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help RSS 個人の“自由な選択・主体的な判断”はどこまで可能か?:好感度・選択を促進する潜在的な知覚体験

<<   作成日時 : 2011/05/19 08:12   >>

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前回の記事の続きになりますが、単純呈示効果にはサブリミナル効果も含まれており、『見たことがある・聞いたことがある・外見や顔を知っているという自覚・実感』がなくても、瞬間的に知覚したことのある対象に対して好感度・選好性(選びやすさ)が上がりやすくなるのです。これを『閾下単純呈示効果』といいますが、クンスト‐ウィルソンザイオンスのプライミング効果の実験によって、この閾下単純呈示効果の存在が確認されています。

ランダムな八角形を1ミリ秒だけ5回呈示して(本人はそれを自覚的に知覚できない)、他の図形とその八角形を同時に呈示してどちらがさっきの八角形か、更にどちらの図形のほうが好きかを質問しました。すると『さっきの八角形との異動の判断』では有意な正答率の上昇が見られなかったのですが、『どちらの図形が好きかの選好の判断』では有意に最初に瞬間的に見せた八角形を選ぶ確率が高かったのです。

クンスト‐ウィルソンとザイオンスの実験では、1ミリ秒で瞬間的に呈示した八角形を覚えているか否かを質問して、『覚えている自信がある』と答えた被検者と『まったく覚えていない(見えなかった)』と答えた被検者の正答率を比較していますが、八角形の再認課題(別の図形と対呈示して最初の八角形を選ばせる課題)ではその正答率に大きな違いは見られませんでした。つまり、実際に知覚できないほどの短時間、八角形を見せてもその形を記憶して再認することはできないということですが、質問内容を『どちらの図形のほうが好きですか』に変えると、最初の八角形を選ぶ比率が有意に高まったのです。つまり、本人が自覚できない閾下知覚は『(どんなものを見たのかの)再認』には殆ど影響を与えないが、『(どちらがより好きなのかの)選好』にはかなりの影響を及ぼすということが分かったのでした。

更に1987年に行われたG.マンドラー(G.Mandler)の八角形の瞬間呈示実験では、先ほどの実験と同じように他の図形と対呈示して、『再認・選好・明るさ・暗さ』の判断を被検者に求めました。『再認(さっき見た図形と同じなのはどちらか)』では、正答率は50%前後で偶然の選択結果と同じだったのですが、『選好(どちらの図形が好きか)・明るさ(どちらの図形が明るいか)・暗さ(どちらの図形が暗いか)』ではそのすべてで、最初に呈示した八角形が選ばれるという奇妙な結果が示されたのでした。『明るく見えた図形』と『暗く見えた図形』の両方で同じ八角形が選ばれるというのは完全な矛盾ですが、マンドラーはこの実験結果から、最初に経験した『潜在的な知覚・記憶』は一般的な選択・反応を促進するのではないかと考えました。

即ち、どんな課題でもどんな選択基準でも、潜在的な知覚・記憶があると、それに影響されて『見えたという自覚』がなくてもそちらを選びやすくなるのではないかという仮説であり、これは選択や反応を強化する『一般的な反応促進効果』と呼べるでしょう。サブリミナル効果というのもこの一般的な反応促進効果の言い換えと考えることができますが、『自覚なき知覚』の知覚処理プロセスを研究した心理学者ボーンシュタインは、この潜在的な知覚処理プロセスを『知覚的流暢性』と名づけました。

ボーンシュタインは見たことや聞いたことのある刺激のほうが知覚的流暢性によって選好・選択されやすくなるが、本人が見た(聞いた)という自覚のない潜在的な知覚・記憶(閾下刺激)のほうが、その原因帰属が『自分の好み・判断』に行き着きやすいので、見たという自覚のある顕在的な刺激よりもその選択が強化されやすいと主張しました。ボーンシュタインは顔写真と図形を用いた閾上刺激(見えたと自覚できる刺激)と閾下刺激(見えたと自覚できない刺激)を被検者に与えて、閾下刺激のほうがより好感度を感じやすいということを証明していますが、ザイオンスの単純呈示効果やマンドラーの一般的な促進効果(ボーンシュタインの知覚的流暢性)を考えると、『人間の選択・選好』が潜在的な知覚刺激(見えたと思っていない知覚)にある程度まで影響されている可能性を考えることができます。

1980〜1990年代にはこういったサブリミナル効果や単純呈示効果の研究が進むにつれて、膨大な量のマスメディアのCM・広告が、消費者に本来買いたいと思わないものまでも買わせているのではないかという批判が巻き起こったり、人間の潜在的な知覚・記憶を利用して商品・サービスの選好性を高めるのは一種のマインドコントロールなのではないかという疑念を呈する心理学者も出たりしました。しかし、閾下刺激によるサブリミナル効果は、特定の行動や価値観を強力に促進するとまでは言えないので、マインドコントロールや洗脳とまでは言えないと思いますが、マスメディアやテレビCMは、現代の高度消費文明(記号・象徴・イメージの消費)を支える中心的なツールになっています。

