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zoom RSS 福田定一(司馬遼太郎)『ビジネスエリートの新論語』の書評4:サラリーマンと芸術家と家庭の価値

<<   作成日時 : 2017/04/02 21:42   >>

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司馬遼太郎は『よい結婚はあるけれど、楽しい結婚はめったにあるものではない(ラ・ロシュフコー)』『できるだけ早く結婚することは女のビジネスであり、できるだけ結婚しないでいることが男のビジネスである(バーナード・ショー)』『一度結婚してしまうと、善良であること以外には何事も、自殺でさえも、残されていない(スティーブンソン)』などの結婚に対してネガティブな格言を引用している。

福田定一(司馬遼太郎)『ビジネスエリートの新論語』の書評3:男・女とサラリーマン

だが最終結論としては、サラリーマンが嫌なこと・興味の薄いことでも我慢して働く本質は『家庭業(結婚・配偶者・子供などのため)』にある可能性が高いと指摘してもいて、家庭業としての要素(家庭がないとしても異性関係など)を抜きにしてフルタイムでハードなサラリーマンとしての仕事を何十年間も続けることは容易なことではない側面はあるだろう。

サミュエル・ジョンソンは著書『ラセラス』『結婚は多くの苦痛を持つが、独身生活はそもそも喜びをもたない』とも書いたというが、現代の思想潮流に換言すれば苦痛(嫌なこと)があるなら初めから生まれないほう(何もないほう)がいいという『反出生主義』と、苦痛・困難があってもそれを何とか乗り越えようとする意思・行動に人間固有の生きる意味があるとする常識的な価値観とのせめぎあいとも言える。

常識的には、生まれてきた以上は、苦痛・困難があってもそれを悲観して『虚無主義(ニヒリズム)』の態度で冷笑・無為に生きるよりは、苦痛や困難を乗り越えて自分なりの意味・快の要素を見出すことで『主観的価値の創出』につなげるような生き方が望ましいということになるだろう。

現代で通用するかは人それぞれだと思うが、司馬遼太郎は『サラリーマンの幸福な人生とは、家庭にコンパスのシンを置いた人生である・サラリーマンはいわば家庭を創る芸術家だ』と看破した。サラリーマン(会社員・公務員)というのは、概ね家庭(配偶者・子供・親など)を守るために好きな仕事でなくてもその職場に出稼ぎに行っている側面が強く、芸術家のようにあまりお金にならなくても(家族を扶養できるほどの安定収入にならなくても)『好きな仕事・やりたいこと』を仕事にしようと足掻きもがくような生き方とは本質的に異なるのである。

芸術家にとっては家庭よりも自分にとって意義ある仕事(安定収入が保証されない創作・思索・やりたいこと)がメインであることは少なくないが、サラリーマンにとっては常に仕事(企業・社会・誰かのための仕事)よりも自分の居場所の家庭がメインであることが普通であるべきで、『営業・企画・事務・会計のような仕事=家族よりも大事な男一代の使命・偉業』とまではまず考えられないものだと語る。

職業人としての光彩や生きがいは芸術家的な生き方(収入・家庭よりやりたいことを貫く生き方)のほうが優位であるかもしれないが、経済的な困窮を招いたり家庭を創る機会を失ったりするリスクも高いので、最終的に大多数の人は家庭を創る芸術家としてのサラリーマン的な生き方に転向していくものであり、芸術家もサラリーマンもそれぞれの目標があるだけでそこに貴賎はないとする。

『サラリーマン(与えられた役割をこなし他者・社会の役に立ち家族を扶養する)』と『芸術家(やりたいことや創造的活動に専心するが結果・収入は不確定な部分が多い)』のワークスタイルの分類はなるほどと頷かされるものであり、現代でも学生時代や転職時に会社に就職するべきかせざるべきかで多いに悩んだ経験がある人も多いと思われるが、司馬遼太郎はサラリーマン的な生き方をするのであれば、家庭・結婚を無価値で苦痛を生むだけのものとするような名言・格言には耳を傾けるべきではないということを言っている。

現代では、恋愛も結婚も出産も本人の自由選択に任せるべきものとされているが、一日の時間の大半をそれほど好きでもない仕事に費やすサラリーマンとしての生き方を固めるのであれば(それほど大きな立身出世も望みにくいのであれば)、『楽しい家庭を作るためという働く目的』をまったく無視してしまうと、主観的・心理的につらい状況に追いやられたり、きつくても働く動機付けが効かなくなったりする恐れがあるということだろう。

過去の思想家や文学者が残した家庭・結婚の名言には『家族よ、閉ざされた家庭よ、私は汝を憎む(ジイド)』というような悲観的な物言いが多いのだが、これらは司馬がいうところの芸術家に向けられた格言であって、サラリーマンに向けられたものではないと司馬はいうのだ。

自分が生涯にわたって飽きずに諦めずに追究できる芸術・文学・思想・学問など何らかの対象があって初めて成り立つもので、一般的な世俗に生きる人にとっては『楽しい家庭・自分の理解者・子供の存在』などを完全に切り捨ててまで死ぬまで没頭できる対象というのは見つけづらいのもあるし、日々長い時間にわたってサラリーマンとして働き続けるモチベーションの維持に困難を来すこともあるだろう。

現代の未婚化・晩婚化・少子化などのトレンドは、司馬のサラリーマン論における労働意欲の源泉が衰退していることにもつながるかもしれないが、労働構造や平均所得、生活水準、男女平等度が昭和30年代と現代ではまったく違ってきているので、一概に司馬のサラリーマン論の図式・心理分析だけが正しいとも言えないだろう。

それでも本書では、司馬遼太郎自身の新聞記者になるまでのサラリーマン遍歴や記者時代に出会った達観した老記者の人生哲学を踏まえて、時代性を超えた『サラリーマンの処世術・本質論・労働意欲・家庭や結婚の意味づけ』が深く鋭く考察されている。

本名が福田定一である司馬遼太郎が『司馬遼太郎というペンネーム(筆名)』を採用した経緯についての説明もあり、『司馬遷に遼か(はるか)に及ばずの意味』と合わせて、既に故人になってしまった司馬遼太郎の『歴史小説家ではない顔・サラリーマン時代の人生観』を窺い知ることができる。

サラリーマンであれ芸術家であれ仕事・労働というものは一筋縄ではいかない厳しい局面が必ずあるものだが、『運命は神の考えるものだ。人間は人間らしく働けばそれで結構だ』という夏目漱石の颯爽としたすがすがしい運命論の格言で書評を締めたい。

本書『ビジネスエリートの新論語』は、書かれた年代こそ昭和30年代と古いのだが、温故知新の四字熟語そのままに現代のビジネスパーソンやサラリーマン、やりたいことを仕事にしたいと思っている人が読んでも、司馬遼太郎が砕けた話し言葉で何らかの新たな気づき・本質を啓蒙してくれる内容になっている。


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