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リビアで41年もの間、権力を握っている独裁者ムアンマル・カダフィ(1942-)は、国家の最高指導者でありながらも『大佐・革命家』を自称して公式な国家元首としての肩書きを持たない特異な人物である。カダフィの国家統治理念と思想性は『ラディカルな反欧米主義・名前だけの直接民主主義』に根ざしている。カダフィの語る国際情勢認識や自国の困窮・失政の原因はすべて『アメリカ帝国主義の陰謀・イスラエルとユダヤ人の謀略』という妄想的なものであって、(実際にはそれほど脅威ではないがリビアを潰しにかかっているという)仮想敵国を打ち立てて国内をまとめるという典型的手法を取っている。 アメリカ政府が上げる世界で最悪の独裁者として、北朝鮮の金正日やイランのアフマディネジャドと並んでカダフィの名前が上げられることも多いが、カダフィにつけられていた『大佐(カーネル)』という従来の呼称は、欧米・イスラエルに対抗する汎アラブ主義でエジプト革命を成し遂げたナセル大統領への敬愛の情を反映しているともされる。 カダフィの外交政策と世界認識の根底にあるのは『アラブ連合(ムスリムの大同団結)対欧米+イスラエル(キリスト教・自由主義勢力)』という余りに短絡化された二項対立的な図式であり、カダフィの長いことで有名な演説の大部分は、(最近は米・イスラエルに対しやや軟化してきたとも言われるが)この対立図式について様々な角度から謀略の危険とアラブ団結の必要性を煽る内容になっている。 2009年の国連総会演説では、国際社会の常識から大きく乖離した自身の世界観とムスリムの権利、欧米・イスラエルの謀略説を長時間にわたって捲し立て、多くの国家首脳が失笑気味に途中退席する光景も見られたが、今回のリビア騒乱でも演説をしているように、基本的にはハイテンションの演説・プロパガンダによって世論をまとめることを好む指導者という印象を受ける。 カダフィが好戦的な砂漠の狂犬といわれる由縁でもあり、彼の『弾圧・粛清・密告政治』を伴う強権的支配が国民に与えた恐怖と抑圧、絶望は大きい。アメリカ・イスラエル・欧州諸国との対話や和平の可能性を拒否する態度は、国際政治の安定秩序を要所要所で翻弄してきたが、9.11ではアメリカのWTCビルを攻撃したアルカイーダに対して激烈な非難を行って自国内の過激派勢力を押さえ込み、イラク戦争後には査察受け入れによる核放棄でアメリカとの国交を正常化するバランス感覚も見せたりもした。 リビアのカダフィが権力を掌握する契機となったのは、エジプトのナセルと同じく『王制打倒のクーデター』であり、1969年のリビア革命(無血革命)でサヌーシー朝を倒した後、1973年に『大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国』というイスラム社会主義と建前としての直接民主制に基づく独特な政治体制を確立した。リビアは人民主権と直接民主制を謳うジャマーヒリーヤ(イスラム社会主義国)であり、法制的には国家元首(独裁者)や内閣は存在しないことになっており、自由で平等な人民が直接的な政治参加によって国政を動かすという体裁になっているが、実質的には自由も平等もなく体制指導者であるカダフィの独裁が40年にわたって続けられた。 共産主義国家(社会主義国家・イスラム社会主義含む)は、思想的には専制的権力者の存在しない人民主権の体制(人民の一般意志を確実に代表する共産党の一党体制)ということになっているので、『人民共和国・民主主義共和国』といった民主主義を強調する国号を好んで用い、最高権力者の肩書きも大統領・国王ではなくあくまで人民の代表者や事務部門・国防部門の責任者という『国家主席・総書記・書記長・防衛委員会委員長』のような穏当な肩書きを好む。 