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zoom RSS 村上春樹『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』の書評:1

<<   作成日時 : 2017/05/30 15:37   >>

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第1部の顕れるイデア編では、別のハンサムな男ができた妻に突然の別れを切り出された“私”、起業で大きな経済的成功を収めながらも結婚の決断をできずに別の男と結婚した元彼女を永遠に失った“免色渉(めんしきわたる)”という二人の人物を描くことで、『現代のある種の中年男性の孤独・モラトリアム』を寓話的に示した。

36歳の私と54歳の免色渉の会話のやり取りや人生遍歴・女性関係は、作り話の空想的なイメージの寄せ集めに過ぎないように見えて、自我が強くてある程度の才覚・財産・魅力に恵まれたある種の中年男性のリアルなイメージとして造形されている。

村上春樹『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』の感想:1

村上春樹『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』の感想:2

村上春樹『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』の感想:3

“結婚・家庭・子供・生活”などを基盤とした自己アイデンティティーを一つに決めきれないモラトリアムな生き方のリアリティーでもあるが、私も免色も日々の生活に困窮することはないが、一緒にいることが当たり前であった『女性の喪失(妻からの離婚の申し出・彼女からの別離の申し出と蜂アレルギーによる死)』を転換点として、『自分・自由のためだけに生きようとする代償としての寄る辺なき限界』にじわりと直面してもいるのである。

少子化問題や格差問題との関連で晩婚化・未婚化の話題が四六時中ニュースで取り上げられる現代であるが、心理的問題として『女性のいない男の方向感覚の喪失』や『当たり前のように近くにいた女性(妻・彼女)を失った男の精神的混乱(絶望・抑うつであれ怒り・憎悪であれ)』が自然に物語の流れの中に溶かし込まれている。

“私”にとっての妻のユズとの離婚危機は、『妻から他のハンサムな男に乗り換えられた私の悲哀・嫉妬』に強く彩られていて、他の男に抱かれるユズの姿の想像によって私はひどく傷つけられ落ち込むのだが、こういったセンチメンタルな別れられた(振られた)男の救いのない抑うつ・絶望・嫉妬の深さは、現実にもありふれている。時にそういった男の断ち切れない未練・執着(傷つけられた怒り・苦痛)が、ストーカー・事件・自殺の誘引にさえなってしまうことがあるが、離婚問題や人の心の移ろいやすさのメタファーとしても認識できるところがある。

私が友人の雨田政彦から借りている画家・雨田具彦(あまだともひこ)の邸には、『騎士団長殺し』と題された絵画が屋根裏部屋に隠されていた。ナチスドイツにアンシュルスで併合されていた時代のオーストリアで起きたクーデター事件(逮捕後の虐殺)にまつわるいわくつきの絵画で、雨田具彦とオーストリア人の恋人がその事件に巻き込まれたとされている。

雨田具彦の弟でピアニストだった雨田継彦が、日中戦争時の南京虐殺を目撃して捕虜の殺害を強要されたために、深いトラウマを負って精神を病んで剃刀で自殺したという過去の出来事も紹介される。殺し合いの戦いに向かない繊細な神経を持っていた二人の芸術家の兄弟は、悲惨な戦争で深い心の傷を負わせられることになり、恋人を失った具彦は突然その画風を日本画に変え、虐殺現場に参加させられた継彦のほうは罪悪感に耐えられず自殺してしまった。

村上春樹は雨田具彦邸の近くにある祠の裏で封印されていた『穴』の周囲の高い壁についても、現代のイスラエルがパレスチナ人の侵入・攻撃を防ぐために築いた『約8メートルのコンクリート壁』のメタファーとして語っているが、戦争・クーデター・テロに代表される『歴史的・政治的な大きなテーマ』に対峙せざるを得なくなった時の人間の小ささ、無力さのようなものが伝わってくる。

