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zoom RSS 元名古屋大の女子大生の殺人・タリウム混入事件:発達障害と心神喪失・責任無能力者について

<<   作成日時 : 2017/01/19 16:14   >>

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19歳の頃の名古屋大学在籍時(2014年12月)に、知人の70代女性を手斧で殴ってマフラーで絞殺した容疑者の女(21)の裁判員裁判が始まった。容疑者の女は仙台市にいた高校時代にも、女子生徒(中学時代の同級生)と高校の同級生の男子生徒に劇薬の硝酸タリウムを飲ませて重篤な視力低下の後遺症を負わせたりタリウム中毒にするなどの殺人未遂・傷害の罪を犯している。

同級生に毒物を飲ませた動機として、毒物を服用させると人体・健康状態にどのような変化が起こるのかを見てみたかったという人体実験的な理由も語られていたが、70代女性の殺人事件でも『人が死ぬのを見たかった』という身勝手な動機があったとされる。

それ以外にも手製の火炎瓶を製造して60代のパート女性の住宅を損壊したり、放火して殺害しようとした罪に問われていて、合計で7個の罪状で起訴されている。いずれも何の罪もない他者の生命を奪おうとする凶悪な犯罪であるが、『人間の死や毒物の効果に対する強い興味(人間が死んだり健康を壊していく過程に対する観察・実験の抑えがたい欲求)』という動機も同情の余地が乏しいものである。

弁護側は精神障害および発達障害で善悪の判断ができず行動をコントロールする能力がなかったとして無罪を主張しているが、近年は猟奇的殺人や無差別殺人(大量殺人)において『責任能力の有無』を問うて無罪にしようとする法廷戦術が増えている。

裏返せば、その法廷戦術以外に死刑・無期懲役などの重い刑罰を減免させる方法がないほどに凶悪な犯罪であるということであり、仮に責任能力があると認定されれば死刑になってもおかしくない殺人事件に対して採用されることの多い弁護方針でもあるだろう。

刑法39条では、『心神喪失・心神耗弱』で責任能力が無いとされたり責任能力が弱いとされた場合には、刑罰が免除されたり軽減されたりする。

この近代刑法の『責任能力』の考え方に対しては、意図的に殺人を犯しても責任無能力者と見なされれば無罪になるのはおかしいとして、一般常識や遺族感情・応報刑の観点からは非常に強い反対意見もある。だが、『物事の是非・善悪の判断ができない(違法性の認識がそもそもない)人』や『善悪の分別(法律)に従った行動制御能力がない人』を非難して処罰する意味がないというのは合理的な考え方でもある。

極論すれば、責任能力がない心神喪失者というのは、『殺人(犯罪)をするかしないかの選択肢がそもそもなかった(脳・精神・知能の病的状態やその影響によって自分の意思・欲求ではなくほぼ自動的に殺人の結果を引き起こしてしまった)』と見なされた人であり、自分の意思で是非・善悪を分別することができないか、善悪を分別できたとしても自分の行動を制御する余地がなかったので、行為主体としての責任を追及できないし処罰することができないというロジックである。

責任無能力者の象徴的な存在として、物事の是非・善悪がまったく分からない『赤ちゃん(乳幼児)』であったり、自分の主体性・意思・判断(選択)ではなくただプログラムされた通りに動いてしまう『ロボット』であったりを思い浮かべるのが分かりやすい。

仮に赤ちゃん(乳幼児)が偶然に偶然が重なって結果的に他者を殺傷したり、ロボットがプログラムで命令された通りに他者を殺傷したとしても、赤ちゃんやロボットに責任能力があると考えるのはおかしい(処罰することに意味がない・ロボットは廃棄処分などがあり得るにせよ)というのと同様のロジックが、(赤ちゃん・ロボットほど徹底的かつ確定的な分かりやすい責任能力のなさではないとしても、一時的あるいは暫時的な責任能力のなさ・低さとして)心神喪失・心神耗弱の人にも働いているわけである。

今回は発達障害と双極性障害の躁病を心神喪失の理由として弁護側は上げているが、実際には、重症の統合失調症が責任無能力者と刑事裁判で見なされることが多い。ただ赤ちゃん(乳幼児)やロボットというのは責任無能力者の余りにも分かりやすい極端な例であって、実際には『少年の年齢・精神疾患・発達障害・薬物の作用』などが責任能力のなさ・低さの理由に上げられるので、赤ちゃん・ロボットほどに『全員一致で責任無能力者として認定するだけの説得力・納得性』に欠けるという問題はどうしても残ってしまうことになる。

今回の元名古屋大学生の容疑者は、確かに専門的な療育や精神医療を必要とするレベルの『重篤な発達障害(自閉症スペクトラム・その後の二次障害)・反社会性パーソナリティー障害・双極性障害』を早い時期から発症していたかもしれないが、そうであっても『名大に合格するだけの知性・学力+学校で友達と普通にコミュニケーションしたり騙してタリウムを飲ませるだけの言語能力+1週間前から70代女性を殺害するための準備をした計画性(同級生の殺害計画をやめて70代女性にターゲットを変更した)』などから、物事の善悪(殺人の違法性)がまったく分からず、殺人をするかしないかの選択の余地がまったくなかったと断定すること(容疑者が責任無能力者であったとすること)は極めて難しいように感じる。