しかし、ここで注意すべきは共産主義国家は決して『自由民主主義』という表現は用いず、形式的であっても『自由主義の正統性』を認めて国家統治に取り入れることが無いということだ。その結果として、幾ら直接民主制や人民代表会議のおためごかしを謳ってはいても、実質的には『情報統制(プロパガンダ)・人権弾圧・言論と報道の抑圧(異論排除)・反体制派の粛清・選挙否定』といった一党独裁や個人崇拝の弊害が極めて大きくなってくる。 ある程度の経済成長や生活水準の向上が仮にあったとしても、リビアやバーレーン、サウジアラビア、イランのような独裁国家では『精神的な自由・自己表現の喜び・政治的選択の可能性・言論と報道の自由』という人間の主体性や心身の自由性が過度に抑圧されているため、『想像的な対立図式・政治危機』で人民を団結させられなくなれば、必然的に独裁体制への抵抗・反発・不満は高まってくるのではないだろうか。無論、イスラーム圏は欧米圏や日本とは違って『イスラーム主義の信仰・伝統・慣習』の影響力が強いので、独裁体制への反発が『個人的な自由・解放への衝動』ばかりではなく、『世俗国家によるイスラーム主義の弾圧』に対する不満や怒りといったものも関係しているかもしれないが。 リビアのカダフィ大佐は民衆デモによる即時辞任の要求に対して、『私は辞任すべき大統領ではなく、革命指導者であるので辞任も国外退去もしない』という強気の姿勢を崩さず、反政府デモをしている民衆に対して無差別爆撃を含む虐殺的な武力弾圧を行っているが、軍内部にはカダフィの命令に従わない勢力も増えていて、次第にカダフィの治安維持活動のほうが民衆のデモ部隊に制圧されてきているようである。 カダフィ大佐は『国軍』が『国民』に銃口や爆撃機を向けて実際に殺すことの意味を果たして理解しているのだろうか、国民の言論の自由やデモ活動を弾圧するだけではなくその生命を奪うということは、国家・国民を守りリードしていくべき最高権力者(最高指導者)としての道徳的・大義的な資格を喪失するということであり、多数派の国民を敵にするという事は自らが『国家の敵』になり放逐・抹殺されるリスクを生み出す。 軍を掌握する最高権力があれば何をしても許されるというのは、あくまでも国民の過半数がその権力者を支持しているケースに限られることは、かつての東欧革命におけるルーマニアのチャウシェスクの悲惨な末路を見ても明らかであり、そもそも国民全体が独裁者を排撃しようとするデモに傾けば、『反乱勢力(相当に多い数の国民)を殺せ』という命令に軍そのものが従わなくなることが多い。リビアでも無差別爆撃命令を受けた空軍将校が、カダフィの命令に背いて亡命しており、陸軍や警察もカダフィの治安維持命令を守らずに民主化デモを行う国民の側に立ち始めているのである。 兵器を持たずに抗議するデモ部隊に対して、治安部隊が重火器や爆撃で攻撃を加えてしまうと、国連総長や各国首脳が『最も強い非難の意』を表したように、最早カダフィの体制秩序の維持の大義名分が国際社会で認められる余地がなくなってしまう。カダフィは自らが頼みとする軍事力でも、反体制派や反体制派に同調した軍部によって押され始めており、リビア第二の都市ベンガジ周囲の東部を制圧されている。 更に、首都トリポリの西にある都市ズワラが、民衆勢力の手によって落ちたとの報道もあり、東と西から反体制勢力・反旗を翻した軍部によってカダフィ包囲網が狭まっている。革命指導者であるカダフィは絶対に国外亡命はしないといった声名を出していたりもするが、このまま武力闘争と内戦状態を継続すればカダフィ自身の命が奪われるリスクも低くはないような情勢である。 中東・北アフリカの独裁国家に限らず独裁政権は、『国民が知ることのできる情報・国民同士が取り交わすことのできる話題』を統制したり外部の情報をシャットアウトすることで、自国の統治状況が酷いものであってもプロパガンダ的に賛美・肯定を続けてきた。国家元首や政権党、国営放送が伝える報道や情報が何かおかしいと思ってもそれを検証する手段(代替メディア)がなく、また個人が独裁政権を批判したり政治改革を要求したりすることは違法行為として処罰・弾圧の対象とされた。 