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zoom RSS 村田沙耶香『消滅世界』の書評

<<   作成日時 : 2017/08/22 08:05   >>

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現代社会で起こっている『恋愛の減少(若者の恋愛離れ)・未婚化晩婚化・少子化・家族の減少(単身世帯の増加)・夫婦のセックスレス・恋愛や性のバーチャル化』などをモチーフにした作品で、テクノロジーが進歩して物理的な性行為に基づく家族・恋人が消滅しかかっている近未来の日本をSFタッチで描いている。

冒頭の会話で、主人公の雨音(あまね)『最後のイヴ』になるのではないかという予言めいた会話が恋人との間で交わされるのだが、物理的な性を嫌悪してどんどんクリーンになっているこの社会では、『人間の恋人がいる人・人間と性関係を持っている人』そのものが極めて珍しくなっている。

最後のイヴというのは、みんなが男女の性的関係が無かったクリーンで平穏な『楽園』に帰っていく中で、『地上』に残って昔ながらの性のある男女関係を続けている最後の人間という意味である。これを雨音はある種の『呪い』として受け取るが、父母が愛し合って物理的な性交渉をして生み出されたという雨音の誕生の経緯は、人工授精が主流の現代においては相当に異質なものとして設定されている。

元々、男女がそれぞれの身体を用いる形の性的関係は消滅しかかっているのだが、特に夫婦間の性交渉については『倫理的な禁忌・近親相姦の悪徳(破廉恥行為)』と見なされるようになって久しいからである。

純粋で清潔な『家庭・家族(夫婦)』の中に、性的な欲求や行為を持ち込むことは社会全体で完全なタブー、汚らわしい動物的な行為となっている。雨音は最初の夫から家族なのに性的関係を求められたという『嫌悪感・屈辱感』から離婚を決断してしまうほどなのだが、夫婦が性的対象でなくなりやすいという小説外の現実から更に一段と飛躍した内容になっている。

性の潔癖な倫理観に基づく『性嫌悪・性軽視』がエスカレートした結果、家庭・家族・日常生活の中からフィジカルな性行為が消滅しかかっており、性の発散は『子供時代から続く二次元のキャラクターとの物語を介したプラトニックラブ・自慰』か『婚外の恋人とのプラトニックラブ・行為』かによって為される。恋人・愛人の存在が配偶者公認になっており、夫(妻)は明るく笑顔で妻(夫)が恋人の元に向かうのを送り出している。

現在の常識からすれば、不倫で夫(妻)が他の異性と仲良くしたり関係を持つことを喜ぶのはおかしいということになるが、『家族の絆・価値=不浄な性を家庭に持ち込まないこと』になっているので、配偶者が恋人といくら仲良くしていようと嫉妬や憎悪が生じることがなくなっている。

生臭い性愛(生殖に結びつかない性)や揺れ動く恋愛感情が介在する限りは、クリーンな人工授精で子孫を残して常に安定した関係が維持される『家族・夫婦』よりは格段に劣る関係と見なされているというのもある。

一昔前の漫画・小説には、抑制のない性的な妄想や行為に対して、清純な女性が『不潔・動物的』と感じて軽蔑するようなシーンが少なからずあったものだが、この『性に対する不潔感』というものが小説『消滅世界』の中ではあらゆる関係性の価値判断の前提になっているのである。物理的な性のある関係に近づくほど、正規の清潔な関係ではないというニュアンスが強まり、非正規の動物的でアングラな関係(性を排除した家族・夫婦という本当の愛情で結ばれているものではない関係)という価値の引き下げが行われる。

その結果、『性愛・欲求』と『愛情・家族』の結合が切断された奇妙にねじれた世界が上手く創作されているのだが、根本的なテーマとしてあるのは家族・夫婦・男女の関係性の変化を前提とした『正しい世界』を巡る洗脳合戦と主体の葛藤なのではないかと感じた。

人生の初期に雨音を洗脳しようとしたのは、みんなが人工授精で子供を儲ける時代に愛し合った夫との物理的な行為を通して妊娠・出産した“雨音の母親”である。雨音の母親が娘に伝えようとした『正しい世界』『いつか好きな人と愛し合って結婚して性的関係も持って二人の子供を産むこと=愛と性が結合した今から見るとかなり古典的な世界』である。

雨音が生きている現代社会の環境や教育、常識、人々もまた、無意識に『正しい世界』についての洗脳を続けている。今の社会環境や教育内容、人々の価値観が伝えようとする『正しい世界』は『本当に愛している人とは不潔な性的関係を持つべきではなく夫婦間では特に持ってはならない。家族である夫婦は人工授精によって子供を産むのが普通である=愛と性が分離した世界』である。

愛と性が分離した読者の今とはまったく違う仮想世界のディテールを書き込んでいくだけでもかなりの倒錯感があるのだが、作者は更に千葉県の実験都市を舞台にして雨音や夫の朔(さく)に新たな洗脳を仕掛けようとする。

千葉県にある実験都市が伝えようとする正しい世界は、『妊娠出産において完全な男女平等が達成された人工子宮のある世界・子供(子供ちゃんと呼ぶ)を特定の夫婦が育てるのではなく社会のみんなで育てる世界・妊娠出産や子育てにまつわる負担や苦労を極限まで減らした親子のいない世界』である。

男性も子供を産めるようになった実験都市が洗脳的に伝えてくる正しい世界では、個人で子供を産んでみんなで育てるという『出産育児の共産主義』のようなイデオロギーが支配的になっている。

産まれてくる子供ちゃんはみんながお母さんになって協力して育てるというシステムによって、『家族関係・親子関係』が消滅して『生命・赤ちゃんの農場のような大規模育児施設』が建設されているのだが、発達心理学的には母親のような特定の養育者との愛着形成がないとホスピタリズム(施設症候群)で情緒的な問題・免疫低下による病気が起こりやすいと思う。

それはともかく、『性愛の嫌悪・軽視,人工授精の一般化』から男女関係が変質して夫婦の性交渉が消滅しかかるといった起点から、夫婦・親子・恋人などあらゆる情緒的かつ継続的な結びつきのある関係が緩んで消滅していく(今まで絶対に必要だと思われてきた家族を代表とする情緒的関係性の根拠が薄れて思い入れもなくなってしまう)というドミノ倒しのようなストーリー展開に圧倒される作品だった。


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