとっても被害者にとっても『事件に対する世間の関心の強さ・被害者の人間関係が持つ物語性=共感可能な属性の多さ』によって、裁判の公正性・量刑水準の妥当性が損なわれる可能性がある。個人的復讐の国家による代理執行をどう価値判断すべきなのかは難しい問題だが、『応報刑としての死刑』を肯定するということは、復讐原理と社会正義とを同一視するような世界観を持つことを意味する。現代日本における死刑は法理的には『被害者の代理復讐』ではなく『社会防衛的な排除』だ... ...続きを見る

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2008/04/25 08:12
中世ヨーロッパの精神的支柱となったキリスト教とスコラ哲学:精神(観念)の実在性と内面(欲求)の自由
古代ヨーロッパ世界の政治秩序は、皇帝(アウグストゥス)を頂点とするローマ帝国によって形成されていましたが、大波のようなゲルマン民族の侵攻とローマ市民としてのアイデンティティの崩壊、農業経済の基盤崩壊によってローマ帝国は瓦解します。ユリウス・カエサルの登場以来、蛮族の侵入を阻止してきた安全保障の防衛ラインを踏み破られた永遠の都ローマは、無抵抗のままに西ゴート族やヴァンダル族に蹂躙され略奪の要求に屈して滅亡しました。西暦476年、ゲルマン族の傭兵隊長オドアケルによって幼帝ロムルス・アウグストゥルスが... ...続きを見る

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2008/03/15 16:58
孔子『論語』の解説と“ルーツ(起源)の正統性”を説く朱子学(水戸学)の歴史的影響
儒教の始祖・孔子(B.C.551-479)の言行録である『論語』の書き下し文と解説を、ウェブサイトのほうで更新したので興味のある方は読んでみて下さい。『論語』は子路篇の当たりまでは孔子の実際的な言行や儒学の正統思想がテーマになっていることが多いですが、憲問篇の当たりから散文的なエピソードが多くなり前半に出てきた章の言葉との重複も幾つか出てきます。陽貨篇では『君臣の義(忠節)』よりも『徳治政治の実現』を重視して血統的に正統な君主以外の人物に仕えようとする孔子の言行も描かれており、日本の江戸時代に幕... ...続きを見る

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2008/01/27 11:37
人生の再叙述を行う“ナラティブ・セラピー”と過去の物語を更新する“再決断療法”
前回の記事では、社会構成主義の思想的位置づけとカウンセリング技法への応用について書いたが、構成主義的なカウンセリングでは間主観的な共同作業によって『人生の肯定的な意味づけの生成』を行っていく。構成主義の文脈における不適応な生活とは『客観的な現実』を受動的に受け容れるだけの生き方を意味している。『変えられない客観的現実によって私は苦しんでいる』という自己認識を脱しきれないことによって主観的苦悩はより一層深まるが、『自分と他者の行動によって現実が作られている』という自己認識に近づくことで改善的な変化... ...続きを見る

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2007/12/08 15:37
多様な価値・現実を生成する“社会構成主義”と意味生成的なカウンセリング技法への応用
主観的な人生観(脚本)の再構成や適応的な認知スキーマの獲得を目指すカウンセリングでは、社会構成主義(social constructivism)の立場が前提とされている。社会構成主義では、『社会的な関係性・対人的なコミュニケーション・政治的な力関係・時代の価値観・公的な制度設計』などによって暫時的な現実や価値が生成(構成)されると考える。この相対主義的な社会構成主義のスタンスは、『人間個人の主観的な振る舞いとは無関係に正しい事実や規則がある』とする近代的な科学主義に批判的な立場であり、すべての人... ...続きを見る

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2007/12/07 10:22
実存主義と『生きる意味・人生の価値』を探求する実存療法(existential therapy):2
ニーチェは、本来的に無意味な『人間の生』に生きる意味や根拠を与えてきた『宗教(神)・道徳・形而上学の虚構性(作為性)』を指摘し、『人間は自分の弱さ(無意味さ)に耐え切れず、自分が創造したものに従属しているに過ぎない』という誰もが目を背けていた身も蓋もない事実を無遠慮に突きつけました。世界を構成する現存在(人間)を超越的に拘束すると信じられてきた『宗教の神聖性・権威の不可侵性・形而上学の普遍性・道徳的な善悪』は、本当は『人間のニヒリズム(虚無主義)』を隠蔽するための虚構であるとニーチェはいいます。... ...続きを見る

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2007/10/16 21:47
実存主義と『生きる意味・人生の価値』を探求する実存療法(existential therapy):1
自分の人生の一回性や歴史性(一貫性)、不可避性を自覚する時に、自己認識の『実存主義的な転換』が起こってきますが、この自己認識の劇的な転換は『自分は、今生きているこの人生以外の人生を生きることはできない』という冷徹な現実認識に基づいています。自分自身の今までの人生を無かったものにして、新生児の段階からもう一度人生をやり直すことはできず、生得的な遺伝子によって規定される生物学的な特徴を新しく書き換えることも出来ないという客観的な現実認識から生まれるのは、『私は今、与えられているこの生命を生きる以外に... ...続きを見る