開発独裁的な資源の集中やオイルマネーの恩恵によって、いくら経済生活が多少豊かになったとしても、言論の自由や報道の自由がない国では『真実』に触れることができず、自分の思ったことや伝えたいことを表現したり伝達したりする自由がない。政権を批判することさえできない、国民の間で自由な議論や情報共有をすることが許されないというのは、人間の本性的な尊厳や自由への衝動が著しく抑圧された状態である。 そのため、精神的自由の抑圧に経済生活の困窮が積み重なってくれば、更に国民を統率するだけの有事・仮想敵が十分に機能しない平和状態が続けば、いつかは『民衆の独裁政権への不満・怒り』が臨界点に達するだろうことは想像に難くない。北朝鮮が本格的な戦争になり兼ねない挑発的な瀬戸際外交(韓国を攻撃した哨戒艦沈没事件・延坪島砲撃事件など)をギリギリのラインで続けて、『有事・仮想敵の脅威』を現実以上に誇張するのも、『政権への不満・反対・怒りの矛先』を軍事的な関心事や自国の外敵による脅威に向け変えるための統治目的のトリック(集団心理を利用した詐術)である。 しかし、チュニジアのジャスミン革命やエジプトの民衆革命で、情報共有手段やデモでの結集のツールとしてSNSのfacebookやtwitterが用いられたように、『国内だけに閉じた情報環境』を言論統制・出版規制・ネット規制で維持し続けることにも限界が見えてきており、『情報革命による個人のメディア化・リアルタイムの情報共有』によって外部から遮断された特異な独裁体制を維持することは、これから更に難しくなっていくのではないかと思う。 中東・北アフリカの政治情勢が短期間で緊迫化して騒擾した背景には、『若年人口の多さ・若年失業率の高さ・国内格差の許容範囲を越えた拡大・政権の腐敗汚職や縁故採用の横行』などが関係しており、乳幼児死亡率が低下して若年人口が急増している『中東の人口動態』も、今後の中東諸国の政治状況・統治体制の変化を占う上で重要な要因になってくるだろう。中東の人口動態と若年失業率に対する具体的なデータを調べてみても興味深いと思うが、若年人口の過剰と雇用のない若年層の増加が『中東の民主化革命』を突き動かす原動力になったということをデータと共に示してくれている記事として『世界の若者が反抗的な気分な理由』は鋭い論点を突いている。 人口学の基本知識や人口動態の要因については過去に、河野稠果『人口学への招待 少子・高齢化はどこまで解明されたか』の書評を通して言及したことがある。 『医学発達による乳幼児死亡率の減少→若者人口の増大』『乳児死亡率の減少・女性の教育水準向上・避妊知識と避妊具の普及→女性特殊出生率の減少』『医学発達による高齢者の平均余命延長→高齢者人口の増大』という人口変化の要因(若年人口の過剰から減少による高齢化社会への大きな流れ)が規定するマクロな政治状況・国民の意志表示の変化として、中東の政情の激変を解釈することができる部分もある。しかし、『若年層の失業率の増大・平均所得の低下・経済や雇用に対する政治力の低下』という世界的なトレンドに対しては、人口の高齢化が進む先進国も軒並み頭を悩ましている。 ■関連URI チュニジアのジャスミン革命・エジプトのムバラク政権崩壊を受けて揺れる中東の独裁政権:1 チュニジアのジャスミン革命・エジプトのムバラク政権崩壊を受けて揺れる中東の独裁政権:2 『国家と戦争・権力と自由・集団と個人』の歴史的推移とトマス・ホッブズのリヴァイアサンによる政治秩序 ジョン・ロック,ジャン・ジャック・ルソーの社会契約論と一般意志に基づく民主主義政治についての考察 リーマン・ブラザーズの経営破綻とアメリカ金融の業界再編:複雑化・高度化する金融商品と金融危機のリスク ■書籍紹介 |
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