新聞記事には発達障害の種類については明記されていないが、そもそも発達障害は『殺人衝動(人間の死の過程を観察したい願望)・犯罪欲求』の直接的な原因になるものではなく、重度の発達障害の人が殺人衝動を抱けば自己制御できなくなって殺してしまう(それ以外の選択の余地がなくなる)という行動プロセスを、発達障害一般の問題として上げることは困難なのではないかと思う。

知的障害のない発達障害やその二次障害が(一定水準の暴力・自傷の衝動性であればまだしも)『殺人衝動・人の死への興味を我慢できない症状』を引き起こして、半ば自動的・発作的に人を殺してしまったのだから責任能力がないというような法廷戦術は、発達障害全般に対する様々な誤解や偏見を招きかねないだろう。

責任能力の有無・高低によって『心神喪失・心神耗弱』が認定されると刑罰が減免されるという近代刑法のロジックは合理的なものであり、本当に責任能力がないのであればその行為を非難したり処罰するべき理由がなくなるというのはその通りであるが、問題は『責任無能力者=再犯能力(他者に危害を加える能力)のない者・今後二度と類似の犯罪をしない者』ではないということなのだろう。

赤ちゃん(乳幼児)やロボットといった誰からも異論のでない決定的な責任無能力者であれば、『本人に故意や選択の余地(意図的な犯罪の実行)がなかったこと』が疑いの余地なく明らかなので、責任能力がないから刑罰を減免するということに理不尽さや不正義を感じる人はまずいない。

しかし、心神喪失者の多くは、一定以上の年齢かつ知的能力も平均程度はある人であり、その殺人(犯罪)以外の日常生活やコミュニケーションは普通にできていたりのケースも多いので、『本当に善悪の分別がまったくできなかったのか・本当に行動制御能力が欠如して行為を選択できなかったのか(本当は殺人を悪だと分かっていて、殺人をしないという意識的な選択ができたにも関わらず、自分がやりたくてしたのではないか)』という疑問の余地は生まれてしまう。

今回の元名古屋大生の事件では、『弁護側は元学生に発達障害があり、他者への共感性がなく、興味の対象が極めて狭く、頭に浮かんだことをすぐ行動に移してしまう上、遅くとも中学1年時に双極性障害(そううつ病)を発症して、そう状態の時は抑止力が全く働かなくなった』と主張しているが、容疑者は一週間以上前から殺人の計画を立てて準備しており、Twitterに『できれば大学院に行きたいけど、少年のうちに殺人することを諦めなければならない。葛藤である』と書いていることからも、犯罪をするかしないかの葛藤(迷い)があったことは明らかである。

殺人衝動に対する抑止力が働かなかった(自分の行動を制御する能力がなかった)という心神喪失の原因は、本来は『殺人現場(被害者を目の前にした状況)における瞬間的・発作的な衝動制御の不能』だけに限定されるべきもので、『かなり前からの人を殺したいという願望・人の死や健康悪化のプロセスを実験したり観察したいという欲求』があって、殺人や人体実験を実行しようかどうかあれこれ迷っている人にまで責任無能力の要件を適用すれば、猟奇的・快楽的な殺人のほとんどが心神喪失・心神耗弱になって刑罰をほとんど科せなくなってしまうだろう。

発達障害や精神疾患の幻覚妄想・異常心理などで、人を殺したいとずっと思っていて、殺してしまったら大変なことになるから(自分が逮捕されて不自由になる・家族に迷惑がかかる等)やめておこうとも考えたが、最終的にやっぱり我慢(抑止)できなくて殺してしまったというのは、『責任能力がないから刑罰を免除すべきと判断することができる抑止力(行動制御能力)の欠如』ではなく、他者に共感できず生命・人権の価値に同意しないサイコパス(ソシオパス)の傾向のある犯罪者の心理プロセスと変わらないだろう。

そもそも論から言えば、何の罪や怨みもない人をターゲットにして、猟奇的・快楽的な殺人をしたくてたまらなくなるという人(サイコパスの傾向を持つ人)はかなり病的・異常であるのが当たり前であって、『人を殺したいという衝動・思いついたらすぐに実行せずにはいられない気質・純粋に人が死んでいく過程を観察したい好奇心』といった弁護側が責任無能力の要因として上げたものは、善悪を分別できず自分の行動を制御できないという『犯罪の不可避性・主体性の欠如(犯罪の責任を追及したり刑罰を科すことに合理的な意味がない)』と直結しているものではないように思うが。

『金銭・利害・怨恨のとりあえず納得できる理由』のない猟奇的・快楽的・嗜好的な殺人(殺人のための殺人)はすべて正常ではない病的なもの(本人の責任だけを問えないもの)であるから、原則として刑罰ではなく専門的な治療・環境調整・教育機会を施すべきであるというのも、確かに一貫した『責任能力を前提とする人間観』ではある。

だが、その拡大された責任能力論や殺人を犯罪よりもむしろ病気とする人間観を採用するのであれば、再犯リスクを確実に防いで定期的な治療・面会の義務付けをしなければならないだろう。

心神喪失で責任無能力者と認定されても、加害衝動や犯罪遂行能力はあり、本心は確実に知ることができないという矛盾・不安は残ってしまう。そのため、心神喪失状態にあったとされる加害者のその後の人生・回復を緩やかに見守り続けるような『長期的かつ実際的な医療観察制度(凶悪犯罪を犯して責任無能力とされた人の長期的な治療・教育・所在確認・経過観察などの実施)』をより厳格化しなければ、被害者遺族も凶悪犯罪を恐れる人々も心神喪失による刑罰免除に納得しづらいということにはなる。


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