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2007/10/14 04:23
親鸞の浄土真宗と悪人正機の思想2:幸福追求の自助努力へとつなぐ専修念仏
前回の続きになりますが、善人とは、学問・修行・禁欲・利他的な行動などの『意図的な功徳(くどく)』を積んで阿弥陀仏の救済の本願(慈悲)をさらに確実にしようとする者のことです。親鸞は阿弥陀仏の本願は『至上・最大の効果』をもっており、自力本願の功徳によって救済の可能性を上げる必要性などはないと教えました。阿弥陀仏が衆生救済をする無限の慈悲の力は絶対不変であるから、一度、念仏信仰を信心決定すれば必ず救われるし例外はまったくないというわけです。親鸞は、自分も含む『煩悩具足(煩悩を克服できない人)の衆生=悪... ...続きを見る

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2007/09/04 00:49
親鸞の浄土真宗と悪人正機の思想1:自力本願の功徳から他力本願の救済への転換
浄土真宗の祖である親鸞(1173-1263)は、『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』の作成(1243)によって真宗を立教開宗したとされますが、親鸞の時代には独立した宗教教団としての体制を十分に整えておらず、親鸞自身には旧仏教を否定する新宗派を開設する意志はなかったともいいます。しかし、数十万人以上の規模に信徒数を増やした浄土真宗は、親鸞の死後に親鸞の子孫(覚如)と高弟との間で利害対立が起きて、蓮如登場以前の真宗は分裂状態(仏光寺派・三門徒派・専修寺派など)にありました。 ...続きを見る

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2007/09/03 01:03
鑑真の戒律と授戒制度を無効化した天台宗・最澄の“円戒の思想”:古代日本の怨霊信仰と宗教観
浄土系の鎌倉仏教は、旧仏教の難行苦行の修行と難しい学問による『善行の功徳』を否定することによって、『仏教の大衆化・救済の一般開放』に成功し、農民(被統治階級)への求心力が強かった浄土真宗などは親鸞の死後に急成長を遂げました。浄土真宗の『中興の祖』となった蓮如(1415-1499)の時に、山科本願寺と石山本願寺(石山御坊)が建設され、真宗の最盛期を迎えた顕如(1543-1592)の時代には、天下統一を窺う戦国大名を威圧するほどの巨大な宗教勢力へと成長しました。 ...続きを見る

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2007/08/25 01:21
“貴族守護(国家鎮護)の古代仏教”から“衆生救済の鎌倉仏教”への転換:無条件の救いを説く浄土信仰
老荘思想(道教)と儒教の原理的な考え方について書いた過去の記事で、『老荘の無為自然』と『仏教の悟り(解脱)』の類似性を指摘しました。仏教には、出家した僧侶が厳しい修行の中で悟りを目指す『上座部仏教(小乗仏教)』と在家の仏教信者である衆生(一般大衆)を仏法によって救済しようとする『大乗仏教』とがあります。日本仏教では、末法思想と政情不安定によって旧仏教(奈良・平安の仏教)が衰退した平安末期から鎌倉初期にかけて、大乗的な衆生救済の仏教が優勢となりました。 ...続きを見る

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2007/08/18 00:15
“世俗の儒教思想”と“隠遁の老荘思想”の中庸を探った古代中国の処世術
過去の記事で、 孔孟思想の『陽(世俗)』の原理と老荘思想の『陰(脱俗)』の原理について対比的に考えてみましたが、儒教思想と老荘思想というのは個々バラバラなものというよりは、一人の人間の内部に矛盾を抱えながら存在するものです。長い歴史を持つ中国文化では、官界(政治の世界)で可能性が開けた時には『儒家の道理(処世)』に従い、俗世界の重圧に打ち負かされそうな時には『道家の道理(処世)』に従うというような『儒道互補の処世術』が上手く用いられてきました。 ...続きを見る

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2007/08/17 22:24
議会制民主主義における“国民主権の実感”とロベルト・ミヘルスの“民主制の寡頭支配の原則”
前回の記事では、政治統治における『貴種崇拝(伝統尊重)の原理』について取り上げましたが、人類が形成してきた集団国家(共同体)の歴史を振り返ると、少数者(君主・貴族・官僚)が多数者(大衆・人民)を支配するというのはおよそ普遍的な原則であり、アメリカ独立革命(1775)やフランス革命(1789)以前には、最高権力である『主権』は絶えず人民の手から遠い場所にありました。普通選挙が実施される民主主義国家でも、一般市民が『国民主権(主権在民)』を実感できる機会は少なく、その事が『自分が投票しても政治や社会... ...続きを見る

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2007/08/13 00:10
孔孟思想の『陽(世俗)』の原理と老荘思想の『陰(脱俗)』の原理3:中国文化の処世術としての儒道互補
中国の伝統思想には、文治主義の官僚機構を生み出した世俗的な『儒教(孔孟思想)』に対立する思想として、無為自然の『道(タオ)』を説く脱俗的な『老荘思想』があります。老子や荘子の思想は、古来からある神仙思想・原始宗教(アニミズム)と結びついて『道教』の起源となりましたが、一般大衆の文化習俗に対して道教は儒教以上の大きな影響力を持っていました。 ...続きを見る

