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zoom RSS 福田定一(司馬遼太郎)『ビジネスエリートの新論語』の書評3:男・女とサラリーマン

<<   作成日時 : 2017/04/02 21:41   >>

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戦後日本、特に高度成長期にはサラリーマンの人生の目標を『立身出世』に置く企業戦士のような人も多かったが、現在では『ワークライフ・バランス』というように仕事以外の私生活・プライベートの充実にかなりの比重を置く人も増えている。

司馬遼太郎も会社人間・企業戦士になることは勧めておらず、サラリーマン作家中村武志氏を例に出して、サラリーマン人生を登山に喩えながら絶頂を征服する立身出世主義よりも、『体力相応に登りつつ、適度に休息し、時には風景を楽しみ、時には高山植物を採集したりする』といった仕事・昇進以外の余暇や休みも重視したあり方を望ましいとしている。

福田定一(司馬遼太郎)『ビジネスエリートの新論語』の書評2:恒産なければ恒心なしの解釈

司馬の時代のサラリーマンも、仕事自体をワクワクするほどの興奮と脈動に満ちたものとする仕事好きな人間は少なかったらしいが、『規則正しく1日8時間拘束されるワークスタイルの繰り返し』は、残業時間も多い現代の正社員(働いている会社・職場にもよるが)に置き直せば比較的恵まれた労働時間の短さであると言えるかも知れない。サラリーマンの仕事を通じた人間関係では『友人』は必ずしも必要ではないが『仲間』は必要であると物言いも示唆的であり、その仲間には顔を見るだけでも虫酸が走りそうな人物が混入することもあるが、仕事の目的達成のために表面的には妥協・協調をしながら上手くやらないといけない。

個人的な友人に対しては『絶交』することもできるが、会社・仕事を通じてつながっている『仲間』に対してはどんなに馬が合わない嫌いな相手であっても、仲間たることを拒絶する自由を誰も持つことができないというのはなかなかブラックユーモアの効いた台詞であり、簡単には拒絶・絶縁できないからこそ様々な形でハラスメントの加害・被害も生まれやすいのである。サラリーマンの仲間道の道徳として、菜根譚(さいこんたん)の『人の小過を責めず、人の陰私を発かず(あばかず)、人の旧悪を念わず(おもわず)』の名言を出している。

本書では、女性のサラリーマンや男女関係・結婚といった話題も多く取り上げられているが、昭和30年という時代背景から『男女の性別役割分担・女性は結婚退職(寿退社)が当たり前・一生正社員で責任あるハードな仕事をするつもりの女性はいない』が前提になっており、現代の視点から見れば女性差別(男尊女卑)の感覚を覚えてしまう人もあるかもしれないが、当時における男女の一般的な人生観や仕事に対する考え方を知るための資料的価値はあるかもしれない。

現実問題として昭和30年代の昔まで遡らなくても、昭和60年代くらいまで女性はフルタイムの仕事を定年まで続ける人は、一部の学校教員や医師、公務員、専門職、経営者などに限られ、大多数の女性は望むと望まざるとに関わらず、遅くとも30歳前後で結婚して子供を産み、仕事を辞めて(あるいは寿退社が前提にされていて会社に長くはいられない慣習が非常に強かった)家庭に入っていた。

昭和期までは、あるいは現代でもなお女性にとっての『恋愛・結婚・出産育児(生物学的性差のセックスに関連する事象)』は、人生全体に仕事で働くこと以上に大きなウェイトを持つことが少なくない。結婚・家庭生活・子供以上に情熱を燃やし得る対象(仕事にせよ学問芸術にせよ)を持っている女性もいるが、いつの時代も圧倒的な多数派を占めることはない。女性同士の話題や幸福の競争意識でも『サラリーマンとしての出世・名誉・地位などの生き方』よりも『恋愛・家庭・出産育児に関連する生き方』のほうが重要だと思っている女性が多い。

司馬は昭和30年当時における『女性サラリーマン(その時代の圧倒的マイノリティである)』を、男性と対等な職業人や人格主体になれるかどうかの実験の場に置かれた代表選手と書く。だがその60年後に当たる現代でも仕事・雇用における完全な男女平等は実現していないし、女性の意識においてもサラリーマン的な自意識よりも家庭人(主婦・妻・母親)的な自意識のほうに重点がある人は多いし、そのことは必ずしも修正されるべきことでもない(自然な生物学的性差の傾向性の影響である)と考える人は多い。

司馬の時代のサラリーマン的労働は、概ね無味乾燥な職務・役割・作業を決められた時間繰り返すといったイメージで語られているが、それなりに有能な新聞記者であった司馬遼太郎(福田定一)であってもなおサラリーマンにそういった単調なやるべきことの繰り返しというイメージを持っていて、そこから職業作家(歴史作家)への道を独力で切り開いていくことを決めたというのは面白い。

サラリーマンとしての完全適応のメタファーとして、自分の意思や感情を抑制した『機械化』を用いているのも象徴的だが、当時の司馬が女性労働者を男性より一段低く見た理由の一つは、『どうせ遠からず結婚して家庭に入るからの意識』と『女性が性を超絶した一個のビジネスする機械となることの困難(身体性・化粧・服装などで女性をまなざす男性の側にどうしても機械化できない生臭い女性への意識・欲望が生じる=現代的には男性目線の男とは違うという女性の意識化・力仕事などハードな現場で男ほど厳しく命令しづらい・セクハラリスク)』であったようだ。

サラリーマンと男女・結婚のテーマは、本書でも一番読み応えのある部分であり、『多くのサラリーマンが仕事そのものが嫌であってもなぜ勤勉に働き続けるのか?』の労働道徳の本質の一面に迫る内容になっていたりする。司馬遼太郎が青年時代を生きていた昭和30年代にして既に、男権主義や家父長制の影響は衰退しており、結婚生活は女性優位に運営されることが常だったようで、夫は『主人』ではなく負担の大きな経済的義務を持つ『家族労働者』の地位にあったという。

司馬は昭和30年代の社会混乱と経済不況の世の中にあって、男女同権主義の戦後民法と思想が広がったこともあるが、男性が経済力を落としたために家庭内における家長的な権威が失墜したのだという。『権力とはおよそ経済的な主体性がある側にのみ付属するもの』という現実認識は、(戦争・暴力・犯罪による無理やりの強制を除けば)時代を問わず普遍的なものではある。


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福田定一(司馬遼太郎)『ビジネスエリートの新論語』の書評4:サラリーマンと芸術家と家庭の価値
司馬遼太郎は『よい結婚はあるけれど、楽しい結婚はめったにあるものではない(ラ・ロシュフコー)』『できるだけ早く結婚することは女のビジネスであり、できるだけ結婚しないでいることが男のビジネスである(バーナード・ショー)』『一度結婚してしまうと、善良であること以外には何事も、自殺でさえも、残されていない(スティーブンソン)』などの結婚に対してネガティブな格言を引用している。 ...続きを見る
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