テレビや新聞、雑誌などマスメディアの放送する内容によって、経済の消費動向や社会の流行現象はある程度までサブリミナルな知覚的流暢性(一般的な反応促進効果)で左右されてきましたが、現在では分散的な情報を発信したり、身近なソーシャルグラフ(実際の人間関係)を活用したりするインターネットの影響も強まっているので、経済社会の流行や消費、価値観を形成する要因はより複雑になっていると考えられます。メディアのサブリミナル効果も含めた人間の消費行動・流行形成は、『自由な選択・主体的な判断の結果』として生まれるというよりは、『過去に見たり聞いたりしてきた顕在的・潜在的な知覚の影響(必ずしもその知覚の実感は必要としない)』によって生まれると考えることができます。

各種メディアや情報媒体のサブリミナルな反応促進効果を前提にすると、個人の自由意志による選択や判断というものが本当に可能なのかという根本的な疑問も湧いてきますが、『個人の独立性・自律性・主体性・責任性』の根拠となっている自由意志の存在は、認知科学や神経心理学の事例・実験から考えるとかなり曖昧なものではあるのです。現代社会を運営する中心的なイデオロギーである民主主義や自由主義、自由市場経済(資本主義)には、既知の情報やサブリミナルな潜在的刺激によって選択性・好感度が促進されやすいというメディア・宣伝広告の影響がありますが、『自立した理性的で主体的な自我を持つ個人』という近代社会の前提をどう担保できるのかは非常に難しい課題かもしれません。

自由意志に基づいて自分の考えや好みで判断するという『顕在的な自意識』に基づいた人間観が現代の標準的・倫理的な人間観なのですが、認知科学の理論や実験結果は、周囲の環境や既知の情報によって知らない間に自分の選択や好感が決定されてしまうという『潜在的な知覚・記憶』に基づいた人間観を同時に呈示しています。科学的心理学の理論や人間科学の検証のみによって標準的な人間のあり方や行動の原理が規定されるわけではありませんが、『個人の自由意志』によって善悪を判断して自分の行動を制御できるという人間観が科学的に覆されると、『自分の自由な行動・選択に対して法的責任や道義的責任を追及される(それ以外の良い選択をする可能性もあったはずだ)』という法秩序の原則や責任能力の根拠も揺らぐ恐れがでてきます。

近代刑法における個人の法的な責任能力と刑罰を与える妥当性は、『理非善悪を分別する判断能力』『判断に従って行動を制御する行動制御能力』から構成されていて、善悪を分別したり行動を制御する能力がない心神喪失者は刑法39条の規定で、刑罰を免除する責任無能力者とされています。

今までは重篤な精神病や知的障害、一時的な錯乱・せん妄・泥酔の状態などによって責任能力が減免されてきて、その事に対しても被害者遺族や結果責任の立場に立った根強い批判があったわけですが、『顕在的・自覚的な自我意識の責任』のみに立脚した責任能力の議論は、『潜在的・無意識的な知覚や記憶の反応促進効果』によって科学的にはより複雑な議論状況になってきているように感じます。

脳・病気のせいにして責任や刑罰を逃れるのは単なる責任転嫁に過ぎないという批判的論調は今でも強くありますが、『本人が判断のプロセスを自覚できず、行動を制御できないというサブリミナル効果や生物学的な反射に近いかたちで犯罪が犯されたケース』では、本人の意識的・顕在的な意識や意図(選択)が関わっていないという意味では、責任能力を問う合理性が乏しくなる問題があります。

刑法39条にある心神喪失・心神耗弱の刑罰の減免規定というのは、『本人に選択の余地がなかった必然的行為の責任を問えるのか』という自由意志・行動選択の責任原理に根ざしているわけですが、『その認知・判断のプロセスがどのようなものであっても、行為の結果のみで責任を問うべき』というのは、責任論の観点では『意図的な犯罪・過失や偶然による犯罪との区別(殺人と過失致死の区別)』もなくなって暴論に近くなってしまいます。

個人の自由意志と環境・遺伝(脳器質)の決定論に基づく法的責任の軽重判断や刑法39条の論点については、過去に『“心脳一元論における責任能力の曖昧化”と“刑法39条の責任阻却事由の原理的考察” 』『三権分立を前提とする近代法の原則:心神喪失者等医療観察法の理念』の記事でも書いているので、興味のある方は目を通してみて下さい。






■関連URI
“潜在的な知覚・記憶”が生むサブリミナル効果と注意の二過程説:説得と単純呈示による広告効果

認知心理学・知覚心理学の理論

脳が認知できない『見せ掛けの現実』と『物理的な現実』の差異:認知的トリックの世界を生きる人間

脳の顔領域の損傷による『相貌失認』と人間の『顔認知(顔と表情の識別)』の発達の特殊性

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