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2007/07/02 00:05
孔孟思想の『陽(世俗)』の原理と老荘思想の『陰(脱俗)』の原理2:ニーチェの力への意志と社会道徳
前回の記事で書いた現代社会の潮流を踏まえると、社会共通の道徳原理(善悪の評価)が大きく揺らぎ他者の言動への関心が減ったことにより、道徳的な規範を遵守して正しく振る舞うことのインセンティブ(誘因)が格段に小さくなってきています。『倫理的な振る舞い』と『実際的な対人評価』の正の相関が崩れ始めたことにより、医療・教育・政治など各種の専門領域のサービス業化が一段と進みましたが、過去の聖域がサービス業化することの利害については一概に言うことが出来ない部分もあります。 ...続きを見る

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2007/07/01 17:24
孔孟思想の『陽(世俗)』の原理と老荘思想の『陰(脱俗)』の原理1:儒学と君子・官吏のエートス
孔子(B.C.551-479頃)と孟子(B.C.372-289頃)によって布教された儒教(儒学)は孔孟思想と呼ばれ、儒教の徳治の政治思想と仁義の道徳規範は東アジア各地に非常に大きな影響を与えました。近代以前の東アジアには中華思想に基づく冊封体制があり、日本国では士農工商の身分制による封建主義体制がありましたが、天命を拝受した君主(天子)が諸侯を取りまとめて国家(天下)を統治するという政治の枠組みが共有されていました。儒教はそういった封建的な社会秩序(定常的な社会構造)を正当化する政治思想として機... ...続きを見る

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2007/07/01 17:01
日本・中国・韓国の“歴史的物語性のあるナショナリズム”と歴史認識の対立の先鋭化
反日的な民族的自尊心を高めようとする韓国や中国、北朝鮮のナショナリズムに呼応する形で、戦後民主主義の中で忘れ去られていた日本人の民族アイデンティティや軍事的なプレゼンス(独立的な自衛)への欲求が緩やかに強化されようとしている。かつて、排他的な国家や民族を意識させない国際主義的な連帯こそが平和や進歩につながるというのが社会主義的なテーゼであったが、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスが地上のユートピアを夢想した壮大な思想体系は数々の苦難と挫折を歴史にもたらした。 ...続きを見る

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2007/04/07 12:26
アリストテレスの『二コマコス倫理学』と実践三段論法によるエウダイモニアの追求
生理的な快(欲望)に駆動される『動物化する生』に拮抗するのは、生理的な快の誘惑に逆らって倫理的(意図的)な善を実現しようとする『人間的な生』である。人間的な生とは、端的に、『主体的な選択と決断を伴う生』のことであり、『盲目的かつ機械的な生』というある種の運命論への抵抗である。 ...続きを見る

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2007/04/06 00:40
孔子『論語』の書き下し文と解説:ウェブサイトの更新
儒教(儒学)の開祖である孔子(Confucius, B.C.552,551-479)の言行録であり、孔子と弟子との問答の記録である『論語』の白文・書き下し文・現代語訳(口語訳)をウェブサイトで更新したので、老荘(老子・荘子)の道家と並ぶ東洋思想の原点である儒家の基本教典に興味がある人は目を通してみてください。 ...続きを見る

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2007/04/02 08:32
ソクラテスの産婆法とプラトンのイデア論:ロゴス(言葉)に生命を吹き込む知行合一の生き方
前回の記事で、プラトンのイデア論について言及したが、正しく善く生きようとする倫理的(理性的)な意志を放棄して、その場その場で湧き起こる欲求や必要を満たし、与えられた義務や責任を果たしていけばそれで良いのではないかという反イデア的なプラグマティズムの価値観も近代以降は強くなっている。 ...続きを見る

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2007/03/24 00:47
プラトンのイデア論(本質主義)と善悪の価値判断の変遷:目に見えない普遍的価値を目指す人間の本性
前回のプラトンに関する記事で、自然科学が人間の価値判断に直接的にコミットできないという話をしたが、哲学という思弁的な学問の魅力の一つは、人間が感得する価値の根拠に直接的に言及して論理的・直感的に分析するという点にある。 ...続きを見る

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2007/03/16 18:27
プラトンの善を志向する政治哲学とクリティアスの寡頭政(オリガルキア)の挫折:善の意図と悪の結果の乖離
先日の記事で池田晶子さん死去のニュースについて書いたが、その中で触れた古代ギリシアの哲学者プラトン(Plato, B.C.427−B.C.347)の哲学のエッセンスと政治思想について書き留め、ソクラテスの死に薫陶を受けたプラトンの『死の認識』についても感想を書いておこうと思う。 ...続きを見る

