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zoom RSS 安倍政権の憲法改正論と『立憲主義(普遍的理念)』による改正できる内容の制約:2

<<   作成日時 : 2013/03/29 08:08   >>

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日本国憲法に対して、『国民の権利(個人の自由や権力の規制)』ばかりで『国民の義務(国家の強制権限や全体の秩序)』について触れられていないという批判が出されることもあり、その批判は全体秩序を配慮する『保守主義の憲法改正論』を構成するイデオロギーの一つになっています。先日も片山さつき議員の『天賦人権論の否定・改正憲法への国民の義務の明記』などが話題になりましたが、日本国憲法は主権者である国民がその集合体である国家に『どこまでの強制力・権力を承認するのか』の立憲主義の立場を取っていますから、日本国憲法の根本理念そのものを変更しない限りは、天賦人権論を否定する改正はできないでしょう。

そして、国会議員・国民の同意を取り付けた憲法改正によっても、“個人の尊厳”を保障する日本国憲法の根本理念である『国民主権・基本的人権の尊重・平和主義』まで否定するような改正はできないというのが、憲法96条の『この憲法と一体を成すものとして』の通説的な解釈になっています。

常識的に考えれば、『国民主権の否定(特定の政党・個人への全権委任や選挙中止、終身権力の付与)』『基本的人権の軽視(国民・個人が国家・全体の強制や要請によってその自由・権利を大きく制限されたり少数派が不当待遇を受ける)』『平和主義の放棄(自衛権の範囲を超えた自国の利益・領土を拡大するための戦争やそのための軍隊・軍拡の承認)』を目的とした憲法改正発議が両院や国民投票で支持されるはずがないので、憲法96条の改正手続きによってどこまで憲法の基本原理そのものを否定できるのかは議論の課題には上りにくいとは思います。

しかし、『内憂外患および国際情勢の変化(国家衰退・戦争危機・国民の無責任さ・倫理崩壊・隣国の脅威や敵対性)』を強調した上で、国(みんな)のために国民(個人)それぞれも自己犠牲(貢献意識)の精神を持たなければならないというと、ある程度の人はなるほどと思うでしょう。更に、自分だけが良ければいいとか国(みんな)のために協力しないというのは、卑怯でズルい(無責任な)生き方ではないかという論調で語られると、(特に保守的な)日本人にとってかなりの情緒的・倫理的な説得力を持ってくるかもしれません。

しかし、『全体(国家)のための個人の生命・身体・時間・財物の犠牲と奉仕』は飽くまで納得的・自発的なものでなければならないというのが、少なくとも第二次世界大戦後の先進国における国家と国民の関係の前提です。

その“個人の尊厳原理の前提”を普遍的に憲法で承認することでしか、『全体主義的な同調圧力・行動強制の空気(みんながやっていることにはそれに自分や仲間が納得していなくても逆らえなくなるという全体主義的統制の恐怖)』を押さえ込むことは難しいからです。国家・民族が、危うい方向に向かって一致団結しながら傾斜したことのある過去の歴史に謙虚に学ぶ限りは、『各時代における政治的・情念的な正しさ(倫理)の他者への強制と同調圧力』はファナティックな熱狂や少数派にとっての恐怖の入口となる可能性を否定できません。

そう考えると、『道徳的・情念的な確からしさ』は憲法・法律で強制されるべきものではなく、その確からしさに賛同する人たちの範囲内で、合法的にその目的の実現が模索されるべきだと考えられます。『集団内における同調圧力を伴った正しさ(悪い敵・不道徳との戦い)の強制』というのは、現代においても基本的人権が尊重されず、国民に実質的な主権が与えられていない国家・民族が抱えている戦争や権利侵害(独裁支配)の問題の根幹にあるものです。

憲法改正について『大多数の国民が求めて投票で賛成するのであれば、どんな内容の改正でもできる』というのは間違った考え方であり、それは民主主義を単純な多数決の原理へと貶めてしまうことになります。ナチスドイツが民主主義的な選挙や正当な法手続きを踏んで、自由主義・民主主義を自ら否定していったように、『単純な多数決の民主主義』には国民の感情や熱狂によって間違った方向に流されるというリスクがあります。

立憲主義というのは、『国民主権・基本的人権の尊重・平和主義(侵略戦争の禁止)』などのように、国民全員が仮に賛成したとしても原理的にそれを否定することができない『普遍的な国民保護の前提』を置くという考え方に立脚しています。みんなが人民裁判で死ねと言えば死ななければならない、みんながやってもいいといえば侵略戦争・拷問・差別(人間の奴隷化)をやってもいいというような民主主義には、倫理的な正当性や国民保護の効力がありませんから、『みんなが賛成しているから正しい』という判断は成り立ちません。

『自由主義・民主主義・人権』を自ら否定するような憲法や法律は、幾ら民主的に正式な手続きを踏んでいても国会の議決を得ていても無効であり、公的・法的な強制力(みんなを従わせる力)を発揮することができないというのが『立憲主義による権力の事前制約』です。

民主主義的な手続きや多数決によって認められたのだから、絶対にそれが正しいしそれを実行しなければならないというわけではないのですが、『民主主義』という政治思想・政治体制(意思決定の方法)こそが先進国の証であるというように言われることは多いので、民主主義の方法や手順にのっとっていれば何でもできる(他者の人権・自由さえも一方的に制限したり奪ったりできる)という誤解はかなり広範に広まってしまっています。

この記事は、前回の記事の続きです。






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憲法9条改正は“国家安全保障・日米同盟強化・国際貢献”のために必要という主張と戦後日本の歩み
日本国憲法の改正が必要だと主張する議員・国民には、どちらかといえば国家安全保障の強化や東アジア情勢の軍事的緊張の脅威、自由主義の過剰による混乱(国民の堕落)を説く保守主義者が多くなっています。日本が直面する東アジアの軍事的リスクや国際的な平和維持活動への貢献(紛争地帯での治安維持・復興支援など)に対応するために、『集団安全保障(特に日米同盟を踏まえた集団安保)』に参加できるような憲法改正をすべきだという意見もあります。 ...続きを見る
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