435日にもわたってインサイダー取引・脱税の疑惑で、拘置所に拘留された経験のある免色渉の『孤立・絶望に襲われる極限の精神状態』のメタファーとしても、自力で登ることのできない高い石壁に囲まれた穴は機能しているのである。『狭い場所に長く閉じ込められる(自分の意志で自由に外に出ることのできない)本能的な恐怖感』は、『騎士団長殺し』の全体を通して度々触れられる感覚であり、主人公の“私”は閉所恐怖症を患ってもいる。

あるいはそういった自分自身がやっていないと確信している『冤罪』であっても、犯人を決めつけたシナリオに沿う捜査方針を容易には変えようとしない『硬直的かつ組織的な官僚システムの冷たさ・恐ろしさ』を、ナチズム・南京虐殺に代表される戦争の悲惨な出来事、個人では抗えない集団心理とメタフォリックに重ね合わせているのである。

『騎士団長殺し』の絵からは、“イデア”を自称する古代の飛鳥時代の装束を着て剣を携えた騎士団長が飛び出てくる。時間も空間も超越したイデアである騎士団長は、私に『これから起こる不思議な出来事についてのちょっとした心構え・ヒント』を教えてくれる案内者や予言者のような存在だが、私の直面する本質的な課題に対して直接の援助をしてくれるわけではない。

イデアの騎士団長は雨田邸の裏にある石塚で封印された深い『穴』の中で長い年月にわたって鈴を振っていたが、免色が知り合いの土木業者に頼んでその石塚を撤去したためにイデアは現実世界に解き放たれることになった。イデアは誰にでも見えるわけではなく、作品中では“私”と免色渉の娘と推測されている“秋川まりえ”にしか見えていない。

免色渉は蜂に刺されてアナフィラキシーショックで死んでしまった元恋人と、別れる直前に激しい性交渉をした。その時にできた子供が秋川まりえなのではないかという誘惑的な想像が、自分が結婚する人生を決断できなかったために愛する人を永遠に失って久しい54歳の免色渉にとっての生きるモチベーションにもなっている。何せ、ただ秋川まりえの姿を遠くから高性能な双眼鏡で盗み見るためだけに、山の中にある真っ白な豪邸をかなり強引な手段と交渉で買い取ってしまったのだから。

真っ白な髪をして真っ白な山の中の豪邸に住み、銀のジャガーに乗っている免色渉は、起業で成功して経済的に何不自由のない人生が送れるだけの財を成し、高い知性とビジネスの決断力、人をもてなすユーモア・心遣いを持ち、50代でまだ女性を魅惑するだけの色気も維持している、どんなことにも動揺することがないおよそ完璧な人物として描かれる。

完璧な思考力とセルフコントロールに裏打ちされた冷静沈着な態度、事前に布石を打って計画的に目的を達成する冷徹な計算高さのようなものが、免色渉には備わっていて優しくて楽しい好印象な人物なのだが抜け目がないのである。

そのスキのない免色渉が、絵画教室の先生をしている“私”にどうにかして娘の秋川まりえ(絵画教室に通う生徒なので)に会える場を作って欲しいと懇願して、雨田邸に招いて秋川まりえの肖像画を描くことになる。普段は動揺や緊張を表に出すことがまずないクールな免色だが、娘と思っている秋川まりえと会うために偶然を装って雨田邸を訪問した時には、珍しく緊張していて動作がぎこちなく、(緊張するその場から逃げる気持ちもあって)突然ジャガーのタイヤのことが気になったと言って空気圧を図ろうとするなど、そわそわと落ち着かない気持ちになっている。


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騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編
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2017-02-24
村上 春樹

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免色渉は『個人主義・自由主義』の現代における典型的成功者である中年男性のイデアとして機能しているが、その免色が『冤罪で拘置所の狭い場所に長く閉じ込められる恐怖の経験とその克服』をしているのは象徴的であり、免色という存在そのものが『他者・共同体とストレートにつながれない現代人の孤独と愉楽』を感じさせるのである。 ...続きを見る
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