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2007/03/09 08:40
哲学の営為の魅力を語り続けた池田晶子さんが、46歳、腎がんで死去
このブログで『14歳からの哲学 考えるための教科書』の書評を書いたことがある池田晶子さんが、腎がんで2月23日にお亡くなりになっていたことを先ほどウェブのニュースを読んでいて知りました。体調が余り芳しくないという話を何処かで読んだ記憶はあったのですが、まさか亡くなるほどに容態が悪くなっていたとは思いもしませんでした。『池田晶子さん死去』という記事の見出しを見て衝撃を受け、池田さんといえばまだ40代くらいの年代ではなかったかと思い確認したところ46歳で逝去されたということです。 ...続きを見る

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2007/03/03 01:47
悲観主義を徹底できない人間の弱さとオプティミズムによる生きる意味の発見
My Life Between Silicon Valley and Japanの『悲観主義とオプティミズム』と分裂勘違い君劇場の『なんでも悲観的に考える人と、なんでも努力すれば何とかなるという人』という記事を読んで、悪い結末を予期する悲観主義(ペシミズム)と良い結末を予期する楽観主義(オプティミズム)について考えた。 ...続きを見る

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2007/03/03 00:10
プラトンの『国家』と儒教の『論語』に見る徳治主義の原型とギリシア精神の結実としての『哲学』
前回の記事で、古代ギリシアの民主主義理念とギリシア神話に並ぶ文化的遺産として、世界の普遍的原理や科学的な一般法則を探究する理性的な哲学を挙げたので、古代ギリシア哲学の歴史を簡単に振り返ってみようと思う。 ...続きを見る

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2006/10/02 14:47
物理的な脳と心理的な意識の並行関係と機械論的生命観の限界:『心とは何か?』を定義することの困難
前回の記事で、『主観的世界の再構成』という知覚・認知の機能の本質について書きましたが、自分以外の各個人の精神内界に再現される内容(表象・感覚・情動・思考)を直接的に知る方法はありません。私達が他人の心理内容を間接的に知る方法は、大きく分けて、『内観法に基づく他人の言語報告』と『観察法に基づく他人の行動観察』の二つしかないのです。 ...続きを見る

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2006/09/30 04:13
古代ギリシアの男性原理に基づく民主主義政治:富国強兵の共同体倫理と女性の参政権
古代ギリシアの民主主義は現代の民主主義の原点ではあるが、その最大の違いは、貴族・平民・奴隷という厳格な身分制度があり、市民権付与における男女差別を前提としていたことである。ギリシアのアテナイなどで実施された民主主義政治は、女性や無産者、奴隷(敗戦国の奴隷と債務奴隷)に市民権(参政権)が与えられなかったという意味では不完全な民主主義であった。 ...続きを見る

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2006/09/22 20:17
ギリシアの選良的な貴族主義とローマの宥和的な貴族主義:宗教原理と認知的不協和理論
古代ギリシア世界の歴史は、宗教・政治・哲学・芸術・建築・演劇・言語など西欧文明社会の精神的ルーツとなり、キリスト教(ヘブライズム)誕生以前の地中海世界に、ヘレニズムという文化的な共通基盤を準備した。古代ギリシアに起源を持つ言語や哲学は、根本的な原理を探究する理性的営為として現代にも継承されており、ギリシア神話の美しき神々や壮大な物語は、『美のイデア』を表象しようとする芸術家や文学者に鮮烈な元型的インスピレーションを与え続けている。 ...続きを見る

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2006/09/19 14:48
坂東眞砂子氏の日経新聞の記事から考える“ペット化した動物”の生命の価値と尊厳
『死国』『狗神』などの著作で知られる直木賞作家の坂東眞砂子さんが、飼い猫の仔猫を殺していることを日経新聞の『プロムナード』のコーナーに寄稿したことでネット界隈で大きな批判と糾弾の声が上がっているようだ。 ...続きを見る

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2006/08/22 11:57
ロシアの女帝エカテリーナ2世の波乱万丈の生涯とエルミタージュの膨大なコレクション
首都モスクワと並ぶロシアの大都市サンクトペテルブルグに屹立するエルミタージュ美術館での窃盗事件が先日報じられていたが、ロマノフ王朝の歴代皇帝と縁の深いエルミタージュの警備も、王朝崩壊後100年が経過しようとする現代ロシアでは、意外に杜撰なものになってしまっているのだろうか。 ...続きを見る

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2006/08/10 06:23
C.G.ユングの集合無意識とドイツロマン主義の思想潮流に投射された『普遍性・永続性への願望』
ユングは何故、宗教的精神性を内在させた『魂の心理学』あるいは『背後世界(イデア・神・元型)を前提とする心理学』のような領域へと思考を発展させていったのだろうか。 前回の記事の内容を踏まえて考える時、彼が影響を受けたと書いている神秘主義的な宗教学者であるマイスター・エックハルトを生んだドイツの文化的風土や18世紀ドイツ・ロマン主義の名残を無視して考えることは出来ないでしょう。 ...続きを見る

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2006/08/04 21:46
『無意識の決定論』を前提とする精神分析の合理性とエビデンス・ベースドな精神医療の科学性
19世紀末から20世紀初頭に、宗教的世界観の迷信を打破する科学主義の洗礼を受けたシグムンド・フロイトは、科学的客観性の高い物理学を模範とする自然科学としての心理学を理想として、人間の心理世界を統御する一般法則を発見しようとしていた。 ...続きを見る

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2006/07/24 15:32
国家の栄光・挫折の歴史の情動的継承と国民アイデンティティ:靖国神社参拝が象徴する理念的価値
第二次世界大戦の戦勝国を中心とした国際秩序を維持する国連のパラダイムは、安保理常任理事国に大権を与えることで敗戦国や途上国との差異化を図ってきたわけだが、国連憲章第2条第1項に鑑みても『主権国家の平等性』に配慮した改革が必要な時期になっているのかもしれない。 ...続きを見る

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2006/07/09 07:20
言説のパラドックスを指摘するデリダの脱構築とロゴス(言語)が構築する世界観への懐疑
ジャック・デリダの戯れの事態は、私たちの日常生活でも多く経験することができ、多くの人は『自分の現在の気持ちを適切に表現できる上手い言葉が見つからない』『言葉にしてしまうと軽薄で安っぽいものになってしまう』『言葉で言い表せるほど、単純な問題ではない』という感覚や感情を経験したことがあると思います。 ...続きを見る

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2006/06/04 12:35
パロール(話し言葉)とエクリチュール(書き言葉)の本質的差異が生成するジャック・デリダの『戯れ』
人間は、言葉とジェスチュア、表情、雰囲気、状況判断によってコミュニケーション(意志疎通)を行うことが可能だが、やはり、他者と意志疎通し意見交換する場合に中心となるコミュニケーション手段は『言葉(language)』である。 ...続きを見る

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2006/06/04 12:26
パースの実用主義の記号論とロラン・バルトの『意味作用の体系』:ネットと現実を変化させる記号の力
フェルディナン・ド・ソシュールは、言語の普遍的な構造を考察する中で『恣意的な差異の体系』の構造として、シニフィエ(記号内容)とシニフィアン(記号表現)の構造を抽出した。 ...続きを見る

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2006/05/28 04:39
『他者との差異の快楽』を目指して循環する記号論的な消費経済:景気回復の中に埋没する格差問題
『構造主義の始点となったソシュール言語学』では、世界記述と意志疎通(コミュニケーション)、社会構築を行うホモ・サピエンスのツールとしての言語に焦点を当てました。 ...続きを見る

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2006/05/26 02:17
構造主義の始点となったソシュール言語学:『恣意的な差異の体系』による世界秩序の確立
ホモ・サピエンス(知恵のある人)である人間の知性を本質的に規定する言語は、他者とのコミュニケーションや世界事象の記述と記録を可能にします。 ...続きを見る

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2006/05/23 01:58
パトリオティズムとナショナリズムの愛国心1:人類の集団社会の歴史的変遷
前回の記事で、愛国心と公共心の概念が内包する意味の違いについて書いたが、今回は、平和主義と宗教理念の相関について述べた後で、郷土や同胞を守る『愛国心(パトリオティズム)』と近代以降の国民国家を前提とする『国家主義(ナショナリズム)』についても若干補足しておきたい。 ...続きを見る

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2006/04/29 22:53
共同体(国家)の栄誉・防衛・盛衰と結びついた愛国心の歴史:古代ローマの属州統治と首都凱旋の栄光
『愛国心の教育』を法律で規定するという事は、『愛』という観念・感情の法規定を内包する事になります。 利他的な愛と性愛的な恋の概念の差異を考えると、精神主義的な愛国心を法で語る際のポイントの一つが自己犠牲(利他主義)になるのではないかと思います。 ...続きを見る

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2006/04/26 02:15
教育基本法改正案と愛国心:個人主義・自由主義と公共意識や社会性のバランス
憲法改正議論でも『愛国心』を意味する言葉を前文に盛り込むか否かが争点になる事が多いですが、ここ最近、教育基本法改正で『愛国心に相当する語句』の取り扱いが話題になっています。 ...続きを見る

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2006/04/24 00:24
『集団・個人の内部と外部』を切り分ける『ヒトの認知モジュール』:愛の証明としての自己犠牲の元型
過去に『何故、人を殺してはいけないのか?』、個人の倫理と共同体の倫理の乖離と接近という記事を書きましたが、それを補足する形で、愛国心と軍事外交、集団規律と個人の自由、観念的価値と生命の肯定などのキーワードを元に書いていた記事がある程度の分量になったので記録しておきます。 ...続きを見る

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2006/04/01 12:59
『弱さを強さに変える触媒』としてのヴァルネラビリティ(脆弱性):知の再編成と自律的ネットワーク化
ヴァルネラビリティ(vulnerability)という概念は、インターネット領域で『セキュリティ上の脆弱性や欠陥』という意味で使われるが、現代思想や社会心理学などでは『他者からの攻撃や搾取などを招きやすい弱点や誘発性』といった意味で柔軟に利用される。 ...続きを見る

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2006/03/27 12:59
『古代ギリシアの7賢人の思想と生涯』に関する自サイトのコンテンツ紹介
過去に、ギリシアの歴史と風土、思想に関する『西欧文明世界の精神的源泉としてのギリシアの歴史物語と風土文物の魅力』という記事を書きました。 ...続きを見る

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2006/03/06 09:19
ポリュビオスの『政体循環論』と貴族制から民主制へのアテナイの政治体制の変遷
■様々な政治形態を経験したギリシア世界とポリュビオスの政体循環論 ...続きを見る

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2006/02/06 00:18
西欧文明世界の精神的源泉としてのギリシアの歴史物語と風土文物の魅力
■古代から現代に至るギリシアの歴史・文化・伝承―西欧世界の文字文化や哲学的営為の源泉として― ...続きを見る

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2006/02/05 21:32
『人格障害の分類と定義』が持つ臨床的意義と倫理的問題:多角的で相対的な人格評価の重要性
前回の記事では、クラスターB(強い衝動性や自己愛を持ち、対人関係の困難や反社会的行為を伴いやすい群)に分類される境界性人格障害の症状と自傷癖の問題を概述しました。 ...続きを見る

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2006/01/21 02:04
確定記述の束に還元し切れない「余剰」を内包する固有名:言語による世界(存在)の写像
伝統的な哲学では、ルネ・デカルトが事物の本質を『延長』と『精神』の2つの属性で表現したように、事物の存在は属性なくして成立せず、『存在(固有名詞)を成り立たせる全ての属性の集合』が存在(固有名詞)であるとされる。 ...続きを見る

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2006/01/07 22:35
スチュアート・カウフマン『自己組織化と進化の論理』の書評:歴史偶発的な自然観への抗いとしての複雑系
スチュアート・カウフマンの『自己組織化と進化の論理』という進化生物学の大胆な仮説にまつわる書籍を読んだ。 副題に『宇宙を貫く複雑系の法則』とあるように、この本は無数の要素が相互に作用し合い、その作用の結果を予測できない系(複雑系)によって、生命の誕生や生態系のシステム、生命の進化過程を統一的に解明しようとする意欲作である。 ...続きを見る

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2005/11/21 10:31
『ユングの類型的な性格理論』の思考形態と『価値判断のスキーマの複層化』の心理的効果
うつ病など精神運動の抑制を伴う気分障害、不安・恐怖・強迫観念など情緒の制御不能を生じる情緒障害、これらを未然に予防するような認知的技法として、私は『価値判断のスキーマの複層化』を考えています。 『価値判断のスキーマの複層化』というと少し難しい感じがしますが、簡潔な表現に直せば『生きる意欲の根源を一つではなく複数持つこと』ということが出来ます。 ...続きを見る

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2005/11/17 02:25
池田晶子『14歳からの哲学 考えるための教科書』の書評
過去の書評で、池田晶子の『41歳からの哲学』を取り上げましたが、今回は、4と1の数字を入れ替えた『14歳からの哲学 考えるための教科書』をご紹介します。 ...続きを見る

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2005/09/16 19:43
幸福論1:わたしの幸福とあなたの幸福の交わるところ
『でたらめな仕組みで動く社会』の正当性や根拠にまつわる考察 という記事を書いてから、『人間の支配と服従』という物理的な政治権力の問題というよりも、『人間の自発的な服従傾向の心理』について考えたいと思っていた。 この事は、社会生活の中で人間が受ける精神的ストレスとも密接に関わっているし、対人関係の葛藤から発症するストレス反応(心因反応)やうつ病をはじめとする深刻度の高い精神疾患とも関連している。 ...続きを見る

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2005/09/15 00:47
権威と社会4:自由意志の世界と決定論の世界
権威主義の内面は、絶えず権威に対する畏敬・敬愛・驚嘆という肯定感情と権威に反した場合に加えられる制裁への恐怖・不安・憎悪という否定感情が入り乱れて葛藤する両価性(アンビバレンス)の状態に置かれている。 故に、権力への敬愛を批判的に捉える不安や憎悪は、絶えず抑圧されて意識化されないか、もしくは、権威を『良い権威』と『悪い権威』という形に極端に分割するスプリッティング(分裂)という原始的な防衛機制を発動する。 ...続きを見る

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2005/09/02 19:00
人は何故、神(超越者)になれないのか?高貴なる精神の限界と実存主義
現代社会は、中心的価値観が不在の時代と言われたり、普遍的規範が相対化された時代だと言われたりします。 現代社会に生きる私たちの不安や憂鬱、その対極にある自由と幸福は、この相対的な価値観と流動的な規範性によって生み出されています。 絶対的な価値基準や倫理規範がないために自由な行動を選択できるが、自明な絶対的価値観がないためにある行動や思考の選択が正しいかどうかを確実に保証できる権威がありません。 ...続きを見る

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2005/08/22 09:00
性的人間(ホモ・セクシュアリス)と経済人(ホモ・エコノミクス)の画一的な欲望充足の人間観
私が、恋愛心理や恋愛感情を理論的に分析し、その生理心理学的メカニズムについて語る事にアクチュアルな意義があると感じる理由の一つは、現代社会の『若年層〜中年層の心理的問題や精神障害の遠因』として恋愛関係の困難や恋愛と結婚の境界の曖昧化の問題があるからである。 ...続きを見る

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2005/08/21 00:22
土屋賢二『われ大いに笑う、ゆえにわれ笑う』の書評
お笑い哲学者と異称される土屋賢二の『われ大いに笑う、ゆえにわれ笑う』を読んだ。 このお笑い哲学は、徹底的に、何が何でも現実を楽しむという姿勢の面白さに裏打ちされた笑い、現実を都合良く解釈するユーモアによって作られたものである。 何気なく手にとったのだが、読んでいるうちに次々と「いかにも現実でありそうな情景や人間心理」に行き当たる。 別段、笑おうなどと思わずに読んでも、何度かは、くすりとおかしく感じる部分に行き当たるのではないだろうか。 ...続きを見る

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2005/08/19 06:35
戦争と平和・集団と個人・適正なコンプライアンスレベル
先の記事の終わりのほうで、集団的威力や潜在的暴力によって生み出される『権力の格差(blutal divide)』に触れましたが、これが戦争と平和の状態を生み出す人間の集団心理を読み解く最大のキーワードであることは間違いないでしょう。 ...続きを見る

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2005/08/16 01:11
池田晶子『41歳からの哲学』の書評:自分の頭で不思議や疑問を考える哲学
「週刊新潮」で2003年5月1日から2004年6月3日まで「死に方上手」というコーナーで連載されていた池田晶子のエッセイをまとめて収載した41歳からの哲学を読みました。 ポップな語り口調でありながら、遠慮会釈のない直截な言葉で、社会問題、政治経済、倫理問題を快刀乱麻を断つかのような切れ味鋭いエッセイ集。 ...続きを見る

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2005/07/12 00:08
唯一の客観的真理を前提とする“論理実証主義”と現実の多様性の生成を前提とする“社会構成主義”
『臨床心理学の統合的な発展』という記事で、臨床心理学の基本的な3つの研究方法である実験法、調査法、臨床法を挙げて、それぞれの研究法の概説を施した。 理想的な心理カウンセラーやサイコセラピストは、クライアントの心理的な苦悩や症状を緩和し援助する実践家であると同時に、基礎理論を検証する科学者であることが望まれるわけだが、日本では科学的な理論仮説の提示と検証があまり精力的には行われてこなかったという経緯がある。 また、実証的な自然科学を模範とする基礎心理学と実践的な有効性の発揮を目的とする臨床心理... ...続きを見る

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2005/05/16 00:40
『男らしさと女らしさ』を巡る論争…ジェンダー問題は何故アポリア(困難)に陥るのか?
“人間の社会的性差(gender)”に基づく精神機能や性格傾向の差異について語る場合には、喧々囂々の議論は沸き起こり難いが、“生物学的性差(sex)”に基づく精神機能や性格傾向の差異について語る場合にはラディカル・フェミニストやジェンダーフリー論者から強い反発や抵抗を受ける恐れがある。 ...続きを見る

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2005/05/10 07:01
『溢れる余剰としてのエロス』を消尽する生の歓喜と充溢:純粋な快楽と贈与の祝祭
エロスとしての愛とは、主体である私が対象であるあなたを求める事であり、愛の充足として対象であるあなたと融合し、愛の関係として対象であるあなたと愛着や興奮を伴う時間を共有する事です。 エロス(異性への愛と憧憬)は、一般に利己的な欲求の充足を含むものですが、真のエロスは、ジョルジュ・バタイユが語る非経済的な享楽的消費の概念“消尽(consumation)”によって特徴付けられます。 ...続きを見る

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2005/05/09 00:15
『苦悩と安楽・悲観と楽観・肯定と否定』が複雑に絡み合う人生の過程をどう考えるか?
心理学、殊に、人間の人格特性や性格類型、精神の病理性、社会的な精神発達過程などを必然的に取り扱わなければならない臨床心理学や心理療法は、人間観や世界観といった主観的な価値判断の影響をある程度受けざるを得ない。 心理学の中で最も客観性と検証性の高い科学的な分野は、実験心理学や認知科学の分派である認知心理学であろうが、それらは人間の精神障害や心理的問題の解決や回復に直接的に貢献することは出来ない。 ...続きを見る

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2005/04/30 00:09
人間の行動を統御するメカニズムとしての快楽原則と学習理論
『古典的条件付け理論(レスポンデント条件付け)』を生理学的実験によって証明したロシアのパヴロフ、パヴロフの生理的な条件刺激に対する条件反射を人間の行動一般に応用して『S−R理論(S:stimulus,R:response)』を提示した行動主義のワトソンが、行動科学(行動主義心理学)の黎明期を築きました。 ...続きを見る

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2005/04/26 11:58
フーコーの系譜学的研究『狂気の誕生』:精神の正常と異常の価値序列の相対性
あらゆるカウンセリングの基本的前提として、相互的な信頼と尊重に根拠付けられる人間関係があり、この肯定的で建設的な人間関係を“ラポール(ラポート)”と言います。 面接場面で繰り返される心理的問題や症状に関する対話と率直な感情交流を繰り返す過程において、ラポールは段階的に構築されていきますが、その際に重要になってくるのがカウンセラー側の真摯な傾聴に基づく共感的理解と無条件の肯定的受容と尊重です。 ...続きを見る

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2005/04/22 05:29
精神世界の科学的認識を目指したフロイトと精神世界の内省的把握を目指したユング
C.G.ユング(1875-1961)が、数多くの精神病者の臨床経験と神話伝承の研究、自己内面の洞察や瞑想を踏まえて提示した無意識の概念は、個人と人類という“階層構造”を持っている。 S.フロイト(1856-1939)が、神経症者の臨床経験と夢判断の研究、自己の生育歴の回想と洞察を踏まえて提起した無意識の概念は、表層の意識領域と深層の無意識領域という階層構造を持っているが、無意識の内部には階層構造を持っていない。 ...続きを見る

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2005/04/16 21:32
人間が用いる概念とは何か?:精神分析と無意識の概念
心理学や精神分析学、精神医学、哲学といった学問分野には、実に多種多様な専門用語があり、その専門用語は概念によって表記されます。 “概念”とは何であるのかを厳密に定義する事は困難ですが、一般的に理解されている概念とは、『言語によって指示される事象の概略的な意味内容』という事になります。 ...続きを見る

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2005/04/11 22:46
孔子が最も深く敬愛した周の周公旦の大政奉還の故事
孔子が理想とした治世は、西周時代(B.C.11世紀-B.C.770)に実現されていたとされる仁と礼による徳治主義に基づく治世であり、孔子が最も深く尊敬した聖人君子は、周の武王を補佐した周公旦である。孔子の仁と礼を基盤に置く政治思想と社会秩序の根底にある君臣の忠義を理解するには、周王朝の草創期において比類なき功績を残し、君臣の義を踏み外さなかった武王の弟・周公旦という人物を知る必要があるかもしれない。 ...続きを見る

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2005/04/10 00:51
戦乱と混迷の春秋戦国時代に徳治主義と修己治人の理想を掲げた孔子の漂白遊説の生涯
孔子(Confucius B.C.551-479)は、諸国を封建的に統率していた周王朝の中央集権制度が崩壊し始めた春秋末期に、小国・魯(現在の山東省付近)の昌平郷・陬邑(すうゆう,現在の山東省曲阜県付近)に生を受けた人物である。 孔子は、その名を丘(きゅう)、字(あざな)を仲尼(ちゅうじ)、諡(おくりな)を文宣王と言い、孔子の“子”とは先生・師匠といった意味であり、孔子の言行録である『論語』では、孔子の呼称は全て“子”となっている。 中国史上最大の歴史家とも言われる司馬遷が、紀元前90年頃に... ...続きを見る

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2005/04/08 21:18
『死の概念の混乱と死の現実の錯誤』を生み出す無痛化の快楽主義を内在した現代文明社会
子ども達の中に、『死んだ人間は生き返る事がある』という『死の概念について誤った認知』を持っている子がいるという事実に、多くの大人は驚愕し、『死者は蘇生しない』という共通認識が成り立たない一部の子どもに対する根源的な不安を覚えました。 報道される凶悪な少年犯罪と死の概念の錯誤を結びつける言説が出てきたり、幼少期からゲームをやり過ぎると前頭葉の発達が疎外されるという怪しげな“ゲーム脳理論”が世間に吹聴されたりしました。 ...続きを見る

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2005/04/04 05:27
ギリシア神話に遡るエロスの起源:フロイトの生命観に見るエロスとタナトスの両価性
エロス(Eros)の語源は、ギリシア神話の恋愛の神エロスであり、ローマ帝国の時代になるとローマ神話においてエロスはキューピッド(Cupid)と呼ばれるようになります。 現在では余り使われない慣用表現ですが、恋愛関係にある二人の出会いの契機を作ってくれた人や相手の紹介をしてくれた人に対して『あの人が恋のキューピッドだ』という言い方があるように、エロスは人間のみならず神の感情機能さえ自由に支配する特殊能力を有した恋愛の神です。 ...続きを見る

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2005/04/03 07:07
孔子を始祖とする儒教の思想と歴史の考察:倫理・教養・政治・宗教の顔を持つ儒教
20世紀前半まで、東洋思想の根幹として強い影響力を持っていた儒教(Confucianism)は、多くの革新的な学派学閥が次々と湧き起こってくる春秋戦国時代に、孔子(Confucius B.C.551-479)を始祖として誕生しました。 儒教は、中国本国のみならず、朝鮮半島、日本など東アジア全域へと広まっていき、封建主義を支える政治哲学や祖先崇拝の宗教教義としての地位を高めていきました。 ...続きを見る

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2005/03/31 23:48

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